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第百十七話 「叡智の裏面」

 俺はサテラをラルダに渡し、霊泉に向かうのを見送った。俺の後ろには長耳の王と、龍帝が居る。


「珍しいね。君がサテラと離れるなんて」

「そうでもない」

「そうかな?それよりモチヅキ、僕達と少し話さないかい?」


 話。なんの話だろうか。別に付き合っても良いが、どうでも良さそうな事なので遠慮しておく。俺は首を横に振って、その場から離れた。

 向かう先は『叡智』の部屋だ。


『叡智』の拠点に上り込み、部屋へ入ると、相変わらず奴は汚い部屋の奥で何やら調べ物をしていた。


「『叡智』」

「望月君か。どうしたんだい?」

「暇つぶしだ。お前は何を調べてるんだ?」

「んー?サテラさんの『奪取(シージャー)』について少しね」


 そう言って再び机の上の資料に再び向き合う『叡智』。俺もそれを少しだけそれを見ると明らかに違う物に見えた。運命……創作…分岐…複製…?見え辛い。

 取り敢えずそれは置いておいて、俺は思いついた様に口を開いた。


「そういえば」

「なんだい?」

「お前が俺を呼び出してからもう6年は経っている。俺の任期はもう終わりの筈だ。そろそろ元の世界に返してくれないだろうか?」

「…ハッ。何を言い出すかと思えば。そんなの駄目に決まってるじゃないか」

「何………?」


 元々、俺は『叡智』の力によってこの世界に転移してきた。そこから、5年の任期を定め、『叡智』という存在を隠し、『戦殺』を名乗り、世界を歩き回った。この5年の任期を過ぎれば、俺は元の世界に帰れるという約束だったのだが。


「鏡華さんに会いたいのは分かるけど…サテラさんを置いていく事になるんだよ?それに、僕としては君に居てもらわないと困る」

「サテラは連れて行くから問題ない。そして…まだ俺を犬の様に扱う気か?」

「当然さ。君やラルダさんは僕の都合のいい駒なんだから。レイシュやギドウは何処かへ行ってしまって使えないから残念だけどね。君達はちゃんと僕の降臨者として僕の指示に従ってれば良いのさ」

「………化けの皮でも剥がれたか?」


 気付けば、蒼白くて所々跳ねていた髪は薄ら金色の髪に変わっており、頭上には輪の様なものが浮かび上がっている。別側面、いや。あの最高神だ。


「今、君しか居ないから言うけどね。リーシスを堕とし、リーゼリットを回収、求婚を承諾するというのは運命に抗ったんじゃなくて、運命を加速させたんだ」

「……」

「つまりはなんの解決にもなって無くて、ただただ終末シナリオを迎えるのを早くしただけだったって訳だ」

「ラルダを騙したのか?」

「そうだね。彼女も少しずつだけど壊れてきてるし、この辺かな。って思ったんだよ。まぁ、欲を言えば。壊れかけた彼女はもう用無しだから殺されてしまっても良かったかな、って思ったけど。別に達成出来なくても別の道を進めば良いしね」


 壊れかけたというのは恐らく精神の事を言っているのだろう。思えば、彼女は産まれた時から今まででかなり精神を傷つけられている気がする。


「まぁ、ラルダは結局死ななかった。彼女は自分が成し遂げたと思ってるだろうけど、それが全くの逆効果だって気付いた時はどんな顔をするんだろうね」

「……お前と言う奴は」

「んでさぁ、望月君。君にとってはどうでも良いよねこんな話。本当は鏡華さんの事とか気になっちゃってるんでしょ?サテラに話しすぎて」


 そうだ。だからあの話を持ちかけたのにこんな状況になっている。


「あぁ」

「うん。君の人形愛にはつくづく…呆れた物だよね」

「……あ?」

「なんでもう砕けてしまった鏡人形をそこまで追い求めているんだい?正直言って気持ち悪いよ」


 砕けた…?鏡人形?どう言う事だ?その言葉が鏡華に向けての事なら、違う。奴は人形なんかじゃなくれっきとした人間だ。


「言っちゃうけど、君の大好きな鏡人形は君が転移した後直ぐに破壊されたんだよ。あはは、人間って怖いね。守る者がいなくなった瞬間、大人数で寄ってたかって虐めるんだから」

「………」

「鉄の棒で腕とか足を砕かれて、あの人形は人間みたいに痛みに悶えていた。ひたすらに君の名前を叫んでいた。届く訳無いのにね」

「……黙れ」

「最後まで喚いて、最後は胸元を思い切り鉄棒で殴りつけられて砕けちった。あぁ、悲惨だなぁ。せぇっかく君が愛情を注いだ人形なのに!」

「黙れっ!!!」


 気付けば俺は真銘剣を抜いていた。中津槙(なかつまき)の人間がそんな事をするわけが無い。現に鏡の呪い子である鏡華をちゃんと受け入れてくれていた。

 だから、これはこの男がでっち上げたホラ話だ。気にする必要はない。必要は無いはずなのに、何故本当の様に思えてしまうんだ。

 それに、鏡華の事を人形というのがとても許せなかった。

 人の妻をなんだと思ってる。


「っ!!」


 剣を奴の首目掛けて振ろうとした時、何かに止められてしまった。そこを見やると、虚空から伸びる鎖が絡まっていた。それによって動きが止められているのだ。昔なら、これぐらいの鎖なら普通に切れたが…。

 なんて思っていると、屑が俺の側にやってきて、虚ろな目で腕や足、体が砕けた鏡華の投写映像を俺に見せてきて呟いた。


「全部本当の事だし、怒っても仕方ないよね。でも、これを果たしてくれた暁には、君とサテラをあちらに送るのと、こんな鏡華さんを蘇生してあげよう」

「…………」


 俺は沈黙でやり通す。それを賛成の様に汲み取ったのか屑はふふっと耳元で笑い、続けた。


「これからの運命にはエルドラードとラルダの両親は不要なんだ。だから殺してくれ。それとラルダも向かってくるだろうから半殺し程度に、頼むよ?」


 俺も口車に乗りやすくなったな、と今つくづく思うのだった。

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