樹氷森林と私。その3
森林の中を奥へ奥へと進む私達。途中で何度か敵とあったりもしましたけど、特に苦も無く倒してさらに奥へと進んでいきます。
入ってすぐの場所では、ごくたまに人と会ったりはしたのですが、それなりに奥に行くと人の気配は無くなりますね。というか、私たちくらいまで奥に来た人たちはいるのでしょうか?
「何も考えずに奥に進んできたんですけど……何かあるんですか?」
「私が聞いた話だと、凍り付いた大滝があるって聞きましたわ」
「ふむ……それは気になりますね」
「なら、問題ありませんわねっ」
先に先にと進むリューさん。そんなに急ぎ足だとこけてしまいそうですが……あ、こけた。しかも派手に顔から突っ込んでますね。雪がクッションになってるとはいえ痛そうです。
顔を赤くして、うるうると目に涙を溜めている姿はかわいく見えなくも無いですが、残念ながらそれを見て可愛いというような人はここにはいませんでした。
「……大丈夫ですか?」
「ご心配なく……っ」
ふるふる犬のように顔を振って、顔に付いた雪を振り払うと先ほどと同じように森林の奥へと私たちの前を歩いていきます。たまに落ちる雪の音でさえ驚いているんですから、絶対私たちの後ろにいた方がいいと思うんですけどね……
◇◆◇◆◇◆◇
リューさんに連れられて、奥に進むこと数時間。流石にお腹が空いたので、食事休憩を取る事にしました。幸いにも近くに小さな川があって水の事に関しては心配いらなさそうです。人の来ることのない場所なので、水も綺麗で飲み水にする分にも問題なさそうです。
というわけで、私は鞄からコップを三つ取り出して二人にも渡します。念のために周りに敵がいないかの確認もしましたが、問題もなさそうですね。
「リューさん達お昼にしませんか?」
「ええ、私もちょうどお腹が空いていましたの。喜んで、ですわ」
「お嬢様がそういうのなら、私も頂きます。敵の気配は無いのですよね?」
「はい。周りを調べてみましたがそれらしい気配はありませんでしたよ」
「……わかりました」
そう言うと、テムさんはどこからか紺色のシートを取り出します。手品にも見えましたが、どこかに私と同じように見た目にそぐわない大容量の入れ物を持っているのでしょう。あれって結構高価なんですけどね。
私達三人はシートの上に座り、朝出発の際に貰ったバスケットを開きます。中には色とりどりのサンドイッチ、さらにサラダとドレッシングまで小分けにされて入っていました。そのサービスの良さに感動してしまいます。
「川があるってことは、上流に滝があるかもしれませんね」
「そうですね。目標も無く奥へ進むよりは数段マシでしょう」
「ほうれふわね……」
「リューさんは食べてから喋りませんか……」
私の言葉に急いでサンドイッチを口に詰め込みます。そんなに急ぐことありますか……? 口の中のサンドイッチを水で流し込むと、げほげほ咽ています。
「急きすぎですよ。もっとゆっくりでもいいじゃないですか」
「う、うるさいっ。そんなの私の勝手でしょうっ」
「いや、まあそれはそうなんですけどね? でも、あまり急ぎすぎてもいい事はありませんよ」
それにテムさんも同意するようにこくりと頷きます。頷く本人はのんびりランチタイムを楽しんでいる辺り、説得力がありますね。
私だけでなく、テムさんにまでそう言われると逃げ道が無くなったのかうー……と唸りながらサンドイッチをもう一つ手に取って食べ始めました。沢山あるので構わないですけど……食べすぎは良くないですよ。
◇◆◇◆◇◆◇
お昼を食べた私たちは、川べりを歩いて上流を目指します。上に行けば行くほど水量が増えていく辺り、テムさんの読みはあながち間違っていないかもしれませんね。
……にしても、奇妙なぐらい獣も魔物もいませんね。これだけ奥なら人なんてほぼ間違いなく来ないはずですから、ここの生態系は守られているはずなんですけどね……冬眠してたりするんでしょうか?
と、そんな事を考えている間に、水源付近までやってきました。随分と川も太くなって、水音も強くなってきました。
「水源っぽい所は……この崖の上ですかね」
そう、水源の付近にまでやっては来たのですが、目の前は崖、大きな水音はその上から聞こえてくるのでした。
空を飛べたらいいのですけど……ね、私飛べませんし? 浮けますけど。
「崖の上……私はお嬢様を連れて上に行きますが、行けますか、シオンさん?」
「えー……あー、はい。わかりました、いけますよ」
こんなこと言われたら行くしかないじゃないですか……まあ、無理ではないですからいいですけど。
テムさんは、リューさんを抱えると崖の小さな突起を足掛かりにして軽々と飛んでいきます。私はというと、遅れてふわりと浮いて崖の上まで飛ぶと、私の真後ろで小さく空気を破裂させ、その勢いで崖の上に着地します。
少し勢いを間違えれば、先ほどのリューさんのように顔から雪に突っ込んでいましたが、普段からある程度練習していたかいあって、危なげなく着地する事が出来ました。
「……え……何ですか、あれ……」
私達の目の前に見えたのは、下半身に複数の蛇の頭を持った巨大な体躯の女性型の魔物──よく知られる名前だとスキュラ、とか言いましたか。ただ、一体全体どうしてこんなところにいるのでしょう。幸いなのは、向こうは眠っているのか私達に気づいていないようです。
「……あっ」
「どうしたんですか? 流石にあんなのの相手はしたくないのですけど……」
「あれを相手にしろとは言いませんわよ……! あいつの後ろにある花、見えますか?」
リューさんが指さす先に見えるのは、透き通るような蒼色の華。氷で出来ているようなそれが私の視界に入りました。
あれがどうかしたのでしょうか。確かに綺麗ですけど……
「あの華が……私にはどうしても必要なのです。……無理を承知でお願いします。シオンさん、あの華を手に入れたいのです」
「……それは、私達にあれを倒せと、言っているのですか?」
「無茶な事だというのは百も承知です。でも、そうだとしても……私はどうしても必要なのです……!」
リューさんの必死の表情に私は気圧されながらも、正直その願いを受けようとは思いませんでした。だって、別に受ける必要のない依頼ですし、何よりも命の危険が伴います。私は冒険者でもなければ、お宝の為に命を張るトレジャーハンターでもない、ただの魔法使いです。
だから受けたくないものは、受けたくないと、そうきっぱりと言ってしまえばいい……いいのです。いい筈なのに、私の口はそれを頑なに言おうとはしませんでした。
私が口を閉ざしていると、後から追うように、テムさんも頭を下げてきます。やめてくださいよ。私が受けないといけないみたいな空気になっちゃうじゃないですか。
「……どうしても、必要なんですか?」
何を言ってるんですか私。ここは素直に断るべきでしょう。
「……はい、理由は、必ずお話します。なので……お願いします……!」
リューさんはそう言って再び頭を下げます。
……私は、ため息を一つついて、杖を構えました。
「……私が合図したら、テムさんは離れてください」
「わかりました。……ありがとう、ございます」
ああ、私はなんてお人好しなのでしょう。仕方ありません。この際徹底的にやってしまいましょう。
◇◆◇◆◇◆◇
私は、あの目の前で寝ているスキュラに対して、効率的かつ、最大限のダメージを与える為に魔力をひたすらに練り続けます。
「テムさん、お願いします」
私の言葉に、テムさんはスキュラに対して突っ込んで行きます。
私はそれに合わせて、魔法を使用します。使うはお馴染み……という訳では無いですけど、空間に使用する地雷です。それを敵の周りに仕掛けて待機。一番ダメージを与えられる場面で、起爆させる寸法です。彼を援護するためにも、もう一つの魔法を詠唱し始めます。こちらは雷の矢を散弾状にして降らせる魔法、基本的には牽制目的ですが、敵が苦手とするのならばそこそこのダメージも期待できるでしょう。
「……っ、はぁっ!!」
テムさんは凍った湖面の上にいるスキュラに目がけて跳躍、そのまま足に仕込まれていた仕込み剣で顔を勢いよく斬りつけました……が、深くは入らなかったらしく、目覚めたスキュラが甲高い悲鳴を上げて、森全体を震わせます。
「絶対に出てこないでくださいね!」
「わ、わかっていますわ!」
リューさんにそう言って、私は魔法を放ちます。ゆっくりと動き出した蛇頭に対して雷の槍を放ちました。今の私の限界ギリギリの三重詠唱。これを超えると頭の負担もですが、魔力の消費も凄まじい事になるので、三重でも一日五回が限度ですね。
雷の槍はスキュラの蛇頭にクリーンヒット、蛇頭の二つを機能不全にさせます。残る蛇頭は六つ、万全を期すのなら全ての蛇頭を潰すのがいいのですが……テムさんが攻撃を加えながらいい位置取りにスキュラを動かしてくれました。
「下がってください!」
私の声で、テムさんは一気に後ろに跳躍します。それと同時に周囲に八つほど作っておいた空間地雷を起爆します。それにより、湖面に張っていた氷が崩れてスキュラが湖に落ちました。湖に落ちたのなら丁度いいですね。私が使わずにいた三つ目の魔法を使います。
「降りなさい……雷雨!」
降らすのは雷の雨、スキュラが雷に強かろうと関係ありません。水の中なら問答無用で感電させられます。純水ならばいざ知らず、自然の水なので間違いなく感電してくれますね。スキュラが雄たけびを上げながら苦しんでいるあたり、効いているんでしょう。最後の一押しになるのかわかりませんが……
「決めますよ……!」
止めの一撃になりえるように、とにかく殺傷力の高い魔法を詠唱します。普段ならば詠唱しない、対魔物用の私の魔法。
──刹那、雷光がスキュラの脳天を貫きました。激しい電撃が湖を包み目を覆うほどの閃光が走り、私たちが目を開けるようになって見えた景色は、湖面に力なく浮かぶスキュラの姿でした。
「……倒したんですかね?」
「私が確かめてきます」
そう言うと、テムさんがスキュラに近づいていきます。魔物の心臓ともいえる魔石が脈動していなければ、間違いなくその魔物は倒れています。基本的に魔石は魔物の身体から引き剥がされるか、本体が修復不可能なほどのダメージを負うかでしか機能を停止しません。ですので、魔物の種類によっては身体の内側にある魔石が見えているのに、ピンピンしている何て事もあったりします。私はそういうタイプの魔物には遭遇していませんがね。
テムさんがスキュラの身体を探り、魔石を見つけたのかその身体の中に腕を突っ込むと、瑠璃色をした石を取り出しました。あれがスキュラの魔石なのでしょう。
「も、もう大丈夫かしら……?」
「ええ、大丈夫です。あ……花、無事ですかね?」
倒すことに力を割きすぎて、氷の花の事をすっかり忘れていましたが大丈夫でしょうか?
と、思ったらリューさんは無事を確認すると同時に氷の花が咲いていた所に全力疾走します。そんなにあの華の事が大事なのでしょうか……
幸いにも、スキュラと花の位置が離れていたのもあり、花自身に大した傷や欠損は見られませんでした。それをリューさんは優しく手折ると、テムさんに渡してしまい込みます。
「ああ……良かった……これで……」
「その花、そんなに重要なものなんですか?」
私が気になりすぎて、思わずリューさんにそれを聞くと、リューさんは私の方へ向き直り毅然とした表情で、
「……そうですね。この華が必要だった理由、お話いたしますわ。驚かないでくださいね」
「……? はあ……」
「私は竜と人間のハーフなのです。血は人間の方が濃いようで、竜としての特徴は殆どと言っていいほど無いのですけどね……三月ほど前に、私の母である竜が病に罹ったのです。私の住んでいる地方では薬も見つからないまま、狂ったように医学書を読み漁っていた時見つけたのです。竜の病を治す薬を」
「で、それの材料がその華、というわけですね」
「ええ……そうです」
成程、薬の材料ですか。それはそうと、リューさんがハーフだったことに驚きました。だって普通に人間にしか見えませんし。
「ま、見つかったならいいじゃないですか。私はその華はいらないですから、早く薬師の所に持って行ってあげたらどうですか?」
「い、いいんですの!?」
「ええ、その代わりスキュラの魔石とそこの死体は貰いますよ? 流石にお金が尽きてきたので」
「え、ええ……! 勿論ですわ! この御恩、一生忘れません!」
◇◆◇◆◇◆◇
そこから先は、リューさんと私は別々に行動しました。目的を果たした彼女たちは一刻も早く戻りたいでしょうからね。私はというと、のんびり森林を見て帰る事にしました。
それで気づいたのですが、あの付近で獣たちの気配が感じられなかったのはスキュラが住み着いていたからっぽいですね。あの湖で一泊してから帰る頃にはちらほらと気配も戻っていましたし、次いつくるかわかりませんが、その頃にはきちんとした森林の中の生態系を見せてくれるでしょう。
森林を出て、町に戻った私はまず初めにギルドに立ち寄りました。
「換金お願いできますか?」
「はーい! ちょっと待ってくださいねー……って、シオンさんだ!」
「あー、また会いましたね?」
「ですねっ、待っててくださいねー」
数分待った後に、買取用のカウンターにスキュラの魔石と、状態の良さそうな素材をまとめて置くと、ギルド内が騒然としました。そんなにすごい相手だったんでしょうか?
「へえ……まさかあの幻のスキュラを倒してくるなんて驚いたよ、シオンさん」
「あ、マスターさんじゃないですか。それより幻ってどういう事ですか?」
「森林にスキュラがいたという噂が、一時冒険者の中で流行ったんだけれどね、誰一人としてその噂を現実にできる人間がいなかったのさ。結局は尾ひれの着いた魔物の話……という事で落ち着いていたんだけどね」
「あー、そんなものを私が倒してきちゃったからですか」
「そういう事さ。報酬は弾むよ。何より冒険者の噂を現実にしてくれたのだからね」
そう言うと、カウンターの人は金庫の中から金貨を五枚ほど持ってきてくれました。それなりに危険な魔物の討伐とはいえ、かなりの報酬ですね。
「君はこれから氷結洞に行くのだろう? なら、その足しにするといいよ。多すぎるかもしれないけどね」
私はそれを貰って、ギルドを出る頃にはすっかり英雄扱いでした。ああ、こうなるとこういう喧騒も悪くないと思えるのでしょうね。
◇◆◇◆◇◆◇
私は数日までに泊まった鴇羽館に訪れ、そこで今までの日記を書き始めました。
『樹氷森林をリューさん達と訪れた私でしたが、やはり終始振り回されっぱなしでしたね。スキュラを倒した後に聞かされたハーフの話なんて平然としていましたが、滅茶苦茶驚きましたよ。だって全然そう見えませんもん。リューさん、薬の材料本当に足りたんですかね……足りてたとしてもお金はあるのでしょうか……? 心配で仕方ありませんが、彼女はきっと何とかするでしょう。リューさんってそういう所は何とかなってしまいそうなそんな気がするんですよね。さあ、明日からは氷結洞へ出発ですね』
私は書いた内容を読み返して、くすりとほほ笑むとぱたりと日記を閉じました。