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第百二十二話 「血濡レタ五ノ刀輝剣」

 サテラがエルドラードを葬った直後、望月は一人、ラルダ達が来た方向へと歩を進めていた。腰に携える六本の刀剣をガシャガシャと揺らしながら、次の抹殺対象を狩りに行く為に焼け焦げた森の跡を歩く。


 彼はこの世界に来てから人を殺す事になんの抵抗も示さなくなっていた。鮮血を浴びるのも、臓腑が飛び散るのを見ても、自分の愛剣が血に汚れていくのも、何も感じなくなっていた。


『叡智』という神の別側面に『戦殺』の名を与えられてからだろうか、彼が足を踏み外したのは。

 五年の任期の間、戦意ある者を殺し続ける。右も左も分からなかった彼は従わざるを得なかった。最初殺した時は罪悪感しか無かったが、段々と作業の様に感じる様になってきた。


 そんな時、何も付加機能を持たない真銘『伊弉諾(イザナギ)』のみでは非効率的だと思い、五つの刀剣を作り出した。それぞれに付呪がなされている魔剣とも言える刀剣だ。


 赤、蒼、翠、紫、灰の輝きを持つ刀剣。

 赤輝(せっき)は治癒を拒む不治の傷を。

 蒼輝(そうき)は絶対的な反射を。

 翠輝(すいき)は苦痛に歪む劇毒を。

 紫輝(しき)は神出鬼没の辻斬りを。

 灰輝(かいき)は体を鈍くして殺しやすく。


 それぞれ、別の分野でとても活躍してくれた。剣が増えた事で効率も増した。

 だけれど、そんな彼にも転機とも言える時がやってきた。

 サテラに出会った。弟子だった男にも出会った。

 サテラは望月の内部奥深くに埋もれてしまった感情を取り出してくれた。毎日、本を読んでください、今日も遊びを教えてくださいなどと無邪気に言ってくる彼女が娘の様に愛おしかった。何よりも、彼方に置いてきた妻に何処か似ていたのだ。それもあったからか誰よりも甘く接していたのかもしれない。


 元いた世界にて、自分の才能の無さに道場を飛び出していった弟子が居た。その弟子は気が狂ったのか、自身を爆弾として、爆剣士を名乗り、俺の元へと帰ってきた。身体も既に人間の物ではなく、燼粉振りまく鉱石となっていた。

 望月は、そんな弟子をありとあらゆる剣術で翻弄し、破壊した。真剣勝負。勝った物が地に立ち、負けた者が死ぬ。それ故に加減などしなかった。

 しかし、転移したこの世界にて、転生した弟子と再会したのだ。剣士から魔術師に転職していたが、生前と同じ爆発を主戦力とした魔術師になっていた。


 この二人が居たからか、殺しは無くなった。自然と人間らしさを取り戻していたのだ。


「………これが最後だ。この五本の刀輝剣を握るのは」


 ザッ、と黒く焦げた大地にわざとらしく足音を立てる。急に開けた場所に出て、そこには二対の龍帝と、ラルダの両親が立っていた。


「来たね」

「来ましたね…と言うことはエルドラードとラルダはやられたということでしょうか?」

「信じたくないけどそうなるね…僕たちじゃ時間稼ぎにもならないね」


 二対の龍帝が望月を睨み、それぞれの魔力を展開する。望月はその光景に目を細め、懐から二本の刀剣を抜く。

 紫輝の刀剣と赤輝の刀剣を逆手に持ち、体を低くする。残影を残し、神速で二対の龍帝に突っ込む。

 零・一秒、水帝の背後に移動。

 零・二秒、水帝の背を勢いで二閃。

 零・三秒、風帝の前へ移動。

 零・四秒、横腹に赤輝の刀剣を刺突。

 零・五秒、二対の後方に移動。


 全ての工程を終え、紫輝の刀剣を納め、目を瞑る。


「いっっっ!!?」

「あ゛ぁっ!?」


 後方にて血飛沫と驚愕の声が上がる。当然だ。瞬きする瞬間よりも速い剣速で斬り付けられたのだから。


「………風帝イルドラ」

「……っ??」

「うっぐぅぅ…うぅ」


 望月が赤輝の刀剣が刺さった横腹を抑える風帝に呼び掛ける。望月に目は誠意に満ちた目をしていた。


「……すまなかった。俺はどうやらまた、殺してしまうみたいだ」

「何を言って…るんだ?」


 その質問には答えず、さっきから背中の痛みに悶える水帝に近寄り真銘『伊弉諾』を抜く望月。その行動に察しが付いたのか、慌てて止めにかかる。


「や、やめろ!!水帝だけはやめてくれ!!」

「赤輝の刀剣に斬られた傷は永遠に再生しない。永遠に血が漏れ続けじわじわと死ぬよりも、直ぐに死んだ方が良かろう…」

「やめろ!やめ…」


 真銘『伊弉諾』を水帝の背中に思い切り突き刺す。そして、そこからえぐる様にして剣を回して抜き取る。刃の先が赤黒く濡れていた。

 水帝から表情が失われ、最終的に目の光が消えた。

 望月の視線が風帝の方に向く。


「お前もだ風帝…。水帝を救えなかった自分を、水帝を殺めた俺を、運命を恨み、呪い、堕ちろ」

「うっ…ぐっ……あっ」


 真銘『伊弉諾』が心の臓を貫く。そこから無理やり上半身を斬り裂いた。身体が分断され、臓腑が飛び散る。

 血に濡れた顔を拭い、剣に付いた血肉を振り払う。

 溜息を吐き、放っておいた二人に向き直る。

 そして翠輝の刀剣を抜き、真銘『伊弉諾』を納める。


「お前らは娘の為にと思い、剣聖とラルダを引き離したんだろうが…」

「ぐっ…!」


 リイアの胸ぐらを掴んで、言う。


「そのおかげで奴の癒しが消えた。龍帝に加えお前らが死んだら、奴を癒す奴は何処に居るんだろうな…?」

「あっ…かはっ!?」


 左手に持った翠輝の刀剣を左鎖骨辺りに突き刺して落とした。


「その刀剣には劇毒の付呪が成されている。直ぐにでも毒が体中を回って、お前を殺すだろう」

「あっ、ぐぅっ…ああああっ!」

「リイア!?」


 ロッドが苦痛に悶え呻くリイアに四つん這いで近寄る。望月はそれを見逃さず、手の甲に真銘『伊弉諾』を突き刺した。ロッドがその激痛に叫ぶ。


「ああああああああああああっっ!!!!!!?」

「うるさい、叫ぶな」

「おぐっ…」


 激痛に叫ぶロッドの腹に蹴りを入れて黙らせる。その後も何度も何度も、剣の柄で、足で、膝で、殴ったり蹴りつづけた。

 気付けば、毒が回りきったのか、リイアが全くうごかなくなった。なので、蹴り続けられて、ボロボロになったロッドにも、『伊弉諾』を突き刺し、終わりにした。


「………終わった」

「お疲れ様です、望月さん」


 溜息混じりに独り言を呟くと、後ろから聴き慣れた声が聞こえてきたので振り返ると、見慣れない姿になったサテラがいた。金眼だった瞳が緑色に変わっており、耳元に竜の甲殻の様なものが露出しており、若干背が伸びているような気がした。


「サテ、ラ…?」

「どうしました?」

「いや、大分姿が変わったと思ってな…」

「あぁ、これですか?びっくりしましたよ。龍帝の血を奪っていたらこうなりました。やはり肉体が変わるというのは本当ですね。爪も鋭くなっちゃいました」


 そう話すサテラの口から小さな牙のような物が見え隠れしている。どうやら龍の血を過剰摂取した事により体に何かしらの異常が起きたらしい。


「その内炎も吐けるようになるんですかね?がー、って」

「それは流石にないだろう…」


 なんていう会話をしていると、拍手の音が奥から聞こえてきた。その音に反応して二人で警戒を強める。

 奥から出てきたのは神の別側面だった。


「お疲れ様、望月君、サテラさん」

「……シグさん」

「見事に全滅だね。水帝に風帝、ラルダの両親、そして、雷帝に九十四級。いやぁ良くやったよ」

「約束は果たして貰うぞ」

「勿論、もうしてある」

「本当か!?」

「うん、ただね…。君達をそう簡単に逃がしてくれそうにはないね。来たよ、アレが」


 その言葉と共に、なんとも言えない殺気が辺りを覆い尽くした。その殺気には望月もサテラも怖気を覚えるほどだった。辺りに紫電が走る。


 緑の雷に巻かれ、辺りを紫電やら青雷がはしる。その人物につられて真っ黒い雲が呼ばれる程の力だった。


「雷帝と九十四級を食ったね、アレは…」


 死した雷帝と九十四級の力を引き継ぎ、己の物としたラルダが、黒く染まった叢雲を連れて此方に迫って来ていた。

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