第六話 「森のざわめき」
おじ様、もとい【龍帝】がぶっ倒れている。母の蹴りが被弾した横腹を抑えながら。父はその光景を見て複雑な気持ちになってただろう。「あれ?こんな人だったっけ?」って顔してる。てか感情がダダ漏れだ。「同調」が無くても分かっちゃうよこんなの。
「さて…」
「お、落ち着けリイア。あ、あの人はさあ、その…」
「ラルダに弓の才能がある、と見たそうね。えぇ。あるかもしれない。でもまだ2歳よ?まだ面倒を見ていたいと思わないの!?」
「だがな…」
母を父が宥めてる内に私はおじ様の下へ向かう。ていうかずっと横腹抑えてる辺りかなり重症だな。因みになんで彼がこんな仕打ちを受けたかはほんの数分前に遡る。
___________
私が弓を貰っておじ様に弟子にならないか?みたいな事を言われてから暫くおじ様と父で話していたのだけど、そこに母が帰ってきたのだ。
「あぁリイア。おかえり」
「ただいま。あら?そっちの方はあなたの知り合い?」
「あぁ。昔世話になった【龍帝】だよ」
「えっ!?ちょっ、そんな大層な…!」
「落ち着いて下さい奥方。僕は【龍帝】と言えど下の下。駄龍ですので、お構いなく」
「えっ…!あっ、はぁ…」
凄い動揺が見える。まあ、分かる。何せあの【龍帝】だぜぇ?最高にイケたルックスの龍だぜ?イケ龍だわ。好き!…ていうかリイアさん、貴方あっさり信じるんすね。
「それで奥方。貴方に話したい事が有るのだが、良いですか?」
「えぇっ…!あっはいぃっ…!」
あっ、なんか嬉しそう。もう「同調」使わなくても分かる。イケメンだしねぇ。分かるよそのときめき。ていうか、おじ様が人間に戻った時に黒い傷が無くなってたな。傷ありでもイケメンだったしなぁ…。お察しだね。
「ドンマイお父さん…お父さんも充分素敵だよ」
「お前は何を言ってるんだ?」
私は背中を叩こうとしたが身長的に無理なので足を叩いた。お父さんはというと何言ってんだこいつみたいな顔をしてた。することも無いので私達はひたすら弓を撃っていた。すると、
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁがぁぁぁぁぁ!」
「「!?」」
すごい勢いでおじ様が飛んできた。それも、凄まじい咆哮を上げながら。え、何。何があったし。何が起きたか分からないまま、次なる衝撃がやってくる。
「娘はまだ家に居させますからねっ!!」
母が凄い大声で何か言ってる。良く見ると脚から何か煙みたいなのが出てる。…まさか蹴り飛ばしたのか?どんだけ脚力が強いんだ…!
___________
って感じでこんな状況になりましたとさ。しかしすっごい飛び方だったな。面白いぐらいに回ってた。
「おじ様大丈夫?」
「あ、あぁなんとか…。まさか奥方が「瓦解」と「治癒」を持ってるとは…痛みが引いてきた」
成程。あれは脚力じゃなく魔力によるものなのか。ん?てことは人は魔力を幾らでも保有できるのか。便利な世界だこと。
「そうだ…君の親達にはあぁ言って引き離そうとしたが君には本来の目的を教えよう」
「え…?」
「人間族は、決して君達長耳族を同胞だなんて思っていない。格下の、使い捨ての道具だと思ってるんだ」
「…!」
「ちょくちょくあいつらは長耳族の皆を攫っていって大人は激戦区に投入。子供は奴隷や労働者にされるんだ」
「えっでも」
「僕は龍族で人間族にあまり目を付けられてはいないからたまーに人間に化けてそう言うのを監視しているんだけど…。奴隷とか労働のせいで死んだりして直ぐに減ってしまうんだ。すると人間族はどうするかな…?」
「また攫って、こき扱う?」
「そうだね。今回またそれが起こる。そして今回は少し攫う訳じゃない。もう行くのが面倒なのでもう一気に攫って魔族陣営の方に入っている長耳族は森ごと焼いて領地の確保と魔族陣営の人口を一気に減らそうっていう大規模な事をしでかそうとしている」
「そんなの…!長耳族を滅ぼそうとしてるような物じゃん!」
「だからまず人間族の目的である長耳族の子供を皆魔神族の里に送る。そうすることで皆無事に助かる。そして君が最後の子供だ」
魔神族の里を統治しているのは【魔神王】だったかな。書物には土人族と長耳族と龍族と魔神族の連合、魔族を指揮してる王って書いてあった気がする。部下とか仲間とか民とかは凄い大事にしてくれる良い王様だったはず。
「でも、その子達の親はどうするの?」
「親御さんたちは人間族を迎え撃つ為に動員する。ここらの人達は凄い魔力を持ってるからね」
「結局こき使うの?」
「大丈夫。人間族みたいに捨て駒にしないよ。【魔神王】がそれを許さないからね。僕ら魔族陣営は誰も死なず、勝利を手に取ることが目的だからね。勿論僕と【土王】で指揮を取り確実な勝利を目指す」
えっと、つまりこういう事だ。人間族の人手が少ないから私達人間族陣営の長耳族を攫って魔族陣営の長耳族は森ごと焼いてしまって魔族陣営の人員と領地を奪ってしまおう!まさに一石二鳥!って事だね!
それで龍族の頂点の【龍帝】、土人族の頂点の【土王】の指揮の下、長耳族の大人達全員で焼却されないように抵抗、撃退をする。という事だ。果たしてそんな事が可能なのか。否、幾ら【龍帝】、【土王】が指揮を取ったところで人数差で敗れることは必至。なぜそんな無謀な事をするのだろう。
「大体、君の家に来る前から、いや。それよりも前から森がそれを察知していたんだ。ずっと忙しなく、忙しなくざわめいている。いつもは風に吹かれてもあまり揺れない木なのに」
「ホントに何か起こるの?」
「その前兆だよね」
「…」
「さぁ決めるんだラルダ。これは君が決めることだ。ここに残り死ぬか、里に逃げて生き延びるか、選べ」
「…お父さんとお母さんにはまた会える?」
「会える。いいや、会わせる。約束しよう」
そう言って手を握られた。彼の眼は黒く濁っているが眼差しはしっかり私を射抜いていた。大丈夫だ。この人の言うことは信用出来る。ならば私は里に逃げよう。
「…里に逃げる」
「よし、それでいい。2人に言っといで」
「うん」
私は彼に撫でられ背中を押される。私は未だに言い合ってる両親の下に戻る。
「二人とも!」
「「ん?」」
「私はおじ様について行く!幾らお母さんが止めたって私は行くからね」
「待ちなさいラルダ!この前言ってくれた事は嘘だってこと!?」
この前?あぁお淑やかになるってやつか。
「ううん。嘘じゃないよ。私は弓士を目指すし、お母さんが言うようにお淑やかな大人にだってなるよ。お母さんとの約束はちゃんと果たす」
「…リイア。ラルダはそう言ってるんだ。もういいんじゃないか?」
「…えぇ、そうね。だけどラルダ。これだけは聞いて欲しいの」
「何?」
「また帰って来なさい。いつまでも待ってるから」
母はそう言った。私は最高の笑顔を作り、両親に向かって頷いた。
「それじゃ行ってらっしゃい」
「うん!行ってきます!」
両親に快く送られ、私はおじ様の下へ走って戻った。
「もういいのかい?」
「うん。もういいよ。さ、行こ!」
「そうだね。行こうか」
私達は森の外に向かって歩いた。森のざわめきはかなり激しかった。大して風が吹いてる訳でも無いのに…。これが戦の前兆なんだな。
____________
また別の場所では、太り気味の老いた男性が髭を弄りながら舌打ちをして言っていた。
「【龍帝】は甘いのぉ。本当にあんな甘い考えで良かったのかの?」
老いた男性がそんな事をぼやいていると隣の若く幼い少年がこう言った。
「【土王】。お前は【龍帝】の洞察力を舐めすぎだ。【龍帝】の計画に沿って進めれば必ず成功する」
「ふんっ。お主こそ気づいておろうに、これまでの戦とは一つ違うことに」
「あぁ。それもその変化が及ぼす影響は凄まじい物だ。指揮者の変更。軍隊とは指揮をする者が変わる事で多大な影響を及ぼすからな。弱かった軍隊はそれの変化で更に弱くなるか強くなるかに別れる」
「だがこの激戦の時代、弱くしてしまうような指揮者は必要ではない。だから必然的に強くなって掛かってくる訳じゃが…。大丈夫かのぉ?」
「それはやってみなきゃ分からないな。だが、こっちもいつまでも劣勢では居られない。必ず勝利を掴む」
そう言って二人は空を見た。空は紅く、紅く輝いていた。