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題名のない灰色日記  作者: すずしろ
34/34

目的の終わりと旅の始まり。

 陽が頂点に登り、ポカポカとした昼寝日和の気温。このまま何事も無ければ大切なパートナーと一緒にお昼寝と行きたいところですが──


「ちょっと、残るは帰るだけなんですから寝ないでくださいよ? シオン」

「……ダメですか?」

「ダメに決まってます」


 残念ながらホロンに止められたので、お昼寝は無しになりました。ひんやりと冷たいホロンの鱗を優しく撫でながら先の景色を見つめると、うっすらとスリジエが見えてきます。


「ほら、もう着きますから」

「分かりましたよ……」


 ホロンは颯爽と城門の上を通り抜け、城へと向かいました。城の中庭に降り立ち、私がぴょんと飛び降りたあとホロンは人の姿に戻ります。

 ホロンの姿が窓から見えたのか、廊下からバタバタと走ってくる音が聞こえました。



「師匠ぉ~~~!!!!」



 容赦ないタックルを仕掛けてくるヒジリ。足音が聞こえて来たおかげで、すんでのところでそれを躱す事が出来ました。


「ちょっ……どうして避けるんですか!?」

「だってヒジリのタッ……いえ、抱きつきの勢いが良過ぎるので」

「今タックルって言いかけませんでした?」

「いいえ? そんなことは無いですよ」



 ヒジリが疑り深い視線を向けていますが、私は華麗にスルー。そんな事をしていると、リラが現れます。皇女の威厳を見せつけるような精緻な模様の入った薄水色のドレス。キメ細やかな真っ白な手の先にはスリジエの王位の証である竜の涙、と呼ばれる鉱物が嵌められた指輪を身につけていました。



「ありがとうございます、シオン。また……助けられてしまいましたね」

「そうですね、記憶が戻った直後にこんな事をさせるんですから、本当に人使いの荒い皇女様です」


 私がワザと嫌味たらしくそう言うと、リラは言葉に詰まってしまいます。


「冗談ですよ。親友にそんな事思うわけないでしょう?」

「そ、それでもびっくりしますから!」

「ごめんなさい。次からは気をつけますね」

「絶対ですよ?」


 リラが私のことをじぃっと見つめながらそう圧をかけてきました。私は、はい。と笑いながら返事をします。

 リラはそれを聞いて、仕方ないですね……と言ってから、話を切りました。そして、改めて私に向きなおり、友人のリラから皇女のリラの顔になると、



「此度の活躍、大変見事でした。突然の依頼にも関わらず、貴女達はかつてと変わることなく任務を遂行してくれました。ついては褒賞を授けたいと思っています。二人とも、着いてきてもらえますか?」


 私たちは、リラについていき謁見の間に入ります。謁見の間の左右に立つ近衛騎士にお疲れ様です。とリラが声をかけて玉座の前で立ち、


「それでは聞きましょう、二人とも何か望むものはありますか?」

「望むもの、と言われましても……」



 そう、今私が欲しいもの、と言われても正直答えることができません。だからと言って、いりませんと答えてしまうのは不敬だと捉えられかねませんし……



「──決められないなら、私が決めてもいいですか?」


 迷ってると、横からホロンがそう言ってきます。私は思いつかないので、ホロンが欲しいものがあるというのなら構わないですけど……



「貴女の契約者であるシオンが許可を出せば問題は無いですが……ホロン、私は貴女にも同様の褒賞を与えようと考えています。貴女方二人のどちらが欠けてもこれ程迅速にアトラル帝国からの侵攻を止めることは出来なかったのですから」

「ありがとうございます。私にも、というのであれば私もシオンと同じ願いを聴いて頂きたいです」


 おや、それはどういう事でしょうか? 自分と私、二人共が同じ願いでなければいけない理由があるのでしょうか?


「……どういった願いを望むのですか?」


 リラもホロンの意図が読めないのか、不思議そうな表情でそう聞きました。


「私の願いは、シオンと共に旅をすることです」

「え……?」


 その言葉に、私は言葉を失いました。確かに、ホロンは帰り際にそんなことを言っていましたが、まさかそんな願いをリラに──スリジエの皇女に求めるとは思っていませんでした。



「自らの言っている事の意味が、貴女は分かっているのですか?」

「はい。理解しています」

「この国の最高戦力である二人が旅に出る事は、国力を衰えさせる──そう、仰りたいのでしょう?」


 そう、記憶を封じられる前までは私はスリジエの中でも上から数えられる程の魔法使いの一人で、ホロンは世界に数えるほどしか生存していないという希少で強力な竜でした。

 私と同等の魔法使いが、数年で現れたのかどうかはわからないですが……少なくともホロンのような竜、と同等の力をもつ何かを仲間にできたとは思えません。



「その通りです、ホロン。貴女達がこの国に居るという、その事実が他国からの侵攻を思いとどまらせる要因の一つになっています。勿論、貴女達がいなければこの国は戦って勝つことが出来ない。という訳ではありません。むしろ、貴女達に頼りきりにならないためにシオン、貴女の記憶が封じられてからはより魔法使いや、騎士たちの育成に力を加えました」

「それならば、問題ないのではないでしょうか? 私たちがいなくても戦えるのですよね?」

「……いえ、今は無理です。確かにスリジエの騎士や魔法使いは、シオンがいない間に優秀にはなりました。ですが、貴女達の名前によって侵攻をしていなかった諸外国が、連合として攻めてきた場合に止められるほどの力はありません」



 四年の月日では、ある程度強くはなれど、精鋭とまで言えるほどの実力になれるような人間は一握りでしょう。

 アトラル帝国のように一つの国だけが攻めてくるのであれば、恐らくは問題ないのでしょう。

 しかし、連合国相手となってしまえば話が違います。……まあ、今仮の相手の話をした所でしょうがないのですが。



「……では、私の願いは聞き入れて貰えないのですか?」


 ホロンの声のトーンが一つ落ちて、リラにそう聞きました。


「……少なくとも今は無理です。そうですね……あと五年程は時間が必要だと思います」

「……そう、ですか」



 ホロンは態度にこそ出してはいないものの、落ち込んでいる事は見て取れました。そんなに私と旅に出たかったのでしょうか?


「ちょっといいかしら?」


 玉座の間の扉が開き、先生が現れます。どんな時でも変わらないしわくちゃの服に新品さながらの外套。

 しかし今日は眠そうな顔というよりは、自信のある人の顔をしていました。先生のこういう時の顔は、魔法の実験に成功した時の顔です。


「どうしましたか? いきなり入ってくるなんてアリー様らしくありませんが」

「さっきの話、私が勝手に聞いてたんだけれど二人がすぐに戻って来られるなら、旅に出ても問題ないんじゃないの?」

「確かにそうではありますけど……そんな事──」

「出来るから言ってるんです、皇女様。私の二つ名、お忘れですか?」


 先生の二つ名……一度だけその名前を聞いた事がありました。その名も──


「創造の魔女、ですよね。アリー様の二つ名は」

「その通りです、皇女様。私の魔法は魔法を作る魔法。私の魔法で二人を何時でもスリジエに帰って来れるようにしたら万事解決でしょう?」

「確かにその通りではありますが……以前、そういう魔法を使うには魔力が足りないと、そう言っていませんでしたか?」

「ええ、でもそれは普通の魔法使いが使うときの話。シオン達なら問題なく使う事が出来るわ」


 先生は自信満々にそう言います。私たちなら出来て、ほかの人だと使えないという事は単純に消費魔力がとんでもない、という事でしょうか?


「どんな場所であっても、必ず戻ってこられるという保証はありますか?」

「余程変な場所じゃなければ問題ないはずよ。魔力が完全に遮断されるような辺鄙な場所とかだと流石に無理ね」

「……ではその魔法、見せてもらいます」


 先生はお任せ下さい。というと、私の方へ近づいてきます。


「それじゃあ、まず二人に印を付けるわね。これが私と二人の位置を教えてくれるから」


 先生は私とホロンの右手の甲に杖先をチョン、と触れさせると淡い光が手の甲の上で光り、光が消えるとそこに魔法陣が描かれていました。


「はい、これでよし。これに魔力を注げば私との遠隔での会話も出来るから。今からひたすら遠くに行ってもらえる?」

「分かりました。じゃあ行きましょうか、ホロン」



 私とホロンは謁見の間から出て、外を眺めるためのバルコニーからホロンに乗り、城の上空へと舞い上がります。

 遠くへ行ってくれと言われましても……どこへ行きましょう?



「当てがないなら、南へ行きませんか?」

「ほう、それはまたどうしてですか?」

「果物が美味しいと聞きますし、暖かいですから昼寝には最適だと思いますよ?」

「お、良いですね。では南に行きましょう」



 ホロンは私のそれを聞いて、南に向かってその翼を羽ばたかせていきました。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「それで、二人を旅に出したくないのは皇女としてなのか、ただのシオンの親友のリラとしてなのか、どっちなのかしら?」


 二人のいなくなった謁見の間でリラとアリーは話していた。とはいっても、皇女としてというよりは一人のリラという少女として、だ。


「……半分は、皇女としてですよ。まだこの国は、シオン達の名前に守られています。シオン達をこの国に縛り付けてしまうのは、愚かな私の父が残した負の遺産です」

「半分、ね。もう半分は貴女個人としてなんだ」


 アリーがそう言うと、リラは当たり前です! と、声を荒げる。


「我儘だと言われるかもしれないですけど、私だって……私だって、シオンとたくさん話をしたい! 買い物も、こっそり遊びにだって行きたいですよ! でも……出来ないです。父が残したとは言いますが……私だって同罪です」

「前王……貴女の父親の命令で、貴女はシオンを戦争へ行かせていたものね」


 ほんの少しだけ、アリーの声が低くなる。アリーにとって、シオンは魔法使いの一番弟子であり娘のような存在だ。国王の命令だと分かっていたからこそ、アリーはリラがシオンに頼みごとをする事を止めることが出来なかった。


「許してもらおうとは思っていません。貴女にも、シオンにも。……だからこそ、私は六年前から、行動を始めたんです。シオンにこれ以上重荷を背負わせないために」

「……一つ聞きたいんだけど、シオンの記憶を封じてスリジエから出したのは計算していたの?」

「……いえ、あれは計算していませんでした。あの時のシオンの言葉を聞いて、もうシオンが戦場に出るのは限界だと感じたので、無理やりにでも実行に移しました」

「そう、それなら良かった。もし、あれも計算していたっていうなら……私は貴女の事を一生軽蔑していたから」


 その一言にリラの背筋が凍り付いた。アリーから本気の敵意が入り混じった言葉を聞くことなど一度たりともなかった。


「貴女の父親も、貴女も正直に言うと気に入らないわ。まあ、実の娘を利用してシオンを操ってた貴女の父親が一番嫌いなんだけどね」


 先ほどの強烈な敵意が嘘のように霧散して、アリーはそういうと、くるりと踵を返して謁見の間から立ち去ろうとする。


「さ、ここにいても何もないし。二人で時間を潰しましょうか」

「え、ええ……?」



 気の抜けるアリーの言葉に、思わずリラも気の抜けた返事をしてしまう。


「だって、シオン達から返事が来るのを待つだけってのも暇でしょう? なら、外に出て気分転換とかしてもいいんじゃないの?」

「確かに、それもいいですけど……今はだめです、まだアトラルとの戦争を終わらせた事を宰相と民に伝えなくてはいけませんから」

「それは大変、じゃあ私はいつも通り魔法協会にいるから、シオンからの連絡が来たら私がここに来るし、貴女の為すべき事が終わったなら魔法協会に来ること、じゃないと私の魔法が証明できないもの。いいわね?」


 リラが、わかりました。と苦笑して答えると、アリーはそれじゃあねと手を軽く振って謁見の間から出て行ってしまった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 私たちはひたすら南へと飛んでいます。ホロンの背から見下ろして、地上の景色が紙芝居のように次々に変わっていくのを見るのも、随分と久しぶりの事です。


「南へ行くって言っていたけれど、ホロンは当てがあるんですか?」

「はい。メリディエスというこの大陸最南端にある港町を目指しています」

「あー、私も名前だけは聞いたことある町です。確か魚が美味しいんでしたっけ?」

「港町ですからね。そのほかにも別の大陸から運ばれてくる希少な果物とか野菜も有名ですよ」

「ほうほう……魚より希少な果物の方が気になりますね」

「そういうと思いました。あと半刻も飛べば着きますよ」


 ホロンはそう言って翼を羽ばたかせます。陽はゆっくりと落ち始めていて、メリディエスに着く頃には日が暮れてしまいそうですね。


「ホロン」

「どうかしましたか、シオン」

「いいえ、どうもしていません。何となく名前を呼びたくなっただけです」


 少し意地悪気に言ったつもりでしたが、ホロンは怒ることもなくそれどころか、少し嬉しそうにそうですか。と答えました。


「なんで嬉しそうなんですか?」

「シオンにはわからないと思いますから教えません」


 ホロンは得意げにそう言いました。むぅ、私にはわからないってどういうことですか。




 そんな軽口を交わしながら地平の先を眺めていると、夕陽がキラキラと反射する海の景色が見えてきました。夕暮れに見る海は、朝や昼間の海よりも儚い印象がします。

 海の近くには何隻もの船が停泊している町が見えました。恐らく、あそこがメリディエスなのでしょう。私たちは町から少し離れた場所に降り立ち、ホロンは人の姿になりました。


 しばらく歩いて、町の目の前に着いた頃にはすっかり陽も落ち切って、町の明かりが灯りきっていました。

 小腹も空きましたし、屋台で海牛と呼ばれる海中に生息する牛のような生き物の串焼きを買って頬張りながら、屋台の店主さんに聞いてみます。


「この町には別の大陸から運ばれてくる珍しい果物があるって聞いたんですけど……」

「珍しい果物か……多分竜果の事だろうな。今残ってるかはわからねぇけど、港の市場の方に行ったら売ってる店があるぜ」

「ありがとうございます。早速向かってみますね」

「おう、あるといいな」


 店主さんにお礼を言って、私たちは港のすぐ近くの夜市に向かいました。まだ、始まったばかりというのがよくわかる活気で、人の波が出来ていて道の端の屋台からは威勢のいい掛け声を出して、商品を売っている人たちが沢山見ることが出来ました。

 私たちの目的の珍しい果実を求めて歩き回っていると──



「シオン、これですよこれ」


 私の服の袖をくいくいと引っ張って、私に目的の果物を見せてくれます。


「これですか?」


 見た目は真っ赤で刺々しい、どちらかというと食用には適さなさそうなものですが……と思っていると、店主の男の人が喋りかけてきました。


「竜果を見るのは初めてかい? お嬢ちゃんたち」

「ええ……それにしても、竜果って随分と強そうな名前ですね」

「ああ、なんでも初めて見つけたやつがこいつを竜の鱗と間違えて持ってきたかららしいぜ」


 そう言われると確かにそう見えてきました。竜の鱗……でも、ホロンの鱗はもっとすべすべしているので別の種類の竜でしょうね。


「ちなみに美味しいんですか?」

「ああ、美味いよ。一個食べてみるかい? 銀貨一枚だ」

「結構高いですね……」

「こいつを運ぶのにも手間がかかるんだよ」


 仕方ないと思いながら、私は店主の人に銀貨を一枚手渡します。銀貨を受け取ると、店主の方はナイフで器用に竜果を剥いて切り分けてから竹串を二本、私に手渡してくれました。切られた竜果の中身はミルク色の果肉をしていて、切られた果肉に竹串を刺すと柔らかいのかあっさりと刺さって持ち上がりました。

 私たちは恐る恐るそれを口に運びます。くにゅっとした柔らかい触感と同時に、濃厚な甘み。飲み込んだ後にはわずかな爽やかさを感じます。なるほどなるほど……不思議な味ですが、決して不味くはないですね。むしろ美味しいです。



「美味しいです。でも、不思議な味ですね」

「だろ? 苦手な奴もいるけど、癖になって何度も買いに来るやつもいるんだよ」

「これってここでしか買えないんですか?」

「いや、船に乗って東の大陸に渡ればもっと安く買えるはずだぞ。一応元船乗りだし、ある程度はわかるぜ。ところで、嬢ちゃんって魔法使いか?」

「ええ、そうですね」

「いいねぇ……俺も魔法を使って見たかったけど、てんで才能がなかったからなぁ」


 楽しそうにそう話す店主さん。人生楽しんでるなぁ……と思っていると、


「嬢ちゃん達は旅の途中だったりするのかい?」

「いえ、私たちは観光……のようなものですね」


 一応の目的は遠くから私たちをスリジエに転移させる事が出来るかどうかですが、そんな事をわざわざ馬鹿正直に話す必要はないですからね。


「どうだ、ここはいい町だろ?」

「……ですね、賑やかで飽きない町です」


 店主さんはだろ? と言って豪快に笑います。


「あー……悪いな嬢ちゃん達、こんなおっさんの話に付き合わせちまってよ」

「構いませんよ。こういう話を聞く機会ってそうありませんから」

「ありがとよ。竜果が食いたくなったらまた来てくれよ」

「はい。また来る時があればお世話になりますね」


 私と店主の人はそう言葉を交わして離れました。それからもしばらくは夜市を回って、いろいろな物を食べ歩きました。結構駆け足で回った割には十二分に満足した私たちは、人気のない夜の砂浜を二人で歩いていました。

 寄せては返す波の音と、潮風に心地よさを感じているとホロンが、


「楽しめましたか? シオン」


 不意にそう聞いてきました。先生に必要だからと言われて、ホロンに場所を決めてもらい出発した弾丸ツアーでしたが、存外楽しむことが出来ました。


「ええ、とても楽しめました。ありがとうございます。ホロン」


 ホロンにそういうと、それは良かった、という表情でふわりと微笑みを浮かべました。

 このまま夜の砂浜でのんびりとしていても良いのですが、本来の目的を忘れる前に魔力を手の甲に流して先生と会話します。




「先生、今大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。忘れたのかと思ってたわ」

「先生じゃないんですから、流石に忘れませんよ……」

「それならいいのよ。ちなみに周りに人とかいない?」


 先生にそう聞かれて、私は周りを人がいないかを探知魔法を使って調べてみます。


「……大丈夫です。周りには私とホロンしかいません」

「オッケーオッケー、じゃあそっちから王城へ転移させようと思うんだけど、何かそこの特産品とか持ってたりする?」


 先生のその言葉に何かありましたっけ……と考えてみましたが、記念にと思って買っていた竜果がある事を思い出しました。


「ありますね」

「よしよし、じゃないと遠くまで行った証拠が残らないからね。じゃあ、ホロンはシオンと手をつないでもらえるかしら。問題はないと思うのだけど、万が一の事があっても困るし」


 先生の指示で、私とホロンは手を繋いでから先生の返事を待っていると足元が光りだし、魔法陣が現れました。光が一際強くなり、私たちが思わず目を閉じてしまうと次の瞬間、宙に浮くような浮遊感と私の中から魔力が吸われていく感覚。そして、次の瞬間に足元で草を踏み分ける感覚がありました。

 瞼の裏の強烈な光の余韻も消え去ったので目をそっと開けてみると、そこはスリジエの城の中庭の一角で、目の前には先生とリラが同じように転移時の光にやられたのか、目を閉じながら成功したのかな!? と狼狽えている二人の姿が見えました。ホロンもまだ目が慣れていないのか、目と一緒に私の手をぎゅっと握っています。

 そんな様子を見てクスッと笑うと、私の笑い声に気づいたのか、


「大丈夫!? 二人ともちゃんと生きてる?」

「大丈夫です。生きてますよ」

「良かったぁ……魔法陣の様子が計算と違ったからこれはやっちゃったかなって」

「いや、やっちゃったかなじゃないですよ全く……」


 先生のとんでもない一言にあきれ果てながら、私はメリディエスに行ってきた証拠としてお土産代わりの竜果を先生に手渡します。

 私以外の三人もようやく落ち着いたのか目を開きました。


「これって竜果ってやつかしら?」

「はい。ホロンと南の方へ行こうってなってメリディエスまで飛んで行ってそこで買ってきました」

「随分と遠くまで行ったのね……」

「メリディエスって間違っていなければ大陸最南端の港町ですよね」

「はい。まあ、私の翼でしたらそこまでかかりませんでしたが」



 ホロンがさりげなく自分の事を自慢している。確かに、ホロンの翼なら馬で数日の距離も数刻でたどり着けてしまうのですがその分、背に乗る人間の負担はすごいんですよね。かなり強めの防護魔法をかけておかないと、風に飛ばされて地面に真っ逆さまになってしまうので。

 おっと、今はそういう話は後ですね。私が先生に渡した竜果を見てリラが興奮した様子で、


「間違いなくこれはメリディエスで買ったものですっ、他の内陸部の町で買ったものであればここまでの新鮮さはありません!」

「リラって竜果が好きだったんですか?」

「は、はい……シオンには言っていませんでしたが、そうなんです……」


 リラが竜果が好きだってこと初めて知りました……確かに美味しいですけどね。今になって驚きの新情報です。



「さてさて、これで私の魔法が問題ないことが証明されたわね?」

「……はい。貴女の魔法に問題はありませんでした。メリディエスからここまでの距離を転移させる事が出来るのですから、二人の同意さえあればスリジエに、いえ。アリー室長の元へ転移させられるのですね」


 リラは息を整えて、私たちの方を向く。


「ホロン、そしてシオン。貴女達二人の旅立ちを許可します。ただし、私及び魔法協会理事長であるシオンの師、アリー・オージュアルからの要請があった場合には、速やかに転移の指示に従う事とします」

「かしこまりました」


 リラの言葉に私たちは片膝をついて答えます。すると、リラは少しだけ寂しそうな表情を浮かべてから、


「……ここからは、皇女じゃなくてリラの言葉。旅に出る前に、色々と話をしたいの。シオン」

「ええ、もちろん」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 私とリラはリラの部屋に行き、先生とホロンは一緒にどこかへ行ってしまいました。

 部屋の蝋燭に火をともし、椅子に二人とも腰かけるとリラがどこからかワインを取り出してきました。


「これ、特別なワインなんですって。一緒に飲みましょうよ」

「いいですよ。親友の頼みですからね」


 クスリと微笑んで、私は鞄の中をごそごそと探って細工の彫られた銀のワイングラスを取り出して自分たちの前に置きます。

 リラがワインの栓を抜いてグラスに静かに注ぎます。黄金色をしたワインからは何種類もの果実の香りとハーブの香りがしました。カチン、と小さくグラスを鳴らして私たちはワインを飲みます。

 口の中に広がる爽やかなハーブの香りに感心しながらごくりと最初の一口を飲み干しました。


「これも食べちゃいましょう? シオンのお土産ですけどね」


 リラが竜果を皿の上に置いて半分に切ると、私の方に差し出します。


「リラが食べて構いませんよ、私はもう食べてきましたから。好きなんですよね?」

「ほ、ほんとにいいんですか……?」


 はい。と私は半分に切られた竜果をリラに渡して、私は数種類のドライフルーツをカバンの中から取り出します。ドライチェリーを一つ口の中に放り込んで、ワインをまた一口飲みます。

 ドライチェリーの甘さを感じた後に、ワインのすっきりとした風味がチェリーの残る甘さを流してくれて、相性がいいですね……と私が一人で感心していると、


「シオン……貴女に話しておかなければいけないことがあります」

「何ですか? 実はもう一国宣戦布告してきた国があるとかですか?」

「ち、違いますよっ! もう……」


 私がそういってからかうと、リラは頬を膨らませてから竜果をぱくぱくと口に運び、ぐいっとワインを飲み干しました。コン、と軽い音を立ててグラスを机の上に置きます。


「……シオンは、自分がどうやって記憶を封印したか覚えてる?」

「いえ、覚えてないですね……そこだけがどうしても曖昧なんですよ」

「……そう、ですよね。だって、あの時私が貴女の記憶を無理やり封印したんですから」

「はい? リラが、私の記憶を封印したんですか? いや……確かに、あの魔法はリラ達王族にしか使えない魔法ではありますけど……ええ……?」


 突然のカミングアウトに私の頭は大混乱です。どうして私の記憶を封印したのか、四年前、私は何かしてしまったのかなどと頭の中でいろいろな考えが渦巻いていると、リラが身を乗り出して私の手をぎゅっと握ります。


「落ち着いて、私はシオンに何もされてないよ。むしろ……私と、私の父親がシオンを追い詰めてしまったから。私がシオンの記憶を封じてスリジエの外へと旅立たせたの。……貴女の大切な人たちにも言わずに、私一人で決めたことよ」

「どうして……ですか?」

「シオンは覚えていないかもしれないけど……私に言ったの。『もう、戦いたくない』って」


 悲痛そうなリラの声に、私はその話は真実なのだと理解しましたが……記憶が戻った今もそんな記憶はありません。それは、本当に私が忘れてしまったからでしょうか。


「だから、私はシオンの今までの戦争へ行った期間の記憶全てを封印したの。そんな苦しい記憶なら、思い出さない方が良いと思って」

「そう……だったんですね」

「アリーさんにはシオンの記憶を封じて、スリジエから逃がす計画は伝えていました。だから、シオンを逃がした後の処理などは私とアリーさんで何とかしました」

「どうして、そこまでしてくれるんですか……? 確かに、私とリラは親友だと思います。でも貴女は皇女で、私はこの国を守る先生の弟子の一人ですよ……?」


 私は恐る恐るそう聞きました。親友かもしれないけれど、それでもやっぱり私たちは皇女と少し強いだけの一人の魔法使いです。リラがそこまでしてくれる理由が私には理解できませんでした。

 私の言葉にリラは信じられない、といった表情で、


「シオンは……シオンは、わかってませんっ! 私は、シオンほど大人びてないから! シオンの事が親友で大切だからっ、失いたくないから……っ! 皇女とか、魔法使いの弟子とか、そんなの関係ないの……シオンが大切だから、壊れてしまう前に助けなくちゃって……そう思っただけなの……」


 堰を切ったように、リラは私へ感情のままに言葉をぶつけてきます。


「……ごめんなさい。思っていたよりも、私は薄情だったみたいですね。リラのそんな気持ちに気づけないなんて……」

「……ううん、シオンは悪くない。皇女としての立場があるのだから、シオンの考え方の方が正しい。たとえ親友であっても、皇女なんだから魔法使いの弟子の一人にだけ入れ込むなんてしちゃいけない。間違ってるのは、私のほう」


 その言葉に、どう返せばいいか私にはわかりませんでした。下手な慰めはかえってリラを傷つけてしまうと、そう思いました。


「それに……私はシオンに慰めてもらえる資格なんて無い……気づいていたでしょ? 私の父が私を使ってシオンを戦いに行かせていたこと」


 私はその言葉にうなずきました。かつて、リラが私に頼みごとをするとき、自分自身の願いじゃない時には決まって最後にごめんね。と言っていました。

 無理して笑って、あの時のリラの顔が私は好きじゃなかった。だから、私はこの国が関わる戦争を全部終わらせよう……なんて今更ながらに思い出してしまいました。


「気にしてないって言っても、リラは納得しないですよね」

「当然。これは……私の罪なんだもの」


 私は、一つ深呼吸をすると、椅子から立ち上がって優しくリラを抱きしめます。


「私を守ろうとしてくれたんですよね、ありがとうございます。リラ」

「そんな……私が勝手にしたことなんだから、感謝なんて……」

「リラが嫌がっても、私は何度だって言いますよ。ありがとうございます、リラ」



 抱き寄せた後そっと離れて、私はカバンの中から薄紫色の花の、ドライフラワーを渡します。



「この花の花言葉、途絶えぬ記憶とか変わらない誓いだって言われて買ってきたんです。私たちにピッタリじゃないですか?」


 蠟燭の明かりで照らされるその花を見て、リラはクスッと微笑みます。


「そう、ね。その通りね。ほんと……私たちにピッタリ」

「旅に出ても、先生が呼んだらここに戻ってくるんですから、少しの間またお別れですね」

「……そうですね。少しだけ、お別れです。戻ってくるときは沢山お土産話してくれるの楽しみにしてますからね?」

「ええ、楽しみに待っていてください。リラ」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 蝋燭が溶けきるまで私たちは話をして、寝衣に着替えてから、一緒のベッドで眠りにつきました。

 朝になり、私が目を覚ましベッドから起き上がろうとすると、弱い力で私の服をきゅっと掴む感覚がありました。


「ほら、朝ですよ。起きてくださいリラ」

「うぅ……もうあと五分だけ……」

「それじゃあここでお別れですか?」


 私は優しくそう言うと、リラはガバっと毛布を捲りあげて起床しました。


「そういう事言わないでよ、意地悪っ」

「こうでも言わないと起きないと思いましたから」


 私が悪戯っぽく笑いながらそう言うと、リラは不機嫌そうに頬を膨らませました。

 私たちは服を着替えて、中庭に出ます。……そういえば、結局ホロンは帰って来ませんでしたね。先生と一緒に戻ってくるのでしょうか……



「おはよ、昨日は二人で話せたかしら?」


 そんなことを考えていたら、ホロンと先生とヒジリがやってきました。


「ええ、それはもう沢山話しましたよ」

「それは良かった。私もホロンといろいろ話が出来たし、満足よ」


 先生とホロンの話って本当に話だけなのでしょうか……



「それで、もう行っちゃうわけ?」

「……はい。リラと約束しましたから。お土産話をいっぱい作ってくる、と」

「もうちょっとゆっくりしてもいいのに」

「そうですよ! 私はまだ師匠と全然話せてません!」


 先生とヒジリはそう言いますが、私と先生は何時でも話せるでしょう……と内心そう思いました。


「いいんですよ。先生と一緒にいたら厄介なお使いも頼まれそうな気がしますし」

「失礼しちゃうわね、そんなに厄介な頼み事はしてない……してないわよ?」

「言いきれないって言うことは、そういう事ですよ。全くもう……ヒジリは、ごめんなさい。次はちゃんと帰ってくるから、それまで待っていてもらえますか?」

「……絶対、絶対帰ってきてくださいよ?」

「はい、絶対です」


 私は、ホロンの方をチラリと見ます。ホロンもそれで伝わったのか、竜の姿へと変わり私が何時でも乗っていいように待っていてくれます。


「それでは、何か急の用事があれば連絡をください、先生」

「急じゃなきゃダメなの?」

「……百歩譲って連絡は急じゃなくてもいいですけど、呼び戻すのだけはやめてくださいね?」


 私は威圧の籠った笑みでそう言うと、若干怯えながら了承してもらえました。


「……じゃあ、いってきます。先生、リラ」

「待ってますからね、シオン」

「いってらっしゃい、二人とも」

「本当に絶対帰ってきてくださいよ!! 約束ですからね!!」


 ホロンも返事をするように、小さく唸り声をあげてからその翼を羽ばたかせて空へと舞い上がります。



 スリジエが私の手のひらに収まるほどに高く飛び上がると、


「シオン、次の場所なんですけど私が提案していいですか?」


 ホロンがそう話しかけてきました。ホロンの首筋に抱きつきながら私は聞きます。


「今度はどこですか? つまらない場所だったら却下ですよ?」

「アリーから聞いたのですが、世界には私と同種の竜が五匹いるらしいです。その内の一匹の居場所を教えて貰ったのでそこへ行きませんか?」

「……それって変な場所じゃないですよね?」

「聞いた話だと火山の近くの町で温泉が有名らしいですよ」

「それはいいですね。早速向かいましょう、ホロン」


 ホロンは空に鳴き声を響かせて、次の目的地へと羽ばたきます。


 私は、ホロンの背の上でおもむろに鞄の中から日記帳を取り出し、その内容を軽く読み返して見たりします。

 封じられた記憶が戻るまでに綴った私の為の日記帳。これからは、大切な人に伝える為に日記を綴りましょう。その思い出が沢山の色で満たされるまで。


 私は、そう心の中で思いながらリラに渡したドライフラワーと同じ花で作られた栞を挟んで日記帳をパタリと閉じました。

これにて灰色日記の大きな区切りはつきましたので、一旦完結とさせていただきます。

これからは引き続きノベルアップの方で書いているにんさつの続きと、どうやって書いたらいいか迷っていた星騎士を進めていこうと思います。

星騎士に関してはエタってた訳じゃないんです、どうやったらいいか迷ってたんです。マジマジの大マジです。

多分星騎士の方は不思議な形になるんじゃないかなぁと思います。


一日でざっと読んだ方も、首を長くして待っていただいた神のような方もここまでこの作品を読んでいただき本当にありがとうございます。

ご縁があればこの先もどうかよろしくお願いします。

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