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題名のない灰色日記  作者: すずしろ
33/34

契約と私。

 ゲオルグが倒れている生き残りを叩き起こし、私たちはアトラル帝国に向かいます。この辺りから人の足で向かうとなると約二日……私はホロンの方をちらりと見ました。


「……いいですよ、乗せても。あんまり気乗りしませんけど、さっさと終わらせる為には必要ですし」

「ありがとう、ホロン──という訳ですから、乗ってください。さっさとアトラルへ向かいますよ」


 私がそう言うと、ホロンの身体が光に包まれ竜の姿へと変わりました。空の色より明るい水色の鱗を持ち、琥珀色の瞳は目が合ったもの全てを萎縮させるような威圧感があります。


「ほら、乗ってください。私たちは早く行って早く終わらせたいんです」


 私は有無を言わせずに魔法でゲオルグ達を浮かせてホロンの背に乗せました。おまけとして生かしておいた三人は竜の背中に乗せられて興奮していましたが、ホロンの苛ついた視線を感じて速やかに口を閉じていました。

 ゲオルグは自力でホロンに乗ると、私もホロンの首元に座りました。



「お願いします、ホロン」



 ホロンは唸るような声をあげて返事をすると、翼を伸ばして空へと飛び上がりました。

 翼が空を叩き、数秒後には凍った森が一望出来るくらいの高さへ飛んでいた。おまけとゲオルグは凍りついた森を見て息を飲んでいました。相手にしていたもののレベルの違いを理解してくれたようですね。


 地図を見て方向を確認し、ゲオルグにも間違いないかを聞いた後、ホロンにアトラル帝国に向けて飛んでもらいます。馬で一日半程度の距離、ホロンの翼なら一刻程度で辿り着けるでしょう。

 ただ、それだけの速度を出すと私も含めてそのままでは吹き飛ばされてしまうので、魔法で風を防ぎます。


「……確かにこれは相手にするべきじゃねぇな……」


 後ろで誰かがそう呟きました。気付くまでが遅いですね……と心の中でそう思いながら、ホロンは空を駆けていきます。

 高速で変わる景色の先に、城壁が見えてきます。いよいよアトラル帝国に到着です。



「このまま王城に突っ込みますよ。意見は聞きません」

「落とされても知らんぞ?」

「敵国の人間なんですから降りようが降りまいが一緒だと思いませんか?」


 私がクスリと笑ってそう答えると、ゲオルグは確かにな。と肯定しました。

 城壁にいた兵士達はホロンの姿を見て何事だ、と大慌てですが、時すでに遅し私とゲオルグはホロンに乗って王城へと一直線です。

 ……え? 一緒に運んできた他の人達ですか? 城壁の上に置いていきました。王城にまで一緒に持っていく必要はありませんし、仮にも傭兵として来ていたのですし少しくらい勢いよく落とされても死にはしないでしょう。多分。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「さてさて……ここの王様は一体どこでふんぞり返っていますか?」


 王城まで辿り着いたはいいのですが、ホロンが降りたてる場所が見当たりません。

 上空から何処かに降りられる場所が無いかと探していると、テラスが少し下に見えました。


「お、あそこに降りましょう。ホロン」


 私はゲオルグと一緒にテラスに飛び降りました。ホロンも私達がテラスに降り立つと、人の姿へと変わりテラスに降ります。扉を開けて場内へと入ると、


「げ、ゲオルグ将軍!? スリジエ侵略戦に出立した筈では……そ、それよりもその女は?」


 すぐそこにいた兵士に声をかけられてしまいました。私は素早く杖を抜いて魔法を使います。


『ヒュプノスウィスパー』


 私の魔法が効いたのか、ふらりと兵士の身体のバランスが崩れ、倒れそうになるのをホロンがすかさず受け止めて、出来るだけ大きな音を立たさずに寝かせました。

 今使った魔法は挟範囲への睡眠魔法。先生から広範囲魔法の才能は天才的だけど、それだけじゃこの先やっていけないわよ? と、言われて練習してきたかいがありましたね。


「さて、この国の王様はどこにいるんですか? 将軍さん?」

「……案内する、着いてきてくれ」


 ゲオルグが前に出て、私たちを目的の場所へと案内してくれます。

 数人の兵士を速やかに夢の世界へ送りながら辿り着いたのが、大きく派手な装飾の着いた扉の目の前。ここが謁見の間です、と言わんばかりの圧を放つそれをゲオルグが開くと──


「お、おお……? ゲオルグか? そなたはスリジエ征伐に出立していたはずではないのか?」


 あまりにも早くに戻ってきたゲオルグに混乱したその人は、両の手に色とりどりの宝石の指輪を付け、金細工の施された杖を持ち、ギラギラとした目には、自分がこの世の王だと言わんばかりの野心が見える小太りの男がそこにはいました。


「アトラル王よ……私が今ここにいるのは、この戦争を止める為です」

「……貴様、何を言っている? この戦争……いや、征伐を止めるだと?」


 アトラル王の眼光がギラリとゲオルグを射抜きます。しかし、ゲオルグは一歩も引くこと無く、アトラル王に対して言い放ちます。


「はい。スリジエへの征伐は数度にわたり失敗し、多数の犠牲を出しています。朝焼けの魔女だけに留まらず、かの国の魔法使い達によってもこちらの侵攻は阻まれています。幸いにもスリジエ側からの要求等は──」

「ええい、煩い! いつから貴様はこの私に意見出来るほどの人間になった!! 貴様は私の命令に従いスリジエを征伐したらよいのだ!!」


 アトラル王は持っていた杖を勢いよく突くと、王の間中に響き渡り、その音を聞いてなのか王の間の左右から多数の兵士たちが武装してやって来ました。

 ゲオルグは、すまない。と小さく私たちに言うと、私たちに出番を譲りました。


「はぁ……それじゃあこれからは私達の番ですね」


 私が杖を振り、王の間の左側の兵士の足を一斉に凍らせて動きを止め、ホロンが空を切り裂くような回し蹴りを放つと、その衝撃波は氷の波となって右側から来た兵士達を凍りつかせます。


「な……な……んだ、何なのだ貴様らは!?」

「何なのだ、と聞かれたらそうですね……貴方達にも分かるように言うのであれば、朝焼けの魔女と、そう名乗っておきましょう」


 私は杖を王様に向けて、そう言います。凍りついた兵士達と、私の青い髪を見て本人だと確信したのか、わなわなと身体を震わせて


「貴様が、朝焼けの、魔女……何のつもりだ?」

「何のつもりだ、と聞かれたら今後一切スリジエに攻めてこないっていう契約を結ばせに来た、って言うところですかね。いい加減しつこいですし」

「契約だと……そんな事──」

「出来ないと思います? 魔法って案外色々できるんですよ」



 鞄から一枚の紙とペンを取り出して、契約の内容をスラスラと書き連ねます。

 王様は何かをしようとしていましたが、ホロンの威圧に負けて何も出来ない様でした。

 正直、ただの人がホロン……というか、竜の威圧を受けて気絶していないだけでも褒めてあげたいところです。まあ、ホロンが手加減してあげているだけかもしれませんが。


「さて、これで用紙も書き上げましたし……契約に移りましょう」


 私が椅子の上で何も出来ないでいる王様に近づこうとした時、扉の向こうからガチャガチャと鎧の音が聞こえたので誰も入って来れないように、扉を氷漬けにしておきます。


「く、来るな……!」


 王様の精一杯の抵抗の言葉を無視して、私は王様の目の前まで歩み寄り、粛々と契約の内容を読み始めます。


「契約内容は今後一切、スリジエへの敵対行為の禁止。これは他国との共謀も含みます。それを破った場合には、この契約書に封じてある魔法が発動するようになっています。はい、間違ってないか確認してください」


 私は淡々とした口調でそう言って、王様に契約書を見せてあげます。王様は、必死に目を動かして隙をつけそうな文言が無いかと探している様でしたが、私もそれくらいは理解しているので、曖昧な言葉を極限まで使わないような契約書にしています。


「……契約を拒んだ場合はどうなる」

「まあ、そうなったら実力行使ですよね? 罪の無い人をある程度巻き込んでしまいますが……王城は氷に閉ざされると思っておいてください」


 私はいい笑顔でそう言いました。交渉事では常に笑顔でいろっていうのが先生の教えにありましたし。


「分かった……契約を結ぼう……クソっ」

「それくらい素直にこちらへ侵攻してくるのも辞めてくれていたら助かっていたのですけどね……」



 私のボヤきを王様は聞こえていないフリをしているのか、反応はしてくれませんでした。

 契約には互いの血液が必要なので、王様の指先をナイフでほんの少しだけ切って血液を貰います。私の血液も同様にナイフで切って同じく契約書に垂らすと、文字がほんの一瞬光り、契約書に魔力が宿りました。

 これで契約は完了です。いやあ、疲れましたね。



「あ、当然ですけどこの契約書を破いたり、無理やり契約破棄しようとした場合には問答無用でここに込めた魔法が発動するので止めておいた方がいいですよ? では、ご機嫌よう。もう二度と会わない事を願いますけどね」


 パチン、と私が指を鳴らすと、氷漬けだった謁見の間がまるで嘘だったかのように消えて無くなります。

 氷に囚われていた兵士達は、私たちに対してどう対応すべきか、と迷っていましたが私とホロンは扉の前に立ち、振り返ってカーテシーをしてから堂々と謁見の間の扉から出ていきました。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「ふぅ……これで今回の仕事も終わりです。お疲れ様でした、ホロン」

「ありがとうございます。シオンこそ、久しぶりに全力で魔法を使って疲れたりしていませんか?」

「うーん……そこまで疲れてないですね。身体が覚えていた、というやつでしょうか?」


 ホロンに乗ってスリジエに帰る道中、そんな会話をします。

 謁見の間から出た後、入る事の出来ていなかった大量の兵士からの熱いお出迎えを受けそうになりましたが、ホロンが少しばかり威圧すると大人しく退いてもらえたので、私達は突入時に使ったバルコニーから同じようにおいとまさせていただきました。

 やる事も終わったからなのか、ホロンの速度が行きよりは幾分か緩やかに感じます。


「……シオンはこれからどうするんですか?」

「どうする、とは?」

「記憶が戻る前のシオンは、記憶を戻す為の旅をしていたのでしょう? ならば、これからはどうするんですか?」


 確かにその通りです。大きな目標が達成されてしまいましたし、これからはどうしましょうか。


「いえ……特に何かは決めていませんね」

「では、私と改めて世界を回ってみませんか?」

「ホロンとですか?」


 わざわざ私と、とホロンが言うのは何か理由があるのでしょうか? そう私が不思議がっていると、ホロンがボソリと呟きます。


「……シオンが一緒じゃないと駄目なんです。こう見えても寂しかったんですからね」

「それは……悪い事をしてしまいましたね。ごめんなさい、ホロン」

「本当です、だから……次に旅に出るのなら、今度は絶対について行きますから」


 飛んでいる最中のためホロンがどんな表情をしているのかは分かりませんでしたが、多分人の姿でいたらふんっ、と鼻を鳴らしていたでしょう。


「分かりました。今度旅に出る時はホロンも一緒に行きましょう。約束です」


 私は、ホロンの首を優しく撫でながらそう言うと、絶対ですからね、と念を押すように言われてしまいました。

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