とある魔女の昔話。その3
エレナが飛び出してから、暫くは何事もなく穏やかな日々が続いた。
結局あの日も、飛び出したと思ったら就寝時間前には帰ってきたし、何をしに行ったのか聞いても教えて貰えなかった。
彼女が来たからと言って、私が今の生活を変えるわけでもないのでいつも通りさぼっている。今日はそこまで天気がいい訳でもないのでサヨの部屋で優雅なティータイムを――
「なに人の家に勝手に上がり込んでるのよ」
「おじゃましてまーす」
「いや、邪魔するなら帰りなさいよ」
「えー」
「えーじゃないでしょ」
過ごそうと思っていたが、ダメそうだった。というかそもそも無断侵入だったりする。いなかったし仕方ないよね、って事で許して欲しい。
ちなみに今日はティーパック持参だ。と言っても寮の食堂から持ってきたものだけれど。
寮のものだし安物ではないと思う。という訳で、早速入れてみるとする。
「あら、その紅茶良い奴じゃない私にもくれない?」
「寮から持ってきたから別にいいわよ、はい」
私は軽くそれを投げてサヨに渡す。丁度お湯も沸いたことだし、私はティーカップにそれを入れて湯の中を泳がせると、鮮やかな紅色に変わる。香りも強く、いい茶葉を使っているんだなーとか柄にもない事を思いながら容赦なく砂糖を投下してかき混ぜる。
「そう言えば前に調べものしてたけど見つかったの?」
「ん? あー、うん。見つかったわ」
「それは良かった。まだなら手伝って上げようかなって思ってたし、暇だからさ」
「暇なら魔法の練習でもしたらどうなの……」
「えぇー……練習って何するのさ」
気の進まない私はそう言うと、サヨが少し考えた後にこう言った。
「あんたは強化魔法が得意なんだからそこを伸ばせばいいじゃない。だから……大きな岩を素手で壊したり、とか?」
「私は格闘家じゃないんだから……嫌よそんなの」
「じゃあ強化の重ねがけでも出来るようにする事ね」
「重ねがけ……?」
強化の重ねがけなんてそんな事可能なのだろうか? そもそも強化魔法を重ねるって考えがなかったっていうのもあるけど。だって重ねなくても何とかなったし。
「んー……とりあえずやってみるわ」
「あら、私の助言に素直に従うなんて珍しい」
「たまにはそういう事があったっていいでしょうが……」
「それもそうね」
じゃあ、頑張ってね~と、いうだけ言って放っぽり出すサヨ。後ろからドロップキックしてやろうかしら。それはそうと、魔法の重ねがけと言われてもいまいちピンとこない。つまりはどうしたらいいのだ。
むむむ……困った、非常に困った。結局やり方が分からない。
重ねがけなんだから、ケーキのクリームみたいに上にさらに重ねる感じなのだろうか……? とりあえずやってみよう。失敗したらそれはその時という事で。
「こんな感じ……かな」
私はその辺に落ちてた石に重量強化の魔法を掛けてみる。このままならいつも通りな感じだ。私はその石にほんの少しだけ先ほどより多く魔力を込めて魔法を使う。
すると石の重みが増えたのか、若干だが地面にめり込んだ。この辺りは木々が多いせいで数日前に降った雨でも乾かないため地面が柔らかく、足を取られやすかったりする。
「なるほどねー……こんな感じか」
私は石に近寄って、それを押そうとしたがビクともしない。重ねがけだと効果が更に上がると前にサヨが言っていた気がするが本当のことだったらしい。
……自分に強化の重ねがけをしたらどうなるのかふと気になった私はおもむろに自分に身体強化を重ねがけでかけてみる。
きちんとかかっているようで、身体に急激な変化もない。これなら問題なさそうと地面を蹴って走ってみようと駆け出した瞬間――
私の意識を大幅に超える速度で身体が走る、というか最早早すぎるあまり浮いていると言っても過言ではない速度で、目の前にあった木に頭突きで突っ込んでしまった。
普段ならば、強化魔法をかけていても勢いよく突っ込めば多少の痛みはあったのだが今回は無傷だ。それどころか、ぶつかった木の方が折れていた。
「……自分に重ねがけを使うのは止めた方がいいわね」
冷や汗をかきながら私はそうポツリと漏らした。
◇◆◇◆◇◆◇
その後の私はといえば、折ってしまった木を邪魔にならない場所に退かしてから街でパンを買ってから帰った。
いつも通り寮に戻ってみれば、私の方を見るなり他の生徒達がひそひそ話をした後にそそくさと去っていってしまう。私が何かしたというのかしら。
……してるわね。でも問題になるような事はしてないはずだし、授業はサボれど試験はそれなりに点数を取ってるし、大目玉を食らうような事はしていないはずだけど……
と、考えながら私が部屋に戻るとそこに居たのはエレナと――
「寮監?」
鬼の寮監だ。何故ここに? と考えていると寮監から私に一枚の羊皮紙を手渡された。私がそれに目を通すと、驚くべき内容が書かれていた。
「こ、これって転入届ですか……!? しかも手続きが全部終わってるし……」
「そう。貴女がそこに同意の署名をしたら手続きは終わり。どうするかは貴女次第です、二日待つので答えを決めるように」
寮監はそれだけ言うとさっさと出ていってしまった。残ったエレナはご褒美を待つ犬のように私の顔色を伺っている。
「……あんたがやったの?」
「えへへ……そうだよ?」
「そっか……そうだよね……」
「嬉しくなかった……かな?」
「ちょっと気持ちの整理をさせて欲しいから……外に出るわね」
私は逃げるように外に出てからバルコニーへと向かった。原則門限を超えてからの外出は認められないがバルコニーなら許される為に夕食後にバルコニーに出ている生徒達も比較的いるのだが……
「……今日は誰もいないのね」
珍しく今日は人っ子一人居なかった。それはそれで都合がいいので、私としては別に構わなかったからいいのだけれど。
私は大きく深呼吸をしてから夜の街の方向を見ると、街の西側はまだ明かりが見えている。向こう側は確か冒険者や流れの傭兵や魔法使い達が集まるような区画だったはずだ。という事は朝までドンチャン騒ぎでもするのだろう。そういう事が出来ない環境にいる私はちょっと憧れていたりする。
……それにしても、いくらなんでも急すぎる。話の中心にいるはずの私が一番ついていけてない、一体どういう事なのか。
ただ、分かっているのは転入した方が私にとっていい方向に繋がる事だ。エレナに強化魔法の話を聞いてからそちらを専門とする学校の事も調べていたのだが、先程持ってこられた転入先の学校は私が調べている時にもよく名を聞いた場所だったので、おそらく信用出来るところだろう。
でも、だからってこんなにトントン拍子で進むものじゃない筈だ。まるで世界が自分中心で回っているような、そんな錯覚さえ感じてしまう。
「どうしたらいいのよ……」
「迷ってるくらいなら行けばいいじゃない」
「そりゃあ行きたいけど……サヨにどう説明したらいいのよ」
「別に……言ってくれれば分かったって言うわ。だって、ずっと会えなくなる訳じゃないでしょう?」
でしょ? という声が聞こえる。……今のって、私の妄想とかじゃなくて、本物……?
私が恐る恐る顔を上げると、ニヤリと玩具を見つけた顔で笑うサヨがいた。
「~~~~っっっ!!! なし!!今のなし!!!聞かなかった事にして!!!!」
「え、嫌よ。あんたの恥ずかしい言葉、一生記憶してやるんだから」
「じゃあ無理やり忘れさせるしか……!!」
私が杖を構えようとすると、ポコっとサヨに頭を小突かれた。
「……ったく、暴走するとこうなる所は本当に変わらないわね。言ったでしょ? 離れた場所に行ってもずっと会えなくなる訳じゃないって」
「う……」
そう諌められて冷静になってきた私は、杖を収める。そして、私が落ち着いたのを見るとサヨはクスッと微笑みかける。
「それはそうと、教えてあげようか? エレナの事」
「え? なんであいつの事サヨが知ってるの?」
「んー? そりゃあ……私とあの娘知り合い、というか仕事仲間だし?」
「……はぁ!?」
多分、今日二番目に大きな声が出た。
◇◆◇◆◇◆◇
サヨから話を聞くこと数十分。どうやらサヨとエレナは魔法協会という機関に属しているらしく、サヨは新たな魔法の開発や古代魔法を研究する研究所長、エレナは私のような才能はあるが、適切でない学部や学校に入ってしまった生徒への転入等を担当しているらしい。魔法協会そのものがかなり大きな組織で魔法学校がある国には必ず支部が作られている。だからあれ程に根回しが早かったのだろう。
そして、魔法協会の人間は特殊な魔石を身につけている為、寮の結界を抜ける事が出来るのだとか。
「……って事は私が追い回されてたって話した時、エレナが追いかけてたの知ってた訳?」
「うん、それどころか別の学校に移動することを提案したの私だし」
それを聞いて私は特大のため息をついた。という事は、最初から私はサヨの手のひらで踊っていたという事になる。
「……色々納得はいったから、とりあえず一発殴っていい?」
「嫌よ、痛いし」
「はぁ……その……また会えるって本当よね?」
「ん、そうよ。支部が学校のある都市にあるって言ったでしょ? そこから転移しちゃえばちょちょいのちょいって訳よ」
「ほんと……卑怯よね、悩んでる私が馬鹿に見えるわ。ま、この学校で得られるものも無いし行ってもいいかもね」
「私にも会えるって分かったから?」
余計な一言を加えるサヨに、そうよ。と一言言って部屋に戻ろうとすると、ポコっと頭に何かを当てられた。ご丁寧に魔法で私の手の上に乗ったのは小さな箱だった。
「本当は出ていく当日に渡そうとしてたんだけどね、開けちゃっていいわよアリサ」
箱を開くと、入っていたのは真っ白な魔石が嵌め込まれたブレスレットだった。
「それに込められてる魔法は『空っぽの公式』ざっくり言うとイメージしたらどんな魔法でも使える魔法ってとこね」
「えぇ!? そ、そんなもの渡されても困るわよ!!」
「いいのよ別に、偶然出来ちゃった物だし、何個も作れなかったからあげるわ」
突然そんなとんでもない物を渡されてオロオロしていると、コツンと額を小突かれる。
「こんなの言わなきゃ誰も気づかないし、せいぜい魔法使いが気づけるレベルで言うなら魔力を貯めて身につけられるアクセサリーって所かしら? 私もこれを魔法として使える人に会えなかったら作れなかったと思うし」
「こんなのを魔法として使うとか……何者よ」
「別に私が言わなくたって、その内嫌でも名前を聞くことになるから安心して良いわよ」
そんなに有名人なのね……まあ、それを道具として使えるようにしちゃうサヨも大概おかしいのだけど。
私はそれを身につけて振り返る。
「一度しか言わないからね!」
「何よ勿体つけて……」
「い、いいから聞きなさいよ! その……ね、サヨと色々馬鹿な事やっててさ、楽しかった。別に一生会えなくなる訳じゃない。それでも、今ここで言わないといけないと思ったからさ。……ありがとね、サヨ」
私の精一杯の言葉。サヨはそれを聞くと、ふふっと小さく笑って。
「今のだとまるで戦地に行く兵士みたいね。でも、嬉しいわ。こちらこそありがとうね」
じゃ、行くわね。というとさっさと箒に乗って行ってしまった。私も部屋に戻って用意をするとしましょう。とはいっても、そんなに持っていく物も無いでしょうけど。
部屋に戻るために扉を開けると、そこに立っていたのは――
「こんな夜遅くまで長話とは、いいご身分だな? アリサ」
「あ、えっとぉ……今日くらい許してもらえませんか?」
そんな甘い考えは許される筈もなく、私は部屋へと連れ戻された。
◇◆◇◆◇◆◇
次の日は荷造りと手続きと、昨日の反省文に追われて挨拶をしている暇なんてなかった。まあ、する相手なんかいないのだけどね。……言ってて悲しくなるわ。
改めて自分のものをまとめると驚くほど少なかった。教科書と、着替えの服。それくらいなのでこの学校に来た時に持ってきた大きめの鞄に入る程だった。それなりに過ごしたはずなのに本当に自分の物って少なかったのね。
「ふぅ、これで全部かな」
「あ、終わったのね」
エレナが部屋に入ってくる。今更相部屋の意味などないのに、態々来るなんて物好きね。
「どうしたの? 今更来る必要ある?」
「んー、まあ来る必要はないよね」
「あっさり言う事じゃないでしょ……」
「あははっ、そうね。でも、私が推薦送ったんだし、最後まで見届けなきゃいけないかなーって思ってさ」
「そういうものなの?」
「せちがらーい大人の事情よ。報告書とかも色々書かないといけないのよ? 転入って結構手続き面倒なんだから」
そう言ってエレナはポフンッとベッドの上に座ると、クスリと笑って私の方を見てきた。そういえば、初めて会った時も部屋でこんな感じだったわね。
「ま、次の学校でも頑張ってね。貴女なら心配いらないと思うけど」
「ふふ、ありがと」
「サヨにさよならは言えたの?」
「何よ……いきなり母親みたいなこと言って……」
「あははっ、ごめんごめん。だって二人ともいざそういう時になったら言わなさそうだもん」
「余計なお世話よ全く……」
図星で少しドキッとしたが、もう言った後なのだし本当に余計なお世話だ。その後も散々からかうような事を言って私を玩具にしていたが、私は気にすることなく部屋の掃除をしていた。綺麗にしないといつまで経っても退室手続きが出来ないらしいので仕方がない。それなりにいい身分の人間しか入れない学校の筈なのだけれどね。
「はー……終わりっ!」
数時間の格闘を終えて、私の部屋は来た当初と同じくらい綺麗になっていた。
寮監にも問題無しと言われて私はベッドに倒れ込む。エレナはというと、散々私と話した後に仕事場に戻るね! とバタバタ出ていった。手伝う気はないよーなんて言ってたけど本当に最後まで手伝わなくて少し笑っちゃったわ。
夕刻の鐘も大分前に鳴っていたし、もう夕食の時間だろう。そんな事を考えたら、今まで忘れていた私のお腹がきゅう、と鳴く。苦笑して私は階段を降りて食堂へと向かう。今日はまだ無償で食べれるかな……? この学校は別に生徒以外でも食堂を利用する事が出来るのだが、生徒以外は当たり前だが料金が発生する。しかも結構いい値段するので、一般的な食堂と同じように通うには少し難しい。まあ、その分味は保証されているので貴族の子供達はここに来ている事も多かったりする。
でもまだ私ここの学生の筈だし、大丈夫のはず……はず! 多分、恐らく、きっと。
結果としてはまだ大丈夫だった。普段の数倍は動いたのでちょっぴり豪華なものを頼んでみた。一部のメニューは生徒でも別料金を払わないと食べられないものがある。私が頼んだものとかがそれに当たるわね。
しばらくして出てきたものが、熱々の鉄板の上でパチパチと焼ける音を立てながら、圧倒的な存在感を放つステーキ。養殖竜のステーキ、実は裏メニューなのだが、それなりに話していた娘に教えて貰ったのだ。今はもえ話す事も無いが、時折見つける姿は楽しそうだし、私以外の友達が見つかって良かった、と少しホッとしていた時期もあった。
ナイフで切り分けて、それを口に運ぶと香草の香りがふわりと広がり、噛むと肉汁が口いっぱいに溢れ出す。小鉢についている胡椒をステーキに振りかけて食べると、ピリッとした辛さが、脂のしつこさを洗い流してくれる。なるほど、幸せは罪の味なんて言う言葉が分かった気がしたわ。
他にもスープやパンもあったが、ぺろりと平らげて自室に戻る。この部屋で過ごすのも今日で終わり……なんて気分にはならないのよね。だって、そんなに思い入れないし。
ボフンっとベッドに倒れこむと、疲れがたまっていたのか、私の身体は言う事を聞かずにそのまま夢の世界へと連れ去られていった……
◇◆◇◆◇◆◇
「……あれ?」
目を覚ますと、カーテンの向こうからは朝の光が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえてくる。朝? それ本気で言ってる? え、昨日お風呂入ってないんだけど。
私が内心大慌てでいると、扉がノックされる。私は急いで髪を整えて人を招き入れた。
「おはようアリサ。馬車の用意は出来ているから、朝食を食べてから出発すると良い」
「ありがとうございます、寮監。今まで、お世話になりました」
「ふっ……問題児が一人減って助かるよ」
「そ、それは酷くないですか……?」
「冗談だ、向こうでも頑張れよ? お前の本当の力を見せてやれ」
ぽん、と肩を叩くと行ってしまう。態々それを言うために来たなんて面倒見がいいというか……というか、やっぱり問題児扱いなのね。まあ、それも仕方ないか。
私は仕方ないと小さく笑ってから、新しい道の為の一歩を踏み出した。
生存報告(?)とにもかくにも生きてます、最近別媒体で書いてた小説をとりあえずストックとしてなろうに突っ込んでいるので書いてはいるけどペースは落ちてるゆかいな状態になってます、でも生きてるし書いてるので待っていてください、多分死にません、多分。




