氷の洞窟と私。その2
「これで、ラストだ!!」
威勢のいい声と共に両刃剣を振り下ろし、青いアルマジロ型の魔物を倒しました。赤髪の彼の周りには大量に同じ姿の魔物が転がっていて、彼一人で全てを相手にしていた、という状況がよくわかりました。
「元気は良いですけど、八匹ほど討ち漏らしていますからね?」
なお、私の横にいたもう一人の少年が冷静に赤髪の彼にその事を伝えると、不機嫌そうに向き直って青髪の少年に文句を言いました。
「はあ!? ブラウだっていっつも何匹か逃がしてるじゃねーか!」
「僕のは君にも少しでも手柄を譲ってあげようという心からです。ロットのようにがむしゃらに倒していて打ち漏らしたわけではありませんから」
ブラウさんはそう言うとせっせと魔石の回収をしていました。ここに住んでいる魔物は自然に沸いているのであれば、そのまま放置すると魔石同士が反応して更に凶悪な魔物が……なんていう事例もあるようですから、魔石は回収しておくに越したことはありませんね。
というわけで、私も魔石を回収します。小ぶりなものでも、いくつもあればお金にもなりますし。
「改めて……先程の事故について謝らせて貰います。申し訳ない」
「ああ……ええ、気にしていないというのは嘘なので、分かりました。今回だけですよ」
「いやー……ほんと悪かったな! 今度飯奢るからさ! ――ブラウが!」
「なんで僕なんですか……」
「いや、この際どっちでもいいですけど……」
この二人……というよりは、ロットさんと話そうとすると頭が痛くなりますね……頭痛が痛いってやつです。
ちなみに、二人はまた言い争ってます。静かに出来ないのでしょうか?
「……ちなみに、お二人はどうしてここに?」
「ん? 俺らのどっちが強いかを確かめるのもあるけど、一番の理由は――」
「「大切な人を助ける為だ(です)」」
「……そうなんですか。大切な人、ですか……」
私の大切な人……記憶に残っているのは師匠ですけど、他にもいたのでしょうか? 大切な人……今は、思い出す事が出来ませんが……
「どうかしましたか?」
「いえ……何でもないです。それより、大切な人を助ける為って、この洞窟に何かあるんですか?」
「ああ、それはな──」
ロットさんが何かを言おうとした時に、横からブラウさんが口を塞ぎました。
「流石にお喋りが過ぎますよ。……すみません。疑うつもりはありませんが、とても貴重な物なので価値の分かる者に売り払えば、金貨数百枚は下らない価値になりますのでおいそれと教えるわけにはいかないんです」
「なるほど、正しい判断ですね。という事は、北の人間にはその価値が分からないもの……という事ですか?」
「……いえ、どちらかと言えば御伽噺由来の物に近いので、仮に狙うとしても冒険者やトレジャーハンターの類になるでしょうね」
「ふむふむ……まあ、私には関係がなさそうですね」
とは口では言うものの、どういうものかは少々気になりました。出し抜こうとか、そういう感情ではなく純粋な興味です。
「しかし……貴女は何故ここに? 特段何かの事情があるようにも思えないのですけれど……」
「私ですか? 私はただの観光ですよ」
「観光って……ここ観光するようなとこでもねーだろ?」
「景色を楽しむんですよ。わかりませんか?」
「俺にはわからねーな! 観光なら美味いもん食ったり町の名物を見たりするやつじゃないのか?」
「うーん、まあそれも一つの楽しみですよね」
意外と話に花が咲き、長々と話をしていたら真上にあった太陽が少しずつ沈むために傾いていっていました。
真上から降り注いでいた陽光が角度を変えると、また別の色できらきらと洞窟が光ります。この氷って普通の氷では無いのでしょうか。
「じゃあ私はこれで失礼しますね」
「ええ、お気をつけて」
「また会うかもな!」
私はぺこりと一礼して、二人と別れます。
地図は作っているので多分迷わないです。たぶん、恐らく。
◇◆◇◆◇◆◇
洞窟の中をのんびりと歩いていると、雰囲気が少しずつですか変わっている事が分かりました。なんというか、空気が重いといいますか、近くに大型の魔物が棲んでいる時と同じ空気がします。それが何となくわかるという事は過去にも同じ経験をしたという事ですね……一体どういう人物だったんでしょう私。もしかして戦闘狂が如くばったばったとなぎ倒していたのでしょうか?
「さてさて……魔力が漏れ出ている方へと向かってみましょうか。何か面白いものがあるかもしれませんし……」
周りの氷が微弱ながら魔力を帯びていて、青いアルマジロも心なしか色が濃くなっているように見えます。という事は、私の進んでいる方角に間違いはなさそうですね。勿論、地図は作ってますよ。迷いたくないですし。
と、そんな事を思っていたらもう目と鼻の先位の位置まで魔力の強い何かが迫っていました。動いているような感じはしないので、大きな鉱物か、はたまた何か巨大な生き物が眠っているだけなのか。
「んー……? ん? 隠し通路ですか?」
氷の反射がまるで鏡のようになって先の通路が見えないようになっていました。まあ、私には関係ないんですけどね、わっはっは。
というわけで隠し通路を抜けて、奥へ奥へと進んでいきます。
「……わっ」
目の前に現れたのは巨大な氷柱。そして目の前で眠る青い竜と、沢山のアルマジロ。なるほど、ここが巣という事ですか。
『……ここに何の用だ? 小さき人間よ』
「えっと……特段要は無いんですけど……強いて言うならここにどんなものがあるのかを見に来た……という感じでしょうか?」
『変わった人間だな。我が相対した者は皆我を狙っていたというのに』
「そうなんですか。ああ、でも竜の素材は高く売れるし、霊薬になるとも言われてますからそういう事なんでしょうか?」
『なのだろうな。我としては迷惑極まりないが』
「それはそれは……」
竜も苦労しているんだなぁと思いながら、じいっと竜を見つめます。どこかで見覚えがあるんですよ。何かの本で読んだのでしょうか……?
うーんと頭をひねっていると、小さなアルマジロが転がってきます。どうやら子供のようで、優しく撫でてやると甘えた声で鳴いてくれました。こういう小さな動物型の魔物なら可愛いものですね。
『……主は、我を狙おうとはしないのか?』
「ん? ええ、別に狙う理由がありませんし。人間、色々いるものですよ?」
『ふ……なるほどな』
「ありゃ……こういう時って大概人間なんて信用できないって言うようなイメージでしたが」
『主の言うように竜にも色々といるのだよ。我は争いを好まぬ。主が何もしないと言うのなら我も手を出さぬ』
「そうですか。あ、何かお土産というか、来たっていうことが分かりそうな証になるものって無いですか?」
『証……ふむ……ここを見つけられるという事は、ただの冒険者ではない事は分かる。ならば、ここにある蒼氷でも持っていくのはどうだ?』
「そ、蒼氷?」
私がそう聞くと、竜は私の身長の半分ほどの大きさもある爪を軽く振るとパキン、と軽い音がして氷の一部が剥がれて竜の手の中に収まりました。
ゆっくりとその手が降りてきて、私の目の前に差し出されると、そこには私の手のひらと同じくらいの大きさの青い氷が乗っていました。
『これは我の周囲で育った氷だ。魔力さえあれば決して溶ける事のない氷。土産話にはもってこいの物だろう?』
「そうですね……では、ありがたく頂いておきますね。ありがとうございます」
私はその場を離れようとしましたが、ふと思い出したので言っておこうと思いました。
「ここで会ったんですけど、何やら薬を探している二人組を見つけました。狙いは貴方かもしれないですね」
『我を思っての事か? ならばそんな危惧は要らぬ』
「いえ、貰いっぱなしではわたしが嫌なので、少しでも情報を、と」
『ふん、生意気な奴め』
そうは言うものの、不機嫌ではなさそうでした。よかった……ちょっと冷や冷やしてました。
『言いたかった事はそれだけか?』
「ええ、それだけです。お邪魔しましたね」
◇◆◇◆◇◆◇
私はそう言って、氷結洞出たのですが、あの二人とは結局会いませんでしたね。
さてさて……次はどこへ行きましょう? もう少し回ってもいいですし、今度は西の方へ行ってみるのもいいかもしれませんね。
◇◆◇◆◇◆◇
「何が貰いっぱなしですか……それはこちらの台詞ですよ……あの大馬鹿……」
私は、あの人が氷結洞を出てから、そう一人呟きました。そう言えば本当に喧しい二人が後から来たので、私の伸びすぎて削った爪の粉を渡してやりました。これだけ見ると適当にあしらったと間違いなく見られてしまいますが、私は竜なので全身がある種の薬のようなものです。ただ、人間が服用するには刺激が強いのですが、まあいいでしょう。薬を渡すという事はしましたし。
そんな事よりも、私は今から急いでいく場所があるのです。
という訳で、私は長らく動かしていなかった翼を羽ばたかせ洞窟から抜け出しました。向かうは真っすぐ東の雪山。山の向こうには神樹の森と呼ばれる広大な森と、その森に棲むエルフの村があります。まあ、私は興味ありませんが。飛べますし。
最短距離を飛べばすぐに着くのですが、流石に町の上を飛ぶのは町の人間を驚かせるので止めてと昔言われましたから、少し迂回して雪山へと向かいました。
しばらくの間翼を動かしていなくとも案外何とかなるものですね。体が覚えているという事でしょう。
雪山の山頂に付くと、私は翼を折りたたむと自らのあふれ出る魔力を体の内側にとどめます。するとどうなるって……私が人の姿になるんですよ。
姿は、あの人に似た蒼髪に、竜の証ともいえる琥珀色の瞳。ちなみに、あの人とは違って胸はあります。おかげでどれだけ揉まれた事か……まあ、それも今となってはいい思い出……とはいきませんね、ええ。
こんこんと扉をノックすると、聞き慣れた彼女の声が聞こえてきました。
「はーい? こんな辺鄙なところになんのよう、じ──」
「久しぶりですね。ヒジリ」
「え、ホロン!? どうしてここに……?」
「どうしてって……分かりませんか?」
私の言葉に、ヒジリは表情を変えます。
「……私達にまた、師匠を傷つけろって言うんですか?」
「そんな事は言っていない。それに、貴女も本当は傍にいたいんでしょう? あの人の──シオンの隣に」
「──っ」
ヒジリはそのまま押し黙りました。正直、私は彼女の事などどうでもいいのですが、シオンの記憶がもし戻った時にヒジリが一緒にいた方がいいと、そう思っただけです。
「私は行きますよ。シオンは遅かれ早かれキドゥーシュに行くと思います。だから──」
「そこで待っておこうって、そういう事?」
「はい。それに、今のシオンは記憶がない事に違和感を覚えています。だから、もしも取り戻す方法があるとわかれば、取り戻そうとするはずです」
「……貴女って思ったよりも残酷よね」
ヒジリのその言葉に、私は何も言い返せなかった。いえ、言い返す事なんてできなかった。結局、これは私の我儘。シオンの望みを踏みにじるような最低の行為なのは分かっているんです。でも、それでも……
「……何と言われても、構いません。私は……またシオンと一緒に旅がしたい」
「……そう。貴女の気持ちはよく分かった── 一緒について行ってあげるわよ。ホロン」
「い、いいんですか……?」
「貴女に覚悟が無ければ止めていたし、ついて行かなかったわ。でも、覚悟があるなら別。……それに、私だって同じこと、考えているんだもの。怒られるなら一緒よ」
そう言ってヒジリは扉の横に置いていた剣を腰に差して、私に笑いかけます。
私も、笑い返してヒジリから離れると、己が姿を竜へと変えます。その背に、ヒジリが乗った事を確認して私は翼を羽ばたかせ、空に飛び上がります。次に背に乗せる人はシオンだと信じて。




