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題名のない灰色日記  作者: すずしろ
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過去と私。

 スリジエへと向かう私の視界の先に、巨大な壁が見えました。それを見て直感的に私はあそこがスリジエだと理解しました。私の速度なら一時間もしないうちに着くでしょう。

 近付くにつれて、私の身体が無意識に強ばるのを感じます。過去になにがあったのか、それを知るのを拒んでいるのでしょう。

 ですが、私は止まりません。過去になにがあろうと、それは今の私にとっては知らない事なのですから。


 見上げるほどに大きな城壁と城門の前まで辿り着き、城門の前の衛兵の人に声をかけようとした瞬間。



「貴方は……!!」


 驚いた声と、ほんの少しの憎しみの表情が衛兵の顔から見て取れました。

 私は、それを気にしないように話しかけます。


「青の魔女、シオンです。急ぎの用がありますので通していただきたいです」

「……かしこまりました。少々お待ちを──」

「その必要はないわよ」


 女性の声が、私達の会話に割り込んできました。私はその声に聞き覚えがありました。振り返る必要もなく、誰かなんて分かります。幾度となく聞いてきた声。でも、最近は聞かなかった声。

 私が後ろを振り向くと、しわくちゃの服の上から新品さながらの外套を着ている灰色の長髪の少女。見た目こそ私の方が年上に見えますが、目の前の彼女の方が余程長生きをしています。

 少女は衛兵の人を私たちから遠ざけて、私たち以外に会話が聞こえないようにしました。


「先生……」

「久しぶり、何年ぶりだっけ? 四年?」

「実際に会うのはその位です。お久しぶりです、先生……まあ、夢の中で一度出会っていますけど」

「そう言えばそうだったわね。……それで、この慌ただしい時期にわざわざこの国に来た理由は何かしら?」


 そう聞く先生はどこかわざとらしく見えました。


「……記憶を戻す方法がこの国にあるような気がしたので。先生は、何か知っていますか?」

「ええ、知ってるわ」


 先生はまるで当然の事のように答えます。


「なら、教えてください。……私は、その為に来たんです」

「教えていいの? 後悔しない?」


 先生は私を試すようにそう聞いてきます。……迷いなら少し前に振り払いましたから、その問に迷う必要などありません。

 私が小さく首を縦に振ると、先生はほんの少しだけ悲しそうな表情をしてから、


「……わかった。着いてきてシオン」



 先生は、衛兵の人達と何かを話したあとちょいちょいと手招きをして、私を呼んできました。

 私は先生について行き、門の向こうへと歩いていきます。王都の中はこんな状態でなければもっと活気が溢れていたのだろうと分かる位には道は広く、その端には使われていた形跡のある屋台の残骸がそこかしこに残っています。その光景を見て、私の頭に頭痛が走りました。痛む頭を我慢しながら

 先生について行きます。人気のない大通りを通りすぎ、小さなお店の中に入るとカウンターの奥へと迷いなく入るので、私は大丈夫なのでしょうか……と思いながらもついて行きました。

 お店の奥には、何やら異様な雰囲気の扉がありそこを開くと、部屋一面に複雑に描かれた魔法陣がありました。


「じゃ、ここの魔法陣の中に入って?」


 目的の場所に着いた途端に先生はそう言います。私は恐る恐る魔法陣の中心に入ります。先生も一緒に魔法陣の中に入って、私の手を繋ぐと。


『転移・王城地下』


 先生のその言葉が聞こえたと同時に、視界が歪みます。立っていられないそれにぺたんと床に座り込んだ時には、違う場所にいました。



「あれ……ここは……?」

「ここはスリジエの王城の中。私含めてごく一部の人しか知らない場所よ」

「王城の中に……? 先生、一体何者なんですか……?」

「……それも、忘れてるんだね。一応、私はここに雇われてる魔法使いなんだ。……まあ、それもじきに思い出すよ」


 先生の手を借りて立ち上がり、その後ろを着いていきます。

 扉を開けた先には人気のない廊下と、最低限の明かりだけ。王城と言うよりは、地下牢に続く通路と言った方がしっくり来そうですが……

 先へ先へと進んでいく先生の姿の前に見えてきたのは、厳重な封印魔法が施された扉。先生は、それを事も無げに解除して扉を開きました。

 部屋の中は存外広く、中央には大きな台座に彫り込まれたとんでもなく精密な魔法陣と、壁には幾つもの魔導書が所狭しと詰め込まれていました。

 台座の向こう側から現れたのは、菫色の長い髪と翠玉色の瞳をした整った顔の女性。彼女の姿を見た途端に、私は今までで一番強い頭痛に襲われます。

 強烈な痛みに思わず蹲り、顔をしかめながら彼女の顔を見ると、彼女もまた悲痛な表情で私の方を見ていました。



「連れてきていただきありがとうございます。アリー室長」

「畏まらなくてもいいわ。昔からの仲でしょ? 皇女様」

「そうは言っても、それはそれ、これはこれです。引き締める所では引き締めないと」



 先生と皇女様、と呼ばれた彼女はそう軽くやり取りをしてから皇女様が私の元へやって来て、



「立てますか? これから貴女の記憶を取り戻す為の魔法を使います。その為には、貴女が台座の中心にいる必要があるので……一人でいけますか?」



 心配そうに手を伸ばす皇女様の手を取り、立ち上がります。


「……ええ、大丈夫です。一人で……歩けます、から」


 覚束無い足取りでゆっくりと台座の中央まで歩いていきました。

 皇女様は、そこにいて下さい。と私に言うと一冊の本を手に取り、朗々と魔法を詠唱し始めます。彼女の詠唱に呼応して台座が淡い光を放ち、私の体を包むようにまとわりついて来ます。フワフワと浮いている光が私の身体に入り込むと、



「うっ……あ、ああああああああっっっっ!?」



 頭の中を弄られるような強烈な頭痛が私を襲います。次々と光が私の中に入っていき、痛みと共に私の中の封じられた記憶が堰を切ったように取り戻されていきます。

 意識を必死で保っていましたが、痛みに耐えかね限界を迎えた私の身体は私の意識を無理やりにでも刈り取り、闇の中へと沈めるのでした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「大丈夫ですか? 起きる事は出来ますか……シオン」


 倒れた私に、聞き覚えのある懐かしい声が聞こえます。頭を撫でているその手を私はそっと掴んで、ゆっくり目を開きます。視界の先には懐かしい天井と──忘れていた親友の顔。



「聞こえてますよ……リラ」

「シオン……! 気分はどうですか?」

「良くはないですよ……封印していた数年分の記憶が一気に流れ込んできた訳ですから……」



 痛む頭を抑えながら私は倒れた後に運ばれたであろうリラの部屋のベッドから降りてゆっくりと立ち上がります。それに気付いたのか机を囲むよう座って待っていた三人が、私の方を一斉に見てきて、三者三様の反応を見せました。

 一人は、緋色の髪に菖蒲色の瞳。東方の小さな国で作られているという特殊な織り方をされた衣装。そして、彼女の武器である細くしなやかで鋭い片刃の剣。彼女は刀と言っていましたね。

 灰色の髪を椅子の背から流しながら、私の事を見つめるのは私を育ててくれた育ての親であり、魔法の先生。

 そして、私によく似た姿をした少女は、幼い頃から私と共に先生と過ごして、私と共に戦地を駆けた……私の、とても大切な家族です。



「先生……ヒジリさんに、それにホロンまで」


「おかえりなさい……で、いいのかな。師匠」

「長い家出でしたね。……おかえりなさい、シオン」


 何故今まで忘れてしまっていたのだろう、そう考えていても、自ら望んだ事なのですから後悔しても仕方がありません。

 記憶が戻った今、この場にいる全ての人との関わりを鮮明に思い出す事が出来ます。……出来るのですが、一つ分からない事があります。



「私……どうして記憶を封印したんでしょうか……」



 思い出してなお、何故私が記憶を封印したのか、その理由が分からないのです。記憶を封印した、という記憶だけは思い出せたのですが、そこに至るまでの理由が分かりません。



「シオン、記憶を戻して早々なのですが……貴女に頼らなければならない事があります」


 リラが申し訳なさそうな顔で私を見てきます。今の彼女の悩みというのは、恐らくアレでしょう。



「今起きている戦争の早期終結、ですか?」

「……はい、その通りです。これでは、昔と変わらないですね……貴女に頼らなくてもいい様な国を……と、努力していたつもりなのに」



 しゅん……と項垂れるリラを見て私は、仕方ないと思いながら腰の杖を抜いて、



「気にしないで、とは言いませんけど……他ならないリラの頼みです。それに、記憶が封印されていた頃の私は自分の力を十全に発揮出来てはいませんでしたから、慣らしも含めて参戦させて頂きます。……久しぶりになるけれど、貴女の背に乗せてくれる? ホロン」


 私は、双子のような容姿をしているホロンにそう聞きます。

 ホロンは、ほんの少しだけムッとした表情をしてから、私と同じように仕方ないといった表情で笑います。


「嫌、なんて言えると思いますか? ……私が、どれだけ貴女の事を待っていたと思うんですか」

「……ありがとう、それと、ごめんなさい。待たせてしまって……」

「ええ、積もる話は落ち着いたら沢山聞きましょう。私も……いえ、私達も沢山話したい事がありますから」


 私とホロンのその会話が終わるとリラが、改めて今この国がどうなっているかを説明してくれました。


「今、私たちのいるスリジエはここより北方に位置するアトラル帝国に宣戦布告されています」

「え……そこって、昔からスリジエにちょっかいかけてきた国じゃないの?」

「はい……シオンがいなくなった後も含めて三回……今回を含めると計五回の宣戦布告を受けています。もっと他の事に力を使って欲しいですね……」



 リラが眉を寄せながらそう愚痴をこぼします。確かにそこまでしてこの国を狙う利点はあるのでしょうか? ……まあ、私がそこをどうこう考えたところで何か変わる訳でもありません。



「出立するのなら明日の朝でも問題ないでしょう。本隊はまだスリジエ領内に侵攻した辺りでしょうから、今日はここで休んだ方がいいです。城の者には私が話を通しておきます」

「分かりました。その言葉に甘えさせて貰います、リラ」

「……気にしないで下さい。私とシオンの仲ですから、貴女が訪れた国の事、街の事……折角なのですから教えて貰えますか?」

「ええ、喜んで。断る理由もありませんから。折角ですし、ホロンやヒジリも教えてくれませんか? 私が居なくなってからの事を」



 二人にそう聞くと当たり前、と言わんばかりにもちろんと答えてくれました。それからは、私は自分の過去を思い出しながら、各々の思い出話に花を咲かせたのです。

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