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題名のない灰色日記  作者: すずしろ
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玉虫色の町と私。

 陽気な日差しといえども、遮るものが無く長時間当たり続ければ熱くなっていくもの。あても無く道を歩いていく私にとっては中々に過酷なものでした。水や食料、野宿を行うためのテントなどは全て私の手鞄の中に詰められているので心配ありません。魔法様様ですね、え? 魔法使いなら歩きじゃなくて空を飛んでいけって? ……いいじゃないですか、そういう魔法使いがいたって。村を出るときに空に浮いてただろですって?


 い、いいじゃないですか、そういう気分なんですよ。それでは理由になりませんか? ……なりませんね、逃げられないですよね。

 そう、実を言うと私は浮くことは出来ても飛ぶ事が出来ないんです。おかげで苦労しっぱなしです。ただ、物を飛ばす事は出来るので、箒に水桶を括りつけて楽する事くらいなら余裕です。結局私は歩くことになるんで本当に楽をしているかと聞かれたら微妙ですが。

 と、そんなどうでもいい自己紹介をしているうちに、ようやく初めて町のようなものが見えました……のですが、何かがおかしい。町の外壁が見えたり見えなかったり、遠目からは煉瓦のように見えるのですが、時折別の石で作られているように見えたりと、とにかく色々おかしい。

 まあ、何はともあれ近くに行って、見てみる他なさそうです。どうしようもなく怪しいのであれば、ここの町は素通りして次の町へ向かいましょう。



「やっぱりおかしいですよねぇ……」



 町の目の前に来て壁にペタペタと触れますが、それ自体はしっかりとした壁でした。なのに、何故かゆらゆらと揺れているような気がします。

 どこかに入り口が無いかとうろうろしていると、ちょうど一周したくらいの場所に町の入り口を見つけました。景色から見るに、先ほど私がぺたぺた壁を触っていたのもあの辺の筈なのですが……

 怪しさ満点なのですが、幸いにも入り口には人が立っていたので、入るかどうかはさておき町の事でも聞いておきましょう。



◇◆◇◆◇◆◇



「あの、すみません」

「ん、何かな?」

「私は旅の者なんですけれど、ここの町って一体どうなっているんですか? 遠くから見ても、近くから見てもゆらゆら壁が揺れたり色が変わったりして、あや……不思議な感じなのですけど」



 怪しい、という言葉はすんでの所でとどめて、オブラートに包んだ言葉に言い換えます。私は偉い。



「ああ、それはね。この町が曖昧な町だからだよ」

「……はい?」



 曖昧、という言葉の意味は知っているし、理解しているつもりなのですが……町が曖昧って何ですか、意味わかんないです。



「まあ、それについては入って見ればもっとよく理解できると思うよ。ただ、外からのイメージで気味悪がって入らない人の方が多いけどね」



 苦笑する門兵さんの言葉にそりゃそうだ、と内心で思いながら私は首を縦に振りました。



「わかりました。滞在期間は申告しなくてもいいんですか?」

「ああ、それは構わないよ町から出る時は言ってくれたらいいし、ここに住むならそれで構わないからね」



 どうにも怪しさ満点ですが、私の探求心がここの町に行きたいと言って聞かないのです。こんな所で変な冒険心が沸いてしまう私に半分呆れながら、私は町の中へと入っていきました。



◇◆◇◆◇◆◇



 町中に入って1番に見えた光景は、思ったよりもまともな光景でした。人もそれなりにいて、活気が無いかと言われたら否と答えられる位の道。ただ、それでもおかしな点はやっぱりありましたね。

 まず店の看板がおかしいのです。何ですか『多分美味しい大体パン屋』って、もっと自信を持ってくださいよ。他にも『それなりに服屋』とか『自信の無い質屋』とか、残念な名前しかないのはどうしてなのでしょう。

 ……ただ、気にならないかと言われれば嘘になりますね。というわけで入ってみましょう、そうしましょう。



「お客さんかい?」



 お店の名前はどうかしてても、中の人はまともでした。良かった。



「はい、旅の者で随分と独特な名前なので気になってしまって……」

「ああ……そうだよね。初めての人はみんな驚くよ。それで、何かお好みのものはあるかい?」



 品揃えを見渡してみると、存外普通のものが多く何にしようか迷いました。



「うーん……それなら、このクッキーパンというものを頂きますか」



 木彫りのトレイに見慣れないそれを乗せるついでに、何個かパンをおまけでトレイに乗せて会計にいきます。



「毎度あり。えっと……銅貨六枚くらいだな」

「……え?」

「いや、六枚くらいは六枚くらいだよ」

「ええ……」



 働いてる人がまともという考えは見事に打ち砕かれました、無念。



「ろ、六枚くらいって六枚じゃダメですか?」

「六枚じゃ足りないねぇ……七枚なら足りるよ」



 最高に釈然としませんが、このまま言い合っていても間違いなく終わらないでしょうから、私は大人しく銅貨を七枚渡します。



「毎度あり、お釣りだよ」



 そう言って手渡してきたのは――『中途半端なお札』と書かれたお札。金額ですらないとは驚きです。破り捨ててやろうかな。



「この町での曖昧な値段はこれで何とかなるから、いくらか持っていても損は無いと思うよ。何日か滞在するならね」

「ああ……なるほど、それはどうもありがとうございます。では何枚かそれに変えさせて貰いたいんですけど、銅貨一枚でどれだけ交換出来ますか?」

「それなら……はいどうぞ」



 そう言って手渡されたのは三枚のお札。本当に曖昧なんですね……二枚で銅貨一枚だと思ったらそうでもないなんて本当によくわからないですね。



 食べ歩きながら町の様子を見て回ってみたのですが、町中もやはりおかしく、街灯やら街路樹もたまにおかしな色や見た目に変わるので、よく言えば新しい町、悪く言えば落ち着かない町ですね。しかも、何故か街の外である太陽までもが時折おかしくなるのは何なのでしょう。空間でも歪んでるんですか? ……歪んでそうなので、どうにも本気で言えないのが困りますね。あ、クッキーパンは思いの他美味しかったです。パンの周りをクッキーの生地で覆っているのでしょうか? また明日にでも買いに行きましょう。



◇◆◇◆◇◆◇



 特に意味もなくぶらついていると、次第に日が暮れ町の様子もゆっくりと変わっていきます。今日の宿を探しに行かなければそろそろ宿無しになってしまいかねませんからね。旅立ち一日目から野宿なんて嫌ですからね、しかも町中なんてもっと嫌ですし。



「どこかに宿屋は無いですかね……」



 宿場町みたいな場所を探しますが、それらしい所は見つかりませんね……と、思っていたらどうにか一軒見つける事が出来ました。



「ああ、よかった……」



 ほっと一息ついて、私は宿屋に入ります。そこで私は過ちに気づくのです……



「ようこそ、お一人様ですか?」

「あ、はい。そうですよ」



 すると、受付の人は困った顔をします。なぜだ。



「ここは男女の営みの為の宿でして……」



 そう、私はここで気づきました。赤面して逃げたくなる欲求を必死に堪え、冷静になります。



「そ、そうなんでしたか。旅の者なので気づかなかったです、一人での宿泊は出来ますか?」

「無理ではないですが……少々割高になってしまいますが、よろしいですか?」



 ここは背に腹は代えられません。仕方ないですが泊まるしかないでしょう。多分これも運命なんです。すごい嫌ですけどね。



「まあ、仕方ありませんね」

「では、銀貨四枚くらいになります」

「えっ……流石にそれは……」

「お客様は了承したはずでは?」



 いい笑顔で言ってきやがりますねこいつ。しかし、ここで引き下がったら私の負けのような気がするので私は、鞄の中をごそごそと漁って、銀貨四枚と先程崩した中途半端な値段のお札を渡します。

 ちなみに、無尽蔵にお金が出てくるように見えますが、全然そうじゃないです。仕組みとしては、あの時小さくした村の人形たちが持っていたお金を私が集約しているだけですから、無限では無いんですね。総額なら金貨十数枚程度の価値にはなりますが。

 受付の男性は、毎度ありとニヤッと笑いながら鍵を渡します。やっぱりボったくられた様な気がするんですけど。



 部屋の中に入ると、意外にも小綺麗にされていてびっくりしました。まあ、営みを行う部屋が汚かったら嫌ですよね。私もそうです、する予定は今後全く無いですが。

 鞄を机の上に置いてぼふん、とベッドに倒れこむと程よく柔らかく、いい素材を使っていることがわかりました。ああ……このまま眠ってしまいたいですが、今日は歩きっぱなしなので汗もかきましたし、湯浴みの場所も幸いなことに部屋ごとに作られているようですから、入って寝ましょう。


 バサりと魔女である証でもある、師から送られる私だけの外套を脱ぎ捨てて、浴室の扉を開きます。ほんのりと花の香りがするのはどこかで香炉でも焚いているのでしょうか。蛇口を捻ると水が結構な勢いで出てきました。この量私の往復何回分なのでしょう……おっと、こんな所で貧乏根性を発揮している場合じゃありません。水を張ったら、備え付けの小さな窯に火種を入れなければいけないらしいので小さな杖を取り出し、窯の中に火をつけます。別に杖無しでも魔法が使えないわけではないですが、杖無しの使用は魔力の消費が数倍に上がってしまうので極力避けたいんですよね。緊急時は仕方ありませんが。

 ここからは暫く待たないといけないので、浴室を出て頬杖をついてぼんやりと今日の事を思い起こします。


 あ、そうだ。思い起こすだけじゃなくて日記にでも書いておきましょう。いつか忘れてしまう時の為に。

 思い立ったら即行動。私は鞄の中をごそごそ探って、日記帳を探します。確かかなり前に買ったものがあった筈ですが……



「あ、見つけた」



 数分鞄と格闘してようやく日記帳を見つけました。鞄の中身は私の魔法で別空間にしているので、時間と共に色褪せたりすることも無ければ、大きいものだっていくらでも入れられちゃいます。凄いですよね、探す手間はかかりますけど。

 さてさて……ぺらっとページを捲っていざ書こうと筆を取ると謎の文章がありますね。筆跡からして私でしょうか?



◇◆◇◆◇◆◇



『これを見ているという事は貴女は、というか私はまた日記をつけ始めた、という事でしょう。一つ注意してもらいたいことがあります。私は想像以上に飽き性です。日記を書くのならちゃんと続けて書くことを心がけてください。今の私は多分三日もせずに飽きるでしょう。何故なら今いる場所では何の変化もありませんからね』

 それを読んでから次のページを捲ると確かに白紙でした。しかし、またというからには過去にも日記をつけていたのでしょう。残念なことに思い出せないのですがね。

 私は日記の注意書きを頭に留めながら、私の最初の日記を書き綴るのです。



◇◆◇◆◇◆◇



『あの村を出て、私はおかしな町にたどり着きました。何もかもが曖昧な町。それは私にとっては──いえ、私でなくてもおかしな町と思うでしょう。この町の事を忘れない為にも、私は日記にここの事を書かせて貰います。あ、クッキーパンが美味しかったので作り方を聞いておきましょう。あとは、この町で貰った謎のお札を記念に一枚挟んでおきましょうか』



 そう書き綴り、私は鞄の財布の中からお札を一枚抜き取ると、次は何故か買っていた糊を使ってお札をぺたりと貼り付けます。正直、日記をつけるのなんて初めてですから、どうやっていいかも分からないんですよね。もしかしたら、過去の私が別の日記帳に日記を書いているのかもしれませんが、イメージできないものは鞄の中から取り出せないんですよね。唯一の難点です。取り出そうとするなら鞄の中身をひっくり返さなければいけませんし……何がどれだけ入っているかもわからない鞄の中身を、です。

 流石にそんな事はしたくないですし、片づけに途方もない時間がかかりそうなのでやりません。



 おっと、そんな事を考えていたら浴室から湯気が見えてきました。わざわざ浴室をガラス張りにするなんて趣味が悪いというかなんというか……

 まあ、私は一人で泊まるので何の関係も無いんですけれどね。私は、日記をぱたりと閉じて机の上に置くと、浴室に向かうのでした。

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