18. 女の子らしくじゃなくて、(2)
「これで本当に行くのか?」
パールが困惑げな表情で私を見る。
「これが一番ごまかせそうなんだから
しょうがないでしょ!」
「僕、この依り代窮屈で嫌なんだけど....」
私は茶髪のウィッグに顔が隠れる
大きな帽子を被った貴婦人の格好をし、
乳母車にパールを乗せて
辺境伯の家を裏口から出て、
街に入る。
ちなみに神様は乳母車に乗せた
くまの人形の中にひとまず入ってもらった。
「ていうか辺境伯独身ぽいのに本当に
何でも揃っていてびっくりしたな..」
「まぁ、女の子らしいものは隅々まで
網羅したからね」
くまの人形が自慢げに話すので
なんだか面白い。
「でも神様どうやって用意したの?
神の力とか?」
「いや、全部辺境伯のポケットマネーさ」
その言葉に身体が化石のように固まる。
「え...?神様、そういう力ないの?」
「設定で与えられてるのは
神官の命を現世に
吹き込むことができることぐらいだから。
一応生き返らせる能力はあるっぽいよ」
「それ以外は?」
「知らない」
「そうか...」
あっけらかんとする神様に呆れつつ
辺境伯さんの今後の心中を
察すると申し訳なく思う。
私が深い溜息を吐くと
乳母車にかけられた布から小さく顔を出した
パールが声をかけてくる。
「それで?これからどうするんだ?
こんな辺境の地で生きてけるのか?」
そうなんです。そこなんです。
「どうしよう..。
実は何も考えず出て来ちゃったのよね。
取り敢えず宿を借りるための
お金が欲しいけど
ルイのお金はほとんど
エランデルに置いて来ちゃったから。
神様、その格好で大道芸とかしない?
結構稼げると思うんだけど」
「おい、
尊きお方にそんなことさせられるか!
第一、王国が捜索している俺達が
そんな目立つことしていいのか?」
パールが私をギロッと睨んで叱咤する。
うっ、確かに、その通りだ。
一番良いのはおとなしく
王国の使いの者に
今から戻って会いに行く事だけど....
まだ、ルイに戻るのが少し怖い。
さっきは皆に迷惑かけた事に
怒っちゃったけど、
本当は神様たちが連れ出してくれたことに
少し感謝している。
だけど、今の状況下で
私は完璧に足手まといだ。
私のわがままでこのまま
神様達に迷惑かける訳にもいかないか....
「....戻ろうか」
二人に向かって微笑むと
二人は目を合わせて微妙な顔をする。
「由良はそれで本当にいいの?」
「うん、私は十分時間をもらったよ」
神様の言葉に微笑んで頷くが
神様は考え込んでしまった。
「せめてお金が稼げる手段があればね、
由来なら用心棒とかどうかな?
ふふっ貴婦人の用心棒とか怪しすぎて
面白いよね」
神様の言葉に苦笑いを浮かべていると
パールが何かを発見して、
乳母車から飛び出した。
「ちょっと!パール!?」
「用心棒のあてならあるぞ、あそこに」
パールの行く先を乳母車をひいて追うと
布や服を売る貴族向けの店に入る。
その先にいたのはオリヴィアだった。
オリヴィアは店先に並ぶ布に夢中で
私達に気づいていない。
どっどうしてこんな辺境の地に
オリヴィアが?!
「ちょっ、パール
知り合いがいた!まずいよ!」
「何がまずいのー?」
神様が私の肩によじ登って来る。
「神様も分かるでしょ?
あの子私の婚約者になりかけた子だから!」
私の必死な言動を神様達は呑気に見ている。
「あのねー、由来、
あの子君の親友だから」
「だから婚約者だって!」
「いや、親友」
「え?」
「し・ん・ゆ・う!」
「親友?」
「そう!」
親友って、
え、いつ親友になったの?
まだ一度しか話したことないけど..
て、そんな訳ないか。
と言うことは....。
まさか、
「沙耶はね、
後からアンタについて来ちゃったんだよ。
かわいそうに、彼女はアンタに気づいてた
みたいなのに」
「沙耶なの..?」
「事故のショックで
ぼんやりしてて、交通事故の二次災害。
災難だったね。」
まさか、そんな...
そうなんだ..
沙耶もこの世界に転生していたんだ。
どうしよう、
沙耶が事故にあったのは悲しいのに...
この世界に沙耶がいることに、
私、どうしようもなく安堵している。
「でも、だとしたら
尚更オリヴィアを頼ることはできないよ。」
私達を匿っていたらそれだけで王国に
嘘をつくことになる。
侯爵家の地位も危うくなる。
私はパールを捕まえるとオリヴィアに
見つかる前にそっと店の外に出ようとするが、
店の外から僅かな殺気を感じて
踏みとどまる。
「2人か?大した奴らじゃなさそうだが」
パールが私に抱えられたまま
声を潜めて話す。
「恐らく目当てはオリヴィアだ。
オリヴィアの家は
国内で有数の金融業の家柄だから
裏界隈に狙われやすいんだよ」
私は店の陰で外を確認する。
今、騒ぎを起こすのはまずいけど
今はそうも言ってられない。
あのくらいの奴らなら
峰打ちで楽に倒せそうだし。
となるとオリヴィアに
気づかれる前にとっとと倒してしまおう。
私は店を出てすぐに物陰に隠れていた敵を
見つけると瞬時に鞘のついた剣を抜いた。
鈍い殴打音と呻き声が一瞬響くと
男達二人が横たわる。
ヒュ〜とパールが口笛を鳴らす。
「ふぅーやっぱり身体が鈍っている。
3年のブランクは重いな」
それでも身体が成長した分動きやすいけど
私は両手をぐりぐりと回して息をついた。
「詰めの甘さは変わってないけどね」
肩にしがみついていた神様が呆れ声で囁く。
「由来..?」
後ろから清流のような淑やかな声が聞こえ
ギクリとする。
ロボットのようにぎこちなく振り向くと
オリヴィアが目を丸くして私を見ていた。
変装しているのに
どうして....
まさか剣の型で気づいたの?
私はそのまま後ずさる、
隙を見て逃げた方がいい。
本当は話したいけど、
すっごく話したいけど....。
オリヴィアを巻き込むわけには行かない。
私は意を決して
オリヴィアに背を向けて走り去ろうとする。
「オムライス!!」
唐突にオリヴィアが叫ぶ
「クレープ!ハンバーグ!
いちごパフェ!ナスの漬物!」
「え?」
唐突に叫ばれる
料理の数々に驚いて振り向く。
全部私の好物だった。
「何でも用意するから....。
お願い。逃げないで!
私を置いていかないで!!」
オリビアは私に抱きついて泣きじゃくった。
その様子に私は呆気にとられて
どうすればいいか分からず
オリヴィアの背中を摩る。
「由来はルイなんでしょう?
今までどこに行ってたの?
私....悪役令嬢だし、
ルイが由来だと分かっても
魔女化するのが怖くて近づけなくて..っ
でもルイが行方不明になったって聞いて
色んな領地を布集めって体で回ってたの..
こんな事ならもっと早く会ってれば
良かったって後悔した。
あの日みたいに由来がいきなり
いなくなっちゃうのは嫌だから」
オリヴィアの肩はふるふると震え、
紅の瞳から涙がポロポロこぼれ落ちていく。
今まで、私のことで
こんなに悩んでくれていたんだ。
「心配かけてごめんね、沙耶、
情けない話だけど、私
騎士になるのが怖くて逃げたんだ」
私が言うとオリヴィアはきょとんとした
顔をした後、微笑んだ。
「そっか、無理してやることないよ。
由来の気持ちの整理がついてから
これからの事は決めればいいと思う」
「うん、そうだね。
勇気が出たらルイに戻ろうと思う」
オリヴィアは私の言葉にうんうんと頷いてくれる。
「雨降って地固まったな」
私の背後で身を隠していたパールがひょこっと
姿を現した。
「パール様!?」
「神様もいるよ」
「くまが喋った!?」
私の肩にしがみついていた神様が手を振る。
オリヴィアはキャパオーバーな様子で
ふらふらと揺れている。
「こいつ、一文無しなんだ。
用心棒でも何でも雇ってやってくれんか?」
パールがオリヴィアに話しかけが、
オリヴィアは俯いて黙ってしまう。
「........っ」
「やっぱりいくらなんでも迷惑じゃ、」
オリヴィアは俯いたまま震えはじめた。
もしかして...怒ってる?
「.......ふふっ」
「?」
「ふっ....ふふふっ
おーほっほっほっほっほ!いいわよ!
光の騎士でも猫神官でも神様でも
何でもブルーローゼ家が
雇って差し上げますわ!」
オリヴィアは勢いよくそう言い放つと
悪役令嬢らしく高笑いをする。
「本当にいいの?
国に歯向かうことになるよ?」
恐る恐るオリヴィアに聞くと
ニヤリと微笑む。
「私を誰だと思って?
国に仇なす大大大魔女様なのよ?」
オリヴィアが胸を張って言うので
私はおかしくて笑みが零れる。
沙耶はいつも困った時に
手を差し伸べてくれる恩人だ。
「オリヴィア、ありが」
「そのかわり」
礼を言おうとすると
オリヴィアは言葉を続ける。
「そのかわり?」
「私のコスプレの趣味に
付き合って貰うけどね!
こんないい素材が手に入ったんだもの!
存分に利用させて頂くわ!
だって私は悪役令嬢ですもの!」
凄い勢いで言い放った後オリヴィアはまた
高笑いをする。
この世界でもコスプレづくりの趣味、
続けてるんだ..
沙耶も意外とこの世界で
楽しんでいる事に気づきホッとしつつ、
改めてオリヴィアに感謝した。
**********************
「改めて見るとルイって、
本当に女の子だったんだなーって
ちょっと新鮮だな」
「ルイが私だって茶会の時気づいたの?」
「半信半疑だけどね、
だって私の知ってるルイと全然違うから!
もうびっくりしたのよー?」
あれから私達はオリヴィアの宿に泊まらせて
貰い、二人で今までの事を話した。
従者の男は私を相当怪しんでいたけど
オリヴィアの熱弁で部屋に入れてくれて助かった。
だけど従者の気持ちは痛いほど分かる..
こんな怪しい貴婦人を連れてきたら
そりゃ警戒するよね..。ごめんなさい。
オリヴィアは、というと
魔女化を恐れてゲームのキャラクターには
極力関わらないように生きてきたようだ。
財力のお陰で趣味に相当没頭出来たようで
自分のデザインした服を茶会で
披露したりしているらしい。
私の話もオリヴィアは
とても親身に聞いてくれていたが、
私の近況は貴族の噂で
よく聞いていたらしい。
「それで、どうして
パール様までルイと一緒にいるの?
貴方達二人で消えたせいで国中大変な事に
なってるんだから」
オリヴィアは紅茶を飲みながら
ソファでくつろぐ
パールに話しかける。
「パールにはしばらく僕の依り代になって
もらっていたんだ。」
私の膝の上で座っていた神様が答える。
「闇から解放されて下界に降りたのは
良いけど依り代がないとなにかと不便なんだ、
風に簡単に飛ばされちゃうし」
「他の神官は
パールと神様のこと知ってるの?」
私が問いかけると神様は首を横に振った。
ゲームに出てくる神官は3人だ。
猫と男性と女の子。
「パールは好き勝手やらせてくれるけど
他の奴らは過保護なんだ。
だからパールにも他との連絡を断たせた」
神様がやれやれという感じで
呆れながら言うが
なんだか他の神官の心中を
これまた察してしまう。
私も人のこと言えないんだけど....。
深い溜息が零れそうになるのを飲み込むと
ずっと気になっていたことを口にする。
「神様、ずっと気になってたんだけど
結局私って光の騎士なのかな?
ゲームの設定だと
光の騎士は男なはずだけど」
そう問いかけると
神様は私の顔を神妙な眼差しで見つめる。
「....何?」
やっぱり、私は光の騎士じゃないの?
だったら他にいるってこと?
神様は言いにくそうに
無い眉間にしわを寄せる。
「.......分からん」
「え?」
「分からん!」
「はい?」
神様は誤魔化すように
満面の笑みを浮かべる。
「だって由来がこの世界呪縛というか
運命を変えてしまったせいですでに
お告げは機能してないんだもの。
僕の仕事はカンペどうりに神官に
お告げを言うだけだし、
カンペが変わっていたら
もう分かんないってわけ!」
神様は胸を張って言っているが
私とオリヴィアは呆れた
眼差しで神様を見る。
「そんなことだろうと思った..」
「神様なのに全然チートじゃ無いのね」
「アンタら僕を軽く見過ぎじゃ無いか?
僕は人の生命を司っているんだぞ?」
はいはいと神様を撫でてあげると
満足そうに破顔する。
「ま、ブルーローゼ家で私は、
かなりうまく立ち回ってある程度の信頼を
得ていますので従者や用心棒は私が推薦すれば
問題ありませんわ!
だから神様にチートがなくても
私が何とかしてあげるわよ!」
オリヴィアがお茶目にウィンクすると
神様とパールは不服そうに目を細めた。
私は3人の様子を見てクスリと微笑む。
ルイをやめてから、私はダメダメなのに
こうやって助けてくれる暖かい人達に
出会えて私は本当に幸せものだ。
いつか必ずみんなに恩を返したい。
それに家族や友人の騎士達、殿下達、
それにジュール。
きっと心配してくれている。
私のせいでオリヴィアのように
苦しめてしまっているかもしれない。
このままでは絶対にダメだ。
少しずつ私の生きる道を考えよう。
それが出来ればルイとして戻る覚悟が
きっと出来る。
私は和やかに話し合う3人を見ながら
決心する。
女の子らしく、か。
そうじゃないよね。
私らしく生きれる道がきっと一番良いんだ。
そう改めて実感しながら
3人の会話に加わった。




