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11. レインコード侯爵家の長男

※9、10話内容アルト視点のお話になります。

「いつか私、ここの領主になりたいの」


俺の事を可愛がってくれた7つ上の

セレネ姉上はよくそんなことを言っていた。

姉上は実の姉ではなく、

亡き父の戦友の子供で

私の義理の姉だ。


俺の家は父上の功績で貴族には

珍しく領地を二つ持っている。

その一つは元々姉上の父の領地だった。


平民から実力だけで近衛騎士に成り上がった

姉上の父が殉職してからは

姉上は天涯孤独になり、

俺の家が養子として引き取ることになる。


スレイグは姉のふるさとで、

いつか自分に実力がついた時、

父上の代わりにスレイグの領主を務めたいと

いつも勉学に励んでいた。


そんな姉上を俺は実の姉のように慕っていた。


そんなこともあり、

俺と姉上は度々

スレイグへ遊びに行ったんだ。


そして姉上はスレイグに行くたびに

早く領主になりたいと、

その決意を強くする。


それがどんな意味をはらんでいたのか

この時の俺は理解してなかった。


スレイグの領主である

叔父上は最初は優しく、

大らかな良い領主だと思っていた。


「アルトは光の騎士だから

私の領を守ってくれるね」


スレイグに行くたびに

叔父上は優しく頭を撫でながらそう言って

俺を特別可愛がってくれる。


羽振りが良く、いえば何でも買ってくれる叔父に

よく父が苦言を投げていたが

それも微笑ましいものだと思っていた。


だが、その印象も変わっていく。


叔父上の屋敷に行くたびに

屋敷の家具に趣向は変わり、

物はいつも新品同然で、

俺たちが来るたびに

盛大なパーティーを開く叔父上に

疑念は徐々に深まる一方だった。


スレイグの領地は土地が痩せていて

輸入品を加工して輸出する事で生計を立てており、

高級品として売り出した絨毯や服などの織物産業は

まずまずは軌道に乗っていたが

ここまで贅沢できるとは思えなかった。


叔父上はどこからこんな贅沢できる

大金を得ているんだ?

そんな事が不思議で仕方なかった。


そんな事があり、

叔父上と姉上は

会うたびに口論になる。


俺は姉上の言葉を聞いて

ようやくこの領の実情を理解した。


叔父上の贅沢でスレイグの財政は傾き、

そのしわ寄せは全て領民にいっていたんだ。


「レインコードの血も引いていない小娘が

お前が領主になどなれるものか」


叔父上はカッとなると

こんな事ばかり言っていた。

俺は叔父上が心底嫌いになっていた。


「自分こそ実力で土地も勝ち取れない

名だけの貴族のくせに」


ある時俺は我慢ができずそう言い返すと、

叔父上は激昂した。


「私を怒らせればお前の姉を

どこかの貴族へ嫁がせてやるからな」


叔父上が癇癪に血走る瞳で脅したその時、

俺はようやく気づく。


叔父上は私を可愛がってなどいなかった。


「光の騎士」である俺が自分の地位を

奪うのではないかと怖かったのだと、

だから欲しいものを買ってやり

俺を手中に収めようとしていたんだ。


それさえ出来ないとわかったら

姉を人質に取るなど、

どこまで愚かな人なんだ!


叔父上は恐怖で相手を縛り付けなければ

自分の意見も通せない。

そんな人間に領主を任せていいのか。


うちには領主を任せられる

人間が他にいない。


だが領の財政が傾いた以上

叔父の地位の後退は目前だった。


しかし、その後叔父上はどうやったのか

財政を立て直していった。


そうなってしまえば父上も姉上も

何も言えない。


俺は何も言い返せない事が

無性に悔しかった。


この人がいる限り

姉上が領主になれるかも分からない。


この家のため、領民のために

この人を潰さなければダメだ。


いつか叔父上をこの領主から

引きずりおろしてやるのだと心に誓う。


叔父上よりももっと力があれば、

圧倒的な力さえあれば叔父上を脅し返してやれる。


権力も腕力も、お金も

今の俺には足りない。


力が欲しい


貴族として、人間として、

相手を踏みにじるだけの力が俺には必要だった。


恐怖によって縛られた人間の気持ちを

叔父上に分からせてやりたかった。


いつか絶対その力を掴んでやると

そう思っていた矢先、


俺の欲しいものを8歳という若さで掴んだ

ルイ・クロフォードの後輩になったのは

何の因果だろう。


父上からルイの話は耳にタコが出来るほど聞いていた。

ルイは天才だと父は絶賛し、

その度に俺はルイに嫉妬していた。


父上は近衛騎士として

その若さで侯爵の地位にまで上り詰めたほどの

実力を持っている。

剣術に対してはストイックで

簡単に人を褒めたりしない。


そんな父が認める人物が

たった一歳しか歳が離れていないなんて

認めたくなかった。


ルイはいつも特別待遇だった。

5歳からページとして呼ばれ、

王宮騎士の5本の指に入るほどの実力の父を

上司につかせ、天才少年と謳われるリュカ殿下の話役を務めている彼は眩しいほどに雲の上の存在だった。



「ここで喧嘩しててもしょうがないし、

仲良くやろうよ、

私では力不足だと感じるならば

ここには周りにも近衛騎士が多くいるし、

聞きたいことは彼らに聞けばいい」



俺がどんなに突き放しても

ルイは大人な対応で手を差し伸べた。


その度に俺の子供じみた態度が

その穏やかな薄紫の瞳に映し出されて

惨めな気持ちにさせられる。


ルイの笑顔は

悲しいほどに大人だった。

まるで赤子をあやすように俺を見ていた。


眩しい白金髪を揺らしながら

遥か高くから俺を見下ろしている。


俺はルイをライバル視していたが、

きっとルイは俺など眼中にないのだろう。


もっと力が欲しい、


せめてコイツと並び立てるくらいには

コイツが俺を意識してその穏やかな瞳を

揺らがせるくらいには。


俺は悔しさを胸にルイの下に着いた。

その後、まさかスレイグへ行くことになるとは

思っていなかった。


久しぶりにあった叔父上は

以前よりもさらに何を考えているのか

分からない人になっていた。


細めた瞳の奥にどす黒い何かが

渦巻いている気がして俺は怖かった。

その腹に隠しているものが全て暴けたら

どんなにいいだろう。


私利私欲のために権力を振りかざす

愚かな領主の首根っこさえ掴めない事が

今はただ悔しい。


いつか見てろよクソジジイ、

絶対俺はお前を許しはしないからな。


俺は久しく開けなかった部屋のドアを開け

再度そう決心する。


部屋に通されてすぐ、

俺の元へルイがやってきた。


「今から屋敷を抜け出して

調査に行かないか?

アルトならこの領地を案内できるだろ」


思いがけない誘いに戸惑いながら

俺はそれを承諾した。


ルイは思えば茶会の時からスレイグについて

気になっていたようだ。


姉のことも聞いてきたし、

コイツは何か知っているんだろうか。


「この領地の織物が多く売られている店を

教えてくれないか。出来るだけ穴場がいい」


その言葉を承諾し、

俺は去年街を散策した情報を頼りに

ルイを案内した。


ルイが何かを掴んでいるならば

こちらとしても都合がいい、


叔父上をルイが信用していないのは確かだし、

叔父上の財政政策について

何か知る事が出来るかもしれない。


ルイに目当ての場所へ案内すると

ルイはあっという間に

この領の問題を暴いた。


まさか織物製品の中に麻薬を混入させて

高額な織物として

売っていたなんて気がつかなかった。


これだったら

突発的な財政立て直しの成功も頷ける。


領民に麻薬を安価で配り、

中毒にさせ高額な織物製品として麻薬を

買わせていたんだ。


こんなものを領外でも販売していたらと思うと

背筋が凍る。


こんな領民が不幸になるような

短絡的な政策が考えられるのは

叔父上しかいないだろう。


俺がずっと知りたかったものを

ルイはあっという間に俺の前に差し出した。

いとも容易く、何でもない顔で。


あぁ、きっとルイは

こういう人間なんだろう。


誰かに勝ちたいとか

力が欲しいとかお金が欲しいとか

そういう思考とは

真逆の考えを持っているんだ。


だからだろうか、

ルイはどこか人らしくない気がしていたのは

ルイには俺みたいな

泥臭い感情が感じられない。


ルイの心は綺麗すぎる。

だから俺はルイが気に入らない。


俺たちは直ぐに殿下の元へと急いだが、

俺たちに舞い込んだ不幸は

これからだった。


先程店を荒らしていた男が

俺たちに声をかけてきた。


目当ては麻薬か、それとも金か。


ルイは剣に手をかける。


俺はそれを慌てて止めた。

相手は自分よりもずっと大きく

体格もいい大男だ。

俺たちに敵うはずもない。


だが俺が止める声など諸共せず

ルイは目の前の男を刹那の間に倒す。

それも鞘は抜かず峰打ちだ。


鮮やかな手並みに惚けるも俺の背後に敵が来る、

その敵もルイは倒すが、

複数の人に囲まれてしまう。


「アルト、剣を抜いて

前から突破する」


ルイは意を決して俺に声をかける。

不意にポケットに麻薬をねじ込んだ。


「...っ?!

何のつもりだ」


俺は困惑し、ルイを見る。

まさかコイツ、囮になろうとしてるのか?


ルイはこんな状況でも雄美な笑みを浮かべ口を開く。


「とにかく今は逃げることだけ考えるんだ

私が突破口を開くから」


俺はルイにただ従うしかなかった。

絶望的な状況で微笑むルイはあまりに

頼りがいがありルイは前からきた敵を

鮮やかに倒していく。


ルイ・クロフォードという人間はすごい。


俺の脳裏に浮かんだのはそれだけだった。

彼は本物の光の騎士で、

人間らしくない。

俺とは違う、特別な人。


トンと彼に背中を押された時、

そんな幻想は打ち砕かれた。


俺に「行け」と言った彼の瞳は怯えていて、

鞘を抜こうとする手は震えていた。


鞘を抜くのが怖いんだ、

ルイは人を斬った事なんてないのだろう。


そんな事に今更気づく。


俺は後悔した。

踏み出した足はもう戻ることは許されない。


ルイが命がけで守ったこの証拠は

この領土の民の希望だ。


これを守りきらなきゃ

俺は騎士なんかに絶対なれない。

なったらいけない。


ルイの揺れる瞳が何度も脳裏に反芻する。

俺は今まで何を見てきた。

ルイの表面だけを見て勝手に嫉妬して

勝手に突き放して、


しまいには彼に全てを任せて

彼を殺してしまうかもしれない。


馬鹿野郎、俺の大馬鹿野郎。


つまらないプライドなんて捨てて

俺にできる事がもっとあったはずじゃないか!


勝手な幻想を押し付けて

ルイなら出来ると信じ込んで....


ルイはただの子供だった。

小さな俺と同じ

優しい穏やかなただの

少年だっただけじゃないか...


涙で滲んだ視界を必死に凝らしながら

殿下の元へと急いだ。


叔父上の屋敷へ戻り直ぐに殿下や騎士達に

事情を説明する。


殿下はルイの事を話すと真っ青になって

何も言わなくなってしまった。

殿下はルイの友人だ。


ルイがもし人を斬れず死んでしまった時は

全て俺の責任だ。


俺があの時、放心せずともに戦えていれば

こんな事にはならなかったんだから。


騎士達に麻薬を預けると

俺は叔父上の元へと急ぐ、


俺にはまだやらなければいけない事がある。


叔父上はこの騒動に

すでに気づいているだろう。


そしてこの騒動が止むまでにやる事なんて

一つしかない。

証拠を一つ残らず消してしまう事。


絶対に阻止しなければ、

ルイのしてくれた事を無駄にしたくない。


無駄にしたらいけないんだ!


俺は走って叔父の部屋へとノック無しで押し入る。


叔父は懐にいっぱい書類を抱えて

片手にマッチを持っている。


俺は剣を抜いて叔父上の元へと走る。

叔父上は目を丸くして

手に持った書類をばさりと落とすと

マッチに火をつける。


「間に合えーーーッ!!」


俺の剣にビビった叔父上は体制を崩し

マッチの火は床に落ちた


それを片足で消すと

仰向けに倒れ込んだ叔父上の首元に剣を突き立てた。


物音に反応して騎士達が入ってきた時、

叔父上は観念したように瞳を伏せる。


「叔父上、貴方がやった事は

領民を裏切る最低の行為だ。


例えあらゆる手を使って

自分の罪から逃れようが俺は決して貴方を許さない」


俺の声に反応もせずただ目を閉じる叔父上は

何を思っているのかは分からない。


だけど、ルイ、

お前の行動を無駄にしなかったことだけが

今は俺の救いだ。


俺は火の粉で先端が灰になったマッチ棒を

クシャリと握ると調査に入った

騎士の邪魔にならないようにそっと部屋を出た。


これで姉上も領民も、

そして亡くなった父上の親友も救われると思うと

少しだけ安堵で手足が震えた。


俺はただ、窓を見ながら

ルイが戻ってくるのをじっと待った。

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