プロローグ
「絶対来世は女の子らしく生きてやるんだから!!」
突然ですがずっと片思いしていた先輩に振られました。
それは思い返せば数十分前、
私、朝倉由来は
長年片思いしていた同じ高校の先輩に
一世一代の思いの丈を込めて
告白したのです。
「先輩、ずっと前から好きです!
付き合ってくれませんか?」
一つ上の先輩で同じ図書委員で
知り合った図書委員長。
物静かで知的で優しくて、
男勝りで豪胆な私とは正反対の人。
それ故に私の憧れだった。
「ごめん、ずっと思ってたんだけど
君、怖いんだよね。
俺はもっと守ってあげたくなるような
子が好きなんだ」
積年の思いはいとも容易く玉砕した。
とんでもない爆弾とともに...。
「怖いんだよねって...!
まさかそんな風に思われていたなんて!
うっうっ、わかってたけどさぁ..
私は女の子らしくないし、
剣術バカだし...
でも先輩に喜んでもらうために
お菓子づくりしたり
沙耶に借りたゲームで恋愛の勉強したり
少しは女の子らしくなれたと思ったのに..」
玉砕後の帰り道、私は親友の沙耶に
泣きついていた。
「由来は15歳で古武道の範士号を取った剣術の天才だし..。
なんだっけ..居合前の由良の殺気で戦意喪失する人が続出してからついたあだ名は..」
「鬼の剣豪..」
「そう!それ!あはは!!
そのあだ名は面白いよね!少年漫画かって!」
楽しそうに笑う沙耶を横目に私は深く溜息をついた。
そうです、私「鬼の剣豪」とかいう
全然嬉しくない通り名がついているんです。
「古武術の業界じゃ由良は有名人だし、
一部のマニアな男ファンには人気なんだしさ!
そりゃクラスの男子とかには時々怯えられてるけど
そんな柔な男、由良には似合わないよ」
「あはは..沙耶..全然フォローになってないよ..」
私の家は椿一心流の剣術を受け継ぐ武家の家柄だか何だか知らないけど小さい頃から父に鍛えられたこともあり剣道が滅法強かった。
でも剣道よりも剣術が好きだった私は、
部活をやめ、剣術の道場で稽古に明け暮れ、
その後は道場破りが趣味になっていた。
武術会連盟から最年少で範士号を賜ってからはメディアにも取り上げられるようになったのだ。
「由良はあれだね、武士の時代に生まれてれば良かったね」
「それを言うなら武士の時代の“男”にって事..?」
「由良ならどっちでも良さそうだけど?」
ほくそ笑む沙耶の言葉に軽口を飛ばしつつ
私は空を見上げた。
男に、か..それならいっそ..
沙耶は切り替えたようにパァっと瞳を明るくした。
「武士の時代といえばさ!武士っていうか騎士だけど!
あのゲーム、どこまで進んだ?
早く感想きかせてよー!」
「あぁ、あのゲームなら..あれ?
...先輩?」
見まごう筈もない先輩の姿を瞳に映したその瞬間、私は駆け出していた。
「由来!!!!??????」
剣道で鍛えた瞬発力とは恐ろしい、
頭で判断する前に身体が素早く反応する。
ガダン....ッ!!!!!!
クレーン車に積まれた
組み立てていない鉄骨が
建設中の高層ビルから
鈍く大きな音を立てて落ちてくる。
その間下にいた初恋の人
それだけで全て理解した。
今この瞬間、
この人を守れるのは私だけなんだと、
例え先輩が守られるような可愛い女の子が
好きでも、私には無理だ!
だって私は守られるより
守りたい!
嫌われたって、
なんだって構わない
これが私よ
それが嫌なら
それが先輩を苦しめるなら
潔く諦めるから
だからせめて来世は、
“来世は女の子らしく生きてやるんだから!”
先輩を庇った私の身体が
巨大な鉛の陰に押しつぶされる。
突き抜けるような痛みが身体を分断する。
ジェットコースターのように
今までの思い出が思い返され
最後に残ったのは寂しさだった。
胸の虚空が広がって
闇が私を包んでいく。
死にたくないよ..
本当は死にたくないよ
寂しいよ..
「先輩..沙耶.......お父さん..」
無限に広がる闇に落ちて行く、
孤独がこんなに寂しいなんて
今まで気づかなかった。
だけど後悔だけはしていない。
私は何も考えないように目を瞑った。
ただ落ちて行く
身体の感覚だけを受け入れて。
私がようやくその闇を受け入れた時
抱きしめた先輩の顔がどんな顔だったのか、怖くて目を瞑ってしまったことを
少しだけ後悔した。