とある魔女の昔話。
古戦場ってむずかしい
「こんな所に道があるとはね」
「どこかに脱出用通路があるとは思っていたけれど……こんな所にあったんですね」
「そうね。それで、今から脱出しちゃう?」
「そう……ですね、そうしましょう。ただこの道、どこに繋がってるんでしょうね」
「ま、最悪行き止まりなら私が上までぶち抜いてみるわ」
随分と物騒な言葉が聞こえましたが、まあ大丈夫でしょう。多分。
私は、吹き飛ばされたテントを片付けながら、もう一度あの像を見ます。すると、像の眼の色がいつの間にか青色に変わっていました。アリサさんの魔法を発動するときの魔力を一緒に吸い取ったのでしょうか? それならそれで、魔力を十分に貯めるまで待っておく必要も無いので、脱出するとしましょうか。
「では、進みましょう。私が前を進むのでアリサさんは念のため後方に気を配っていてください」
「了解よ」
「アリサさんの武器ってそのライフル銃なんですか?」
「なになに? 私の武器が気になっちゃう訳?」
「ええ、初歩の火魔法でありながら属性に特化した魔法使いの最上級魔法並みの威力がありましたから」
少なくとも今までの私の記憶にあれだけの威力を持つ初級魔法はありません。何か特殊な事をしているんでしょうし、それが私はすごく気になりました。
「ここであったのも何かの縁でしょうし、教えてあげるわ。手を出して」
アリサさんにそう言われて、私が手を出すところころと数発のライフル銃の弾を渡されました。それを見ると、私はアリサさんの馬鹿げた威力の一発にも理解が出来ました。
「分かったかしら?」
「はい、銃弾そのものに何重にも強化の魔法が使われているんですね。だから初歩の魔法でもあれだけの威力が出た、といったところですか?」
「お見事。私って別にそんなにたくさんの魔法を使えるわけでもないのよね。正直魔法使うの苦手だしさ、だから私でも使える魔法で一撃の威力を追求したってわけ」
「魔法を使うのが苦手なのに魔法使いっていうのもおかしな話ですね……」
「でしょ? 私も最初は魔法使いになる気なんて無かったのよね。才能があるかって言われたら正直無いと思うしさ」
アリサさんはそう言ってクスッと笑いました。
「ここからは私の昔話になっちゃうけど、聞く?」
「アリサさんが良いなら聞きたいですね。この通路、一本道ですし何かあるわけでもないですから退屈なんですよね」
私がそう言うと、アリサさんはじゃあ仕方ないわね。と少し嬉しそうな声色で話し始めました。
「……とは言っても、魔法使いになるための才能がそんなにない私が魔法使いになった理由って大方予想がつくんじゃないの?」
「親に無理矢理か、ならないといけないような理由が出来たかの二択……ですか? 私の頭で思いつくのはその辺りですが……」
「正解。まあ、私の場合は前者も後者もあったわけだからならないとっていうのがあったわけよ。ここから先は昔話になってしまうけど……それでもいいかしら?」
「構いませんよ。どうやら先は長そうですし」
私は目の前に続く真っ暗な道を見ながらそう言うのでした。
◇◆◇◆◇◆◇
西の国の産まれで、それほど不自由な暮らしでも無かったわ。私のかつていた国は魔法主義の国だったから、私が魔法を使えるって分かった途端に跳ね回って喜んでたわね。当時の私もそれで両親が喜んでくれたから嬉しかったのよ。
ただ、問題はその魔法学校に入ってからだったのよね。言ったとおり、私は強化の魔法以外ロクに使えないから、すぐに落ちこぼれのレッテルを張られるわ、いじめの対象になるわ散々だったのよね。で、そっこーぐれちゃった訳よ。
そんな時に私に声をかけてくれたのがエレナ――かつての私を救ってくれた魔法使いよ。
◇◆◇◆◇◆◇
「こんな所で何してるの?」
「何って……サボってるのよ。悪い?」
かつての私がそう言うと話しかけて来た栗色の髪の少女は、横にすとんと腰を下ろして、私の方を見た。
「悪いけど……貴女が何か事情があってサボってるならその限りでは無いわね」
「ふぅん。じゃあ、貴女は私に何か事情があってサボってるように見える?」
反抗するような私の言葉に、彼女は笑ってこう言ったの。
「ううん、全然?」
「……ふ、ふふふっ、よく分かってるじゃない。その通り事情なんてないただのサボり魔よ」
私はスっと立ち上がると興味無さそうにその場を去ったわ。一人でのんびり過ごしたかったし。その日はとても暖かくて風を受けて昼寝をするには最適だったから。
私はサボりスポットその一の学校の屋上から、その二の校庭にある大きな樹の上に場所を移す。随分と昔からここにある樹らしく、この学園のシンボルになっているらしい。頂上まで登ると学園どころか門の外の町の外観すら一望できてしまう。まあ、私にとってはそんな事関係ないのだけどね。だって私にとってここはベッドの一つだから。あ、でも景色がいいのは高得点ね。
ふよふよと浮いて、頂上付近にあった大きな巣の上に降りたち近くの枝に私の箒を引っ掛けて私はその巣に寝っ転がって改めてもうひと寝り……と、いきたかったのだけど……
「……どうして着いてくるの」
「え? んー……一言で言うなら、貴女の事が気になるから!」
栗色の髪の彼女が私の視線の先にいた。出来るだけバレないようにと慎重に登ったつもりだったのだけど、嗚呼厄介事はまだ続きそうだと私はそう直感したわ。
「……はぁ……私にそういう趣味は無いのだけど」
面倒な人に絡まれたと思いながら私はもう無視して寝ようと考えて横になったわ。寝たら多分何処かに行くでしょ。というか行って欲しい。
そう思い、私が彼女を無視して目を瞑ろうとすると、
「待って!」
「え、うわぁっ!?」
いきなり腕を掴まれて、バランスを崩した私は掴んできた少女と一緒に樹の上から落ちてしまう。かなりの高さの場所から真っ逆さまなので、そのまま何の対策も無ければ即死してしまうけれど……私たちは魔法使い、咄嗟に自分たちで風を起こして何とか地面に不時着する。
何とかなったとはいえ、肝が冷える体験をした私は、彼女を睨みつけながら敵意をむき出しにして口を開いた。
「いい加減にして、貴女にこれ以上付き合わされるのは御免よ。貴女のせいで折角の昼寝日和が台無し、二度と私に近づかないで」
私はそう言い残し、上に置いてきてしまった箒を取りに巨木のごつごつとした樹肌を足場にして一気に駆け上がっていく。魔法は添えるだけ、基本は私の運動能力任せという魔法使いにあるまじき力業だけれど、私の性に合っているのはこっちだから仕方ないじゃない。
数十メートルの大木を登り切った私は枝に引っ掛けていた箒を手に取ると、そのまま箒に乗って飛び立ちました。行先は決めてないけど、少なくともあいつが居ないところへ行こうと、そう決めた。
◇◆◇◆◇◆◇
私が訪れたのは町外れの廃教会。私は箒を手に持ったまま、入って恐らくいるであろうあの子に大して話しかける。
「やっほー、開いてる?」
そう言うと、奥から銀髪の少女がひょっこりと現れた。
「開いてるもなにもここ廃教会でしょうが……」
「そんなの関係ないの、気分よ気分」
「はいはい……で、今日はなんの用事で来たのよ。また何も無いけど暇だから来た?」
「それもあるけど……面倒なのと会っちゃったから逃げてきたってのもあるわ」
「面倒なの……?」
「ええ、随分しつこく追ってきてね」
「そりゃ災難だこと」
私の悪友はそう言って、主祭壇の後ろに回って床の布を取っ払うと下へと続く扉が現れる。曰く前からあったらしいけれど真偽のほどは分からないのよね。
「とりあえず来なさないよ。ここで話してもいいけど、こっちの方が居心地良いのよ」
「はいよ。今日もお邪魔するわね、サヨ」
私はサヨの後ろについて地下への階段を下りる。下に降りるとガス灯でぼんやりと明かりのともった部屋に、大量の積み上げられた本と乱雑に脱ぎ捨てられた衣服、机の上には読んでる途中と思われる本とコーヒーカップ。
サヨが面倒くさがりな事がよく分かる部屋だと思う。私は、壁に箒を立てかけて適当に座れるスペースを作った後、適当に面白そうな本を見繕って作ったスペースに座り込んで勝手に読み始める。
「で、その面倒なのってどんなやつだったわけ?」
「どんなやつって言われてもなぁ……栗色の髪の女の子よ。私と同い年か一つか二つ上」
「ふぅん……あんたみたいな素行不良のサボり魔に突っかかってくる娘ねぇ。何やらかしたのよ?」
「少なくとも授業のバックレ以外はしてないわ」
「うーん……それはそれで問題だし原因になると思うのだけど」
視線を受けて私はそっと本に視線を落とした。……べ、別に何とも思ってないんだからね。ほんとだから。
「と、とにかく。誰かに引っ付いて回られる要素はゼロよ」
「そうねぇ。アリサなら変に喧嘩をふっかけて来るような奴らなら倒せちゃうだろうし」
「そそ、魔法ばっかに頼るようなのじゃ相手にもならないわ」
「それに関してはあんたが接近戦得意すぎるのよ」
「それは否定しないわ、うん」
しばらくの間、私たちは言葉を交わすことなく本を黙々と読み続けていた。こういう何でもない時間の方が私は好きだったりする。
上から吹いてくる微かな風で揺れるランプの炎を、本を読む合間に時折眺めているだけでも私は有意義な時間を過ごしていると思えた。学園の授業も一時期は受けていたのだが、あまりにもつまらなさ過ぎて抜け出してきたのよね。そこからは受けてないし。
そんな事を考えながら、またしばらくの間本を読んでいるとカラカラと階段の入り口にある、この教会に人が入ってきたことを知らせる小さな音がなった。
この時の私はまだ知らなかった。私の世界がいかに狭くて、外の世界がどれだけ広いのかをね。
愚痴なのか良く分かんないですけど、生きてるのって割と惰性ですよね。というか、何事もその惰性の延長線上なんじゃないかなぁって思ってたりします。
ただ、やっぱり惰性でやってても褒められたりしたら嬉しいんですよね。何だかんだ頑張ろうってなれる訳です。僕はそう思ってます。
まあ、何が言いたいかって言うと、のんびりやってるので待ってて下さいって事ですね。




