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題名のない灰色日記  作者: すずしろ
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玉虫色の町と私。その2

 浴室の扉を開くと、ムワっとした湿った熱気が私を迎えてくれました。指先を浴槽に少しだけ沈めると心地よい暖かさが伝わってきたので、私は疲れと待ちくたびれたのもあり、服を雑に脱ぎ捨てると軽く体を流して浴槽に入りました。



「はぁ……ああ、久しぶりにこの感覚を味わいました……疲れがお湯に溶けていく……」



 うら若き乙女の出すような声とは思えないような声を上げながら、浴槽に身体を預けて今日の疲れを癒します。

 ほんのりと白く濁ったお湯は、ここに備え付けられていた入浴剤なるもので、ほのかに甘い匂いをさせながら私の疲れを取ってくれます。銀貨四枚なんてぼったくりかなって思ったんですけど、これなら多少高くても仕方ないですね。寛大な心で受け入れてあげましょう。

 ぐぐっと伸びをしながら、趣味の悪いガラス張りの壁をぼんやりと見つめていると、曇ったガラスの向こう側で何かが動いたような、そんな気がしました。私がじーっとガラスを見つめていると、微かに曇ったガラスの向こう側の影が動いているようです。

 私の鞄をきちんと使うには私でないといけないので、中身を覗かれようが問題は無いのですが、そういう問題でもないので仕方ないですが、私は謎の影に向けて魔法を使います。正方形をイメージして、影の周りの空間を固定。そうする事で、魔法使い出ないならば、私の許可無しには出られない鉄壁の檻の完成です。まだ体も洗っていませんが、仕方ありません。目の前の問題を解決してからゆっくりとお風呂に入りましょう。それにしても不思議ですね、鍵はきちんと閉めたはずなのですけど……


 ともあれ、バスタオルを身体にまいて外に出て影の確認です。こんな姿で外に出たくはないのですがやむを得ません。男なら私の裸を見て満足した後に昇天してください。許すつもりは無いです。いやまあ、性別関係なく部屋の中を荒らす人間に容赦はしませんけども。



「さて、犯人は誰ですか?」



 扉を開いて、犯人を確認を……




「え?」



 確認しようとしたのですけど、そこには何もいませんでした。間違いなく影のいた場所を包囲していたはずですし、なんなら逃げられないよう保険の為に扉にまで魔法をかけていたのですけど……そこには、誰もいなかったのです。魔法で逃げたような痕跡も無く、本当にそこにいたのかさえ怪しいです。

 狐につままれたような、おかしな感覚のまま私はまた浴室へと戻ります。念の為に魔法はかけたままにしておきましょう。維持するだけならそこまで疲れませんし。




 結局、身体を洗っている間も特に何かが起きるわけでもなかったので、服を着替えてベッドに再度飛び込みました。

 身体も温まって、抜けきらない疲れが残った私の体はそのまま私を夢の世界へと連れていくのでした――



◇◆◇◆◇◆◇



「……ここは、夢の中でいいんですかね?」



 もやもやした謎の空間に私はいました。特に不快な感覚もなくふわふわとした頭が働かない時特有の感覚のまま、あても無くぶらぶらと歩いていました。

 疲れない身体は便利だなー、なんて考えながら適当にぶらついていると人影が見えました。特にやる事もなく、起きられそうな気配もないので私は人影の方へと行くことにしました。

 段々と影ははっきりとその姿を捉えられるようになり、そこにいたのは――



「……せん、せい……?」



 その姿を私が見間違えることはありませんでした。若干跳ねている灰色の長髪、妙に不貞腐れていて眠そうな顔、そして悲しいくらいの絶壁。



「ええ、私ですよーどうかしましたか、シオン? まるで幽霊が出てきたみたいな反応して」

「……あ、そうか、ここは夢でしたね」



 先生が目の前にいる、という事実を目にして妙に意識がはっきりした私はぽんと手を叩いて冷静になりました。



「半分正解で、半分不正解。やっぱりまだまだねぇ」

「どういう事ですか、夢の中じゃないんですか?」

「夢の中っていうのは正解よ。でもね、貴女の今いる町の特異な性質によってここは現実でもあるの」

「ええ……あ、そういう事……」



 ようやく状況を理解出来た私ですが、驚きがほとんどを占めていました。



「だから私が貴女の夢に出てきたのよ。 ……しっかし、辺鄙な所にいくのねぇ、久しぶりに貴女と会ったと思えば夢の中なんて……」

「べ、別にどこで会おうが私の勝手じゃないですか。というか、どこで会えるかなんて分からないですし……正直、夢の中で会うなんていうのは予想していなかったですけど……」

「それは私もそうねぇ」



 ふぁあ……と欠伸をしてぼんやりと周りを眺める先生。周りを見ても何も無いですよ。



「んー……しかし殺風景ねぇ……夢は見た人の意識や欲望を映すっていうのだけど」

「何ですか、それは私にそういうのが無いって言いたいんですか?」



 どうにも先生と話すと若干語気が荒くなるのは治せませんね……分かってはいるんですが、長く一緒に暮らしているせいでしょうかね。



「ううん、そうじゃないわ。貴女はまだ沢山のものを見る事が出来る。貴女の中には沢山の思い出や記憶が眠っているからこその、真っ白な空間なのよ」



 先生はそう言います。ならば、もし私に思い出があったなら、ここはどんな場所になったのでしょうか。



「だから、貴女は沢山の思い出を、記憶を作って欲しい。そして……私に見せて欲しい、かな」



 先生はそう言って、恥ずかしげに笑います。ほんと、そういうの卑怯です。私が嫌って言えないじゃないですか。



「……分かりましたよ。でも、先生がその時まで私の事を覚えていれば、ですけどね」



 私なりの必死の抵抗でしたが、先生はそれも分かっていたのかくすりと微笑んで。



「ふふ、忘れないわよ。だって私の唯一の教え子ですもの」



 ……本当に、卑怯ですね。私の先生は。



◇◆◇◆◇◆◇



 すっと自分自身驚くほどスムーズに覚醒して、顔を横に向けると窓からは朝日が差し込み、朝である事を知らせてくれます。

 むくりと起き上がり、ぐっと体を伸ばしてから私はベッドから降りて、机の上に置きっぱなしだった日記帳を鞄にしまうと、宿を出る準備をする──前に、軽く朝風呂に入ってすっきりしましょう。幸いにも早く起きてしまったせいで、出発の時間にはまだ早そうですし。

 浴びるだけにしたいので、強めの火で少しの水を温めて、そこから追加で水を加えてっていう方法を取りましょう。というわけでいざ点火。

 そして訪れる空き時間。あ、結局昨日の影は何だったんでしょうね。私の固定結界は自分で言うのもあれですけど、そこそこいい出来をしていたので、範囲内から出るにはよっぽどの熟練者か、使ってる私を再起不能にするか位しか出る方法が無いのですけれど、私も魔法も無事で影の正体はわからず仕舞い。あれが、見間違いだった、というのならそれでいいですけど。


 それはそうとして……あの夢は、本当に夢と現実がごちゃごちゃになったものだったのでしょうか……先生の言っていたように、私の願望が映し出した虚像の先生で、本当は私の事なんて、覚えていないのかもしれない。……いえ、そんな事は無いと、今はそう信じましょう。こんな所でうじうじして、本当に先生が覚えていたのなら、あの先生が本物なら、いつかまた会った日に私がからかわれる事間違いなしですからね。それに、忘れていたらいたで、今までの先生の悪行を捏造……いえ、誇張して話して反省してもらいましょう。

 さて、では朝の入浴タイムです。



 入浴も済ませて、改めて出発ですね。下に降りると、昨日も見た受付の人と目が合います。人がいないんですか?



「お部屋の具合はいかがでしたか?」

「ええ、とても良かったです。銀貨を払った価値はありましたね」

「それは良かった。満足頂けたなら何よりです。次は普通の宿に泊まってくださいね」

「安心してください。言われなくてもそうするつもりですから」



 そんな軽いやり取りをして、私は宿屋を出ます。そして向かうは、昨日買ったパン屋。



「開いていますかー?」

「開いているよーって、昨日来た魔法使いさん。どうかしたのかい? もしかしてうちのパンが気に入ったとか?」

「ええ、特にこのクッキーパンというのが好きでしたね。よろしければ作り方とか聞きたいんですけども……いいですか?」



 教えてくれるかどうかはさておき、ダメもとで聞いてみることに。一応作り方の目星はついているんですけどね。



「あー……まあ、いいけど。絶対他言しないでね?」



 おおう、予想外。だめだと思ったんですけどね。



「作るのは簡単だよ。クッキーの生地と、パンの生地を別々に作ってから一つに合わせて作るのさ。そこからのアレンジは人次第だね。割とポピュラーだとは思うけどなー」

「まあ、いいじゃないですか。あ、お礼といってはおかしいですけどパン買っていきますね」



 トレイにいくつかのパンを乗せて、購入する際に、余った中途半端なお札も全部出しておきます。どうせ外に出れば使えないものですし、チップでいいでしょう。



 町から出る為に外への出入り口へと向かいました。



◇◆◇◆◇◆◇



「すみません。この町を出たいのですけど」

「おや、そうかい。それなら一つだけ言っておくよ」



 門兵さんが忠告じみた、そんな事を言ってきます。



「ここは曖昧な街。だから、君が来た場所に戻れるとは限らない。それでも、外に出るかい?」

「ええ、私は魔法使いですからそれくらい大丈夫です。それに──約束が出来てしまいましたから」



 私がそう言うと、門兵さんは素直に扉を開けてくれました。



◇◆◇◆◇◆◇



 私が町から出るとそこは──雪国でした。何で?

 振り返ると町の姿はそこにはなく、本当に最初から最後までよくわからない町、というイメージのままでしたね。ただ、いい町ではあったと思います。

 さあ、まず私はこの寒さに対する対策を整えてから新たな町を探すとしましょうか。このままじゃ凍死しちゃいますしね。

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