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題名のない灰色日記  作者: すずしろ
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雪国の剣聖と私。

「うう……寒すぎる……」



 雪国にほっぽり出された私は、馬鹿げた気温差に対応すべく鞄の中の物を必死で漁ります。状況が打開できるものがあろうがなかろうが、とりあえず体を動かさないとあっという間に凍えてしまいそうな気がしたので。

 と、必死で鞄を漁っていると、昔々のそのまた昔に私が面白半分で作った試薬がありました。薬の効能は、一時的に身体の体温を上げる薬なのですが、代償としてものすごく物理的なエネルギー、つまりは体力を消耗するのです。一度実験で冬場に飲んだ時は、真冬の雪が降っている中半袖で出歩いていても全く問題ないほどの効果がありましたが、数分で空腹で倒れたんですよね……

 詰まるところ、これを飲むのなら何かしら食べ続けなければ結局凍死が待っているわけですね。前途多難過ぎませんか、私の旅。とまあ、そんな事を言っていても、これを飲まなければ待つのは凍死な訳でして。飲まざるを得ないんですよね……幸いにもパンを買っていた為か多少は動けるでしょう。というわけで一思いにぐびっと私は薬を飲み干しました。



「お、おおお……」



 効果てきめん。私の身体は燃えるように熱くなり、雪国どころかサウナの中に放り出されたようなそんな錯覚さえ覚えます。というわけで早速、寒さを凌げる場所を探しに出発です。幸いにも天気は晴れ、一面の銀世界が私の眼に攻撃してくるくらいでした。

 ただ、問題はすぐに出てきました。それは、雪の深さです。一歩踏み出す度に私の足首くらいまで雪の中に埋まるのです。それ故にとにかく進みにくい……一歩進めばズボっと雪に足が埋もれるわけですからね。ついでに私の靴や靴下にも溶けた雪がしみ込んでべたべたです。踏んだり蹴ったりとはまさにこの事。

 うだうだ言っていても凍死してしまうのでさっさと見つけましょう。ちなみに私はエネルギーを切らさないようにパンを頬張りながら歩いています。正直変人に見えなくもないですが、仕方ないのです。


 ……というか、平原で辺りを見回しても全く人影が見えないってどういう事なんでしょう? ここ実は山奥でした~とかならやっぱり凍死ですよ? だって飛べませんもん。こういう時は流石に己の非才を恨みますね……



「……ちょっと待ってください? ねえ、これ不味いですよね?」



 雪原を一人寂しく歩いていた私を歓迎してくれたのは複数の狼でした。人を探す事に集中してて気づかなかったとはいえまさか囲まれるとは思ってなかったです。いや、呑気に考えている場合じゃないんですけど、逆に現実味が無いと言いますか。あんな所からこんな所にほっぽり出された挙句、狼に食べられちゃいましたーあっはっはー。なんて有り得ないでしょう? これは夢です。そう、夢。夢なんですよ。

 ……はい、現実と向き合いましょう。周りには目視できるだけで敵は四匹、普段ならば壁を張って適当に持久戦でやり過ごすのですが、今は状況が状況。そんな悠長なことを言っている場合ではありません。さっさと片づけるついでに周りに気づかせるには派手な魔法を使うのが良いのでしょうけど……ありましたっけ? あ、いや、ありますね。



「とりあえず、怖いのでちょっとだけ大人しくしててくださいね……」



 ポケットに忍ばせていた杖を自分の腕ほどの大きさまで戻して、自分の周りに壁を作って襲われないようにします。それをそのまま維持して、次の魔法を詠唱します。出来るだけ派手で、近くにいる人間に気づいて貰える魔法――それは……!



「落ちろ、雷!」



 タクトのように杖を振って、落とす位置を指定すると晴天の雪原にバチン! と、轟音を轟かせて落雷がその場に落ちました。そのまま感電したくないので私は足元にも魔法できっちり守って雷から身を守ります。

 近くにいた何匹かの狼は、雷によって感電し、残った狼も雪を伝った電気で痺れているか、それに驚いて逃げ出しました。



「ああ……どうにか難を逃れられましたね……」



 ほっと一息つくと、思い出したかのように私のお腹が空腹を訴えます。しまい込んでいたパンを再び取り出して頬張りながら、倒した狼を鞄の中にしまい込みました。



「……あ……」



 全てを終えて、安心しきったその時です。普段使わなかった強力な魔法への反動が遅れてやってきました。ああ、これは倒れるなあ。何て呑気に考えている暇もなく、私の意識は真っ白な銀世界から、真っ黒な闇の底へと落ちていくのでした――



◇◆◇◆◇◆◇



「……っ、あ、あれ……?」



 次に私が目覚めた場所は、木造の家の中。部屋の中は暖かく、私はベッドの中にいました。私生きてます?

 疑心暗鬼な私は手首で脈を測って見たり、心臓に手を当てたりして見ましたが、異常なし。どうやら生きているようです。

 さてさて……こんな美少女の私をわざわざ運んでくるなんて、奴隷商人とかその辺りでしょうか? 多分高く売れますよ、すぐ逃げると思いますけどね。

 さあ、そのお顔を拝見させて貰いましょうか、と部屋から出ようとしたその時。



「いたっ!?」



 ドアが開かれて、私の額にぶつかります。痛い。

 思いの外痛くて、額を抑えながら蹲っていると心配するような声が私の頭上から聞こえました。



「あ、あー……大丈夫? 」



 目に涙を貯めながら上を向くと、そこに居たのは困り顔の緋色の髪の女性。



「大丈夫かと言われたら……微妙ですよ……まあ、それはさておき、助けて頂きありがとうございます」

「ん、ああ。いいって事よ。しっかし、凄いねあんた、魔法使いでしょ?」

「はい、じゃなきゃ晴天の雪山で雷なんて落ちませんよ」

「ははっ、それもそうね」

「しかし……本当にありがとうございます。貴女の名前を教えていただいても?」



 私のその言葉に、彼女に一瞬だけ悲しそうな色が見えました。ただ、それが何なのかは私には分かりませんでした。



「私の名前はヒジリ。あんたは?」

「私はシオンです」



 そか、とヒジリさんが笑うと、



「お腹減ってるだろ? ご飯なら作るから、食べていきなよ」

「あ、ありがとうございます……頂きます」



 ヒジリさんに連れられて、リビングについて行く私は周りをちらちらと見ていると、至って普通の小屋に見えますし、女の人ですし、私を連れ去ったり商品にしたりとか、そういう輩ではなさそうですね。普通に介抱してくれていましたし。



「さてさて……ここで少し待ってなよ」



 通されたのは普通のリビングですが、雪国らしくそこには薪の暖炉が備え付けられていてぱちぱちと爆ぜる音をあげながら炎が燃えていました。

 ゆらゆらと揺れる炎を見つめていると、何かを思い出しそうなそんな感覚になりますね。



「ん? 暖炉、珍しいかい?」

「あ、いえ……そういう訳ではないんですけど。ただ、何かを思い出しそうな……そんな感じだったんですよ」

「ありゃ……それは失礼。だけど、ご飯は出来たからね、先にそっちにしてもらえるかい?」

「それは勿論です。お言葉に甘えて頂きますね」



 ヒジリさんが出してくれた料理はシンプルなもので、この辺で取れた獣の肉を香辛料で味付けして焼いたものや、雪の下で保存していた野菜を使ったスープを振舞って貰いました。

 薬の反動でお腹が減っていた私は、それ等をぺろりと平らげてしまいました。空腹ほど最高のスパイスは無いと言うのはやはり本当なのでしょうね……



「ふぅ……ご馳走様でした。美味しかったです」

「お粗末様。口に合ってよかったよ」



 食器を片付けているヒジリさんがカウンターから顔を出して。



「助けた代わりのお願い……といっちゃなんだけどさ」

「はい、私に出来ることならしますよ。なんて言ったって命の恩人ですから」

「それじゃあ、私と一度だけ戦ってくれないかな?」



「……はい?」



 その言葉に、私の頭は一瞬思考を停止しました。私と戦う? 本気で言ってますか、この人。



「え、えっと……戦う、ですか……」

「うん。無理にとは言わない、けど……言いなら、戦ってみたいんだ。魔法使いと戦う経験ってあまりないからさ、してみたいって言うか……」



 ヒジリさんのその言葉はどうにも歯切れが悪く、別の意図もあるように感じましたが、私にその意図を読み取ることは出来ませんでした。ですが、彼女が不器用だということは分かりました。だから、私に何か悪意のあるような事を仕掛けることは無いでしょう。



「……仕方ないですね。恩人の頼みならば、無碍に断る訳にもいけませんし……わかりました。では、後ほど外で、という事で良いですか?」

「ああ、じゃあまた後で。あんたにも準備は必要だろ? シオンさん」

「はい」



 私は部屋を後にします。私が扉を閉める直前、彼女が何か呟いていた気がしましたが……何だったのでしょうか。



「……本当だったんだね、シオンさん」



◇◆◇◆◇◆◇



 数十分後、私とヒジリさんは雪原の真ん中で対峙していました。私は杖を、ヒジリさんは剣を構えています。恩人であるヒジリさんの頼みを聞くこともありますが、それ以上に彼女が私と戦いたがるもう一つの理由の方が気になったからです。



「開始のタイミングはそっちからでどうぞ」



 ヒジリさんのその言葉は魔法使いである私に対する遠慮なのでしょうか? まあ、タイミングをこちらで合わせられるのならば遠慮なく行かせて貰いましょう。

 という訳で魔法を即使えるように魔法を使用した上で、使用しないでおきます。そうする事で、任意のタイミングで魔法を放つ事が出来るのです。とは言っても、魔力を消費するし、とても集中力がいるので基本的には使える技ではないですね。目の前で待ってくれる相手がいない限りは。



「では、始めましょうか……!」




 言葉と同時に、私は魔法を発動。手始めに火球で力量を測ります。間違いなく弾かれるか、斬られるかのどちらかになるとは思いますが。



「せいっ!」



 予想通り、ヒジリさんは火球を真っ二つに切ってそのまま突っ込んできました。それを見越しての温存していた魔法を使用します。

 それは、空間に炸裂した瞬間、膨張する地雷を仕込む魔法。地雷とはいっても、こちらで起爆や不発は操れるので、どちらかというと爆弾なのかもしれませんが。使いようによっては爆風で加速したりも出来るのでかなり使い勝手が良かったりします。

 視線の先に作り上げた爆弾は四つ、私の合図で起爆出来ますが、まだその時ではありません。私の戦う時のスタイルはとにかくこすっからく、ねちっこくが信条ですからね。

 突っ込んできたヒジリさんの一太刀を杖で何とかいなし、彼女との距離を少し離します。それと同時に一つ目の爆弾を起爆しました。



「っ……はぁっ!」



 直撃はしなかったものの至近距離で爆発したそれに多少はダメージを受けてくれればいいのですが……



「流石ね……」



 残念ながら彼女にダメージを与える事は出来ていなさそうです。彼女は嬉しそうに口を歪ませると、先ほどよりも速い速度で私に突撃してきます。流石に今の私の膂力で受け止めるのは無理なので、少しばかりズルをさせてもらいましょう。

 追加で残り三つの爆弾を起爆。雪煙を作って一瞬の隙を作ります。すかさず私は魔法を使用し、杖をあたかも剣のように持って、煙が晴れるのを待ちました。

 煙が晴れ、ヒジリさんの目の前にいた私は随分と雰囲気が違った事でしょう。先程までの押したら倒れそうな魔法使いとは雰囲気から一変して、杖先に魔力を圧縮して作り上げた刀身を構えた私のそれは、歴戦の戦士とも思えるような風格でした。



「見掛け倒し何かじゃないですよ、さあ第二ラウンドを始めましょうか」

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