雪国の剣聖と私。その2
私の雰囲気が百八十度変わったのを見て、流石にヒジリさんも警戒し、無造作に突っ込んで来ることはしなくなりました。
それならば好都合、私からそちらに出向いてあげましょうと言わんばかりの突進。魔力の剣は普通の剣とは違い、重さが存在しない為ひ弱な私でも全く問題なく振り回せるのです。
魔力の剣と真剣がぶつかり合うと、バチンと落雷のような音と共に鍔迫り合いが起こります。普段ならばあっさり吹き飛ばされると思いますが、今は違います。力任せにヒジリさんの剣を押し返そうと鍔迫り合いを続けようとしますが、
「ちょっと驚いたけど……経験不足かな!」
ヒジリさんは素早く軸をずらして、思いっきり蹴りを加え、私を吹き飛ばして距離を置きます。痛いですが、我慢できない程でもないですね。回復も後回しでいいです。
「驚いたよ、近接戦闘が出来る魔法使いなんて、これで二人目だ」
「二人目……という事は、昔に一人いたんですか?」
「……ええ、その人は私の、憧れの人だった」
「そう、ですか……」
ああ、もう反動が来たんですかね……身体の節々が鈍く痛みだしました。今の私は自己催眠をかけた上から身体強化の魔法をかけて、二重に身体能力を上げている状態。つまるところ、短期で決着をつけなければ私の身体はボロボロになるという事ですね。ついでに言っちゃいますけど、これ体力だけじゃなくて魔力も強化中に消費するのでものすごーく辛いです。
でも、何故なんでしょう。私は彼女とは全力で戦いたい。そう思うんです。もしかしたら、私が覚えていないだけで、彼女とは会っていたのかもしれない、それなりに共に過していて、彼女も私も打ち解けていたのかもしれない。でも、今の私にそれを知る術はありません。
だから……だからこそ。私は、私の本能が彼女と全力で戦えと言うのならば戦いましょう。それで、何かがわかるかも知れませんから。
「……はぁっ!」
痛む体を無視して、私は再び雪原を疾走。そのまま剣舞のような動きで斬撃を繰り出します。彼女はそれを待っていたかのように剣を構え、私の剣舞を一つ一つ丁寧に弾いていきます。どれだけ超人的な動きを身に着けていたとしても近接戦の経験を積んでいるわけではない私の動きにはどうしても無駄があるのでしょう。彼女の瞳には私の決定的な隙を見つけようとしているのがわかりました。ならば、こうするのがいいでしょうと、私は後ろに飛び跳ねたと同時に魔法を詠唱します。今回詠唱したものは火球を作り上げる魔法。中級の魔法使いくらいなら使えそうな魔法ですが、私が使うと威力も規模も桁が違います。煌々と燃え盛る炎は近くの雪を溶かしながらヒジリさんに向かいます。一つの火球の速度こそそこまでではありませんが、それが二つ、三つとあれば悠々と動き回ることも出来ません。それに、私だって攻撃しないわけじゃない。剣での攻撃を交えながら火球が接近したら若干の距離を取り、中距離での牽制の攻撃を交えて攻めの手を休めません。
流石のヒジリさんでも複数の追尾する火球に気を配りながら私と戦うのは厳しいようです。まあ、私も相当厳しいんですけども。少しずつ視界が霞み、身体も限界に近いのか痛みも強くなってきました。そろそろどちらが勝つにしろ、決着をつけなければいけないと感じた私は光剣を構え、疾走。それと同時に火球を爆破させます。爆炎をまき散らし周囲の雪を一瞬で溶かし、ヒジリさんを襲います。熱波の裂いて私は全身全霊の一撃を、彼女に──
「……ありがとう。シオンさん」
そう言った。そんな気がしました。彼女が、剣に手を触れたその時、疾風が私の真横を駆け抜けました。比喩等ではない、高速の剣閃。付け焼き刃の反射神経等では太刀打ち出来ない、達人のみが使える修練の果ての一閃。
私がそれに気づけた時には、私の喉元に剣が突きつけられていました。
◇◆◇◆◇◆◇
「……私の負け、ですね」
「正直、危なかったよ。私にあの技を使わせるなんて……」
「ああ、あの剣戟ですか……?」
「ええ、まさか使うなんて思わなかった……」
魔法を解いた私は雪の上に仰向けに倒れます。身体の節々の痛みが、私の身体がこれ以上動いたら壊れるという事をこれでもかと伝えてきました。
「奥の手を使わせた……という意味では私の勝ちなのかもしれませんね?」
「ふふ……確かに、そうかもしれないね」
「ですが、私も奥の手を使いましたからねぇ……」
私は苦笑いしながら白と青のツートンカラーの空を見つめます。
「……私って、記憶というか。思い出っていうものが何一つ思い出せないんですよね。でも、それなのに……ヒジリさんとの戦いは全力でやらなくちゃって、そう思ったんです。もしかして……昔会ったりしましたか?」
私のその言葉に、ヒジリさんは少しの間をおいて首を振りました。
「いいや、貴女とあったのは昨日が初めてだよ。ごめんね」
「いえ……謝る事じゃ……あ、それともう一、二泊して行ってもいいですか? 身体が動かなくて……」
何と情けないお願いでしょうか。でも、実際体は動きませんし、仕方ないですよね。首だけちらっとヒジリさん方向を見てみると、仕方ないねといった表情で頭をポリポリと掻いてました。
「ふふ、いいよ。まともに動けるようになるまでは泊っていきなよ」
というわけで、私はヒジリさんに担がれてまだしばらくはお世話になることになりそうですね……
◇◆◇◆◇◆◇
あの戦いから二日、私は病人が如く寝たきりの生活でした。まさかこんなに反動があるとは思っていなかったんです。
「ほ、本当にありがとうございます……」
「あはは、いいよいいよ。魔法使いなのに無理して近接戦なんてするから、その反動でしょ?」
「ええ……これほど反動があるとは思わなかったですけどね……」
「あ、もしかして使った事無かったの?」
「ええ、お恥ずかしい事に……」
ベッドの上で苦笑する私にヒジリさんはくすりと笑って私の頭を優しく撫でました。不思議と安心する感覚に身を委ねていると、
「何だか昔に一緒にいた子を思い出しちゃうな……」
「私に、似ていたんですか?」
「まあ、似ていたと言えば似ていたのかな? 無茶したがりで、何でも一人でこなそうとして、それで溜め込んでーって、かなりの問題児だったけどね」
「わ、私そんな無茶したがりに見えますか?」
ちょっと心外です。いや……今回に関しては確かに無茶しましたけど。
「ど、どうだろ……でもね、その子は誰よりも皆のことを思ってたんだ、自分だけで解決出来るなら、皆を危険な目に合わせたくないってね」
「……そう、なんですか。もしかして、その人が前に言っていた憧れの人……ですか?」
「そうだよ。もう多分会えないくらい遠い所にいるかもね」
「……っ」
その言葉を聞いて、今私が不用意に聞いたそれが良くない事だとわかりました。ですが、発言を取り消すなんて出来ないです。
「いいよ、気にしなくて。私だって理解してるつもりなんだ。でも、私自身がきちんと折り合いを付けれ
てないだけ。……ごめんね、変な空気にさせちゃってさ」
ヒジリさんは湿った空気にさせちゃったし、ご飯でも作ってくるねと言って部屋を出ていきました。
◇◆◇◆◇◆◇
「いやー……さっきはごめんね?」
「いいですよ、気にしないでください。私にも非はありますから」
ヒジリさんに持ってきてもらった料理を食べながら、月が幻想的に照らす夜の雪原を眺めてました。
「私の身体も良くなって、もう満足に動けると思うので、明日には出ようと思います」
「ん……そっか、それならここからずっと南の方向へ行けば町があるから、そこに向かうといいよ。そこからなら貴女の思い出作りのネタになりそうな樹氷森林や、氷結洞っていう場所も近いから色々見て回ったらいいんじゃないかな?」
「わざわざありがとうございます。ヒジリさんは、一緒に行かないんですか?」
私は思わずそんな事を聞いてしまっていました。
「うん、私はいいかな。私はやりたい事があるからさ、麓までは送るよ。もしもの事があったらだめだし」
「わかりました。お願いしますね」
一人になったあと、私は鞄の中から日記を取り出しました。最近倒れてばっかりで全く書けていなかったですね……
『よくわからない町を出た私は雪山にほっぽり出されたり、凍死しかけたりと踏んだり蹴ったりにも程がありますよね。でも、そのおかげでヒジリさんに出会えたのかもしれませんね。それと……彼女は何か私の事を知っているような気がします。でも、私にそれを聞くことは出来ない……と、思います。彼女が、私……? の事を話すとき、決まって辛そうな顔をするのですから』
◇◆◇◆◇◆◇
次の日の朝。私とヒジリさんは山を下りていました。ヒジリさんに前に狩った狼の毛皮を剥いでもらい、それを素材に、私の今更にはなるんですが、私が置き去りにされていた所は、どうやら山の山頂付近だったらしく、運よくあの付近で狩りをしていなければ本当に凍死だったらしいですね。
日差しを受けてきらきら光る雪原を下りていくと、下には町の姿が見えました。
「見送りはここまで、私は帰るわ」
「ありがとうございます。ヒジリさん」
「別にいいわよ。貴女の記憶が……いや、思い出、かな。それが戻るのを祈っているわ」
私はヒジリさんに、ぺこりと一礼して、そのまま町の方へ歩きだします。彼女の事を次は忘れないようにしましょう。私の大切な人だと思いますので。いつか、私の思い出が戻った時には謝りにでも行きましょう。
◇◆◇◆◇◆◇
――シオンさんの影が小さくなって、見えなくなるまで結局私はあの人を目で追いかけてしまっていたし、かつて言われたシオンさんとの約束を破ってしまった。
「……ごめんなさい。でも、私には今のシオンさんを見ていられないんです。すごく……辛そうで、すぐにでも壊れてしまいそうな気がして……」
私は、ぎゅっと柄を握る。あの時、私に力があれば。私に、シオンさんと……師匠と、戦えるだけの力があれば。
だから私は、ここで強くなる為に剣を磨くのだ。いつかまた、師匠が戻ってきた時に、私も一緒に戦えるようになる為に。