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14. 隣国の双子の王子(2)

王城に鳴り響くラッパの音で目を覚ますと

肩に掛け布団がかかっていた。


はっとベットを確認すると

エンフィの姿は既に無い。


「ふわぁ〜ぁ」


あくび混じりに周囲を確認する。


警戒しながら寝ていたせいか

あまり寝た気がしない。


私は重い腰を起こして支度を始めた。



「おっはよー!ルイ!

なんか眠そうだな!

さてはお前人の家のベットでは

寝れないタチか?」


訓練場へ行くとアレックスが声をかけて来る。傍らにはジュールもいる。


「ルイ、今日の訓練は急遽中止になるらしい。エランデルの王宮騎士は全員街に駆り出されることになった」


「何かあったのか?」


ジュールは眉を潜めて頷く


「あぁ、街で暴動が起きて王宮の騎士達はそちらに向かうらしい

そしてどうやら魔女が関係しているとか」


...暴動?


魔女はまだ覚醒していないはず。

どうして暴動なんて..


「それは確かなのか?」


「まだ分からんが恐らくデマだろ?

エランデルに魔女が出たなら今頃この国は魔物だらけになっているはずだしな」


私はアレックスの言葉に頷く、

私もそう思うけど暴動が起きているなら話は別だ。


「私たちも街に出よう、

魔女が関係する騒ぎなら

ヴィルセント王国も無関係とは言えないだろ」


「私も共に行かせてくれるかい?」


私の声に返事をしたのは知らぬ間に真後ろに立っていたエンフィだった。


「エンフィード殿下?!

なんだって殿下がここにおられるんだ?

魔物に会ったら危険だと自室に避難されるはずじゃ..」


アレックスの言葉にエンフィは

空笑いを零す。


「避難...ね、あんな所いた方が危険だというのに。連れてってくれるよね?ルイ」


エンフィは瞳をギラつかせて私を見る。

ジュールは私達を訝しげに見ている。


私は嘆息して頷いた。


「分かりました。

だけど殿下の代わりにあの部屋に

残る人を見つけなければ、

殿下と背丈が似ていて刺客に襲われても対処できる人物でなくては任せられない」


騎士達の多くが王宮を離れている今、

エンフィのいる部屋へ刺客を送るには

絶好のタイミングだ。


「刺客?殿下は何者かに狙われておられるのか?」


ジュールの言葉に私は頷く。


「あぁ、殿下の命を狙う者が

王宮貴族の中にいる。


しかも吹き矢や武器の扱える刺客を従えているから腕の立つ者でなければ、


ジュール、殿下の身代わりを引き受けてくれないか?」


エンフィとジュールは背丈が似ているし、

ジュールの剣術ならば刺客に対処出来るだろう。


「分かった、ルイ

詳しい事情は後で聞かせてもらう」


ジュールは私を真っ直ぐに見つめて頷く。


「アレックスはセレン騎士の口の硬そうな者を集めてジュールを援護してほしい。

頼んだぞ、私は必ず殿下をお守りする」


「おいおい、お前一人で大丈夫なのか?」


「あぁ、人が多いとむしろ目立ってしまう」


「分かった、こっちは任せとけ!」


「あぁ、頼む」


私はアレックスの笑顔に微笑む。


だけどこの作戦は殿下の安全を確保する以上

ジュールにはとても危険な役回りを任せてしまうことになる。


「ジュール...」


私が呼びかけるとジュールがこちらを見て

雄美に微笑んだ。


「分かっている、俺を信じろ」


私はその微笑みに安堵すると強く頷いた。



********************



「殿下、こっちです」


私とエンフィは王城を出て、

街郊外の路地裏に身を隠すように入る。


エンフィも私も庶民に紛れられるよう地味な服装に着替えエンフィは顔が隠れるようローブを被っている。


「殿下というのは

目立つからやめてくれないかい?

今は無礼を許す、

私のことはエンフィでいい」


「分かりました。

....エンフィ様、

騒動があったベイゴード街とは

この壁の奥ですか?」


路地裏を突き進んだ先には高く広大な壁に囲まれた場所がありそこだけ見ただけでも異質だった。


不意になにやら人の騒ぎ声が聞こえ

壁沿いを歩いていき

壁の大門にたどり着くと

あまりの光景に言葉を失う。


「一体何があったんだ...?」


門前は人波が押し寄せ渦になっている。

壁はところどころが壊され

人の叫び声があたり一面に響いている。


壊された大門から壁外へなだれ込むように

下級層の人々が出てくるのを騎士達が止め、

一部の下級層と中級層とは殴り合いをしている。


悍ましい光景だった。


私は眉を歪めてエンフィを見ると

エンフィは憐れむように目を細めた。


「あぁ、そうだよ

この奥がベイゴード街、


ーーーーーエランデルの闇だ」


人々の波をなんとかかいくぐり

門の中へ踏み入ると

地獄のような光景が待っていた。


腐りかけた巨木を抜けると、


収容所のような

簡素な建物が重々しく並列し、


カビの匂いと何かが腐ったような腐敗臭

黒々とした水路の水はここから堰き止められ

流れを失っている。


ひどい匂いだ..

ずっとここにいたら鼻が壊れてしまう。


道路は狭く酷く荒れていて

今にも崩れそうな色褪せた

街並みの両サイドの

窓から大量の衣服が吊られている。


狭い土地に大量の人が入れられているのが一目で見て取れる。


「なんなんだこの場所は..」


エンフィは自嘲げに微笑む。


「ここはエランデルの大貧民街だ、

下級層は皆この街に入れられる。


彼らはこの場所から無許可で出ることを

許されていない。

彼らが外に出たりすれば

王宮騎士がその場で斬ることになっている。


貧民街の汚水が流れ出たり

繁殖したネズミやカラスが

壁外に出て悪さをすると

度々中級層が貧民街で事件を起こすのさ。


こんな大きな暴動は初めてだけどね」


私はその言葉に目を見開く。


「それは本当ですか?

どうして..」


「くく..っ

王宮も中級層もエランデルの美しい景観を守るのに必死なのさ


臭いものには蓋をして見捨てるくせに

被害が出るとこうして暴動が起きるんだ


利己的で滑稽だろう?」


エンフィは歪めた笑みを浮かべるが

その瞳に悲憤の色を覗かせる。


あの華やかで美しい光景の裏側でこんな事が起こっていたなんて..

下級層を責めるのは筋違いだよ...


責めるべきはこのような非道な政策を起こす王宮じゃないの..?


「....エンフィ様はそれでいいんですか?」


私が投げかけると

エンフィは顔を伏せ何も言わなかった。

フードを深くかぶっているせいで

何を思っているかは分からない。


不意にどこからか悲鳴が聞こえる。


私達は弾かれるように聞こえた方向を見る。

門前でまた騒ぎが起こったようだ。


「行きましょう」


私達は急いで駆け出した。


その先に見えた光景に動揺する。


「ひどい...」


門前に火が放たれあたりは燃え上がる炎と黒い煙で立ち込めていた。生ゴミや塵で汚れた街を炎はどんどん飲み込んでいく。

炎が建物へとかかり、干した衣類を伝う。


悲鳴をあげながら人々が建物から出てきている。壁外へ逃げようとする人々を騎士達が堰き止めている。


行き場のない下級層の人達は

力なく呻きながらその様子を

呆然と見ていた。


「ソレイド..」


エンフィがポツリと呟く、

その瞳の向く先を見ると

彼と同じ桃色の髪の少年が炎の前にゆらゆらとその髪を揺らして立っていた。

その周囲には近衛騎士が多く集まっている。


エンフィの双子の兄、

ソレイド・レイシェンハーフ


その凍えるように鋭い視線は真っ直ぐに

エンフィに向けられる。


エンフィと同じ瞳の色なのに

その色は酷く冷たく無機質に光る。


「エンフィ、なぜお前がここにいる?」


ソレイドの言葉にエンフィはフードをとる。


「まさか..火を放ったのはソレイドなのか?

どうして..っ」


エンフィの言葉にソレイドは不遜に微笑む。


「どうしてだって?


この場所はこの国に必要ないからだ。

この街から抜け出した人間のほとんどは盗身を働くような犯罪者だった事をお前は知っているはずだ。


そしてこの劣悪な環境は

病人や害獣を増幅させる。


こんな場所も人もいずれ焼き払った方がいいと思っていた。それが国のためだ


私は父上にこの場の指揮を任された。

お前は部屋で謹慎のはずだ。

己の身を弁えろ、エンフィ!」


さもそれが正義だと声高に

ソレイドが放った言葉に怒りで血が沸き立つ。


この国に必要ないだって..?

下級層の人々の自由を奪い

狭い区画に閉じ込めたのは王宮だ。


民の命を預かる身である王室の人間が

なんでそんな無責任な台詞を吐けるのよ!


私は怒りを鎮めるようにぎちりと奥歯を噛みしめる。


「ソレイド、

お前は私に国を守ると約束したじゃないか、

その答えはこれだというのか..?」


「あぁ、そうだ、

お前には今この街を消し炭にしなくてはいけない意味がわかっているだろう?」


ソレイドの言葉にエンフィは顔を伏せる。


「多くの民を焼き殺すことがこの国に必要なわけがあるか...っ」


悲痛に掠れた声で

小さくボソリと呟かれた言葉は

兄には届かないだろう。


「頼む、今すぐ火を消してくれ!

ここにいる兵は皆ソレイドの兵だろう。

これだけいればまだ火消しが間に合う!」


見開いた瞳を悲痛に歪ませて叫ぶ

エンフィの言葉にソレイドは

愉快げに笑う。


「くっくっ...はははっははははは...っ!!

お前は甘いんだよエンフィ、

その甘さが国を揺るがすのだ!

この国に不必要なものさえ分からぬ

愚鈍なお前には王位など合わない!


教えてやるよ!エンフィ!

この国に必要ないものを、

それはお前だ!


光の騎士などくだらない伝説など

私は頼らない!

お前に王位などつかせない!」


ソレイドは右手をあげると声高に叫ぶと


「光の騎士など恐れるな!

我が国に光の騎士などいらない!

私達は己の強さでこの国を救ってやる!

そうだろう!」


ソレイドが鼓舞すると

騎士達が私達を囲む。


私は剣を抜きながら周囲を確認する。


数は6、7、8人...

多いな、しかも相手は近衛騎士。

エンフィを守りながらではこちらが不利だ。


「殿下!剣の心得はおありですか」


私が聞くとエンフィは強気に微笑む。


「言ってくれる..っ

あいにく女性に守られては

男が廃るというものだよ」


エンフィも腰に差した剣を抜いた。


襲いかかるエランデルの近衛騎士達に

私は剣を構えて踏み込む。


相手の騎士の剣の切っ先が届く前に

剣を鎧の守られていない

脇へと滑り込ませる。


剣の動きが甘い、

体格差のある剣戟に慣れていないんだ。


剣は光のごとく弧を描くと

血飛沫が舞う。


男の悲痛に呻く声が炎の中に響き渡る。


どくりと胸が苦しげに締め上げる。

私は服越しにぎゅっと

胸のペンダントを握りしめた。


エンフィの背を庇いながら

次々と騎士を斬っていく。


下ろしたての純白の剣はすでに

血で真っ赤に滲み、

エランデル騎士達は私の剣に動揺している。


数度の鈍い金属音と

電光石火のごとく走る白刃の後、

ぼたぼたと剣身を伝う血を一太刀で払う。


剣を下ろし再び構えると

残り3人ほどとなった騎士達が後ずさる。


「お前...何者だ..っ」


騎士の一人が震え声を零す。

私はその男を真っ直ぐに見る。

激しく揺れる男の瞳に映っていたのは

血みどろの少年だった。


胃がかき回されるように気持ちが悪い。

最悪の気分だ。

だけど、私は守らなければ。


今私が今守るべきものはエンフィだ。


私は私と同じく血みどろのエンフィを

真っ直ぐに見つめる。


「エンフィード殿下、


殿下はこの街に悲憤を覗かせ

炎を鎮火させようと懇願しました。


貴方のような王族がこの国に必要なのです。


私は絶対に貴方を守りきって見せます。


民の命を軽んじる王子に

殿下は殺させません。」


私はエンフィを庇うように

3人の騎士の前に立ちはだかる。


「もうお前達に勝機は無い!

剣を捨てろ!」


私が叫ぶと、

騎士は私を睨みつけ剣を構えた。


騎士のプライドか、矜持なのか。

出来れば捨ててくれば良かったのに..


剣を構え駆け出すと

私は息も絶え絶えに声を上げる。


騎士達は鬼神のごとく顔を歪ませて

私の元へと襲いかかる。


先程とは比べものにならないほどに

剣にキレがある。

少年相手に気の迷いがあったのだろう。


力では遠く及ばない私は

急所を確実に狙う必要がある。

鎧で守られていない鎧の

つなぎ目を狙うしか無い。


一太刀浴びせられれば即死だ。


私は一瞬の迷いも無く

剣を振り上げる。

一手、二手と

確実に剣を当てていく。


もう汗なのか血なのか、

はたまた涙なのかわからなくなっていた。


これで終わりだ..っ

最後の一太刀を振るうと

相手の騎士はどさりと地に伏した。


「ルイ!!!!!」


エンフィの叫び声と

唐突に押し寄せる殺気に振り向くと

大きな体の騎士が私に剣を振り上げている。


まずい...っ!!!


私は瞬時にかわそうとするが

左肩に剣先が触れた。


吹き出す血と激痛に奥歯を噛み締めながら

剣を振るおうとするがすでに筋肉も限界がきているようだ。痙攣して動かない。


この騎士..筋肉が邪魔して

斬りきれてなのかったのか...っ


このままでは..死んでしまう...っ!


しかし男は悲痛な声を上げると

その重い体を地に伏せる。


「ルイ..っ大丈夫かい!?」


伏せた男の影からエンフィが声を上げて近寄る。どうやらエンフィに助けられたようだ。


「うぐぅ...っ」


安堵すると痛みは

一層鮮明に押し寄せてくる。


どくどくと左肩の血は吹き出し続け、

それを右手でせき止めようとするが

手の隙間からそれは逃げていく。


ぐらりと世界が歪んでいく。


しまった、視界もくらんできた。


炎の熱さも、左肩の激痛も

鼻を劈く鉄臭い血の匂いも


だんだんと遠くなっていく。


............。


「ルイ?!ルイ..っ!!?」


エンフィが呼ぶ声が

微かに聞こえた気がしたが。

意識は遠く消えていく。


まずい..

怪我などしたら女だとバレてしまう


それに殿下をまだ守りきれていないのに..


そんな事を微かに残る意識が危惧したが

滲み上がるような痛みが

刹那のうちに塗り込めていく。


未だ手に残る肉を断つ感触と

死の呻き声だけが頭の中を支配して、

血溜まりが広がるように、

頭の中を真っ赤に染め上げていた。

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