表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
題名のない灰色日記  作者: すずしろ
26/34

初めての出店と私達。

「んん~……!! 美味しいっ」

「あんまりがっつかないで下さいよ、アリサさん。見ているこっちが恥ずかしくなります」



 私達は彼に連れられてランチにやって来たのですが……その場所がまあいい所のお店で、今の財布のまま入っていたら100%有り金全てがお亡くなりになるような、そんなお店でした。

 誘ったのは僕だからね、好きな物を頼んでいいよ。と言われたアリサさんは、欲望のままに何品か頼んでいました。私はそこまで沢山食べられる訳でもないのでこの店イチオシのシーフードパスタを頂くことにしました。

 結果として目の前で大食いキャラと化したアリサさんがいる訳です。



「いいじゃないか。美味しく食べてくれるならシェフも食材も本望だろうしね」



 ああそうだ、これ。そう言って手渡されたのは小さな羊皮紙でした。そこに書かれていたのは――



「アーノルド商会、商会長ヴェルド・アーノル……ど」



 私はそれを見た後、顔を上げると。驚いただろう? と言わんばかりの表情でこちらを見てました。……ええ、とっても驚きましたとも。

 何せ、私の出店の申請をしようとしている商会のトップが今目の前に居るんですから。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「トップの人なら話が早いです。出店申請、出来ますよね?」

「ん、まあね。何出すつもりなの?」

「それなんですけど、現状私たちに出せるものがほぼ無いので何でも屋でもしようかな、と」

「何でも屋ねぇ……いいじゃないか。面白い。僕が許可を出しておくよ」



 あまりにもトントン拍子に進むので何か裏があるのかと思うほどでしたが、一先ず第一の壁は乗り越えました。

 私は安堵の思いと共にパスタを口にしました。港町がそう遠くない事もあってか、海鮮の旨味が溢れる極上の料理でした。特にとろけるような脂と濃厚な魚の旨味が一体となった魚がとても気になりました。今度改めて調べてみましょう。



「ご馳走様でした。とても美味しかったです」

「お気に召したみたいで良かった。じゃあ僕はこれで失礼するね、シオンさん」



 私はぺこりとお辞儀をしてアーノルドさんと別れた後に気づきました。

 ……私、彼に名前を言った覚えないんですよね。



「……私、いつの間にか有名人になってたとか?」

「いやー、それは無いと思うわよ? シオンって有名になりそうな要素無さそうだし。あ、でも今ここではお尋ね者になってるのかしら」

「中々に失礼な事を言ってくれますね……そもそもお尋ね者って言いますけど、それも相手の逆恨みですし」



 それもそうね。と軽く笑いながらアリサさんは言います。……にしても、間違いなく接点が無いであろう私の名前を何故知っていたのか本当に気になりますね。どこかで接点があったのかもしれないですけど。少なくとも私の記憶の中ではない事は間違いないです。


 ……もしかしたら、記憶に無い過去の私とは接点があるのかもしれないですが。




 取り敢えず、私達は残った僅かなお金を使ってそこそこの宿を取りました。

 私は日記とペンを取り出して、少し早めに今日の分の日記に手をつけ始めます。



「よく続くわねー……私、そういうの三日持った事ないのよ」

「流石にもう少し頑張ってくださいよ……」



 アリサさんらしい、とも思いながら私はつらつらと日記を書き始める。



『白磁の国を脱出した私達はお金がない事に気づいたので、一先ず金欠を脱しなければと思いました。そこで気が付いたのが、一つ前に通った商業の街です。あそこならば申請が通れば私達でも簡単に商売が出来るので、そこで旅の続きをするための旅費を稼ぐ事にしました。ただそこについて早速、私が潰したはずの闇商会のごろつき達に追い掛け回されました。逆恨みもいい所ですが、ここでゴタゴタを起こしてややこしくするのも良くないと思い、私たちが逃げた先にいたのが、この町の出店等を取り仕切る最高責任者、アーノルド商会の会長さんでした。どうやら、彼は私の事を知っているような口ぶりでしたが私は彼の事を全くと言っていいほどに知らないです。となると、もしかしたら昔の私と接点があったのかもしれませんね。そうなると過去の私がどんな人間なのかは少し気になりますが……これも、記憶が戻れば分かるのでしょうか?』



 書き終えた私は、ぱたりと日記を閉じてそれを鞄の中にしまい込みます。何かの拍子で見られてしまってはたまりませんからね……。

 日記を仕舞った後、明日の商品の為に私はいくつかの薬草とすり鉢を取り出してゴリゴリと薬草を潰し始めます。これに私特製の薬液を混ぜる事によってそれなりに高品質のポーションが出来るんですよね。たまーに来てた行商人さんに見せた時は大層驚いていましたけど。

 今作っているのは体力回復用のポーションですが、薬草を変えれば魔力回復用のポーションも作れたりします。私特製の薬液様様ですね。



「え、シオンってポーションも作れるの?」

「ええ、私の居た村では薬師の代わりもしてましたからね。これくらいは出来ないといけませんでしたから。あ、でもこの液体は私の秘蔵ですよ?」

「いいの? そんな事言って、私が製法を盗んじゃうかもよ?」



 アリサさんがニヤッと笑ってそう言うのですが、私の薬液は見て真似られるような製法をしてませんし、何よりアリサさんはそういう事は出来ないだろうと思って見せてます。どの道売り物が全く無いのも良くないですから。

 一先ずはポーションを五本分作りました。多少の怪我くらいならこれで治せるでしょうしね。


 他の薬も作ろうかと考えましたが、これ以上作るのは私が面倒なのでパスという方向で。最後に、目の細かい専用のタオルを薬瓶の上に被せて、それの上からポーションをそっと流し込んでいきます。そして最後にきゅっと絞ってポーションを絞り出した後に蓋をしたら、不純物のない綺麗なポーションの完成です。

 それなりに久しぶりに作ったつもりでしたが、中々にいい出来だったので自分に感心しました。しばらく集中して作っていたせいか、外はすっかり夜の帳が降りて外で開いていた出店もほとんどが店じまいしていました。ふぅっと一息つくと、自分の胃袋がきゅぅっと空腹の合図を私に伝えました。



「ご飯、食べに行きますか?」

「もっちろん!」



 私の言葉に元気に答えるアリサさん。ほんと、食べ物の事には一瞬で食いつくんですよね……と、そんな事を考えていたら、ふと気づきました。



「アリサさん……ここに来てから何してました? 私はずっと集中していたので気にしていなかったんですけど……動いてました?」

「……そ、それって、どういう意図で聞いているのかしら?」


 アリサさんの声が明らかに震えていますが、私は気にせずアリサさんの急所をえぐりに行きます。



「いえ……ただ、動いていないのにこれだけ食べてばかりなら……太りますよ?」

「…………い、いいのよ! 私は太らない体質なの! 問題ないのよ! …………たぶん」



 アリサさんが不安そうにそう言います。私はそれ以上は何も言わない事にしました。



 ちなみに、今日のご飯は生魚の切り身──この地方ではそれを刺身、というらしいです。それを独特な風味の液体に付けて食べたのですが、これがまた焼き魚などとは違い美味でした。ただ、生魚特有の歯ざわりが苦手な人は苦手だろうな、とは感じました。ちなみに、アリサさんは苦手な様でした。私は多少の癖はあると思いながらも普通に食べられました。美味しいは正義なんです。



「ちょっと早いけど私はもう寝るわね、明日の事もあるしさ」



 アリサさんはそう言うと、ベッドの近くに銃を立てかけてそのまま眠りについてしまいました。私も、身体を拭いてから寝る事にしましょう。

 布とお湯入りの桶を取りに行って戻っている間にアリサさんは寝息を立ててぐっすりと眠っていました。なんというか……悩みが少なそうでいいなあ、なんて私は思いました、いや、私も悩みが多いかと聞かれれば微妙な所ではあるのですが。



「……さ、私も寝ましょうか」



◇◆◇◆◇◆◇



『……貴女が望むなら、私は止めないよ。それが、貴女の選択なんだよねシオン』

『……はい。私は……操り人形になるのは、もう、疲れたんです』

『そっか。……お疲れ様』

『ありがとうございます。師匠』

『……おやすみ。シオン』



◇◆◇◆◇◆◇



目が覚めました。不思議なくらい明瞭で、まるで昔起きた事のような、そんな夢でした。

窓の外を見ると、朝陽が差し込んでいていつの間にか朝になっていました。横を見るとまだ安らかな寝息を立てているアリサさん。ほんと……気楽そうですね。



「起きてください、アリサさん」

「ん……あとごふん……」



その言葉を聞いて、私は魔法で小さな氷の塊を作ると横になっているアリサさんの服の間にポイっと──



「ひゃあっ!?」

「おはようございます、アリサさん?」

「お、おはよう……」



飛び起きて膨れっ面をしているアリサさんを宥めながら、私達は部屋を出て朝ごはんを頂きます。

朝は片面をこんがりと焼いたパンに、魚のスライスと野菜を挟み込んだサンドイッチでした。夜の刺身も美味しかったのですが、やはり何かが足りないというか……もう一声欲しいと言いますか……改めて余裕がある時にまた料理をして考えてみるとしましょう。



「さて……先ずは商会に行きましょう」



この宿からアーノルド商会はさほど遠くない。徒歩でも数分と歩けば着く程度の距離なので、私たちはのんびりと歩いていきます。まだ開店準備中の店も多く、出店街もまだ商品どころか人すらいない場所さえあります。本当にいないのかもしれないですけど。


と、そんな事を考えながら歩いていたらもう商会の目の前にありました。正面にはアーノルド商会を表す氷と竜のエンブレムが飾られてあります。

まだ開店時間ではない為、扉は閉まっていますがすぐ近くに守衛の人がいる建物があるのでそこをノックすると、強面の男の人がひょこっと顔を出しました。



「まだ商会は開いてないよ、お嬢ちゃん」

「知ってます。出店の申請をしているので、私たちは店の場所と許可証を貰いに来ました」

「ああ、知ってんならいい。んで、許可証と場所だっけ? 連絡取るからちょっと待ってろ。二人とも、名前は?」



アリサよ。シオンです。と、私たちの名前を告げると守衛の人は建物の中へと入っていきました。

しばらく待っていると守衛の人がもう一度出てきます。



「確認が取れた。入ってくれ」



そう言って、門を開けてくれたので私達は敷地の中に入って、商会の扉をコンコンと叩きます。すると、扉が開きメイドの人が出迎えてくれました。



「お早う御座います。シオン様、アリサ様。商会長がお待ちです。どうぞこちらへ」



メイドの方に連れられて着いて行きながら辺りを見ていると、ちらほらと同じような目的の人がいるように感じます。そういう人はこぞってカウンターの前で何か説明を聞いていたり、後ろで順を待っていたりとしていました。私達は何故かアーノルドさんの元へと連れていかれますけどね。


奥の部屋の扉をメイドさんがノックすると。どうぞ、という声が微かに扉の向こうから聞こえてきた。それを聞くとメイドさんが扉を開いてくれました。



「ようこそ、僕のアーノルド商会へ」

「ほんとに商会長だったんだ……」



ぼそりとアリサさんがそう呟くと、アーノルドさんが小さく笑って。



「そうだよ、驚いてくれたかな?」

「え、ええ……」

「それはそうと、座ってよ。先ずは本題を済ませてしまおうか」



アーノルドさんにそう言われて、私たちは席に座ります。アーノルドさんの前に座ると、一枚の紙を渡してくれます。

そこには、私達の出店する予定の場所、そして何時までなら出していいという時刻が書かれていました。



「そこが君達の店の位置だよ。中央通りに近いし、人が集まりやすいとは思うかな。詳しい位置は出店の裏側に番号を彫ってあるから、そこを見て貰えたら分かるよ」

「ありがとうございます。それでは」

「おや、もう行ってしまうのかい?」

「ええ、目的は果たせましたから……何か問題でしたか?」

「……いや、何も問題はないよ。君は昔からそうだね、サバサバしていて目的を果たしたらすぐにどこかへ行ってしまう」



アーノルドさんが、そう懐かしさの色を込めてそう言います。私はそれを聞いて、少し困った表情を作りながら聞きました。



「昔からって言いますけど……私は貴方にあった記憶はありません。だから、何処で会ったのか教えて貰えませんか?」



私がそう聞くと、ほんの少しだけ迷いの表情を見せた後、



「秘密、という事にさせてくれ。ある人との約束なんだ。……まあ、君なら遅かれ早かれ気づくだろうけれどね」

「本当ですか?」

「このまま君の旅が続くのなら、ね」

「信じていいんですね?」

「僕の名前を賭けたって構わないよ?」



その強気な彼の言葉を、私は信じてみようと思いました。



「なら……信じさせて貰います。旅も辞める気はありませんし、知りたい事も沢山ありますからね」

「信じてもらえて何よりだよ。君達の出店が成功するようにここから祈っておくよ」

「ふふ、それはそれはご親切にありがとうございます。失敗したら一文無しですからね、私達」



なら尚更お祈りしないとね、とからかい混じりに言う彼に一つお辞儀をしてから、私達は外へと出るのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ