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題名のない灰色日記  作者: すずしろ
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越境と私。

 朝の日射しが差し込み、私はそれを浴びていつものように目が覚めました。

 慣れないどころか、初めてのお酒だったせいかまだ頭がフワフワするようなそんな気がします。

 ぺちぺちと頬を軽く叩いた後、伸びをして眠気を無理矢理追い出すとベッドの近くにかけていた外套を身につけました。アリサさんはベッドの上でまだ夢の中です。別れの挨拶くらいはしたかったのですが、かなりの距離があるので、受付の人に伝言として伝えておきましょう。



「ご出立ですか?」

「はい。部屋で一人寝ている人がいるので、彼女が起きてきたら私がここを出た事と……貴女と過ごせて楽しかった。と、伝えてください」


 そう伝えると、受付の人は承りました。と笑顔で了承して、深々と礼をしました。少しだけ、本当にほんの少しだけ、アリサさんときちんと別れが出来なくて寂しい気持ちもありますが、私の行くべき場所へは出来るだけ早く行く必要があるため、ぐっと堪えて私は宿を発ちました。

 以前、白の町で旅支度をした時に買っていた大陸地図を広げて、現在の位置から目的地へのおおよその方向を確認します。

 今いる町が大陸北西部、向かう場所である聖国首都のスリジエはほぼ真東の方向ですね。距離は……馬なら飛ばして数日、といった所でしょうか。

 地図を畳んで鞄の中にしまい込み、町を出ます。食料はある程度の保存食はあるので、二日三日程度なら野宿でも過ごせるでしょう。道程で村か町があれば、そこによって食べることも出来ますしね。


 ぼんやりとそんな事を考えているうちに町の外へと出ていました。のんびり歩いていく……訳にはいかないので、足元に魔力の床を作り上げるとそこから風を発生させて真上に飛び上がります。そこからは同じように風の向きを斜め上に調節しながら飛ぶだけです。魔法使いとしては最高に効率が悪いと思いますが、自由に飛べない以上仕方のないことです。

 空さえ飛ぶ事が出来れば、後は最短距離で進むだけ。森だろうが悪路だろうが、川だろうが知った事ではありません。あ、山だけはやめてください。


 という事で、私は森の上空をひたすらに飛んでいました。私の飛び方だと森の中を飛ぶには向いていないんですよね。

 偶に下の方を見ると、狼や鹿などの野生動物の姿を見る事が出来ました。まあ、用はないので無視して飛び去りますが。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 飛び始めから数時間。方位磁針に従いながらの移動ですが、景色が森一色から全くと言っていいほど変わりません。こんなに広いなんて想定外でした。どこかしらに村なり何かがあるものだと思っていましたし。

 一先ず陽が落ちるまではスリジエに向かって飛びましょう。


「……おや?」


 下を偶に見ながら飛んでいると、狼に囲まれている少年のような姿が見えました。彼から私の姿は見えていないでしょうし、無視する事も出来ます。


「……まあ、何処かに恩を売るのも悪くないでしょう」


 ……ですが、私はそこまで冷血にはなれないので助ける事にします。

 ふわりと宙に浮いたまま、視界に捉えた狼4匹に向かって氷礫を当たらないように、ですが勢いをつけて打ち出しました。完璧なコントロールで、狼の目の前に氷礫を打ち込むとそれに驚いた狼達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。

 へたり込んでいた彼は、姿は見えていないでしょうが氷礫の飛んできた方向に向かって、



「あ、ありがとうございました!! 助かりました!!」



 大声でそう言います。……また何か動物に追われても知りませんよ?

 私は、ため息を一つついてからまたスリジエに向かって飛んでいくのでした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 少年を助けてからしばらくの間、空を飛んでいると川が見えました。太陽の位置を見るに時間もお昼時、ここらで昼食休憩でも挟みましょう。

 水は買ってあるものが鞄の中に入っていますが、川を見つけるたびに適度に補充するくらいがちょうどいいでしょう。水筒を取り出して中の水を飲んだ後、川から水を汲み上げて、その水に浄化の魔法をかけます。いくら森の中の綺麗な水とはいえ、何があるか分かりませんからね。一人旅の道中で体を壊したらその時点でアウトですから。

 さて、今日のお昼ご飯は……? はい、何も考えていません。ま、干し肉から出汁を取って鞄の中に入れてある野菜でスープを作って……あとはパンでそれなりのお昼ご飯にはなるでしょうから、それでいいでしょう。

 というわけで、吊り鍋をセットして下にその辺の燃えそうな枝を……と言いたいですが川辺で燃えそうな枝などある訳もないので、鞄の中から幾つか薪を取り出してそれを吊り鍋の下に置いてから、火魔法で着火します。パチパチと心地のいい音を鳴らしながら燃えている薪と鍋の加減を見ながら、特にやる事もないので手持ち無沙汰になっていると、奥の茂みからガサガサと何かが近寄ってくる音が聞こえます。

 狼や熊みたいな私に被害がありそうな動物で無いことを祈るのみです。じいっと茂みを見ていると、そこからひょこっと耳の部分が大きな翼になっている兎が現れました。確か羽兎みたいな名前だった筈です。

 記憶が正しければ警戒心の強い動物だった筈ですが……特別この子だけが警戒心が薄いのでしょうか? 私が横にいてもお構い無しに水を飲んでますし。

 量を間違えて、スープに入れようにも入れられない野菜の切れ端を羽兎の近くにぽんと投げてやると、それに気づいた羽兎は、私の方を一瞥した後はむはむと野菜に齧りつきました。



「可愛いですね……」



 鍋の様子を見ると、いい感じに煮えて食べ頃になっていたので器とパンを取り出して、器にスープを入れてランチタイムです。

 やはり干し肉は味が濃いのでスープにするに限りますね。塩味の強いそれを飲みながら硬いパンを柔らかくしながら食べながら、羽兎の様子を見ているのですが……本当に逃げないですね。もはや私の勘違いではないかと思うくらいです。昼ご飯を食べ終えて、後片付けをしているとがさがさと、また茂みが揺れました。そこから現れたのは、もう一匹の羽兎。ただし、先ほどまで呑気に野菜を食んでいた子と違って大きさが二回りほど大きいです。恐らく、この子の親の個体なのでしょう。親兎は、子兎を叱るように頭をこつんとぶつけると、子兎を連れて茂みの奥へと消えていきました。


 私は鍋を片付けて鞄にしまい込んだ後、運が良かったと考えながらまたスリジエへと向かう為に飛び立ちます。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 それから陽が傾き始めるまでひたすらに東へ飛び続けました。そろそろ野営の準備か、どこか泊まれる場所を探さないと不味いので高度を上げて、村か何かが無いかと探してみると視界の先に関所らしき場所と村らしき物がありました。

 今日の夜はそこで泊まることにしましょう。見えた場所に向けて飛んでいきます。数分もしないうちに付近に着いてしまったので、そこからは徒歩で村に向かいます。別に飛んで行っても構わないのですが、いらない警戒心を与えるのもなんですからね。



「そこの女! 今すぐに足を止めろ!」



 門兵さんの視界に入った途端に、開口一番に言われた言葉がこれです。ピリピリし過ぎじゃないですか……?

 余計な波風も立てたくないですし、大人しく指示には従いましょう。



「止まりましたよ。これでいいですか?」

「ここはスリジエとの境にある国境街だ。ここに来るって事は向こう側へ行きたいという認識で相違無いな?」

「ええ、その通りです」

「分かっているとは思うが、向こうは戦争の準備の真っ只中だ。観光目的なら悪いことは言わない、迂回路を通って行った方が身のためだぞ。あんたの来た方角から察するに港町の方だろう? あそこも情報は掴んでいるだろうから、スリジエ近海を通らない海路で船を出してくれるはずだ」

「ご親切にありがとうございます。ですが、私が向かいたい場所はスリジエですので、こう見えて魔女ですから」



 そう言って私は魔女であることを証明するためにふわりと物を宙に浮かせました。



「……あんたが魔女なのは理解した。その上でもう一つ、あんたはスリジエの出身なのか? そうでも無ければ戦争に参加する理由なんてないだろう?」

「……ええ、私の出身は王都なので。それに、どうしても始まる前にしておきたい事があるんです」



 私がそう言うと、門兵の方は少し思案した後に。



「分かった。あんたの事は今日のうちにスリジエ側の人間に話を通しておく。今日はこっち側で泊まっていくといい」



 ようやく話が丸く収まりました。ほっと一息ついた後、私は改めて国境街に足を踏み入れます。街……とは言うものの、本当に最低限といった施設しかありませんが、それでもそれなりの活気はありました。俗にいう戦争前の需要の増加、というやつでしょうか。私も経験するのは初めてなので、本当にそれなのかは分かりませんが。

 とりあえず、今日の宿を見つけましょう。最低限の宿であっても野営するよりは気を張らずに済みますから。



「すみません、まだ空き部屋はありますか?」



 入ったのは適当に決めた宿屋。ここであれが嫌これがいい等と選りすぐりしてる場合ではありませんから。



「空いてるよ。明日までなら銀貨1枚でいいけど、飯も身体を拭く場所も無いぜ」



 それでもいいなら、と訊ねてきます。まあ、こんな場所で贅沢なんて言えませんし値段は十分に安いですからここで決めてしまいましょう。



「それで構わないですよ」



 銀貨を机の上に置くと、部屋の鍵を渡されました。部屋の場所は二階に上がって左手一番奥の部屋だそうです。

 宿は確保したので、夕食をどこかで食べるとしましょうか。小さいながらも飲食の出来る店はありましたから、そこで食べましょう。

 カラン……とドアベルが鳴って、私の来店を知らせます。周りを見渡してみますが、私以外の客はどうやら居ないようです。



「いらっしゃい。大したものは出せないけど、文句は言わないでね」

「時期が時期ですからね、質は求めませんよ」

「……適当に作るけど、構わないかい?」



 構わないですよ。と私が言うと、彼は静かに厨房の方へと向かいました。……もしかして、ここのお店ってあの人一人でやっているのでしょうか?

 厨房奥から僅かに聞こえる調理音だけの店というのも、それはそれで良いですね。どうしても飲食店というのは些細な会話などが聞こえてしまいがちなので。



「出来たぞ」


 そう言って、出されたのは――お皿に盛りつけられた様々な芋と、大きな骨付きのステーキでした。

 正直な所、日持ちする物しか出てこないと思っていたのでステーキが出てきたのは驚きました。ほんのりと香草の匂いが香り、ロゼ色の断面が私の食欲をそそらせます。

 ナイフを入れてステーキを一口大に切り、それを口に運ぶと――文句無し、百点どころか百二十点を渡せる程の味が口いっぱいに広がります。

 付け合せの芋も食べやすい大きさにカットされていて、特別な塩が使われているのか荒削りにされた塩にほんのりと赤い色がついていました。普通の塩とは少し違い、ただの塩味ではなく複雑な雑味が混じりあってさらに味のレベルが上がっていました。


 非常に充実した夕飯を食べることができて、にこにこ笑顔で宿に戻りました。明日のために早めに就寝しようかとも思いましたが、毎日の日記を忘れてはいけません。私はいつもの日記と筆ペンを鞄から取り出すと、一番新しいページに筆を走らせます。



『今日はあわただしい一日でした。朝早くから街を出て、そこからはひたすらにスリジエへの最短ルートを進むために空を飛んでいました。途中で狼に襲われている子を助けたり、お昼に羽兎の子供を見つけたりと、休憩中以外空を飛んでいたにも関わらず、それなりに刺激があって楽しかったですね。日が暮れる直前で辿り着くことが出来た国境街で、予想外にもステーキを食べる事が出来ました。しかも味も十二分に良かったので場所が悪くなければリピーターになっていたかもしれませんね』


 こんなものでしょう、と満足に日記帳を閉じて鞄の中にしまい込みます。夜風に当たろうと窓を開けると、視線の先にあったのは、薄ぼんやりと松明の光で照らされる巨大な門。あの向こう側にスリジエがあるんですね。……まあ、そんな事考えたところで何が起こるわけでもないので、今日のところはさっさと寝てしまいましょう。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 チチチ……と鳥の鳴き声が聞こえます。もしかしなくても、気づかないうちに私は眠っていたようです。掛け布団の上で眠っていた私は、ググっと伸びをしてベッドから降りてスリジエに発つ準備をします。といっても、持っているものがほとんど無いに等しいのですぐに終わるのですが。



「もう出発か? 早いな」

「ここに長く滞在する予定はないですからね」



 ありがとうございました。と軽くお礼を言って私は宿を出ます。今の私はスリジエに出来るだけ行かないと行けないという、よく分からない衝動に突き動かされていますから。

 関所となる門までは、宿から歩いて数分。まあ、窓から見えた程ですからそんなものでしょう。



「君、今スリジエはどんな状況なのか理解しているのかい?」


 昨日聞かれたような事と同じような内容を、関所前で立っている兵士さんから聞かれます。


「分かっています。私はスリジエ出身の魔法使いなので、王都に行かなければいけないのです。昨日こちら側の門兵さんから話が行っていませんでしたか?」

「確認してこよう。少し待っていてくれ」



 兵士の人はそう言って門の中に入って行きました。こんな感じのやり取り、昨日も見た気がしますが何処も同じなのでしょうか?

 数分としないうちに戻ってくると。


「確認が取れました。どうぞお通り下さい」


 先程までとは打って変わって懇切丁寧な態度。さっきまでの口調で構わないのですけど……


「あ、ありがとうございます」

「道中お気を付けて」


 まるで騎士のようなその所作にどう返したらいいか困りながら、一つお辞儀をして彼が開いた小門から、私はスリジエへと足を踏み入れました。

 スリジエ側の国境街も向こう側と同じようなもので、ごく最低限の施設のみが建っているような感じでした。私は、国境街をさっさと抜けてまた王都に向けて飛び立ちます。

 ここからもまだまだ距離があるので、ガンガン進みましょう。昨日と同じように、空を飛びながら向かっていると、視線の先に黒い粒が一つ見えました。距離を考えると、鳥ではない大きさですし何より、鳥たちがあまり飛びたがらない高度で飛んでいますから、おそらくは同業の方でしょう。

 挨拶しようかどうしようかと悩んで飛んでいいるうちにいつの間にかその姿は無くなっていました。旅立ってからは、アリサさん以外の魔法使いと未だに会っていないものですから会っておきたいな、なんて考えていたのですが……後悔先に立たず、というやつですね。


 まあ、スリジエに行けば私の同業さんはたくさんいるでしょうし、気にせず向かいましょうか。

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