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17. 女の子らしくじゃなくて、(1)

※リュカ視点のお話になります。


パキン..


領の視察を終えて王城で紅茶を飲んでいると

ティーカップの取っ手が突然取れ、

胴がソーサーに落ちる。


「申し訳ありません!!

すぐに替えてまいります!」


後ろに控えていた使用人が

大袈裟に謝りながらカップを片付ける。


「君のせいじゃないから気にしないで

新しいカップを持ってきてくれる?」


「承知いたしました...っ」


気落ちしないよう微笑んで見せると

使用人は惚けた様子で深々と礼をして

カップを片付ける。


「でも妙だね、

このカップは母上が母国から

先日輸入したばかりなのに」


私は、綺麗に取っ手の外れたカップに

目を配らせる。


白く品のいい陶には取っ手まで

淡い色調の美しい薔薇が描かれ

金の装飾が縁に品良くあしらわれている。


母上は最近後宮内で茶会を催したり、

話したがらなかった母国のことも

今ではこうやって母国の茶器を

会話の種に取り寄せて楽しげに

話してくれるようになった。


この茶器も北の遠国ではとても貴重なもの。

手に入れてすぐ割れたとあっては

きっと悲しむだろう。


「殿下、これは何か良くない出来事の

前兆かもしれませんよ」


後ろからアルトが神妙な面持ちで

話しかけてきた。


「君はなんでも深く考え過ぎだよ。

ルイ君に影響されたの?」


「はぁ!?違いますよ!

変な事を言うのはやめてください!

..そういえば少し前からルイは

エランデル王国で合同演習でしたね。」


「あぁ、まぁ気にすることもないよ。

あの国は不穏な噂を聞くけど

あくまで演習だしね。」


「でもルイは危険な事に

すぐ首を突っ込みたがるから、

今回も絶対何かしでかしそうだ」


アルトが決まりの悪そうな顔をして言うので

思わずクスリと微笑む。


「ふふっ言えてる。

でも確かに、少し心配だ。

セレン騎士は国抱えの騎士団の中でも

若いうちから危険な仕事も

多くこなす事で有名だしね。


ただ騎士として箔がつくから

年若い領主の子も多い、

特に光の騎士であるルイ君やジュールには

無理な仕事はさせないだろうから安心して

いいと思うよ」


「..... 」


私が言うとアルトは妙に神妙な面持ちで

私を見つめる。


「何?言いたいことがあるなら言いなよ」


私の言葉にアルトは

言いずらそうに頬を掻く。


「いや、その、殿下

宮中で見かけた時と

随分印象が変わったなって

俺が言うのもなんですが」


「変わった?どうしてそう思うの?」


「ページになる前から優しい人柄だと噂になって

いましたけど妙に人を寄せ付けない緊張感みたい

なのを張ってる印象でしたし..」


アルトは言いずらそうに

言葉を濁しながら話してくる。


表に出さないようにしていたけど

私もまだ爪が甘かったかな。

無意識にアルトに感じ取られてしまっていた

ようだ。


「殿下、アルト公子との

ご歓談を遮ってしまい大変恐縮ですが

私からも言わせてください」


使用人が深々と頭を下げて声をかけてくる。


「どうしたの?言っていいよ」


「では、言わせていただきます...っ!」


満を持してというように使用人はキラキラした

瞳で一歩前に出る。


「最近の、特にルイ公子と仲良くなられてからの殿下は前より雰囲気が柔らかくなられて城内でもお噂になるくらいです!


使用人内の人気もうなぎ登りで

以前の優しい口調の裏にあるダークさも

それはそれで....いっいえいえ!

コホン、とにかく

今の殿下の纏う輝くような優しさに満ちた

気品はまさしく白薔薇の王子様と呼ばれるほど

貴族の方々の注目の的となっておられるのですよ!」


怒涛のように繰り出される賞賛に

気圧されながら笑みを作る。


白薔薇の王子って、

何その恥ずかしい愛称。

あまり嬉しくないんだけど。


ただ最近以前にも増して貴族のご令嬢達からの

茶会への誘いが怒涛のように来る訳がわかった。


王子の視察や騎士としての訓練で忙しくて

大体断ってしまっていたけど。


「ルイ君が帰ってきたら

ご令嬢達を誘って茶会でも開こうかな。

アルトも来ると良いよ。

君達はまだ婚約者がいないんだろ?」


話をアルトに振ると

触れてくれるなと言わんばかりに

苦虫を噛み潰したような顔をする。


「それが、最近姉上が妙に

俺の婚約者探しに熱を入れてしまって。

父上も面白がって姉上に加わる始末だし」


「君はレインコード家の長男、

それにスレイグの一件もあったから

領を立て直すためには君のお相手探しは

とても重要な所だろうね」


決まりの悪そうなアルトに

微笑みを返すとアルトは深く溜息を吐いた。


「殿下はどうなんです?

さぞお誘いはきているんでしょ?」


「きてはいるけど、

父上のジャッジは厳しいからね。

私的には聖女がいいと思うけど」


聖女との結婚は

魔女を第一に恐れるヴィルセント王国で

政治的立場を上げるには一番効果的だ。


「....ルイ君の家に女の子が生まれれば

その子との結婚もありかもね」


思わず口からこぼれた言葉にハッとする。


「確かにルイの家はこれまでも光の騎士を

輩出している英雄の家系ですからね」


アルトはうんうんと頷き納得していたが

恐ろしい言葉を言いそうになった自分に

困惑する。


“ルイによく似た姫君が良い”なんて

どうして思ったんだろう。


ルイは臣下として優秀な人材だし

友人としても良き話し相手だ。


性格も多少抜けているけど

優しく聡明で正義感が強い。

家柄も良く容姿も秀麗で、

令嬢であれば社交界で

貴族の男達が殺到するだろう


考えてみれば客観的に見て

女だったら妃にするのに

妥当な人間だ。そうだよ、

だからそう思った。それだけだよ。


「殿下?どうかしました?」


「いや、なんでもないよ。

それより私は父上の所へ行くから。」


私は考えたくない方に行こうとする思考を

振り切るように立ち上がった。


「殿下?

顔が赤いですけど

風邪を引かれたのでは?」


呆けたようなアルトの言葉に

余計に顔が熱くなる。


あぁ、もう余計なことを....っ。


「目がおかしくなったんじゃない?」


気丈に微笑み脇に差した剣の柄で

アルトの脇腹を軽く小突く。


「うぐっ....ってて..」


「....いくらなんでも男はありえない」


「なにか言いました?ってはぐぅ...っ」


間抜け面で言うアルトの腹を二度小突くと

私は逃げるように自室から出た。


こんなことで同様するなど

全くらしくない....


一度深呼吸をして、

父上のいる玉座の間に行くと

ちょうど入れ違いで

白い装束とアイスブルーの髪に

モノクルをつけた背の高い男が出てきた。


男は私を見定めるように流し見ると

そのまま礼もせずに立ち去っていった。


母上と私のような

白色系統の髪色は珍しい

瞳の色も淡いピンクと

あまり見ない容貌だった。


どこかの国の使者だろうか、

だがそれにしては礼を欠いている。


「父上先ほどの方はどこかの使者ですか」


「まぁそんなところだ

なに、ちと頼まれごとをしてな」


王である父が頼まれごと...?

先ほどの振る舞いといい何者なんだ..?


父上は訝しむ私を見ると薄笑いを浮かべる。


「気になるか?」


「はい」


父の釣り針に餌をかけられた気がして

いい気はしないが、

正直父に頼みごとが出来るほどの人物ならば

知っておくに越したことはない。


私の返事に父上はにやりと微笑む。


「猫探しだ」


「猫?」


ネコサガシ?

まさか、そんなことを父上に頼んだのか?

この国の国王に?


ますます状況が分からなくなると

父上はしたり顔で嬉しそうに

私の顔を見てくる。


「もしや父上は

私で遊んでおられるのですか?」


満面の笑みで父上に遺憾を伝えると

父上は困ったように微笑んだ。


「違う違う、そう怒るな。

本当のことだ。

おまえも見かけ次第知らせるように。

真っ白な毛に金と銀の瞳の猫だ。

珍しい姿だからみればすぐにわかるだろう」


「陛下、その事は国家機密です!

簡単に殿下に話されては困ります....っ」


国の宰相である貴族が父上に横槍を入れる。


たかだか猫探しが国家機密?


「父上、」


「陛下!ご歓談中申し訳ありません!

たった今セレン騎士の数名が

急遽戻ってきまして

陛下にご連絡申し上げたいと」


私が聞き返そうとすると

騎士が切羽詰まった様子で入ってくる。


「構わん、入れと命ぜよ」


「は!」


セレン騎士が戻ってきた?

演習のために隣国へ

行ったばかりなのになぜ?


連絡係の騎士が玉座を後にしてすぐ、

セレン騎士団長のレンフッドが

中に入ってくる。


明らかに焦燥した様子のレンフッドに、

いい知らせでない事だけは理解できた。


「リュカ」


「....分かりました」


父上は瞳で去れと伝えてくる。

私はため息を堪えて立ち去ろうとした。


「殿下にも聞いて頂きたく思います。

何卒、ご容赦を」


レンフッドは跪き頭を下げたまま懇願する。


何故私も....?


嫌な予感が胸を騒つかせる。


父の目配せに応じて

玉座に座る父の隣に立つ。


「申し上げます。

エランデル王国にて、

大規模な事件が起こり

....ルイ・クロフォードが

行方不明になりました。」


レンフッドの重々しく言い放った言葉に

私の思考は停止した。


今、騎士団長は何と言った?


嘘だ....どうして....


それから父が騎士団長に憤怒を露わにしていたが

何の会話をしていたのか頭に入って来なかった。


ただ光の騎士が行方不明とあっては大事件に

なるだろうことは明白だ。


どうしてこんなことに


身体中の血の気が引いて

得体の知れない不安と

悪寒が身体を震わせる。


ルイが行方不明....


何故...?


その疑問に行き着くと行き場のない怒りが

腹の底から胸を焼いていく。


騎士団は何をしていたんだと責任追及をしても

仕方ないと分かっている。


だが行方不明とはどういうことだ?

誘拐?

人買いなどにルイが拐われるわけがない。


ルイを拐えるという事は手に負えないほどの

大人数か、かなりの腕の持ち主か。


それとも、ルイと親密な人物..?


わからない...何故消えたんだ?


「現場にいたジュールの話によりますと

ルイは自分の意思で

去った可能性が高いと..」


自分の意思で....?

ルイが?


一体何があったというんだ?


「あの者が混乱を招くような行動をするとは

思えんが、ジュールは今いないのか?」


「本人の強い要望で

現場で今もルイの捜索を続けています。

本人も大分混乱しているようで、

落ち着き次第一旦こちらに

引き戻すことになっています。」


「うーむ....しかし、

こうも立て続けに国の重要人物が

消えるとは、どうにも無関係とは思えん」


父上は珍しく戸惑った様子で言葉を零す。


「立て続け..?」


光の騎士と並び立つほどの

重要人物が他にも消えたのか....?


父上に聞き返すと父上はくどい

というような目を向ける。


「もっとも片方は、

気まぐれの可能性も強いが....


言っただろう、

“猫を探せ”と」


父の言葉に玉座がシンと静まり変えるも、

私の鼓動は悲劇の秒針が動き出すように

不穏に脈を刻むのだった。



**********************



甘い花の香りで眼が覚める。

小鳥がさえずり、

朝日が窓から柔らかに私を照らしている。


シルクのような柔らかなベッドが

微睡みの心地よさを一層引き立て、


私は緩慢な仕草で身体を起こした。


「う〜ん....

ここは....え....


......どこ?」


あたりを見回すと豪奢なベッドには天幕が

張られ、可愛らしい少女趣味な家具で

揃えられている。


自分の姿を見ると淡いピンクのネグリジェが

着せられ、髪がとても長く伸びている。


「なに....これ....」


部屋に付けられた大きな鏡で自分の姿を

確認すると身体が成長していた。


「目が覚めたか?」


唐突に背後で発せられた低い声に驚いて

後ろを向くと耳に金のイヤーカフをした

白い猫が私を見ていた。


この猫、見覚えがある。


「パール....」


私の言葉に猫は目を丸くする。

この猫は神官の一人で

名前はパール。


ゲーム内では主人公にこの世界の案内をする

便利キャラだ。


「尊きお方が待っている。

支度をしたら部屋から出てこい。

この部屋にあるものは好きに

使っていいらしいから」


「は?え?ちょっと、待って」


私が引き止めようとするとパールはその手を

するりとすり抜け開け放たれた窓から

外に出てしまった。


とにかく支度をして現状を把握しなくては。

私は着れそうな服を探して

クローゼットの中を開く。


「えぇ....」


クローゼットの中には可愛らしいドレス

ばかりが入っている。


こんな服着たら危険すぎる...

ルイが女だってバレて....


あれ?

私、どうしてルイとしていられているの?


唐突にあの日の記憶が

フラッシュバックする。


「うぅ.....あぁ......っ」


そうだ...私、

あの日、ルイに身体を譲ったはずじゃ....っ


なのにどうして?


私はクローゼットから

適当なドレスを着て部屋を出る。


部屋を出るとどこかの洋館のようだった。


「こっちだ」


足元にパールが待っていて、

ぽっちゃりとした身体を軽やかに動かして

私を促す。


「待って!」


長い廊下を歩いて階段を降り

パールの立ち止まった一室のドアを開ける。


「ようやく目覚めたんだね、

嬉しいよ、由来」


華やかな部屋で出迎えたのは

金髪に深緑の瞳の青年だった。


大きなテーブルの上には

様々な豪華な朝食が並んでいる。


「貴方は誰?

ここはどこなの?」


私が警戒して身を屈めると、

男はにこりと柔らかに微笑む。


「私は、ルイ、とでも言っておこうかな。

あの時アンタの体を借りたのは僕。

今は別の人間の身体を借りている。


さぁ、僕に声を聞かせて、

アンタの聞きたい事は全部教えてあげるよ」


男は嬉しそうに手を胸に当てる。

細めた無機質な瞳には覚えがあった。


「私を騙したの?

貴方はルイじゃない、

ルイにそんな力はないはず!


ここはどこ?

貴方は何をしたの?」


「あんまり怒らないでよ、

僕は由来の命の恩人なんだよ?

君が殺した騎士も僕が命を吹き返して

あげたんだから。


もっともアンタの身体を無理矢理治癒して

おまけに僕の力を必要以上に使っちゃったから

アンタは3年ほどずっと目を覚まさなかったんだけ

どね」


「そんな事はあり得ない、

一度死んだら生き返ることはないよ」


私がそれを一番よく知ってる。

男は私の顔を見て自嘲げに鼻で笑う。


「生き返るのさ、

この世界の人間とアンタは違うんだ。

アンタは特別なんだよ」


「貴方はどうして私の事を....」


その言葉を待ってたとばかりに男は

嬉しそうに破顔する。


「ある日君の声が降ってきたんだ。

暗い闇の底にいた僕には奇跡だった。


“来世は女の子らしく生きてやるって”


覚えてない?」


ちょっと待って、

まさかこの人、


「神様、的な...なにかなの?」


男とパールは目を丸くして呆けている。


う、しまった..

すごくアホな事を言ってしまった気がする。


「ごめんなさい、

神様なんているわけな」


「いるのさ、この“ゲーム”にはね、」


取り繕う言葉を遮るように

男はクスリと微笑むと一歩前に近づく。


男の顔が近づくと深緑の瞳が闇に淀んだ。


「身体もない、名前もない、

だけど“役割”だけは存在する。


それが僕だ。

アンタにわかる?


暗闇で、”神官にお告げを出すだけの存在“

だという事にこの世界で唯一気づいてしまった

僕の気持ちが」


男は私の強張った顔を瞳に映すと

再び笑顔を貼り付けた。


「だけどアンタが全て変えてくれた、

アンタの魂がある日この世界に降りてきて、


僕はあえて性別の違う

ルイの身体に入れたんだ。


この世界を根本から

変えてくれると信じてね。

そして由良はその呪縛を解いてくれた」


男は近づけてきた顔を離すと

はにかんで顔を傾けた。


「アンタは全ての主要人物の運命を変えた。

だから僕はこの世界の呪縛から解放されて

アンタに会えるようになった。


だからこれはご褒美だよ」


ウンメイヲカエタ?


セカイノジュバク?


さっきから何を言っているの?


男の口から出る身勝手な言葉に

腹の奥でふつふつと湧き上がる感情を

必死に押し込める。


だめよ由来、目の前にいるのは

神様(?)なんだから堪えなきゃ....


「ご褒美....?」


「そうさ、女の子らしく生きたいんだろ?

いくらでもさせてあげるさ!


可愛いドレスを着せてあげる、

甘いスイーツだって

いくらでも食べさせてあげる。

騎士なんかしなくていい、


君のしたいこと全て叶えてあげる」


男は私の両手を持つと

嬉しそうに微笑んだ。


私を騙して連れ去ってこれがご褒美....?


ふつふつと湧き上がる怒りは

すでに頂点に達していた。


私は我慢も絶え絶えに手のひらを上げる。


人が....


静かに聞いていれば...っ


パーーーーン!


気持ちのいい肌を打つ音が部屋に響く。

私は目の前にいる男に

平手を食らわせていた。


「アホか!貴方は!!


貴方が苦しんでいたのは分かったし

私や私の斬った騎士達を蘇らせて

くれたことは感謝しているけど、


それでも私が彼らを斬った事実は

何も変わらないわ。


彼らの記憶にも

私の記憶にも残り続けるもの。


人の運命を変えたから特別って

貴方は本当に私達をよく見てた?


変えたのは私じゃなく、

彼ら自身だったはずだよ..っ!


この世界がすでにゲームの世界じゃないって

分かっていてどうして

私を騙して連れ去ったりしたの?


私が突然消えたら皆

心配するし混乱するよ!?


皆んな私を探して

辛い思いをしたかも知れない。


光の騎士が消えれば国だって傾きかねない。


遺言で女の子らしく

生きたいって確かに言った。


でもそんな人生、皆を困らせるような形で

もらっても有難迷惑なのよ!」


「はぁ....っはぁ....っ」


「..... 」


あぁ、私、怒りに任せて

結構な我儘言ったかも知れない。

神様に平手打ちって最悪..っ。


だけど我慢できなかった。


私は恐る恐る無言で固まる神様の方を見る、

神様は俯いたまま何も言わない。


「.....からなかったから」


小さな声で何かを呟いた。


神様は私の方を向くと滝のような涙を流して

号泣している。


「どうすればいいか

分からなかったから〜!」


うわーんと泣きじゃくる神様に

ギョッとする。


「だって僕、ずっと暗闇にいたから

人付き合いとかして来なかったし、

どうしたら人が困るとか、

考える機会もなかったんだもん」


ひっくひっくと嗚咽を漏らして泣く。


いや、「もん」て...

ひょっとして神様こんなでかい図体して

いやただの依り代だけど、

精神年齢アルトよりも低いんじゃないの?


私は、呆れ顔で神様の頭を撫でる。


なんか、今ので

今まで思いつめていた

鬱積みたいなものが吹き飛んだ気がしたよ..


「はぁ、もう3年も経っちゃったし、

とりあえずこれからどうするか

一緒に考えよう?」


嘆息して軽く微笑んで見せると

神様は瞳を輝かせた。


「神様、それで貴方が入ってる依り代は

貴方の知ってる人なんだよね?」


私はにこりと微笑んで神様に問う。

神様は満面の笑みを返してくる。


「いや、そこらへんの

辺境伯貴族から勝手に拝借したから」


「は?」


「ヴィルセントで一番王城から

遠い貴族だとしても

3年音沙汰がないとさすがにそろそろ使いを

寄越すかも知れないね?」


「はぁ!?」


「ヒヒィーーン!」


窓の外から数匹の

馬のひずめの音が近づいてくる。


「噂をすればちょうど来たな」


パールが呑気にテーブルに置かれたハムを

食べながら話しかけてくる。


ナイスタイミングって!

ちょっと、唐突に色々起きすぎでしょ!?


でもこのタイミングで私がこの家にいることが

分かれば神様の依り代の人ただの死刑じゃ済まさ

れないんじゃ....


あ〜!考えただけで恐ろしい....っ


「でも、私、女の姿だし..大丈夫かな」


安堵しかけた私の顔を

パールがジロリと見た。


「国王が白金髪に薄紫の瞳の少年を

血眼になって探してるのはヴィルセントじゃ

有名な話だから女であっても

王城で事情聴取は免れんだろう

...ついでに」


「ついでに?」


「俺のことも血眼になって

探してるらしい」


お、おいーーーー!!


表情一つ変えずハムを頬張るパールに

激しいツッコミを入れたくなったが

我慢する。ぽちゃ猫だけど神官様だし..。


「由来ー?どうしようか?

まぁ、死刑になっても生き返らせればいいし、

このままでても構わないかな?なーんて」


神様はそのまま王城の使いを迎えようとするのを

必死で止める。


「いやいや!!だめでしょ!!」


「大丈夫だよ!僕は一旦ルイの身体に入らせて

貰うから安心してよ」


「いや!そういう意味じゃなくて」


「そうか、僕に性別はないけど勝手に

入られるのは嫌かな?

じゃあパールに入るから」


「そうじゃなくて!!!」


あぁー!

この神様やっぱり全然分かってないよ。


「神様、変装できるものこの家にある?」


「仮装でお出迎え?粋だね?」


もう一度平手をお見舞いしてやりたくなったが

グッと我慢して部屋を物色する。


「違う!変装して逃げるの!」


神様は冗談げに笑っていた顔を

急に真剣な眼差しに変える。


「冗談だよ。分かってる。

由来が苦しいうちは王宮に由来をやったりはしない」


神様の言葉にずきりと胸が痛む。


ルイに戻る...か。


それを考えるのは後だ、

正直今の状況はよく分かってないけど

辺境伯貴族さんの命が最優先だ。

となるとここにはいられない。


あとは...

あれだけは置いていけない。


「由来、もしかして探してるのってこれ?」


神様が私に純白の剣と淡紫の宝石がついた

ペンダントを持ってくる。


それを見たら

ぎゅっと胸が締め付けられた。


「....持つのが辛いなら

置いてってもいいと思うよ?」


「いや....持っていく。

これは大切なものだから」


私はその二つを

大切に握りしめて身につけた。


これは私にとって大事なもの。

嬉しい思いも苦しい思いも

いろんな思いが詰まってる。


捨てちゃいけない、

私とルイの大切な....


「由来、ルイに戻る決心がつくまで

一緒にいてあげるからね」


神様が切なげに微笑んで私を見る。

私は一瞬瞠目して微笑んだ。


「ありがとう。

だけどルイに戻っても

神様が居たい時までいていいよ」


私がいうと神様は目を丸くして破顔する。


細めた目尻に涙が滲んでいたことは

気づいていない振りをしてあげた。

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