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題名のない灰色日記  作者: すずしろ
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初めての出店と私達。その2

「ここが私達の店の場所ね!」

「これはこれは……こんな場所取ってもらえると思っていませんでしたよ……」



 指定された店の位置は、なんと中央通りのすぐ手前の出店。この町は東西南北で通りが区切られているので、別の通りに行くには基本的に中央通りを通らないといけない為、この町に来る人ほぼ全てが私達の出店を一瞬とはいえ目にするとも言えます。

 随分と良い立地を渡してもらったので、これは何としても成功させるしかないですね。

 私は早速、出店の看板に出店の名前を書きます。名前は『魔女の何でも屋』特に面白みも無い名前ですが、変に奇をてらった名前にする必要も無いでしょう。魔女の私達が出店を開いているというだけでも多少は興味を持って来てくれる人もいるかもしれませんし。



「さて……開店、ですか?」

「何で疑問形なのよ……看板は私が前に付けておくわ」

「ありがとうございます。じゃあ、ついでに客引きもお願いできますか?」

「ええ……どうやるかわかんないから、あんまり期待しないでよね」

「あ、本当にやってくれるんですね」

「ちょっと待ってそれどういう意味!?」



 アリサさんのその言葉を聞き流しながら私は店に魔法の触媒と、横に五本のポーションを申し訳程度に置いておきます。しばらくは様子見……でしょうか?



「魔女の何でも屋さんでーす! 可能な事なら何でもしますよー!」

「……案外ノリノリですね」



 私は広場で客引きをしているアリサさんを横目で見ていると、さっそく一人目のお客さんが来てくれたようです。



「何でもしてくれるってのは本当かい?」

「出来ることだけ、ですがね。事によって値段は変わりますけどね」

「そりゃそうだ。俺がして欲しいのはこれの修理なんだが……出来るか?」



 そう言って見せられたのは、凝った細工の施された金細工の羽のアクセサリーでした。よく見ると魔力の流れが見えるので何かしらの魔法をかけられたアクセサリーなのでしょう。



「これは魔法具……ですか?」

「ああ……俺の妻が送ってくれた大切な物だ。魔法がかかっている……っていうのは分かるんだが、詳しくは分からないし、大分長い間身に着けていたからか、細かい汚れや傷があってな。普通の彫金師では取り扱えないと突っぱねられてた所に、魔法使いのあんたが修理屋をやってるってそこで聞いたからな」


 出来そうか? と聞いて来たので、


「一先ずは、それを詳しく見せてください。あまり複雑な付加魔法は使われていないと思うので、直せるとは思います」

「そ、そうか! なら頼むよ、料金は幾らだ?」

「単純な修復でしたら銀貨一枚って所でしょうか」



 一般的な道具修理の相場が大体銅貨七、八枚程度だと聞いていますし、少し割高ですが魔法具と考えれば妥当なラインか少し安いくらいでしょう。



「分かった。頼む」



 男の人はそう言って私に魔法具を渡します。私は羊皮紙にサラサラと魔法を書き記し、それに魔力を込めるとぼんやりと光を放ちだしました。

 その羊皮紙の上に魔法具を置き直すと、ぼんやりとした光が魔法具の方へと移っていきます。それにそっと手を当てると、それに込められた魔法がどんなものかが伝わってきます。



「……貴方の奥さんは、とても貴方の事を大切に思っているんですね」

「な、なんだよいきなり……」

「この魔法具に込められていた魔法は加護ですね。何か悪い事が起きた時に身代わりになってくれる、なんていう曖昧な魔法ですが、船乗りや商人の人なんかには好まれる魔法ですね。俗にいう御守りといったやつです」

「へぇ……そうなのか」

「付与された魔法は分かりましたし、その魔法も正常に作用していたので、あとは細かい傷なんかを修復するだけですね」

「時間はかかりそうか?」

「そこまでかかりませんよ。魔法で直せる様な軽いものなのですぐ終わります」



 魔力を込めて魔法具に触れ、修復の魔法を使用します。修復の魔法、と一口に言っても直すものの性質や修復素材との相性くらいは理解しておかないといけません。今の魔法具なら金細工に低級の魔鉱石を使った物なので、私の鞄の中にある余りの金を使えばすぐに直せますね。


 ……この金を売ったらお金になるじゃないかって? それは商人に店を売ったらお金が出来る、と言っているのと同義ですよ。一応商売道具なので売れません。

 鞄の中から小さな金の粒を取り出して魔力を流すと、それが魔法具の方に吸い寄せられて細かな傷を埋めていきます。傷が埋まったらあとは綺麗な水で洗い流した後、風で軽く乾かしておしまいです。



「お待たせしました。これでおしまいです」



 私は綺麗に直した魔法具を返すと、男の人はありがとう。と礼を言って銀貨を机の上に置きました。私はそれをみて少し考えた後、



「初めてのお客さんですし、特別に少し値引きしておきます。その代わりに――」

「宣伝してくれ、ってか?」

「はい。貴方の周りの人たちに言ってくれるだけで構わないので、どうせ今日明日の二日間だけですし」

「……わかったよ。ちなみに、幾らになるんだい?」



 彼はニヤッと笑って私に聞きました。私はクスっと笑い返して答えます。



「そうですね、銅貨六枚といったところでしょうか」

「随分と安くしてくれるんだな?」

「初めての客さんという事と、これからのお客さんへの期待を込めて……と言ったところで、ですかね」

「なるほどね。それなら期待に応えないといけないな」



 私はニコっと笑って銅貨四枚を返します。彼は任せときな。と、言って去っていきました。

 様子を見ていたのか、アリサさんがすぐにやって来て、



「ど、どうだった?」

「どうだった? って、何ですか……普通のお客さんでしたよ。宣伝も頼んじゃいました」

「ちゃっかりしてるわね……」



 そんな会話を交わしていると、初老位の年齢の男性がやって来ました。



「ここが、魔女の何でも屋で合っているかい?」

「そうですよ。出来ることなら何でもする、魔女の何でも屋です」

「ふふ、それは凄い。では何でも屋に早速依頼したいが……いいかい?」

「はい。構いませんよ」

「では、早速……依頼したいのは馬車からの荷降ろしだ。それなりに大荷物だし重さもあるが……いけるかい?」



 それを聞いてふむ、と一つ思案します。別に私が行っても構わないのですが、この依頼ならアリサさんの方が向いているのではないかと思いました。



「アリサさん、いけます? 強化魔法で自分を強化したらいけそうな気がしますけど……」

「んー……多分大丈夫。流石にシオンにばかり任せておけないし、やるわ」

「ありがとうございます。という訳で、貴方の依頼はこっちのアリサに任させて貰います」



 私がアリサさんに視線を向けると、アリサさんもぺこりと礼をして挨拶をしました。



「よろしく頼むよ、アリサさん」

「任せて。あ、お金はシオンに渡してね」

「承知したよ。いくら程になるかな?」

「そうですね……大型の馬車ですか?」

「いいや、普通の馬車だよ。積み荷は食料品と調度品だね」

「なるほど、でしたら銀貨六枚ですね。それと、一つ気になるんですけど、いいですか?」

「なにかな?」

「荷降ろしなのに、どうして他の人を雇わなかったんですか? それに、別の街からやって来たと思うのですけれど、護衛の人とかはいなかったんですか?」



 至極当然の疑問を、私は彼にぶつけました。依頼していたのが護衛のみで、荷降ろしは別に頼んで欲しいと言われている……なんて事もあるのかもしれないですが、こういう事に明るくない私はとりあえず疑ってみる事にしました。



「ああ、護衛は雇っていたよ、もちろんね。ただ、君も想像しているかもしれないけれど、護衛の依頼だけしか引き受けてくれなかったんだ。俺たちはあくまでも冒険者で、便利屋じゃないってね」



 彼は肩をすくめてそう言いました。



「疑ってかかるのも仕方ないさ。まあでも、考えてみて欲しい。しがない商人が魔法使いに勝てるかい?」

「それはそうかもしれませんけど、疑うに越したことはないですから、アリサさんに何かあっても困りますからね」



 私がそう言うと、確かにその通りだ、といった風に彼は首を振りました。



「だね。さあ、これで話すべきことは話したと思うけれど、改めて受けてくれるかい?」

「……分かりました、お受けします。代金を貰っていいですか?」



 彼は机の上に銀貨をスっと差し出しました。私はそれを受け取り、お願いしますねアリサさん。と言って送り出しました。

 二人が離れた後は、しばらくの間ここに何かを依頼しにくるお客さんは来ませんでした。手持ち無沙汰になって、鞄の中を探っているうちに見つけた小さな人形を何体か机の上に出して、それを魔法で踊らせてみます。お城の舞踏会のように複数の人形を踊らせて暇を潰していると――



「すごーい……!!」



 いつの間にか大人も子供も、私の近くに集まっていました。子供たちは目をきらきらさせながら私の方を見ていますが……正直、困りますね……

 人が来るまでの暇つぶしのつもりが、何か別のものと勘違いされてそうですね、これ。


 とりあえず私は、お捻り用の小箱をそっと用意しておきます。誰かが入れてくれたら御の字、という事で。

 人形の動きを止めた後も、子供たちが私の事をじいっと見てきます。私は仕方ないとばかりにもう一度人形たちを立ち上がらせます。



「昔話でも、いいですか?」

「うん!」



 子供たちは元気よく返事をします。私は、それを聞いて人形たちを動かし始めました。




『昔々、あるところに一人の魔女がいました。彼女の元には一人の女の子が住んでいました。その女の子の名前はカレンと言いました。カレンは小さな身体に似合わない沢山の魔力を持っていました。それを知る魔女は彼女を育てながら、一流の魔法使いにする為に修行を積ませていました。そんな中、カレンは、一人の女の子に出会います。二人はとても仲良くなりました。ですが、時間が経つにつれて二人の会う時間はどんどんと減っていきました。そして、一人前の魔法使いになる頃に、大きな戦いが起こります』



 私が一息ついて周りの様子を見ると、子供たちははらはらした様子で私の次の言葉を待っていました。

 流石にそれを見てのんびり休憩、というのもばつが悪いのでこのまま人形劇を進めていきます。



『カレンと魔女は国王の命令で戦争に参加しました。その戦争はとても長く、何度も何度もカレンは敵と戦い、倒していきました。あの子の為、あの子の為、と自分に言い聞かせて、沢山の敵を倒しました。一人前の魔法使いとはいえ、カレンはまだ小さい女の子。長い戦いで彼女の心は疲れ切っていました。あの子の為に戦うのも、限界でした。カレンは魔女にあの子に会わせて欲しいと頼みました。魔女は難しい顔をした後に、カレンの願いを聞き入れました。国王は大層不機嫌になりましたが、戦争で武勲を立てている二人の頼みを断るわけにもいかず、国王はカレンが会いたがっていった女の子――王女に会わせるのでした』



 ここで、もう一区切り。改めて様子を見てみると、カレンと仲のいい女の子が王女だったという設定に子供たちはざわついているようでした。……いい意味でざわついていてくれればいいのですが。



「続き! 続き聞かせて!」



 どうやら問題なかったようです。昔話もそろそろ佳境。最後まで話しきったら、一体どんな感想を言ってくれるのでしょうか。



『カレンは、かつて会っていた女の子、王女サニアとようやく会う事が出来ました。サニアはカレンに言いました。「貴女に会いたかった」と。カレンは「私もだよ」と、言いました。二人は久しぶりの再会に喜びながら、短い時間沢山の話を喋りました。最後にサニアは「また今度」と、言って別れました。それからカレンは、その言葉の為に、戦争を終わらせるために戦いました。結果、カレンはその大陸では名前を知らない者はいない程の大魔法使いになっていました。そして、全てを終わらせたカレンは魔女と共に国に帰り、サニアと再び会うのでした』



 とても安っぽいハッピーエンド。ですが、子供たちにはそれなりに受けてくれたようです。良かったね、等の声がそれなりに聞こえてきたので私としては満足です。

 お捻りも何だかんだそれなりの額貰えてしまいましたし、実は何でも屋よりも人形劇をする方が良かったのでは……なんて思ってしまいましたね。まあ、これも何でも屋の範囲、という事で。



「……ほんと、こういう結末なら良かったんですけどね」



 ぽつりと私の口からそう零れました。まるで、この話の登場人物であるかのように。

 私の言葉は、届くことなく町の喧騒の中に消えていきました。

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