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題名のない灰色日記  作者: すずしろ
32/34

リラと私。

 ふと、私は目覚めて窓の外を見る。眼下には城下町が見えるがそこに灯りはない。深夜である、という事もあるでしょうけれど、それ以上に今は戦争の直前、もしくは既に始まっているのかもしれない。そんな状況で灯りがついている訳が無い。

 私は窓を開けて、身を乗り出すとふわりと浮かび屋上へ降り立ちます。

 月明かりが照らす夜の街をぼんやりと眺めていると、後ろから気配を感じました。


「眠れないですか? シオン」

「……はい」

「ふふ、昔とは立場が逆ですね。あの時は……私はお願いするばかりで、いつシオンが帰ってこなくなってしまうのか不安で仕方なかった……でも、今は違います。私だって戦うことが出来ます。あの頃の弱かった私じゃないですから」

「そうなんですか? 正直、今も昔も大差ないと思いますけど……」



 私の言葉に、リラは失礼ですね……と漏らして小さく頬を膨らます。彼女は私に成長を見せるように、杖先に小さく氷を作り上げると、それを小鳥の形に変えてみせました。彼女なりに努力をしたという証でしょう。


「大差ないって言いますけど……それはシオンの基準だからですっ、普通の魔法使いとしての枠の中なら、それなりに出来るようになってますからね?」

「それは……そう、ですね。リラのそれもその辺の魔法使いでは出来ないことですし」

「でしょう? ……というか、貴女の基準で普通を超える魔法使いってこの世界にどれだけ居るんですか……」



 リラの質問に、私は会ったことのある魔法使いの中で私の中の普通基準を超える人を思い出してみますが──うーん、思いつきません。強いて言うなら、ここに来る前に弓を治したあの娘はいい線いってましたね。一回見ただけですが、彼女の魔法弓術はかなりのものでした。いざ戦うとなれば、一対一でも勝てないことは無いでしょうが……出来れば戦いたくは無いですね。


「……私の会った中では、師匠と知っている人を除けば一人ですね」

「一人しかいないんですね……いえ、一人いると言った方がいいのでしょうか……」

「どっちでもいいですよ、その辺はリラの感覚で考えてください」


 そう言って私は空を見上げます。どんな場所でも変わらず輝く星と月にほんの少しの安心感を覚えました。


「想像はしないし、出来ませんけど……今度も無事に帰ってきてくれますよね?」

「当たり前じゃないですか──と、言いたいところですけど、戦いに絶対はありません。私だって無事に戻りたいですけど、そうはならない事があるかもしれません。もちろん、戻らないつもりなんてありませんよ。……やりたい事が、沢山増えてしまいましたからね」


 不安そうな表情のリラに応えるように私は笑います。

 リラは信じていますから、と言って城の中に戻っていきました。私は改めて夜空を見上げ、改めてこれから起こる事に覚悟を決めるのでした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 朝の陽射しが私の意識を覚醒させます。ホロン達はまだ眠っているようですが……



「ホロン、起きてください」

「ふぁ……随分早いですね……」

「呑気な事を言ってないで行きますよ──忘れたんですか、私の二つ名」

「そう、でしたね……」


 無理やり起こしたホロンは涙で潤ませた琥珀色の瞳を擦り、立ち上がります。

 私はホロンと屋上へ上がると、チラリと目配せするとクスッと笑い、竜の姿へと変身します。空と同じ青い色の竜の背に乗って、私は戦場へと飛び立ちました。




「全軍進め! 今度こそスリジエを落として我らアトラル帝国のものとするのだ!」



 森の中を約二万の軍隊がジリジリと歩を進める。かなりの規模だがこれは分隊の一つ。三分の一程が帝国にいた傭兵や冒険者なのだが、そんな荒くれ者達を統率する者がいる。

 先頭で蒼銀の鎧を装備し、自分の身の丈ほどの大剣を担ぎながら警戒する男がそうだ。

 彼の名はゲオルグ・アインストル。彼がそれ程までに騎士達だけではなく傭兵や冒険者達に支持される理由が、これまでに五回のスリジエへの侵攻へ参加しかつ、あの『朝焼けの魔女』と出会って生還しているという所だろう。


 第一次侵攻の時、たった一人の少女から壊滅的な被害を受けた。その少女こそが『朝焼けの魔女』あの時、彼女は意図的に自分を生かしたのだろうと考えている。

 彼女の魔法は周りの何もかもを巻き込んで、全てを氷の世界に変えたのにも関わらず、自分だけは何故か無事だった。それは、彼女がこれ以上スリジエに攻め込んでくるな、という警告の意味を込めたのでは無いかとゲオルグは考えていた。

 あの第一次侵攻の時以来、彼女の姿を見ていないが彼女の存在無しでもこちらの軍はスリジエを落とす事は出来ていない。

 あの国は彼女の力だけで軍事を賄っている訳では無いという事が過去の遠征からもわかる。

 それでもなお、国王がこの国に固執する理由が分からないが、繰り返し侵攻するに足る何かがスリジエには存在するのだと思う。

 後続にいる奴らも『朝焼けの魔女』の話自体は聞いているのだろうが、本物を見ていない故に誇張表現だと思っている人間が殆どのはずだ。

 だからこそ、もし今回彼女が現れたら……という恐怖が、スリジエへ侵攻する時にゲオルグの背筋を凍らせる要因になっている。



「気を引き締めろ、ここからはスリジエの領土だ」



 ゲオルグの声が届く範囲の者達は、それを聞いて表情が引き締まる。声の届いていない傭兵達も、雰囲気が変わったことを理解して気を引きしめる。──だが、そんな警戒もすぐに無駄になる事になる。




「このほぼ真下にかなりの人数がいます。随分と気合いの入った先兵ですね」

「そうね。まあ、私達の前では有象無象であれば千も万もそう変わった数では無いですが」



 帝国の先兵達が進む遥か上空で私とホロンはそんな会話を交わします。

 私は杖を抜き、深く息を吐いて精神を集中させます。使う魔法は、超広域制圧魔法の『絶対零度領域(アブソリュート・ゼロ)』ホロンの氷のブレスを私の氷魔法で覆うように抑えて圧縮し解き放つ、私とホロンの二人でしか使うことの出来ない唯一無二の魔法。

 私の抑える力が弱ければ、圧縮されたホロンのブレスが私達二人に襲いかかるハイリスクハイリターンの魔法ゆえに、決してミスすることは許されません。


「──さあ、やりましょうホロン。早く終わらせて、リラ達の元へ帰りますよ」

「やるなら一発で決めますよ、シオン」



 ホロンの口から極寒のブレスが吐き出されます。私はそれを氷魔法で覆い圧縮します。全てを凍てつかせる程の極低温のそれは忽ち周りの気温を奪っていきます。それは、下にいる人間でも敏感な感覚の持ち主ならば気づけるほどのものでした。




「急に涼しくなったような……そんな気がしないか?」


 誰かがそう言った。そう言われれば……と、賛同する者もいれば、気の所為だろと一蹴する者もいた。

 後方でのそんなやり取りは先頭に届く事は無かったが……次の瞬間、ゲオルグと魔法使い、そして勘の鋭い冒険者はほぼ同時に空を見上げる。



「あれは……青い竜……?」

「竜? ワイバーンの間違いだろ。竜なんてそうそういてたまるかよ……だが、これだけ離れてて存在感が伝わるって事は、群れ長クラスだろうな」


 後方でそんな会話が繰り広げられる中、先頭のゲオルグだけは上空の青い竜の正体に気づき、血の気がサッと引くのを感じた。



「全軍、今すぐ撤退だ! あれはワイバーンなどでは無い! あれは『朝焼けの魔女』だ!!」



 ゲオルグの声が響き、それが聞こえた兵士達は困惑しながらも撤退の準備を始める。だが、傭兵達はそうはしなかった。


「あれが本当に朝焼けの魔女なら、それを討ち取ればたっぷり褒賞が貰えるんじゃないんですかっ!」


 そう考えた魔法使い数人は、シオン達に向けて魔法を使うが、あまりにも高所にいる為、彼らの魔法は届く前に消えてしまう。

 むきになって幾度も魔法を撃つが、結果は変わらない。



「……小バエみたいなのが魔法を使っていますが届いていませんね」

「修練不足ですね、もっと頑張って欲しいものです」


 二人は魔法を作り上げながら、そんな会話をする。ホロンの口元には圧縮に圧縮を重ねた氷のブレスが男の拳大の大きさの球体になって佇んでいた。


「……まあ、それも無事にこれに耐えるか、逃げ切れたらですが」

「……ですね」


 シオンは圧縮ブレスを杖で操り、アトラル軍の進行方向の頭上に静止させる。


「あ、前も守ってあげたあの強そうな人、今回もいたので守って貰えますか?」

「分かりました。他はいいですね?」

「はい……あ、いや、何人か適当に守っておいてくれませんか? 生き証人はある程度居た方が信憑性出ると思いますし」


 ホロンはこくんと首を振ると、魔力で対象を確認して魔法を何人かにかける。そして、シオンは静かに、冷静にブレスの球を軍の中央へと落とす。



「──貴方達が悪いんですからね」



 そのブレスが弾けた瞬間、凄まじい衝撃波と冷気が森全体を覆い尽くし、瞬時に凍らせる。悲鳴なんて聴こえない。聞こえる前に、凍りついてしまうから。


 数分後、私たちは白く凍てついた森に降り立ちます。人の気配も、動物の気配もない異質な空間。

 ザクザクと凍った土や枯葉を踏み砕きながら、ホロンが生かしているはずの人達の元へ向かいます。



「あれが……朝焼けの、魔女……」

「次元が違いすぎる……」



 ホロンの魔法によってかろうじて耐えた数人とゲオルグは、凍てついた森の中で膝を着いていた。

 周りには、凍りついた兵士や傭兵の姿がいくつもある。何故生き残れたのか、などと考えているとパキパキと凍った地面を歩いてくる足音が聞こえてきた。


「ちゃんと生きてますね」


 ゲオルグ達の前に現れたのは、双子のような様相の二人の少女。一人は深い青色の瞳、もう一人は琥珀色の瞳をしていた。

 青色の瞳の少女の方は魔法使いのローブをまとっていたので、彼女が朝焼けの魔女なのだろう。琥珀色の瞳の少女が何者なのかは分からないが、少なくとも自分達より強いことは理解出来た。


「……何が望みだ?」


 ゲオルグは、二人の静かだが圧倒的な圧に耐えながらそう質問する。


「別に、特に何か要求するつもりは無いですが……あ、いえ、そうですね。こちらに金輪際侵攻してこない、という約定くらいはそちらの王様に書いて頂きたいものですが」

「……それが、俺たちに出来ると思っているのか?」


 ゲオルグは精一杯の抵抗の意味も含めて、そう答える。


「はい、思っていますよ。だって、貴方は騎士団長ですよね? 何も考えずにその条件を言った訳では無いですよ?」

「……確かに俺は帝国の騎士団長だ、間違いない。だが、先程言った話は事実だ。俺の立場程度では国王に直接進言することは出来ない」



 そう答えるゲオルグの瞳に嘘はないように見えた。そう言われてしまうと、思っていたプランからは外れてしまう。シオンがどうしようかと迷っていると、



「俺では国王に言う事は出来ないが……あんたなら、朝焼けの魔女なら、不戦の条約を飲ませる事だって出来るんじゃないか?」

「私達にアトラル帝国に行けと?」



 シオンの声の圧が少しだけ強くなる。ゲオルグ以外の生き残り達は寒さと、二人の魔力に当てられて限界に来ていたのか、一人二人と倒れてしまう。


「ああ、俺を人質にしていけばすんなりと王城にも入れるだろう」

「それが罠の可能性は?」

「無い。と、言っても俺の言葉を信じてくれるかどうかは分からんが」


 キッパリと言い切るゲオルグを見て、おそらく嘘はないのだろう、と二人は考えた。


「それに、あんたら二人なら帝国を潰すなんて造作もないだろ?」

「……それについてはノーコメントです。それと、帝国に行くならそこで寝ている人達を起こすか、貴方が担いでいくかしてくださいね」



 手厳しい嬢ちゃん達だ……と、ゲオルグはボヤきながら倒れた四人を叩き起すのだった。

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