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題名のない灰色日記  作者: すずしろ
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始まりの村と私。

 のどかな村で私は目を覚ます。古びた家の窓からは暖かい風が吹いてきて、また微睡んでくるけれど私はごろごろとベッドの上を転がり何とか起き上がる。

 このままの寝ぼけた頭では何も出来ない事を理解している私は、ふらふらした足取りで階段で二階から降りて洗面所へと向かいます。



「あら、おはよう。今日は珍しく早起きね、シオン」

「ふぁい……今日は月に一度の行商人が通りかかる日ですから。寝過ごすわけにはいかないです……」

「ふふ、貴女の楽しみだものね」



 私は先生に軽く挨拶を交わして、小さな洗面台の前に立ちます。

 寝癖のついた蒼色のセミロング、大欠伸をして若干目に涙の溜まった髪よりも深い青色の瞳。キュッと蛇口を捻って水を出し、顔を洗う。

 この村の周りは水源が無いために近くの川へと汲みに行くか、たまに降る雨を貯めて魔法使いの魔法で浄化させて生活水にしたりしています。その魔法使いは誰かって? なんとなく分かっていますよね、私と先生です。

 この村の魔法使いは私達しかいないので、雨が降った次の日はてんてこ舞いだったりします。まあ、その分多少は優遇されているのですけれどね。

 そんな貴重な水を無駄に出すわけにもいかないので、早々に顔を洗って髪を整えた私は改めてリビングに戻ります。



「今日はシオンちゃんの好きなオムレツですよ~」

「……ふむ、それは楽しみですねっ」


 おおっと、ついつい声に喜びが出てしまいました。いけませんね……今度からは抑えなければ。でなければ……


「あら~? 今日は嬉しそうね、それなら私も張り切っちゃおうかしら?」


 ……と、先生を張り切らせてしまいますからね。いえ、張り切るのは悪くないんですけど、ただ私の先生は張り切りすぎるとどうにも空回りしてしまうので困るんです。


「あっ……うーん、まあ大丈夫かな?」



 そんな事を考えていると早速不安な声が聞こえてきます。止めてください、私の好物を変な味付けにしないでください。私の経験上絶対大丈夫じゃないですから。

 不安な心境の中、椅子に座りながら待っていると出てきたのは鮮やかな黄色のオムレツ。心なしか発色が良すぎる気もしますが、きっと卵のせいでしょう。私はそう信じます。ナイフを入れると、中からは半熟の黄身がとろりと溢れてきてとても食欲をそそられます。

 期待半分、不安半分で一切れそれを口に運ぶと。



「……美味しい、です」

「ふっふーん、そうでしょうそうでしょう? 今日は上手くできた自信があったのよ~」



 自慢げにそう言う先生。普段張り切った料理が失敗続きだった分余計に美味しく思えます。実際、すごく美味しいので何も言えません。

 夢中になって食べているといつの間にかお皿が綺麗になっていました。にこにこしている先生を見ていると何故か若干負けた気分になります。悔しい。



「御馳走さまです。今日は本当に美味しかったですびっくりしました」

「それ程でもないわ、そろそろ私の事を見直してもいいのよ?」

「あー……まあ、考えておきます」

「そ、それってどういう事よ~!?」


 妙に間延びする抗議の声を聞きながら、食器を洗って戻しておきました。



 さて、ここからは行商人が来るのを待つばかりなのですが、これではまるで私が恋する乙女のようなイメージがついてしまいます。これではいけません……ので、私はおもむろに魔法書を取り出します。

 魔法使いたるもの日々精進あるのみです。なので勤勉な私は開くのです。


「シオンちゃん、本逆さまよ?」

「……」


 動揺しているとか、本当は勉強なんて面倒なので自室に戻ってごろごろしたいとか、そう言うのではないです。ええ、本当に。



「外に出ますね? 行商人の方が来たら教えますから」

「はいはい、いってらっしゃーい」



◇◆◇◆◇◆◇



 家を出て村の中央までは徒歩三分、村といってもそこそこに規模はありますからね。特に意味もなく村を歩けば小さな子供たちが私に向けて笑顔と一緒に手を振ってくれるので、社交辞令的に手を振り返してあげると満面の笑みでさらにブンブン手を振ってます。何が嬉しかったのかわかりませんが、少しの苦笑とともにその場を離れました。



「今日も平和そうですねぇ」



 何かが起こるわけでもなく、ただただのほほんと一日が過ぎるだけ……あ、行商人さんが来るには一つのイベントかもしれませんね。ただ、だとしても平和であることには変わりません。大嵐が起こるわけでもなければ、山賊やらなにやらが来るわけでもない。太陽の動きが無ければ時間の止まっているような感覚さえしますね。

 おっと、そんな事を考えていたら行商人さんの姿が向こう側から見えてきました。毎度の如く、大量の荷物を荷馬車に積んでゆっくりと歩いてきます。

 村の真ん中で止まると、2台の横に付けていた簡易の屋根を外して、馬車の上に手際よく取り付けていきました。



「今月も荷物が多いですね、行先で何かあるんですか?」

「君は……えっと、シオンちゃん、だったかな?」

「はい、そうですよ行商人さん」

「何かあるか、と言われたら微妙な所だね。ただ、彼らの動きを鑑みるにどこかの国に戦いを仕掛けそうな気もするね」

「そうなんですね……」

「君は、この村の外へは行かないのかい?」



 行商人さんのその言葉に、私はすぐに答えることが出来ませんでした。村の外に出るという事は、それはこの村を捨てる、という事とほぼ同意義なのですから。



「いつか、出る日は来るとは思いますが。今は分からないですね」

「なるほどね。君は若いから、まだ決めるときじゃないのかもしれない。でも、若い時にしか出来ない事もやっぱりあるから、後悔しないようにね」

「はい、ありがとうございます。では私は先生を呼んできますね」



◇◆◇◆◇◆◇



「先生、行商人さん来ましたよ」


 家に戻って、先生に報告するとうつらうつらと舟を漕いでいた先生がびくりと跳ね起きました。


「あ、ありがとう、シオンちゃん」



 そそくさと先生が外に出ていき、一人きりになった家で行商人さんの言葉が耳に妙に残りました。後悔しないように、と。



「……」



 あの人の言っている事は間違っていません。やはり、私も旅立つべきなのでしょうか?



 ぼんやりと考えているうちにもう太陽は傾き、真紅の太陽が長閑な平原を真っ赤に染め上げていきます。



「シオンちゃん、どうしたの?」


 後悔しないように……そんな事を言われても困るんですよ。だって、私は今まで後悔し続けて来たんですから。


「……そろそろ、ここを出ようと思います。思えば長い間ここに居続けていましたから」



 その言葉に先生は、引き留めるわけでもなく穏やかな声音でこう言いました。



「そう……私は貴女を止める権利はないもの。貴女が外の世界に出るというのなら、止めないしむしろお祝いしたいくらいよ」



 先生はそう言うと、今日は御馳走を用意するわね。と嬉しそうに台所に向かいました。その後ろ姿を見て、申し訳ない気持ちになりました。そして、私は思うのです。どうやっても後悔しかしないんだな、と。

 その後の夜食は本当に私の好物ばかりで正直少し驚きました。でも、これが先生なりの別れの選別なのでしょうと思い、綺麗に食べましたよ。少しばかり量が多くてお腹がはち切れそうですがね。



◇◆◇◆◇◆◇



 先生には明日、目覚めたら出発すると伝え自室に戻ってふと今までの事を考えます。

 私には『思い出』というものがありません。全てが私の中では色褪せた、灰色の記憶なんです。ただ、それは私だけではなく『私に関わった人達も、私の思い出は無くなる』ようで、一度時間を置くと不思議なことに誰も私の事を覚えていなかったんです。

 私がいなくなった場所に、私の居場所はどこにもない。まるで呪いのようなそれに私は嫌になってここに逃げてきたのに……

 と、そんな事を考えていると扉がコンコンとノックされました。



「どうぞ?」

「ふふ、眠れないのかしら?」

「あー……まあ、そんな感じですね」



 私は少しの迷いと共に、そう答えたのですが先生はくすりと笑ってベッドに腰掛けます。そしてぽんぽんと膝を叩いて私がそこに頭を置くのを待っているようです。

 机に頬杖をついて横目に先生を見ていたのですが、どうにも膝枕をさせたいようなので私はおとなしく先生の膝の上に頭を置きました。




「不安なんでしょ? 外に出るのが」



 膝枕の状態で寝ころんでいた為に先生の表情は見えませんでした。ですが、いつもと同じ落ち着いた声。私の心境を見透かしたような迷いのない言葉でした。



「……はい。私は、私の中の思い出が無くなるのが怖いんです。一つ忘れるごとに、空っぽになるような気がして……私は、怖いんです……」



 今まで自分が出したことのないような弱弱しい声音で、本音が零れ出ていきました。普段なら恥ずかしくて言えないような言葉も、最後の日だからなのか躊躇う事無く言葉に出します。



「私は、ほかの誰からも覚えられない空気のような存在……そんなのは、もう嫌なんです……」

「……大丈夫、他の人達がシオンちゃんの事を忘れたとしても、私や、この村の人達はきっと貴女の事を忘れないし、貴女が戻ってくることを待っていると思うわ」

「嘘じゃ……無いですよね?」

「ええ、勿論よ」



 だからもうお休みなさい? と優しく頭を撫でられます。それに安心した私は、不意に眠気に襲われてゆっくりと瞼を閉じました。



◇◆◇◆◇◆◇



 出発の朝、私は毛布の中で目覚めました。ぼんやりした頭をはっきりとさせるために洗面台に向かいます。いつもとは何かが違う、そんな静けさに少しの不安を覚えながら急いで階段を駆け下りました。



「あら、おはようシオンちゃん。どうしたの?」

「あ……い、いえ、なんでもないですっ」

「どうしたの〜? もしかして怖かったとか?」

「そ、そんなことないですっ!」



 私は思わず食い気味にそう答えてしまいます。それでは、今の言葉が答えだと言っているようなものですね。先生はくすりと微笑んでから机にスープを置いて。



「顔を洗ってスッキリしてから飲んでくださいね?」



 赤くなった顔を誤魔化す為にも、私は洗面所に早足で向かいました。バシャバシャと顔を洗い、鏡で自分の顔を確認します。不安からか少し緊張して強張っているようにも見えたので、ぺちぺちと自分の頬を叩いて気合を入れます。魔法使いであっても気合は必要なんですよ。

 リビングに戻ると、机には既に朝ごはんが用意されていました。椅子に座り、黙々と食べ始めようとフォークを手に取ると、とんとんと先生が机を指先で叩きます。



「このご飯が、シオンちゃんと食べる最後のご飯になるのかしら」

「……そんな事、ありませんよ。だって、先生は覚えていてくれるんでしょう?」



 私は微笑んでそう問いかけます。すると、先生も笑って。



「ええ、私はシオンちゃんの事を忘れないわ。ふふ、意地悪な事を聞いてしまったかしら?」

「そうですね、先生は意地悪です」



 そう言うと、私達の笑い声が部屋に小さく響きました。



「やっぱり……私はシオンちゃんの先生で良かったなって思う。貴女だから、私も成長出来たのかもね」

「どうでしょうね?」


 ずず、とスープを飲み干して昨日まとめていた荷物を取りに二階へと上がりました。




「……ここの部屋を見るのもしばらくないのか、それとも……もう見ることは無いのか、どっちなんでしょうかね」



 そう独り言を漏らして、小さな鞄を手に取ります。ここには、魔法を使って自分の必要なものを詰め込んでいるし、増えたとしても詰め込めるので生活には困らないでしょう。

 随分と殺風景になった部屋に別れを告げて、下へと降りていった私は、先生と目が合います。



「……お別れですね」

「そうですか。いずれ来るとは思いましたが……」

「ええ、では……またいつか。先生」



 私達は数度言葉を交わして、扉を開きます。



◇◆◇◆◇◆◇



 変わらない青空と、旅立ちを祝福するような微風。ふわりと宙に浮くと、私はぱちりと指を一鳴らししました。

 すると、村が少しずつ縮んでいきます。ゆっくり、ゆっくりと。村の人達はそれに気づく由もなく一緒に縮んでいきました。そして、気付けば小さなコイン程度の大きさにまで縮んだ村を、私の鞄の中にしまい込むのです。



 私が今まで過ごしていたのは、私が作り出した作り物の村。人形に仮初の人格を与えて、人間のように動かしていただけ……なのに、あの人形だけは、先生の形をしていた人形だけは違った。最初はほかの人形と一緒だったのに、いつしか本当の先生と影を重ねてしまっていた。だからなのか知らないけれど、先生の人形は私の動かしていた人形からは想像もつかないような行動をしていたのです。まるで、本物の先生みたいに。



「……泣いちゃだめ……だめ、なのに……」



 私の瞳からは勝手に涙が零れてしまいます。振り返っちゃいけない。先生は大丈夫って言ってくれたから。だから、私は涙を拭いて進みましょう。新しい思い出を作る旅に出る為に。

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