第七話 「魔力眼開眼」
魔神族が住んでいる里、モンゴヴィギナ。人間族から不浄で穢らしい里と言われているが、実際はそうではなく世界一平和な所と呼ばれるほど平和なのだ。それもこれも【魔神王】のおかげ。【魔神王】は民の平和や国の発展などに尽力し、毎日せこせこ働いているからである。
「かぁー!今日も平和だねぇここは!」
「全くだ。ちょっとぐらい面白いことが起こってもいいと思うがねぇ」
「まぁ平和に越したこたぁねぇがな!」
城壁の上でくつろぎながら話す魔神族が二人。この二人は【魔神王】の部下で見張りとして働いている。今は主に【龍帝】エルドラードが運んでくる長耳族の子供の出迎えが仕事だが。
「なぁクレイド」
「あぁ?」
「お前、この前転生者だって自分で言ってたよな」
「あぁ。それがどうかしたか?」
「転生する前はどんな世界でどんな人間として暮らしてたんだ?」
クレイドと言われた男は嬉々としてそれを話し始めた。
「俺は生前、世界を旅してた。仲間もいたしそれなりに楽しかったぜ!」
「へぇ」
「それに俺は今みたいな魔術師じゃねえしな。生前は立派な剣士…。うんにゃ、ただの剣士だったのさ。剣一つで世界を渡り歩いて、妹みたいな仲間、脚が速い仲間、世界三位の剣の腕を持つ仲間も出来た」
「まじかよ!?」
「まじまじ!ただ、同じ修練場に通ってた女の子が居たんだが」
「その女の子に恋した?」
「茶化すなって。まあその女の子とは仲が良かったが、ちょっとした一件で敵に回ってな。その子を殺した。敵側に落としたのは師と呼べる人物だったんだ。俺はその師を殺す為に仲間を増やして、強くなってそいつに挑んだ」
「んで?」
「一方的にやられて、最後には殺された。まぁ世界一位の剣の腕を持つ奴に勝てるわけないとは思ったがな。剣を折るとか色々対策をして挑んだら俺をやったのは杭のような拳と鋸のような脚だったって訳さ」
「武術も一級品か…相当凄い人だったんだな」
「ま、こうして転生してよ。平和な生活送れてるし、俺は別に良いんだよ、ただな、出来るんなら俺を一方的に殺ったあいつとまた会えるんなら、会ってもう一度、今度は剣で決着を付けたいと思ってる」
「そうか…出来ると良いな。おっと」
夜にも関わらず、青白い光を放ちながら蒼銀に輝く龍がこちらに向かって飛んできていた。【龍帝】エルドラードだ。仕事の時間がやってきた。
「おっ!エルドラさんが来たか!よっし!確かこれが最後の子供だったっけな?終わったら飯食いに行くぞウェイン!」
「はいはい」
エルドラードが近くに飛んでくる。いつ見ても輝かしくて眩しいくらいだ。彼が城壁に当たらない程度の幅を開け滞空する。ウェインと呼ばれた男は背中に乗った子供を抱き寄せて地面に立たせた。そしてエルドラードに向かって一礼する。それを確認したエルドラードはそのまま飛び立ち、隣の巨大な塔の頂に着陸した。
「ん。こいつ女の子か。女の子なのに弓持ってるのかぁ。まぁいいか…ん?右眼なんか抑えてどうしたんだ?」
女の子の様子がどうもおかしかった。ずっと右眼を抑えて俯いているのだ。何かあったのだろうか?ゴミでも入ったのだろうか?
「あの…」
「ん?」
「右眼が…右眼がおかしいんです」
そう言って女の子は手を退けて顔を此方に向けた。左眼は綺麗な緑色をしていた。長耳族の特徴通りだ。だが右眼は違った。紅い眼をしていた。魔力眼の類だと一瞬で分かった。
「魔力眼の類なのは分かるが、それ以外分からんなぁ…痛みはあるか?」
「無いですけど…なんか凄い遠くまで見えるというか…」
「クレイド。何か分かるか?」
「いや全然。全く」
「お前に聞いたのが間違いだった」
「まぁ、魔力眼の類ならエルドラさんが何か知ってるだろ」
「あぁそうだな」
ウェインはその言葉に納得し、エルドラードが戻ってくるのを待った。
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あー…。眼が変だよぉ。片方はいつも通りなのに右眼がすごい遠い方が見えて視界がおかしいよぉ…。おじ様助けてぇ…!
「ん。どうしたんだ?」
「あぁ、エルドラさん。この子の右眼を見てくださいよ。魔力眼の類だと思うんですけど…」
「ほう。どれどれ」
クレイドって呼ばれてた人に促されるままにおじ様にその眼を見せた。するとその眼をみた瞬間、おじ様は薄く笑いながらこう言った。
「あぁ。「猟眼」だね。視力が通常の2倍になる。」
「「猟眼」ですか?なんでそんなのがこの女の子に?」
「うん。この子は弓に通ずる何かを持っていたんだ。技術や運命?って言うのかな。普通魔力眼っていうのは埋め込んだりしなきゃならないが、魔力のとても強い温床に立っていたりするだけで開眼出来るし…それに」
「僕の魔力も案外使えるかもね?たはっ」
「「はぁっ!?」」
「え?」
おじ様が笑う。驚く従者さん方。
えっとつまり…魔力の温床ってのはもしかしておじ様の背中って事かな。だって龍化した時ずっと「雷帝」が発動してる訳だし。そうしたら私の魔力眼が開眼しちゃった。って事か。すげぇ。ずっと電気風呂に入ってる感じで気持ちかったって感じしかしなかった。
そしておじ様が言った魔力の使用。使えるのか…「雷帝」。
「ラルダ。ちょっと魔力を込めて弓引いてみて?」
「あ、うん」
「あっあと左眼は閉じて、ね?」
「はーい…」
私はおじ様に言われた通り、左眼を閉じ、弓を引く。そして手の方に力を込める。すると…
「うおぁっ!?あつっ!」
「「「おぉっ!」」」
男3人の感嘆の声が聞こえる。それもそうだ。私の手から紫電が音を立てながら放電してんだから。その紫電は力を込めれば込めるほど形を成していき、最後には矢になった。しかし…辛い。簡単に言うと何かがどんどん身体からズルズルと引きずり出される感じだ。
「放てっ!」
「うぁっ!」
弦から手を離し、それを放つ。身体から何かスポッと抜けた感じだ。そしてその電矢は真っ直ぐぶっ飛んで行った。狙いは特に無いのであれでいいだろう。
「ふぁ…あぅ…」
「おっと。やっぱり僕の魔力は負担が大きいから耐えれないんだね…」
あぁ。これが魔力切れか。すごい倦怠感だ。疲れた…。ふぅぅ…。
というわけで私は魔神族が住む、モンゴヴィギナへやって来た。しかし、やって来ただけではなく、魔力眼の「猟眼」と【龍帝】の魔力である「雷帝」をほんの少しだけ扱えるようになった。でも矢を作って放っただけで全部持ってかれるからほぼ諸刃の剣だろうな。
そう思い、私はおじ様の膝の上で眠った。
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所は変わって長耳族の森。未だに少年は森の中で遠くの丘を見ていた。
「…お主も飽きんのぉ…あの丘になにがあるって言うんじゃ?」
「【土王】…。お前は分からないのか?」
「はて?」
少年が見ている先、丘ではなく、人間族が作ったであろう謎の建造物だった。
「むっ。人間族共め、あんなものを作っておったのか!」
「あぁ。だが、人が居るって理由でもない。」
「流石じゃのう。ここからでも見えるのかい」
ひとまず安心しても、少年は一切警戒を緩める事は無かった。何故なら…
「やはりか…」
「は?何がじゃ?…ってうぉあっ!?」
少年は勢い良く飛んできた短剣を躱した。短剣はそのまま木の幹に突き刺さった。
背後からの彼目掛けての短剣の投擲。彼はそれを投げた本人の気配を既に察知していたからである。
「あら…。躱したの?結構気配も消して近付いた筈なんだけど…」
「ふん…。人間族如きの「気配遮断」が俺に通用するとでも?」
「魔石の効果は薄めって感じね…。流石は魔神王って言ったところかしら」
その張本人は女だった。黒い服の上に軍服らしきものを着ており、2つの斜めがけのベルトには二本の剣を携えていた。
「ほう…お前が新しい人間族の軍隊の指揮者か?」
「えぇ。【剣聖】っていう異名だけで【人皇】に雇われたの」
「それで用はなんだ?お前ら人間族には話すことは何も無いが」
「あぁそうね。今回は宣戦布告よ。貴方達の様な不浄な連中には絶対に負けない。この地の略奪を機に、貴方達の勢いをさらに落とす」
「…ふん。最後に嗤うのは俺達だ」
「そう。言うことはそれだけだわ。それじゃあね。可愛らしい【魔神王】様」
そう言うと、【剣聖】は再び森の奥深くへと潜って行った。
【魔神王】の異名を持つ少年は不思議に思っていた。この世界に住む人間なら当たり前の様に持っている筈の魔力を【剣聖】は持っていなかった。何一つ、何一つ持っていなかった。しかし、彼女が本当の剣聖であり、剣鬼ということもこの一瞬の会話で気付いたのだった。