白と、青と、私。その2
腹ごしらえを済ませて、また町をうろうろとぶらつく私が次に興味を引かれたものは……
「ほう、遊覧船ですか……大したものですね。いや、別に港町ですしそれくらいはあるものでしょうか」
冷静になった私は折角だし乗ってみようかな、と運行の状況を見ようと船の近くまで行きました。
こういうものは乗るための券を売っていたりするのですが……
お、ありましたね。値段はどれどれ……うげぇ、結構なお値段しますね……うーん、でも何処かの偉い人は迷う理由が値段ならばいけと言っていましたし、よしいってしまいましょう。
「すみません。遊覧船のチケットって売られてますか?」
「遊覧船のチケットかい? あるにはあるが……夜のものになるねぇ」
それでもいいならいいよ、と券を売るおばあさんが言うので私はそのチケットを買うことにしました。お値段銀貨三枚。ちょっとお安めの宿なら一泊は泊まれるお値段ですね。
「じゃあ、夕刻に鐘が十六回鳴るからその鐘がなり終わるまでにここに来てくれ。そんなにすぐ終わる鐘でもないし多少なら待てるからあまり急がなくてもいいよ」
「ありがとうございます。では、まだ後で」
さあ、再び自由時間が出来てしまいました。夕刻の鐘が、とは言っていましたがまだまだ時刻はお昼過ぎ、ぶらつくには長すぎますし、かと言って宿を取るにも早すぎます。
そんな時はどうするか。
「……どうしましょう」
思いつきませんでした。
◇◆◇◆◇◆◇
という訳で、何も思いつかないまま適当にぶらついていると中央広場の辺りがとても賑やかです。何が催し物でもやっているのでしょうか?
「何をやっているのでしょうか……?」
人混みをもぞもぞと掻き分けて中心には旅のサーカス一座というものでしょうか?
派手な服で着飾った数人の男女があれこれとパフォーマンスをしています。
「よーく見てて下さいね! はいっ!」
そう言うと、空っぽの箱の中から何羽もの鳩が現れました。ほう……と一瞬感心しましたが、よく見たら空いた箱に一般人には見えないように魔法陣が作られているではありませんか。私は大人なのでそういう事を言ってしまうのは野暮だという事を分かっているので黙っていましょう。
次に現れたのは、なんと大きな虎。いや、こんな町中で猛獣なんて歩かせていいんですか。
「皆さん、ご安心を。この子は子供の頃から私達と苦楽を共にした身。ですのでほら、この通り!」
そう言うと、司会の人が虎に自分の頭を食べさせます。痛くないのでしょうか……と思いましたが、こちら側にサムズアップしてます。でも頭から流血してません? ほんとに大丈夫ですか?
若干の不安と共に見ていると、横からゴロゴロと大きな輪っかが運ばれてきました。それに火を付けるとサーカスに行けば見た事があるような火の輪が完成しました。いや、だから町中でそれって大丈夫なんですか。
と、その時。甘噛みをしていた虎が急に司会の人を吐き出して私の方向へ向かって走ってきました。え、待って待って私このまま食べられるやつですか? 嫌ですよ?
私は咄嗟に魔法で壁を作って走ってくる虎から身を守ります。周りにいた見物人は、私も一座の一人だと思っているのか、少し空間を開けて私と虎の掛け合いを見ようとしている様でした。そういう訳じゃないんですけどねぇ……
「ちょっとだけ大人しくしてもらいますよ……!」
虎の真下から爆風が吹き上がり、虎の身体を空中へと吹き飛ばします。何が起きているのか理解出来ていなさそうな虎に向かって私も飛び上がります。
「ごめんなさいね」
虎の身体に優しく触れると、バチンっと破裂するような音が響きました。そのまま地面に自由落下していくので今度は包み込むような風を吹かせて、私と虎は地面に降り立ちます。虎は気絶してますけどね。
ちなみに、周りの見物人達からは歓声とチップの嵐。嬉しいけどなんだかなぁ……
「……! あ、ありがとうございます! 本日の演目はここまででございます! 皆様お越しくださり誠にありがとうございました!」
司会の人がそう言うと、口々に感想を言いながら広場を去っていきました。どうやら一段落着いたようですね……
◇◆◇◆◇◆◇
「ほんっっっっっっとうに、申し訳ございません!! 魔法使い様のお力添えが無ければ今回は間違いなく失敗していたうえに、怪我人まで出してしまうところでした。謝罪とともに精一杯のお礼をさせていただきます!」
人がいなくなり、一座が借りている宿に一緒に連れていかれるや否や、司会の人がダイナミックに床に頭を擦り付けて謝りました。大丈夫ですか? 傷にバイ菌とか入りませんか?
ちなみに座長さんらしいです。腰が低い。いや、今回に関しては当たり前だとは思いますけどね。
「あ、えっと……まあ、確かに驚きましたし、一瞬命の危機を感じましたけど……普段はあんな事にはならないのですよね?」
「ええ……今日はいつもと違って様子がおかしかったんですけどね……魔法使い様が視界に入った途端にいきなり……」
「私そこまで動物に嫌悪されるような人間じゃないですよ……」
でもそこそこ嫌がられているのは否定出来ません。犬にはやたらめったら吠えられますし、猫には姿を見た途端に逃げられますし。無理矢理捕まえてみたら容赦なく引っ掻かれました。べ、別に動物に好かれてなくたって構いませんし? そこからしばらく凹んでたりしませんし?
「それに関してはこちらでは何とも言えないですが……ご迷惑をかけたのは事実ですから。お詫びをさせて頂かないと」
と、言われても、別に凄まじく金銭に困っているわけでも無ければ、それ以外で困っていることも無い訳でして。お詫びと言われても……
「……! 皆さんは旅の一座という認識でいいんですよね?」
「え……? は、はい……」
「これから向かう所って何処になりますか?」
「これからですか……明日には出発して、ここから南下しようと思っていますが、それがどうかしましたか?」
「どうかしたんですよ。私も、一緒に連れてってもらえませんか? もちろんお手伝い位はします」
特にして欲しいものも無いですし、どうせなら折角だしご一緒しようという魂胆です。一人旅の時、何人かと旅をした時、それぞれ見える景色が違うと思ったから、そう言って見ました。
「う……今回の原因が明確に魔法使い様に無いとは言えませんが……あれだけ華麗に取り押さえられるのなら問題ないですね」
座長さんも私の要求を無碍には断れない事は分かっていたので、ちょっと賭けではありましたが、無事に一時的に旅路を共にする事になりました。
◇◆◇◆◇◆◇
約束を取り付けた所で、私が向かうのは船着場。そう、忘れてはならない遊覧船の乗船時間がもうすぐなのです。
幸いにも話が片付いてから即ここを出れば余裕を持って着けると言われたので私は船着場に向かって歩いているという訳ですね。
少し小腹が空いたので行き道に、軽く食べるものをと思い近くの魚屋を覗くと、魚を細かく刻んだものを丸めて、串に刺して焼いたものがありました。私はそれを買ってパクつきながら船着場に向かっていると――
カラン、と大きく鐘の音が鳴り響いてきました。これが夕刻の鐘なのでしょう。船着場は目と鼻の先なので、そこまで急ぐ必要も無いですね。
「お待たせしました。はい、チケットです」
「ありがとねぇ、船はそこに止まっているやつだよ」
指を刺された先にあったのはそれなりに豪華な客船。ほう、今からこれに乗るんですね。中々に楽しみになってきました。
私が船に乗って辺りを見回すと、ほかにも何人かの人いるようで出発を心待ちにしているようでした。身なりもかなりしっかりとした人たちばかりで少しばかり疎外感を感じてしまいますね。私も服を着替えた方がいいでしょうかとも考えましたが、魔女の正装はこれですから、特に気にする事も無いでしょう。
さあ、船旅の始まりですね。
最近滅茶苦茶運が悪いです。厄年じゃないと思うんですけどねぇ……




