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15. エランデル王国第二王子

※13、14話内容エンフィード視点のお話です。

「わたしはこのくにをまもる、おうになるから

エンフィがいちばんちかくにいてくれる?」


3歳の時誓ったソレイドとの約束を

私は決して忘れない。


私とソレイドは

「光の騎士」のお告げの元に生まれた。

髪も瞳も全てが瓜二つだった私達はとても仲の良い兄弟だった。


気の弱い少年だった私は

気が強く豪胆なソレイドに憧れていた。


正義感に溢れ、

臆病な私を咎める声を

いつも跳ね除けてくれていた。


私はソレイドが次期王になるのだと

信じていたし、

側で兄を支えられることに

誇りさえ持っていた。


「きっと光の騎士はソレイドだね!

ソレイドは正義の味方だもの!」


光の騎士がどちらか占う

5歳の神官の儀式の日

私はにこやかにソレイドに話しかけると

ソレイドは晴れやかに微笑んだ。


しかし光の騎士は私だった。


思えばその日が境だろうか

ソレイドが私に壁を作るようになったのは。


「ソレイド!一緒に剣術の稽古に行かないか?」


「エンフィ....

光の騎士になったことを自慢しに来たのか?

あいにくだけど私はお前とは稽古しないからな!」


ソレイドは私が話しかけるたびに

苛立っていた。


剣術の先生は私が良い動きをするたびに

「さすが光の騎士」だと褒めたせいだ。


ソレイドは私の前で剣すら握らなくなった。


しかし影で血の滲むような努力をしていたのを知っていた。


「光の騎士」なんて私には荷が重い。

私が受けるべき天命ではなかった。


幼い頃から次期王としての自覚があり

いつも私を守ってくれた

正義感の塊のような兄、


「光の騎士」は

ソレイドが受けるべきだった天命だった。


「エンフィード殿下、

我らの光の騎士様

私達が必ず貴方様を

国王にしてみせますから」


ある日私はある臣下にそんな事を言われた。

私は否定しようとしたが

その瞬間をソレイドに見られていた。


あの時のソレイドの悲哀の灯る瞳が

今も脳裏に焼き付いている。


「待ってくれ!ソレイド!

私は王位など興味ない!

私はソレイドとの約束を忘れるわけがないだろう?!」


力無く立ち去るソレイドを引き止めると

ソレイドは掴んだ私の腕を払いのけた。


「そうやってエンフィはいつも下手にでて

私の欲しいものを平気で奪っていくんだ...っ

光の騎士の次は今度は王位か..?


くっははは..っ

お前はどこまで私を裏切れば気がすむんだ!

もう二度と私に話しかけないでくれ

お前などもう兄弟ではない」


突き放したソレイドの小さな手が

とても遠い所に行ってしまった気がした。


いやだ、行かないでくれソレイド、

私はお前を裏切ったりなどしていない。


私を...信じてくれ...


そんな思いはソレイドに

届くことなどなかった。


ソレイドは歪んでいった。

国の為に努力していたソレイドは

国を忘れ、私に勝つためだけに

異常なほどの力を入れるようになった。


私はソレイドが

変わってしまうのは怖かった。


私のせいで、正義に自分を奮い立たせることのできるソレイドが変わってしまう事が。


10歳になってすぐの事、

私は寝室に張り詰めた殺気で目が覚めた。


目の前には黒服の男が

私に剣を振り上げていた。


「どうして....」


月明かりで見えた男の顔は

布で半分を隠してたが

昔から勘だけは鋭かった私は

彼がソレイドの護衛騎士だと分かってしまった。


「起きてしまったか...

殿下、お覚悟を」


「やめろ...やめてくれ!!!!っ」


私は逃げ出した。

どこに行けばいいのかも分からず。

ただこの場所に居たくなかった。


けしかけたのはソレイドだろう。


ソレイドはどうして殺そうとする..っ

私が何をした..?


いやだ、考えたくない。


光の騎士なんていらない、

私は国王などなるつもりはない!


私には向いて居ない、

ソレイドのような強い男がなるべきだ。


そう思っているのに、なぜ伝わらない..っ

信じて居たのに..


いつかわかってくれると、

ソレイドと再び手を取り合える日が来ると


そう信じていたのに...


城を出た私は頬を伝う涙も気にせず

ただ歩いた。


身一つで出た街で、

私はあまりに無力だった。


「坊や、どうしたんだい?

綺麗な顔をしているね、

うちの店に来るかい?」


その日を境に

私は刺客が送られやすい深夜は

その女性の店に

かくまって貰うようになった。


女性は小さな娼館の娼婦だった。

宿を与えてくれる代わりに

店の手伝いをすることになる。


「離れて暮らしている妹に

美味しいものを食わしてやりたいんだ」


娼婦の女性は口癖のようによくそう呟いた。


夜は働き、朝は寝て、昼に城に戻る生活が続くと、王宮の一部の貴族は私を影で放蕩息子と呼ぶようになった。


これだ、と私の胸は高鳴った。

臣下ががっかりする様なそぶりを見せる度

密かに悦に浸っていた。


しかしある夜の娼館で

私を匿っていた女性は

私を付けていた騎士に目の前で斬られた。


彼女は「ベイゴード街の脱出者」だった。

私はその時初めてその街の存在を知った。


横たわる女性の近くには

妹のところへ持っていくはずの

パンやチーズが転がっていた。


「嘘だ...嘘だ...」


私のせいで彼女は見つかってしまった。

騎士の冷徹な瞳が私を見る。


「殿下がご無事で何よりです」


私は傍らに立った騎士を睨んだ。


ただ、遣る瀬無い怒りと

罪悪感と無力感で腑が煮え繰り返る。


たった二つのパンとチーズ一つ。


彼女はベイゴードに入る商人に毎夜持たせて

妹に送り届けていたのだと知ったのは

その時がきっかけだった。


彼女のような優しい女性に

斬る理由を与えてしまう街、


私は転がったパンを一つ拾うと決心した。


「私は知らなければ、

ベイゴード街のことを」


私がその場所へたどり着いた時

私は目の当たりにした。


この美しく豊かなエランデルの片隅に

父上達が隠していた、


悍ましいこの国の現実を。


ベイゴード街はこの国の不幸の

掃き溜めの様な場所だった。

許された人しか壁外に行き来が

できないこの場所は食料不足で困窮し、

職もままならないため、

街内の治安は悪化の一途を辿っている。


森を開拓しただろうこの地の

野放しにされた巨木は枯れ果て


気が狂うほどに劣悪な環境は

人々の身体を侵していく。


時折抜け出すものが現れては

ベイゴードの中央街で

見せしめに殺されるところも見た。


国に見放されたこの場所は

まさに生き地獄の様な場所だった。


私はこんな場所を父上達が作った事実を

飲み下せなかった。


だけどそれ以上に、

私の身に沸き立つ感情が怖かった。


私はこの状況を

なんとかしたいと思ってしまった。

こんなに苦しんでいる人たちがいる事を

知ってしまったら、


もう見て見ぬ振りなど出来ない。


頭に浮かんだ微かな感情を

必死に飲み込む。


だめだ、


私は何もしては行けないんだ。

愚かでなければいけないんだ。


私が出しゃばればソレイドを狂わせる。

ソレイドは王になる人間だ。

私が狂わせてはこの国はもっと歪むだろう。


だが、ソレイドが民を裏切ったらどうする?

今のソレイドを信頼していいのか?


分からない、私はどうすればいい?

この街の民を救いたい、

こんなことあっていいはずがない


だが、私は王にはなれない。

私はソレイドのような豪気な人間ではない。


臆病で、気の小さいただの人間だ。


私を匿ってくれた女性を

死なせてしまった私はあまりに無力だ。


人を救える人間だとも思えない。

私はソレイドとは違う、


ソレイドが私を救ったように

私はソレイドを救えなかった。


私は何もしては行けないんだ...


私が「光の騎士」である限り、

王位は私の影から離れてくれない。


そんな状況下で今、

私にできることはソレイドの怒りを買わないことだけ、それしかない。


「ふふっくっふっははははっ...」


私はベイゴードの片隅で空笑いする。


自分があまりに情けなくて

腹が立って、だが何もできない。


その事が滑稽で

私はいっそ死んでしまった方が良いのではないかとさえ思えてくる。


せめて光の騎士でさえなければ、


そんな一縷の願いを

神が叶えてくれたと思ったのは、

彼女がルイ・クロフォードだと知った時。


ヴィルセント王国の騎士との

合同演習の歓迎式、

屈強な騎士達の中で一際華奢で可憐な要望の騎士は「自分は男だ」と告げた。


まさか、そんなはずはない、

私は娼館で働いていた際多くの

女性を見てきた。

年若い少女も多くいた。


私の勘が外れるはずもない。


夜中彼女の部屋へ押し入り

問い詰めると、それは確信に変わる。


クロフォードのために性別を

犠牲にした哀れな少女、


セレン騎士に入るくらいだ、

その熱意は大したものだろう。


光の騎士がそんなに大事か、

彼女の両親は

彼女の本来あるはずの人生を奪ってまで

爵位を守ろうとしているのか。


それならいっそバラしてしまった方が

彼女のためではないか?


女性にこのような真似をするのは道理にかけるが私は剣を突きつけ彼女を脅した。


重い沈黙の後背後から刹那の殺気を感じる。


「殿下!!下がって下さい!!!」


彼女はとっさに私を庇い矢を叩き落とす。

その剣を抜く早さに瞠目する。


彼女は私の両肩を掴み私を叱り飛ばした。

女性に叱られるなど初めての経験で

一瞬あっけにとられる。


寝室を使えという彼女に

私が訝しむと

彼女は一枚の契約書を突きつけた。


私が彼女が城を出るまでならば良いというと

彼女は同意する。


契約期間はたった数週間、

そんな短い間に彼女は何をするつもりか、


まぁいい、

彼女には悪いが

契約が終われば王に報告し、

私の王位を取り下げてもらえるだろう。


私が光の騎士でいる限り

ソレイドは私を恨み続けるだろう。

憎しみを原動力に動くソレイドをこのままにしていてはいけない。


久し振りにベットに寝転がる。

私のせいで犠牲になる人を出したくなくて

誰かを頼らず今まで一人で逃げ延びてきた。


誰を頼ることも許されない。

周りの人間も信用できない。


もう心身ともにまいっていた。


だがこの地獄のような夜も終わりだ。


トクトクとベットに反響する

心臓の音が不意に嫌な音に聞こえ

この国が終わりを告げる

秒針が動き出したように思える。


私は目を瞑り自分に言い聞かせた。


大丈夫、ソレイドなら

きっといつか変えてくれる。


私はそのまま深い眠りについた。

胸の奥に眠る違和感をしまいこんで。


カーテンに刺す朝日で目が覚めたとき

私は部屋を出ようと扉を開ける。


傍でスヤスヤと眠る少女は

あまりに無防備であどけなく、

昨日私をその剣で守った騎士とは思えない。


彼女が身震いしているのに気づき

ベットの掛け布団をかけた。




「....エンフィ様はそれでいいんですか?」


暴動が起きたことをきっかけに

彼女とベイゴードを訪れた時、

彼女はそう言った。


この国の悪しき政策を野放しにして良いのかと、


いいわけないだろう。


その言葉がのどまで出かかって

無理やり飲み込む。


いいわけない、


そんな無責任な言葉を言いかけたことに

自分に怒りさえ湧いてくる。


私はこの王城で動いていい人間ではない。

王城を出てもただの無力な少年でしかなかった。


何もできない私はこの街を憂うことさえ許されない気がしていた。


私の希望はソレイドだけだ。


しかしそれはいとも容易く崩壊した。


「ソレイド....」


悲鳴を聞いて駆けつけた先には

燃え上がる炎の前に

自分の写しのような顔の少年が立っている。


彼の私を見る目は

彼が私を兄弟ではないと言った日から何一つ変わっていない。


私は目の前に起きている現実を信じたくなかった。


ソレイドは正義感が強くいつも頼れる兄だった。


「ソレイド、

お前は私に国を守ると約束したじゃないか、

その答えはこれだというのか..?」


「あぁ、そうだ、

お前には今この街を消し炭にしなくてはいけない意味がわかっているだろう?」


光の騎士の称号は

彼が与えられるべきだった。


そうだろう?そう信じさせてくれよ..っ


私のような臆病な人間をいつも守ってくれたソレイドは民を見捨てるわけがない。


「その甘さが国を揺るがすのだ!

この国に不必要なものさえ分からぬ

愚鈍なお前には王位など合わない!


教えてやるよ!エンフィ!

この国に必要ないものを、

それはお前だ!」


あぁ、ソレイド、

お前は本当に変わってしまったんだな。


王位など表面上の称号にとらわれ

光の騎士などという伝説にとらわれ


お前は大切なことを忘れてしまった。


私と共に誓ったあの日の契り。


この国を守る、民を守る。


そう言ったのはお前からだろう。


お前が民を救えず誰が民を救うんだ!


私とルイの周りを騎士達が囲む。

ルイと共に剣を取る私は

半ば自暴自棄になっていた。


もうここで死んでしまおうか、

この国は終わりだ、

私の信じた最後の希望も潰えた今、


この炎の中私も共に焼け死ぬ事が

民達のせめてもの償いになるのではないか。


だがそんな私の思いとは裏腹に

ルイは騎士達をあっという間に倒していく。


その剣さばきは美しく繊細で

しかし雄美に振るう剣とは裏腹に

その表情は酷く怯えていた。


ルイはどうしてこんな状況で

そんな苦しげな表情をしながら

なおも戦い続けられるのだろう。


ルイも私同様光の騎士に縛られ、

自分らしい生き方も選べず

もしこの状況下で助かったとしても

私が彼女の性別を暴けば

彼女の家に待っているのは

決して幸福なものじゃない。


そんな状況でどうしてそのように真っ直ぐな剣を振るえるんだ?



敵の騎士が最後の3人になった時、

ルイは私を庇いながら告げた。


「エンフィード殿下、


殿下はこの街に悲憤を覗かせ

炎を鎮火させようと懇願しました。


貴方のような王族がこの国に必要なのです。


私は絶対に貴方を守りきって見せます。


民の命を軽んじる王子に

殿下は殺させません。」



私は醜い自分を映す鏡がボロボロと砕け落ちていくような気がした。


そうか、ルイは今、自分の未来なんて考えていないんだ。

この街の人々のために戦い、

剣を振るっている。


ルイは自分の境遇などに

縛られていなかった。


光の騎士である事から逃げず、

自分の信念のままに動いているに過ぎなかった。


そんなルイが私をこの国に必要だと言った。


私はこの国に必要ない、

私の存在がソレイドを狂わせる。


王となるはずのソレイドが狂えば

この国はもっと闇に飲まれるだろう。


違う


胸に秘めた違和感が音を立てて迫ってくる。


違うだろ!


私は逃げていただけじゃないのか?

すべての責任をソレイドに背負わせ

無責任な信頼を寄せ

ソレイドが自分の思い通りに動かないのが本当は歯がゆくて仕方なかったんじゃないのか?


私は本当は傲慢な人間だった。


ソレイドが変わっていくたびに


本当は私ならば、


そう思っていたんじゃないのか。


だけど怖かった。

傲慢で臆病な私は

国を変えることの責任を負うことが怖かった。


私にはその責任をすべて負ってこの国を必ず変えてやるという自信がなかった。


光の騎士に縛られていたのは私だったんだ。


ソレイドの憎む光の騎士が

この国を変えたいと願う私と重なったから


私は光の騎士から逃げていた。

だがそれはこの国を変えようと願う私自身から逃げていたに過ぎなかった。


ルイが最後の一人を斬った時

不意に背後に蹲った騎士が立ち上がり

ルイに剣を振りかざした。


「ルイ!!!!!」


ルイはとっさの判断で避けるも

その剣は左肩を切り裂いた。


血飛沫が舞う、

私はその騎士を全力で突き刺した。


ぐちょりと刃が肉を裂く感覚と共に

男は前に倒れこんだ。


ルイは痛ましげに呻くとそのまま私の懐に倒れこむ。


「ルイ?!ルイ..っ!!?」


右手で庇った左肩から今もどくどくと血が流れている。


私は慌ててローブを裂くとルイの左肩にきつく巻きつける。


轟々と燃え上がる炎がルイの髪に透過して

今まさにこの国の希望が燃えていくように錯覚する。


私は怖かったんだ。

救おうとしても救えない事が、


私が何をしても

あの女性のように軽々と切り裂かれてしまうのではないかと。


だけどそんな事重要なことではなかった。

今助けられるのが私だけなら

私が救うしかないじゃないか。


適当な理由を並べて

他人に責任を押し付けて逃げて、

それで救えなかったらその人を責めて、


私のやっていたことは

この国と何一つ変わらない。


私は王族という責任からも

光の騎士という責任からも逃げたかっただけじゃないか!


私はルイを横に寝かせると立ち上がり、

私を睨む目の前の少年と対峙した。


ソレイドの方へゆっくりと向かうと

ソレイドは剣を私へ向けた。


「ソレイド、お前がやったことは

国のためになどなりはしない。


このベイゴードの治安の悪さは

この街を隔離し、飢えさせ、

教育も施さない私たちの責任だ。


このベイゴードの街は

私達国家の失策の尻拭いをしているに過ぎない。


そんな彼らにすべての責任を押し付け焼き払うなどしても、また再び新たなベイゴードをつくるだけだ、


それがお前に分からないなら

お前を王にするわけにはいかない。


私がこの国の王になる」


私の言葉にソレイドは瞠目し、

悲痛に眉を寄せこちらを厳しく見つめている。


「エンフィ、お前は臆病で小さな男だ。

いつも私の後ろに隠れ、

自分で立ち向かおうとしなかった。


そんなお前が王になどなれるわけがないだろう!」


ソレイドの言葉に私は目を伏せる。

そして再びソレイドを見て、

息を吸い込んだ。


「お前の言う通り私は臆病で

いつもソレイドの背に隠れていた。

お前はいつも私を守ってくれた。

お前は私の憧れで希望だった。


だがそれはこの国のために努力を惜しまず

民のために正義を振るえるかつてのお前だったからだ。


ソレイド、新たな誓いをお前にしよう。


私はもう逃げない、

どんな責任からも。


民を救い、この国を変えてみせる。」


私はソレイドに剣を向ける、

そしてそれを地面に突き刺した。


「何のつもりだ!

剣を取れ!」


「剣はとらない、

今やるべきことはお前と戦うことではない」


私は怯えながら行き場もなくただ立ち竦む

ベイゴードの人たちの方へ向き直る。


「ベイゴードの民達よ!

皆で力を合わせてこの壁から逃れるのだ!

私がお前達の指揮をとる!


もう燃え盛る火の手を防ぐことはできない!

だが私達は死ぬわけにはいかない、


ここで死んでは私達は

国の責任を押し付けられ灰になるだけだ。


それを許してはならない!


お前たちはそんなことのために今まで生きてきたわけではないだろう!」


私の声に街の人々は声を上げる。


気づけば街のほとんどの人々が

この場に集まっていた。


「大門を開けてくれ、ソレイド!」


「大門を開けても

この人数では全員を逃がすことはできない、

壁を壊すにも時間は足りない。

もう逃げることは不可能だ」


「.....ソレイド、私は諦めない。


ではこの街に生える大樹を切り倒し

壁の足掛かりにする、

ロープを降ろして突破する!


大丈夫だ、

壁から出ても私がお前たちを斬らせない。


時間がない!すぐに行動に起こすんだ!」


街の人々と力を合わせ

木を切り倒し、丸太を壁に並べる。

ロープを垂らし、順々に降りていく、

焦る民衆を時折諌めながら。


ソレイドはただその光景を呆然と見ていた。


火の手はすでに街全体に燃え広がっていた。

焼け焦げるような暑さと

黒い煙を吸わぬよう

ローブで口元を抑える。


これでは埒があかない..


くそっもう時間がないのに。


「大門を...開けよ...」


不意にそばで様子を見ていた

ソレイドが呟く。


「大門を開けよ!!!

大門を開ければ少しは脱出できる民を増やせる!」


ソレイドが指示を出すと

大門を防衛していた騎士達が門を開ける。

その門の外へ民達が濁流のごとく流れ出ていく。


「ソレイド...」


私が呟くとソレイドは私の方を向いた。


「私は権力に目がくらみ怒りに飲まれて

父上に気に入られるための行動ばかりとっていたようだ..


....この責任は必ずとる」


私は顔を背けるソレイドに眉を下げた。


「助けてくれ!

歩けないものはどうしたらいい?!」


不意に後ろから男に声をかけられる。


病人や身体が不自由なもの、

火事で怪我を負っているものが

まだ大勢残っている。


民衆は逃げるのに必死で彼らに目を向けていない。


ルイもここから出さねばいけない..


どうする..


ドゴッ!!!!


不意に壁が大きな音を立てて壊される。

等身大ほどの大穴から

青と白の騎士服をまとった

騎士がわらわらと出てくる。


「おい!!!!!

無事か!!!!??」


アレックスと呼ばれる騎士と

その奥からジュールと呼ばれる

騎士が走ってきた。


「あぁ、だが怪我をしているものを

避難させるのに人手が足りない!

助けを借りられるかい?」


「あぁ、お安い御用だ、殿下!」


アレックスはにかっと微笑むと団長と思われる人物に状況を説明している。


「ルイ....っ」


ジュールは脇目も振らずに私の近くで横たわる少女に駆け寄った。


「すまない、私を守るために騎士と戦って左肩を怪我したんだ。」


ジュールは少女を苦しげに見つめた後

私の方を見て頷いた。


「ルイらしい...

負傷者が多いな、騎士達は皆集めてきました。

壁を壊す範囲を広げます。


もう時間はありません、直ちに救出します」


私はその言葉に強く頷くと、

怪我に呻く負傷者を背負って壁の外へと出た。


集まった全ての民を壁の外へと逃すと

王国の闇は隔てた壁の中で塵となって散っていった。

長い話でしたが読んでくださってありがとうございます!

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