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16. ルイとユラ

ポタ.... ポタ....


雫が落ちる音が聞こえる。


「っく、ひっく...っ」


誰かが嗚咽を零して泣いている。

全身が酷くだるくて瞼が鉛のように重い。


ポタ...


生暖かい液体が口元に落ちる。

誰かが泣いているのだろうか?


炎の中にいたせいだろうか

からからに喉が渇いている。


私は口元に落ちた雫を舌で舐めとった。


口が切れているのか

鉄と泥の味がする。


またポタポタと雫が落ちてくる。

涙にしては舌触りがどろついている。


何かがおかしい、


私は重い瞼をゆっくりとこじ開ける。


眼前にあったのは泥のついた真っ赤な腕と

それを持ち上げる私と同じくらいの

小さな少年だった。


周囲は焦げ臭く、

身体が重くて仰向けになったまま

ピクリとも動かない。


「助....けて」


少年は大人の腕を両手で持ち上げながら

私の前にぶら下げる。

揺れる手先から流れ伝った血が

私の顔面に降ってくる。


ポタリポタリと

真っ赤な液体が頬を伝う。


嫌な予感がする。


どうしてか少年の持つ腕の先を

見てはいけない気がした。


「パパを....助けて...」


腕の先へと視線を運ぶと腕の主は

エンフィに暗殺を企てた騎士の一人だった。


「パパを助けて!!」


悲鳴にも似た悲痛な声が耳に劈く。


ピリピリと頭が麻痺を起こしているように

思考が停止する。


どくどくと追い立てるような鼓動と

足先から体温が

抜け落ちていくことだけは分かった。


逃げ出したい衝動だった。


ーー嫌だ。


心の奥で誰かが叫んでいる。


少年の瞳に映った私の歪んだ顔が

その衝動を一層激しくさせた。


私は重い体を持ち上げると足を無理やり

引きずりながらその場から逃げた。


左肩が燃えるように熱い。


鉛のような足が思うように動かず、

炭になった瓦礫に躓いて

ぐちゃりと地面に直撃する。


ベイゴードは燃えて炭になった何かで

埋め尽くされ、黒い海のようになっていた。


ただ聳え立つ壁だけはその光景を嘲笑うように

悠然と見下ろしている。


泥と汗と血でベトベトになった腕を服で拭っても

服についた血が腕を余計に汚すだけだった。


”由来、またお前は無茶ばかりして、

そんな所も父さんに似なくていいんだぞ?“


父の優しい笑い声が不意に脳裏に浮び

乾いた笑みが吐き出される。


「もう、

お父さんには会えないな..」


もしあの日に帰ることができても

私はあの頃のようには戻れない。


私の斬った騎士には

きっと家族がいただろう。


私に大切な人がいるように、

そんな人間がそばにいただろう。


私に本気の剣を向けた騎士の覇気から

それは察せられたけど

考えないようにしていた。


灰の上を身体を引きずって歩く。


「エン....ード...殿下?

...どこ..で..すか?」


からからになった喉から

掠れた声がかろうじて出る。


”パパを助けて!!“


脳裏で少年の声がこだまする。


もし私の父が同じ目にあったとしたら

きっと殺したいほど憎むだろうな。


重い何かが私の背にのしかかっているように

おぼつかない足を瓦礫の上に運ばせる。


「殿..下....!殿下.....っ!」


叫ぶたびに喉に鈍い痛みがはしるが

今は痛いぐらいがちょうどいい。


左肩の感覚もすでになくなっている。


このまま全ての感覚がなくなって

消えてしまえたらどんなにいいか。


気力も体力もすでに底を尽きていた。

瓦礫に足を奪われると

身体がぐらりと地面に沈んだ。


ここはファンタジーの世界だけど

紛れもなく現実で、


誰もが必死に生きて

生きるために

命を奪わなければいけない世界。


私の世界にも無いわけじゃない。


だけどまさか自分がその当事者になるなんて

思っていなかった。


ルイに生まれた時点で

騎士として生きることは決まっていた。


ゲームと違って

この世界はこの世界なりの現実が存在する。


だからこそ感じざるおえない、

この世界の人との感覚のギャップを。


ジュールは私のような人間が騎士になるべきだと

言ってくれた。


だけど本当は違う。


私が騎士になる理由は

運命に背を向けるのが怖いからだ。


殿下を守りたくて振るった剣に嘘はない。

あのタイミングで私が剣を捨てていいわけが

なかった。


ただどう理由を繕っても

人を斬るのは怖い。


大切に紡がれた誰かの命が

あんなに簡単に消えてしまう。


その事が怖い。


自分の手が血で汚れる度

歯車が壊れていく。


あの瞬間、私が騎士達に向けた剣は

スレイグで人を斬った時とは明らかに違う。

確実な場所を狙わなくては殺されていた。


人の命が一太刀で容易く奪われる瞬間

吹き上がる血も、断末魔も


その全てが

胸を食い潰すように

私の精神を侵していく。


あの時対峙した騎士達の

命懸けの剣も瞳もその全てが

今も脳裏に焼き付いている。


それが脳裏によぎる度、

得体の知れない不安が身体を震わせる。


「殿下....どこですか....?」


誰もいない。

黒い海の中でエンフィを探す。


ねぇジュール、

私、騎士の資格本当にあるのかな?


ベイゴードは炭になってしまった。

殿下も、ベイゴードの人々も

私、結局最後まで守れなかった。


生きてさえいてくれればいい...


だけど、


無力に無事を願う事しか出来ない私が

人を斬り、守ろうとする意味があるのかな?


ルイはこんな時、

どう自分の気持ちにけりを

つけていたんだろう。


私がルイだったら

ジュールのように強くいられた?


私がルイだったら

こんな事悩みさえしなかったのかな。


私、今までどこかルイを見下していた。

ルイよりも私の方がうまく生きていけるって

思っていた。


ルイだけじゃない、

私は最初、攻略キャラクター達の表面だけを

見て蔑んでいた。


だけどそれは浅はかな自惚れだ。


光の騎士は生まれながらに騎士としての

つとめを誓われた存在。


どんなに歪もうとこの命のやり取りと懸命に

向き合っていた彼らは私なんかよりずっと強い。


ルイはこんな困難に直面した時も

ルイなりにけりをつけて

必死に乗り越えていたんだ。


私、馬鹿だ。

そんな事に今更気付くなんて。


他国の騎士にも通用する強い剣術を持っていても

私は彼らとは根本的に違う。


私は命を奪う覚悟も奪われる

覚悟もしていなかった。


ただ目の前に起こる現実と必死で向き合う事しか

出来なかった。


だから今、こんなに苦しいんだ。

後悔しているんだ。


本当は何もかも投げ出してしまいたい。


腰抜けだと罵られても構わない。

これ以上人の命を奪いたくない。

私はこれ以上奪った命を背負える自信も

覚悟もない。


黒い海が私を縛り付けるように

私はその場から身を起こすことが出来なかった。


神様は何故私の魂を

ルイの中に入れたんだろう。


「どうして逃げるの?」


気づけば少年が上から見下ろしていた。


「泣いているの?」


少年が横たわる私の頬に伝う雫を

小さな手で拭う。


「こんな汚れた涙、拭わないで。」


そんな言葉が口から溢れていた。


硝子玉のような瞳からは

感情が読み取れない。


ただ静かに私を見据えていた。


そうか、彼は私が彼の父を殺したことを

知らないんだ。


「私は、貴方のお父さんを殺した。

言い訳はしない。

この剣で斬ったのは私」


枯れた声で言葉を紡いだが

彼の様子は変わらない。

怒りも悲しみもない

無感情のままだ。


「殺して欲しいの?」


少年はポツリとそう呟いた。


「殺して欲しいって顔に書いてある。

アンタは薄情だね。

人殺しが怖いと思っているのに。

僕に同じことをさせようとしてる」


私は何も言えなかった。


私、最低だ。


死ぬことなんて許されない。

私は光の騎士だ。


私がいなければこの世界は救えない。

私はエンディングへの重要なピースだ。


本当はルイとしてこれ以上生きたくない。

もう人を斬りたくない。


だけどこの命を投げ出せば

私の大切な人達全てを不幸にする。


ルイの命と世界の運命


こんな二つを天秤にかける

私は確かに薄情だ。


「由来、いい方法を教えてあげようか?」


少年が私の耳元で囁く。


「僕がアンタの代わりになってあげる

どう?今のアンタには魅力的な提案だろ?」


少年は感情のない瞳のまま

私に微笑みかけた。


もう思考することさえ苦痛だった。


私がコクリと頷くと少年はその笑みを

深める。


「これ以上辛い思いはしなくていいよ。

アンタは優しすぎたんだ。

騎士なんて向いてなかった

それだけさ」


何故私の名前を知っているかなんて

どうでもよかった。


私の代わりに生きてくれる人間なんて

一人しかいない。


「ルイ....なの?」


私が聞くと少年は目を丸くして

にこりと微笑む。


そして私の額にこつりと額を当てた。


少年の姿が私と同じに変わる


彼の淡紫の瞳が同じ色の私の瞳と重なった時

私の意識が遠のいていく気がした。


これでいいんだ、

私よりもルイの方が光の騎士にふさわしい。


私は結局ルイにはなれなかった。


「自分を責めないで由来。

アンタは十分よくやっているさ。


後は僕に任せて安心してお眠り、

僕の愛しい女神様」


少年の囁く声が耳に届く前に消えていく。


視界が白いベールに包まれるようにぼやけて

霞んでいく。


思考すら奪われて消えていく。


ジュール、

最後に一度ありがとうって伝えたかった。


殿下を守るために剣を振るった時、

気丈でいられたのはジュールのおかげだ。


あのペンダントに触れると、

少しだけジュールの勇気を

もらえた気がしたから。


私、また伝えたかった事を

言えないままになってしまった。


最後の後悔を残したまま

目の前の景色は真っ白に変わっていった。


遠くで私を呼ぶ声が聞こえた気がしたけど

もうその声に返せないんだと思うと

少し寂しくなった。



**********************



※ジュール視点のお話になります。


ベイゴードの人々を救出した後、

ルイを王城へ運ぶため

馬車に乗り込むと容態が急変した。


「ルイ...頼む...っ

目を開けてくれ....」


無残に裂かれた左肩から今もどくどくと血が流れ

巻かれた布は赤黒く変色している。


ルイの体は徐々に冷たくなっている。

呼吸も消え入りそうなほど弱い。


本当は直ぐにでも

ルイを医者の元へ運びたかった。


だが、ベイゴードの人々のために戦った

ルイの意思を無下には出来ない。


白磁の肌は血の気を失い

瞼の皺には疲弊が見える。


ルイの頬についた血を軽く拭うと

深い溜息が溢れた。


思えばルイが殿下の身代わりを

俺に頼んだ時から悪い予感はしていた。


殿下に刺客を差し向けたソレイド殿下は

エンフィード殿下の双子の兄、

殿下をよく知る王子ならば殿下がむざむざ

敵の待つ蛇の巣に入るような真似はしないと

分かっていてもおかしくない。


現に俺が殿下の格好をして身代わりとなった時、

現れた刺客は予想以上に少数だった。


少しでも増援を

ルイの方へ向かわせていれば..


ルイの強さを頼りきり思考を欠いた

自分の甘さに反吐が出る。


「壁内の人は外へ避難できた!

ルイの様子は...」


アレックスが馬車に入るなり

深く眉を寄せた。


「まだ間に合う、今すぐ馬車を出す。

アレックス、頼む」


俺の言葉にアレックスが表情を引き締める。

ルイに自分のコートを掛け手首を握る。


脈も徐々に弱まっている。


馬が出発の唸り声を上げると

馬車がぐらりと揺れた。


振動の負担を抑えようとルイを支える。

身体が先ほどよりもずっと冷たい。


どくどくと心臓が嫌な音をたてる。


大丈夫だ、ルイは必ず助かる。

神がルイを殺すはずがない。


言い聞かせるように胸を軽く拳で叩く。


ドクン....ドクン....


拳で諌めるどころか心臓は

これから起こる災厄を知らせるように

隆起しては陥没していく。


「ヒヒィーーン」


走り出した直後に馬車が急停止する。


「アレックス、どうした?」


様子を確認するため馬車から出ると

アレックスが苦笑いを浮かべた。


「悪い、なんか猫が飛び出して来て....」


「猫?」


「いや、気にすんな。

直ぐに馬車を動かすぞ」


アレックスに促され再び馬車に入ると

横になっていたはずのルイが立ち上がり

横目で俺を見た。


先ほどまで危篤状態だった事が幻のように

ルイは飄々と俺の方へと向き直る。


「ルイ....?」


よかった....

何故かそう素直に安堵出来ない。


得体の知れない違和感が

頭を支配する。


「すまない、もう大丈夫だ」


ルイはそう言ってにこりと微笑み、

馬車から足を踏み出そうとするのを

慌てて止めた。


「おいまだ動くな、傷が開く。

ベイゴードの人々も殿下も無事だ。


俺達は今から王城に

向かうことになっている。」


俺の言葉にルイは笑みを崩さず

首を横に振った。


「私が斬った騎士達はどうなった?

死体はまだ残ってる?」


細めたルイの瞳がいつになく無機質で

背筋にぞわりと悪寒が走る。


「あ、あぁ。

全員壁の外に避難させた。

エンフィード殿下の指示で後から

埋葬する事になっている」


「そ、良かった。」


ルイは淡白に返事をすると

身軽に馬車を降りる。


「おい、待て。どうしたんだ?

目を覚ましてから様子がおかしい」


ルイを追いかけるように

馬車を降りて問いかける。


ルイは試すような目で俺を真っ直ぐに見る。


「私を止めないでくれ、

埋葬する前に彼らの元へ

行かないといけないんだ。

このまま殺してしまったら由来が悲しむ。」


ユラとは誰のことだ?

貴族の中にはいないはずだ。

そのような珍しい名だったら

忘れないだろう。


「分かった、俺も共に行く」


俺の言葉にルイは少し煩わしげに眉を

ひそめるが仕方なく頷いた。


「おいおい!?

ルイ!目が覚めたのか!!?

立ち上がって平気なのかよ!?」


アレックスが俺達に気づくと

凄い剣幕で向かって来た。


結局、俺達はここに残り、

アレックスはその他の怪我人を

運ぶことになった。


「肩を貸すか?

出血が酷いんだ、

本当は立つのも辛いだろう」


ソレイド殿下の騎士達の元へ向かう途中

ルイに話しかける。


「平気だ、気にするな」


ルイは無機質な瞳で俺を流し見て

素っ気なく返事をする。


ソレイド殿下の騎士の元に辿り着くと

既に皆、避難し終えたようで

壁の周囲は閑散としていた。


壁の近くで横たわる騎士達の死体を見ると

なんとも言えない気持ちになる。


壁の奥では轟々と音を立てて

炎が燃え上がり、黒い煙が上がっている。


火の粉の滓が舞い、

降っては地に着く前に消えて行く。


騎士の中には自分の斬った人物の首を

戦利品として持ち帰る者もいるが

ルイにそんな趣味はないだろう。


ここに来たのは追悼か、

それとも他に意味があるのか。


ルイの様子を一歩退いて見ていると

ルイは硝子玉のような瞳をこちらに向けた。


「30秒だけ目を瞑ってくれるか」


「何故だ?」


「由来の国では黙祷というらしい。

追悼の意味があるとか」


「ユラとは誰の事だ?」


俺の言葉にルイは嬉しそうに微笑んだ。


「僕の女神の名前だよ」


やはりルイが分からない。

唐突な言葉の羅列に

違和感は深まるばかりだ。


「分かった。モクトウはする。

だがこれはルイの返答次第だ」


俺は傍に差した剣に手をかけた。


「お前は本当にルイか?」


ルイを鋭く睨みつけるが

ルイは薄笑いを崩さず、

そればかりかにこりと微笑んで見せる。


「あぁ、私がルイだ。今はね。

由来は最後にお前に

感謝を伝えたかったみたいだけど。

可哀想だから僕が代わりに伝えよう。


“ありがとう、ジュール。

貴方のおかげであの時殿下を守るために

剣が振るえたんだ。”

...ってね」


「ルイ...?」


ルイはそう言ってにこりと微笑むと俺の前に立ち

首元を引き寄せ俺の目を隠した。


ルイは何を言っているんだ?

ユラとは誰だ?

俺は会ったことがあるのか?


「おやすみ、

アンタが由来の世界に踏み込む必要はない。

だってアンタは“知らない側の人間”だから」


ルイはそういうと

目の前が真っ白になる。


体の力が抜けて

頭が思考を拒否して行く。


「お前..は...いったい...」


頭の中で白い靄が霧散して

思考を埋め尽くす。


目を覚ました時にはルイの姿は消えていて、

死んだはずの騎士達が困惑げに周囲を

見渡していた。


目の前に起こった現実の

全てを呑み下すことが出来ず、


その後セレン騎士達による

ルイの大捜索が行われるまで

起こった全てが夢なのだと信じていた。

鬱回でごめんなさい。

これ以降は比較的明るくなるのでご安心を!

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