10. 臨時近衛騎士の後輩(2)
文章の一部に流血表現があります。
苦手な方はご注意下さい。
「ここは?」
「昔道に迷った時に見つけた織物通りだ」
私達は屋敷をこっそり抜けて
アルトの案内で町の外れに来ている。
外はもう日暮れで空は赤みがかっている。
貴族の子供だと知れたら盗賊に狙われかねないため
地味めなローブを二人で羽織った。
「すごい、どこもかしこも織物屋ばかりだ
中央街にはあまり見なかったのに」
「特産といっても高級品で
庶民が買うものではないからな。
ここは富裕層が多く住む地域になるから
こういう店が多いんだ。
絨毯や服などの織物製品はこの領地の特産だが
その収益はほとんど輸出で
まかなっていると聞いている。」
輸入したものを加工して
再度輸出しているのか。
それにしても..
「ここは本当に貴族街?
それにしては庶民もちらほら見かけるけど」
あたりを歩いている半数くらいは庶民のような
服装をしている。
それに貴族街にしてはどこか荒んでいるし..
ひとまず店に入って見るか。
私達が店の一つへ入ろうとすると
ガシャーンッ!
近くの飲食店で派手にガラスの割れる
音が聞こえて来た。
「なんだ?」
開け放っている店の窓に目をやると
男が店を荒らしているようだ。
「おいおいアンタ!
暴れんのはよしなって!
魔女狩りにあっても知らないからね!」
店の店員が叫ぶ声に
ドキリと身体が跳ねる。
魔女狩り、今確かにそう言ったよね?
慌ててアルトを見ると
アルトもこちらを見て何も言わずに頷いた。
男の様子を見ると酔っ払いにしては動きが
挙動不審な気がする。
視点があっておらず正気とは思えない。
何か嫌な予感がする。
落ち着いて思い出して、
ゲーム内ではレイブン卿はどんな悪行をしていた?
貿易、織物、豊富な収益、不審な男、
魔女狩り...
そうだ..レイブン卿のしていたことは確か
貿易報告書の改竄だ。
作中のセリフの中にそんな語句があった気がする。
だとしたらもしかして..
私達は直ぐに織物製品の店に入った。
「アルト、品質が悪いわりに高額な布を探してくれる?」
アルトは訝しみながら承諾してくれる。
不審な布を探して店内を見て回っていると
店の店主が声をかけてくる。
「坊ちゃん、ここは子供のくる店じゃないよ。
さっさと帰りな」
「お父さんに買ってくるように言われてるんだ。
この店にアレ、あるでしょ?
早くしないと“魔女狩り”にあってしまうよ
金はあるから早くちょうだい」
私は店主にカマをかけてみる。
店主はその言葉に瞠目した。
「...いくら分買うんだ?」
店主の言葉にニヤリと微笑む。
「これで買えるだけ」
私は金貨を店主に差し出す。
店主はそれを黙って受け取ると店の奥へ入っ行き、
ずっしりとした簡素な織物を差し出した。
布地は白い糸の中に黒い糸が荒く縫い込められ、
大人の手に収まるほどの大きさが
10枚ほど重なっている。
「金貨一枚でこれだけ?
しかもこの布最低ランクの織物より
ひどい出来だぞ」
アルトが後ろから話しかけてくる。
実物を見て確信する。
色からして阿片のようなものだろう。
「これは麻薬だ」
いや、私達の世界のものと全く同じかは
分からないけど似た何かであることに違いない。
アルトはその言葉に驚いて織物を見る。
黒い糸から黒い粘土質のものを刮ぎとって
まじまじと観察した後再び私の方を見た。
「これが本当に麻薬なら
殿下に早く報告しなくては。
これが領地の外まで
横行したらまずい事になるぞ」
私達は織物を懐にしまい
急いで店の外へ出た。
店を出ると日も暮れて暗くなっている。
長居は無用だ早く戻ろう。
「おい、坊主達」
急ぎ足で路地裏を抜けようとすると
後ろから呼び止められる。
振り向くと先程店を荒らしていた男だ。
首元に青斑があるのをみると
かなりの麻薬中毒者かもしれない。
私は剣に手を掛ける。
「おい、お前どうするつもりだ。
あんな大柄な男、俺たち子供では無理だ」
アルトが剣に手をかける私を制す。
「坊主!物騒なもん捨てて早く
さっき買ったもんをよこしな」
男は片手に割れたワイン瓶を持って
ふらふらとこちらへ歩いてくる。
いつの間に買う所を見られていたんだ..?!
大丈夫、こんな男一人に負けるわけがない。
私は剣を抜き男に向かって走りだし、
刹那の間に峰打ちする。
「グアァッ」
大きな男がこちらにぐらりと倒れこむのを
かわすとアルトの方へ向き直った。
「急ごう」
私がいうと呆然としたアルトが頷く
しかしアルトの後ろにぬるりと影が現れるのを
瞬時に感じ取り
アルトの後方に剣を走らせる。
急所になんとか打撃を食らわせ
鈍い打撃音とうめき声とともに
その男も倒れこむも
周囲から複数の殺気を感じ
緊張が走る。
呻き声を聞いて人を呼んでしまったか。
しかもただの人間じゃないみたいだ。
「坊主その髪...貴族の坊ちゃんか?」
「金だ...金を出せ」
「苦しい...よこせ..金が必要なんだ」
月明かりしか頼りのない
路地裏の闇は深く
何人に囲まれているかは把握しきれない。
ローブのフードが外れてしまっているのに
気づき慌てて被り直す。
まずい、
アルトだけでもなんとか逃がさないと..
耳を澄まして感覚を研ぎ澄ます。
足音からして前方に3人後方に5人ほど
いるように感じる。
ひとまず数の少なそうな前方から突破するしかない。
「アルト、剣を抜いて
前から突破する」
私は織物をアルトのポケットにねじ込む。
「...っ?!
何のつもりだ」
アルトの困惑げな声に
私は強気に微笑んだ。
「とにかく今は逃げることだけ考えるんだ
私が突破口を開くから」
「おい!」
そういうと私は前方に向かって走り出す。
暗闇での手合いなんてしたことない。
だけどそれは向こうも同じはず
私は向かってくる男達に向かって剣を振りかざす。
ちょこまかと動きながら
男達が私をつかもとするのを避けていく。
この暗闇で急所を確実に狙うなんて不可能に等しい。
この状況下ではこちらは圧倒的に不利。
私は体勢を崩すよう誘導して
足を剣で薙ぎ払う。
何とか前の男達を倒すと
アルトの背をどんと押した。
「早く殿下の元へ!!
敵がいても戦うな!とにかく逃げろ!」
アルトの狼狽えた瞳が私の瞳とぶつかる。
私が行けと再度いうと
アルトは決心したように
眉をひそめ強く頷いた。
すぐに後ろから人影が落ちて
私はまた剣を走らせる。
こんな暗闇で峰打ちなどしてられない。
私は剣の鞘を抜く。
殺したくない。
斬りたくない。
恐怖で血潮がドクドクと沸き立って
身体全体が警報を鳴らしている。
二人で調査なんてするべきじゃなかった。
私は油断しすぎていた。
アルトを危険な目に合わせて
私は本当に大馬鹿だ..っ
この世界の人間に私の剣が通用するからと
たかをくくっていた。
だけど今ここで一人でも逃せば
アルトは捕まってしまう。
子供の脚力では大人からは逃げられない。
私は鋭い切っ先を男達へ向ける。
男達はその剣に一瞬怯むも
恐れず向かってくる。
こんな小さな子供に大の大人が大勢で
襲いかかるなんて薬で正気を失っているのかな
私は意を決して足を狙って剣を貫く。
血飛沫が舞い頰や身体に付着する。
激痛に呻く男達の悲鳴が
闇の中に響き渡る。
二人の男が横たわると
私は後ろにいる男達に剣を向け睨みつける。
怯んだ他の男達は逃げ出していった。
止まっていた呼吸が咳となって吐き出され
嫌な汗がダラダラと流れる。
私は息も絶え絶えに
痛みに悶え倒れこむの男達を見下ろした。
二人の男の足からダラダラと
血液が流れ、
手に残る肉を断つ感覚が
今もジンジンと残っている。
血に染まった短剣を振って血を払い
ローブの端を切り裂くと
私はそれを男の足の傷口にきつく縛り付け足を
心臓の上に上げるように寝かせる。
一人の男は気を失っていたが、
もう一人の男は自ら切った人間を
治療する少年を狼狽えるように
ただ見つめていた。
「悪かった..」
二人の傷を塞ぐと
ひとりの男の口から思わぬ言葉が溢れる。
「どうして謝る」
私が問いかけると男はふっと自重げに笑う。
「だってお前さん泣いているじゃないか
人を切ったことがないんだろ
貴族の坊ちゃんならショックで当たり前だ」
そう言われて頰に触れると血と一緒に
涙が流れていることに気づく。
男は虚ろな目で頭上の月を見上げていた。
「坊主のおかげで正気が戻った..。
坊主、ここの領主の知り合いか..?
だったらあまり深く関わらない方がいい
坊主みたいな優しい坊ちゃんには...
惨すぎる世界だ..。」
男はそういうと瞳を閉じた。
驚いて心臓の音を確認すると脈はある。
どうやら痛みで気を失っただけのようだ。
私は血でベトベトになった手を
ローブで拭き取る。
騎士に向いていないかもしれない。
ふとそんな事を考える。
怖かった。
人を傷つけるのが
こんなにも恐ろしいことだったなんて。
自分の手で人を切り裂いたことなんて今まで
一度もなかった。
だけど私が日々訓練していたことも
前世でずっと修行していたことも元を辿れば
全部人を殺すためのものだった。
そんなことを今更実感する。
分かっていたはずなのに。
ここはゲームの世界じゃないって
みんな一生懸命に生きてる現実なんだって。
私は斬れるかな、
これから騎士になって
人を切らなきゃいけなくなっても
私は正義のために人が斬れるのかな。
分からない。
でも今は迷ってる時間なんてない。
この人達はきっと麻薬のせいで
理性を失ってしまったようだ。
小さな子供を襲ってでも欲してしまう
依存性と理性を破壊してしまう恐ろしいものが
店に並んでいるこの領は正気じゃない。
領主は魔女狩りと称して
麻薬で侵された人々を殺していたのだろうか
だからあんなに中央街は静かだったのかな
処刑をちらつかせ領民を脅し
闇を部屋に閉じ込めて
闇の元凶をばら撒いていく。
この領の財政は人の不幸で賄われて
いたなんてそんなの徳をするのは
上層の商人と領主だけだ。
麻薬の知識のないまま
普及してしまうことの
恐ろしさは私でも分かる。
そんな人達を増やしてはいけない。
早く殿下の所へ向かわなければ。
アルトが無事着いたかも気になるし..
私はガクガクと震える足を無理やり立たせ
屋敷へと足を進めた。
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屋敷に戻ると屋敷の前に
騎士達がぞろぞろと集まっている。
すでに騒ぎになっているようだ。
私が苦笑しながらそこへ向かうと
それに気づいた騎士達がこちらへ向かってきた。
安心すると足が力を失ってふらつく。
「おい!大丈夫か?!」
私を抱きかかえた騎士の一人が叫ぶ
まずい、今気を失えば
怪我がないか身体を調べられてしまうかもしれない。
女だとバレてしまう。
私は気合でまた立ち上がり
騎士の方へ向き直る。
「おい、寝てていいんだ
事情は聞いている。
生きて戻ってくれて良かった。
肝が冷えたぞ」
「アルトは..?」
「アルトも無事だ..。
全く、無茶をしたな。
おかげで麻薬の調査が明日からなされるらしい、
お前達の手柄だ」
騎士は私の頭をぐしゃりと力強く撫でる
騎士の言葉に安堵していると
「ルイ君!」
リュカが私の元へ走ってきた。
叱られる、
そう思って目を閉じると
ルカはぎゅっと私を抱きしめる。
「良かった...
..........アルトから事情を聞いて
頭が真っ白になった、
無茶をするときは
私に事情くらい話してくれ。
.....心臓が潰れるかと思ったじゃないか」
私は目を丸くしてリュカを見る。
「殿下、離れてくれ
血で汚れてしまう。
今の私、血でベトベトなんだ」
私が微笑むと
リュカはさらに抱きしめる力を強くした。
本当に心配してくれたのか
リュカのトクトクと脈打つ鼓動が聞こえ
身体の力が抜ける。
「生きてる...。」
不意に私からこぼれ落ちた言葉に
リュカは身体を放して私を見た。
「私は...この世界で生きてるんだ」
この世界で生まれて、
ゲームの中の世界だと気づいて
色んな人と出会って
私、それでもまだ実感が湧いていなかった。
どこかいつも客観的に目の前のことを見てて、私って死んだらどうなるんだろって
心のどこかで思っていた。
もしかしたら長い夢を見てて、
この世界で死んだら
元の世界に戻るんじゃないかとか、
朝倉由来はあのとき
踏み潰されて死んだのに。
ホント馬鹿だね..。
私が自重げに微笑むのをリュカはただ不思議そうに見つめていた。
「何を当たり前なこといってるの?
君は生きてる。
死んでたら私は幽霊でも見てるというの?」
リュカの言葉にふふっと笑みが溢れる。
確かにそうだ。
「アルトはどこ..?
事情が聞きたい」
私の言葉にリュカは頷くと屋敷へと促した。




