第三十一話 「吉夢のような悪夢」
どれくらい時間が経っただろうか。私は未だに花畑に座っていた。あの神が食べ物を持ってくると言ってから結構時間が経っている気がする。
「お腹空いたなぁ…ん?」
ここで私は疑問に思った。ここが夢であるならば、空腹の概念とかは存在しないはず。何故空腹になっているのだろうか?私はまさかと思い、頰をつねった。
「痛い…。どういう事だろ?」
「それはね、君自身が此処に来ているからだよ」
「うぇっ!?えっと…」
「今あちらの世界には君は存在していないんだ」
「な、なんだってぇっ!?」
神様が今とんでもないこと言った。なんという新事実。そういうのは先に言って下さいよ。
「それっておじ様達、心配しません?」
「大丈夫大丈夫。君がこの花園にいる限り、彼らの記憶からこの刻だけが抹消されるから」
「えっと…。つまり、私が此処に来た瞬間、彼らの記憶から私が消えるという事?」
「まぁそうなるね。君が倒れて、誰かが君を抱えていたりしたら、君が消えた瞬間からその人は『あれ?何してたんだ?』ってなる訳だ」
「あのー…。それってつまり、何事もなかったかのように扱われるって事ですよね。私が元の世界に戻ったら、誰もいないとかありませんよね?」
「安心したまえ。ここの一時間はあちらでは1分だ。つまり、こちらで1日を過ごしてもあちらでは24分しか経っていない事になる。多分大丈夫さ!」
「多分って…」
まあ、今更気に病んでもしょうがないか。それより、神の手元にある物が気になる。あれは…
「目が輝いてる!あぁ良いなぁ。可愛いぃぃ…」
「一つ下さい!唐揚げ下さい!」
「あげなーい!えへへぇ…へへへ…可愛い…その顔良い…」
「『雷槍』」
「あっ辞めろ!おおいおいおいおい、抑えて!分かった!あげるからほら。一つ、ほら、あーんして」
「あ、あーん…」
「ん"ん"っ"!!」
神が悶絶した。プルプルしながら地面をバンバン叩いてる。もう面白いわこれ。あと唐揚げが普通に美味しい。外がカリカリしてて、肉がジュワァァって…。めっちゃ美味しい…。
「ど、どうかな?」
「“唐揚げ”、その物です……!!」
「うん、それは良かった。えへへへへ…」
「もう一個下さい!マヨネーズも!出来れば辣油も下さい!」
「マヨネーズと辣油…。君は何なんだい?君はどういう食生活を送っていたんだい?」
「お肉大好き!」
「んんっ…あぁ分かったよ。持ってこよう。ちょっと待っててね」
そう言って、そそくさと神殿のような建造物に走っていった。唐揚げの載った皿を置いて。一方私は、
「(多分召喚術を使って出してんだろうなあ…この唐揚げ本当に美味しいなぁ…。マヨネーズと辣油掛けたらもう絶対美味しいだろうなあ)」
そんな事を思いつつ、唐揚げを頬張っていた。
__________
神は神殿のような建造物に入り、床に突っ伏していた。荒い息を上げ、プルプルしながら。
「あの…大丈夫ですか?」
「あっ…。アラミル……うん。大丈夫さ!ただ、ちょ、ちょっと!辣油とマヨネーズを!」
「あぁ、辣油とマヨネーズですか?分かりました。召喚術式を起動して来ます」
「あ、あぁっ!有難う助かるよ…!うん、本当に」
何故神が床に突っ伏してこうも必死になっているかと言うと。
「(くぅぅ…!!まさか…!まさか!幼女に勃たされるとは!くぅ…なんであんなに明るく振る舞える…!?もう尊いよぉ…尊い…)」
彼自身の息子の歳が急上昇して止まらないからである。そんな無様な姿を部下であるアラミルと呼ばれた中級女神になんかに、当たり前だがラルダなんかに見せられる訳がなく…。こうして突っ伏している訳だ。
「あの…。命令されたように持って来ましたが…辛そうですね。…私が持って行きましょうか?」
「あぁぁぁああっ!!是非とも頼むよアラミル!なんだい君、こんなに良い子だったのかい!?よし、中級から上級にあげてあげよう!」
「え、えぇ…?ま、まあ持って行きますね……」
「うん!是非!」
「あ、それと…」
「?」
彼女は若干遠慮気味にこう言った。
「彼女に対して何か言いたいことがあるなら、ちゃんと本人に言って下さいね」
「……ん。分かったよ!じゃあ彼女に来るように言ってくれ!」
「はい」
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「持って来ましたよ。辣油とマヨネーズです」
「あ、ありがとうございます!あの…貴方は?」
「私は最高神ウェルバーに仕える中級女神のアラミルです。宜しくです」
そう言って、彼女は辣油とマヨネーズを差し出してきた。最高神はあんななのに、この神はまともそうだ。多分辛いんだろうな…。
「宜しくお願いします。ではちょっといただきます…」
「どうぞ。いただいちゃってください」
私はアラミルさんの声と共に唐揚げにマヨネーズを少しかけて、それを広げて、カーペットのようになったマヨネーズの上に辣油を二滴垂らして…頬張る。まず来るのはマヨと唐揚げの肉汁の味が来て、それを十分に堪能すると、遅れて辣油のピリピリした味がやってくる。美味しい…。
「はふぅ…んんっ…!美味しいぃっ!!」
「私も一つ良いですか?空腹にはなりませんがちょっと興味があります」
「どうぞ」
「はい、いただきます」
アラミルさんは手で唐揚げをひとつまみし、口に運んだ。しかし、口に入る直前でペタッと止めてこう言い出した。
「あっ、そう言えばウェルバー様が呼んでましたよ。あっちの神殿に居ますから行ってきてください。貴方も徐々に消えかかってるので、なるべく急いで」
「え?あっ、本当だ。分かった、行ってきます!」
私は自分が消えかかってるのを見て、急いで行動に移った。結構走った後、後ろを見るとアラミルさんが美味しそうに唐揚げを食べていた。そしてそれを確認した後再び走り直し、遂には神殿にたどり着いた。私は中に入り、例の神がいることに気付いた。床にどっかりと座って、何やら不敵な笑みを浮かべている。不気味。
「やぁ、ラルダ。いや…弦橋美玲」
「どうしたんですか。こんな所で畏まって」
「いやぁ、簡単で単純なお願いだ」
「(なんだろう?『救世』の降臨者としての仕事かな?)」
「服、脱いでくれない?全部ね」
「は?」
「あれ?聞こえなかった?服、脱いでくれない?僕のオカズにするからさ!もう我慢出来ないんだよ!ほら、早く!」
私はよりによってこの言葉を聞いてから消えてしまった。せめてその前に消えたかった。だけど、確定したことがある。
あの神は、ヤバい。最低だ。という事だ。




