第百二十話 「半壊」
おびただしい数の神樹の棘が二人に降りかかる。触れただけで身体を刮ぎとってしまうぐらいに鋭い棘が何重にも重なって襲いかかってくる。
しかし、望月にとってはそんなものはどうでも良かった。目の前の獲物を狩る。ただそれだけ。
そんな望月にとって、ただただ神樹の棘は邪魔だった。
「!」
リーゼリットが望月がもう一つの刀剣を抜いたのを視認した時には既に、神樹の棘は全て斬り落とされていた。青白い光を放つ片刃刃の刀剣とは違い、もう一つの刀剣は赤黒く赤熱していた。
全てを斬り捨てた後、地面を蹴って一気に距離を詰めてくる。
リーゼリットはシャベルを両刃剣に変形させ、それを迎え撃った。ギィンッという金属音を鳴らし、二本の剣の勢いを止めた。
両者目と鼻の先、その状態でリーゼリットが口を開く。
「これは意外だったぞ、まさか棘を全て斬り捨てるとは」
「この世界に降り立ち、鈍ったとは言え、あれぐらい出来て当然だ」
その力が強くなり、制止の箍が外れてしまった。バキンッと言って、リーゼリットの両刃剣が砕け散った。
「この世界の人間はどうも、距離を詰められると魔力を使わなくなり、使えもしない剣を使うという習性があるのだな」
「……?」
「これでは興ざめだ。どうせなら、得意分野同士でやりあいたいというもの…。なぁ、リーゼリット?」
赤熱した刀剣と、青白く輝く刀剣をしまい、一本の唯の鉄で出来た刀剣を抜いて、リーゼリットに言う。
「お前、出し惜しみをしていると、死ぬぞ?」
その言葉を聞いた途端にパチンと何かが壊れる音が聞こえた。
「モチヅキさん。私はどうすれば」
「引き続き援護を頼む。最低限のな」
「分かりました」
望月は少女の回答に頷き、再びリーゼリットに向き合い、鉄の剣をだらりとぶら下げるように持った。
(舐められたものだ。特に真気も篭っていない唯の鉄剣を我に向けるとは…)
リーゼリットは右手を上げて、再び自分の後ろに神樹の一部を召喚する。
リーゼリットは神樹の力を利用した戦い方をする。
神樹の幻肖概念がリーゼリットの体内に存在する限り魔力が蓄えられ続け、すぐに補填される。永久機関と言うわけだ。
対する望月は六本の刀剣と己の武力を大いに活用した戦い方をする。
『鏡天・因果応報』という魔術師特攻の剣技の他、多種多様な剣術を扱い戦う。刀剣が手元に無い場合、完全我流の武闘術を用いた戦いにシフトチェンジを可能とする。
技量と剣速で言えば、剣聖を軽く凌駕する。
だらりと下げていた剣をしっかりと持ち、身を低くし、さっきと同様に距離を詰めて一撃で葬らんとした。
リーゼリットはそれを確認し、咄嗟に左の人差し指を上へ弾く様にする。
望月とリーゼリットとの間があと三歩程度という所で、望月が居た場所の地面が隆起し、巨大な幹の様な物が望月目掛けて迫り上がる。
「っ!」
望月は幹にぶっ飛ばされて天空を舞う。リーゼリットが次の動きにでる。右手を空を舞う望月に向けて、手を広げる。その動きに合わせて迫り上がった幹が真ん中から割れて望月目掛けて伸びていく。
広げた手を握り締め、それに合わせて幹が望月に喰らいつく様にして球状の繭を作り出した。
間髪入れずに左手で何かを注ぐ様な仕草をする。
少女はそれを見て、目を見開き、急いで『譲渡』の魔力を行使しようとした。
一方神樹の繭の中では、望月が赤熱した刀剣でひたすら斬り刻んでいた。
しかし、傷が付くのは一瞬で直ぐに再生してしまい、いくら斬っても無駄だと悟った望月は、サテラに頼る事にした。
そんな時、肩に何やら熱い物が落ちて来た気がした。ふと見ると、服に穴が開いていた。
「!?(溶解液!!)」
リーゼリットが左手で注ぐ様な仕草をしたのは繭内に溶解液を流し込む為だったのだ。
溶解液は至る所から染み込んできて、どんどん逃げ場を無くしていく。まるで、食虫植物の様だ。
リーゼリットは右手で繭を維持しながら左手で溶解液を流し続けていく。
しかし、
「ぬっ…!?」
急に両手が痺れ出す。唐突の麻痺によって維持してきた神樹の力が崩壊してしまう。繭の強度が落ち、迫り上がった幹が音を立てながら倒れようとしている。
その瞬間、何重もの剣閃が走り、繭と幹が全て砕け散った。
地に降り、溶解液の少し付いた鉄の剣を振り払いながら、サテラに言う。
「助かった」
「間に合って良かったです」
短い会話を終え、手が痺れて動かす事すら出来ない事に驚きを隠せない様子のリーゼリットを二人が見つめる。
サテラが指を動かそうとした所を、望月が制止した。
「やめておけ、それ以上やったらお前も耐えられなくなる」
「そうですね…」
サテラを抑え、二人はゆっくりとリーゼリットに近づく。そして手前まで来て、首筋に刃を当てて言う。
「所詮は古き時代の王。原初の王とは言え、この現代の環境は少しばかり堪えたのではないか?」
「あの娘の魔力は知らなかった。あのような反則級の魔力が存在したのだな…」
「『変質譲渡』によって手元に麻痺状態を与え、『強奪』で手の動きを奪ったか。相変わらずえげつない事をする』
「ここまでしなければ抑えられずに続行されていたかもしれませんから」
「成る程な…。それで、だ。どうせ俺達の内情は見透かされているのだろう?」
リーゼリットはラルダを超える『同調』の持ち主。ラルダに隠せた物でも見透せてしまう。
故に彼らの内情も理解していた。
「あぁ…」
「……お前を殺す必要は無いが、ラルダを壊す為には致し方ない事なのだ。許せ…」
刀剣を握る強さが増す。
もうすぐにでも首を斬られる、もうここまでかと悟ったリーゼリットはそっと目を閉じた。
その時だった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「!?」
焼けた森に響き渡る声。
その声の主は望月もサテラも、聞いた覚えのある声だった。
その声がした上を向くと、二人の男女が『霹靂』と『雷帝』の混合魔力を纏いながら落ちてきていた。
二人が混合魔力を纏った状態で地面に着弾する。
ドッッという音ともにとてつもない風が全員を襲った。サテラが望月に掴まり、望月は刀剣を地面に刺してなんとか土砂を含んだ風を凌いだ。
「…狙い通りか。龍帝エルドラードとラルダだ」
とてつもない砂埃が開けると周囲に碧電を走らせる男女が二人。龍帝と破壊者が立っていた。
「君が寝返るとは…世も末だねぇ」
龍帝は落ち着いた様にそう言い、隣のラルダは冷や汗を垂らしながら間に合った、と呟いていた。
前哨戦は終わり。此処からは本戦だ。




