第百五話 「廃都に巣食う闇」
ひとしきり食事を終えた私達は、一つ、溜息を吐いてから立ち上がった。
「始めるぞ」
「えぇ。本気ですからね」
短い会話は直ぐに途切れ、一時の静寂が訪れる。しかし、その静寂はクレスによって崩された。クレスが机の上に乗り、私に一秒でも早く辿り着こうと、前屈みになって突っ込んでくる。私はそれを躱して、別の部屋に移動する。
この家は狭い、となれば外に出るのが賢明か。そう思い私は真っ直ぐに玄関へと向かう。そして扉に手を掛けた瞬間にあの事を思い出した。
視線。あの視線の正体は一切私達に危害を加えて来なかったが、夜中はどうか分からない。なんて考えていると、後ろにもう迫ってきていた。此処で捕まったら味気ない。私は勇気を出して扉を開けた。
「(大丈夫だ…何も変わってない)」
そこはここ数日で見慣れた街道だった。景色に異変も無いし変な視線も感じない。大丈夫だった。これなら逃げれる。
私は街道に出て、広場に向かって全速力で走り出す。後ろをちらりと見ると、しっかりと後をつけていた。でもこの差は広がるまい。
しかしふと、突然。広場近くまで後ろにあった足音が消えた。今まで後ろを付いて走っていたクレスの足音が突然止まったのだ。後ろを見ると私をじっと見ている。じゃっかん冷や汗の様な物をかいている様に見える。どうしたのだろうか。
「どうしたんですか?」
「お前、前を向いて走っていたのに見えていないのか?」
「何がですか?」
前に向き直るも何もいない。奥に広場が見えるぐらいだ。再びクレスに目線を向けて話しかける。
「一体どうしてしまったんですか?」
「レイシュ、こっちに来い。早く」
「……?」
「此処は俺達以外もう居ないと思っていた、が…間違いだった」
「え?」
「この国には俺らとは全く違う化け物が潜んでる!」
「なっ──────」
口を開こうとした瞬間に、足元から無数の黒い影のような物が現れ、私の身体に巻き付いてきた。無数の黒い影は私の身体にどんどん巻き付いていき、私を地面の中に引きずり込もうとしている様だった。
足はもう地面に沈み、身動きが取れない。
そんな私を見て、クレスは走って近づいてきて手を出して叫んだ。
「レイシュ、捕まれ!」
案外沈むのが早い。もう既に腰の所まで沈んでいた。私はクレスの手を取ろうとしたが、巻き付いてくる影がそれを抑えてくる。それでも私は力を込めて、クレスの手を握ろうとした。もうすぐで掴める、私の手が最高に開いた時に、私の視界は真っ黒に染まった。
闇に包まれる前に見えたのはクレスの必死そうな顔だった。あぁ…私の為にあんな顔をしてくれるなんて。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
深い深い底が見えない闇の中を落ちながら、私は此処が何処かと考えていた。事態は急転したものの、意識は冷静だ。度々周囲から視線や嗤い声などが聞こえてきて薄気味悪い。
落ちながら辺りを見渡すと、周囲の闇から大量の目玉が出現し私を見てきた。その光景にゾッとする。
『ようこそ私達の中へ』
その目玉達が笑う様に目を閉じてそう言ってきた。私は彼ら?彼女らに問う。
「誰ですか、貴方達は」
『私達はこのベルデールに召喚された物。八十五の位を有しています』
「旧英雄と言うわけですね…?貴方達が此処の人達を…」
『えぇ。召喚されたとは言え、この姿ではまともに動けませんから。私の闇でこの国を掃討し、肉体を裂いて魂をいただいたわけです。ついでにこの国も』
「それで度々視線を感じた訳ですか」
『そうなりますね。貴方とは別の方は何かの力で見れなかったんですけど…お二人で後片付けお疲れ様でした。そしてありがとうございます』
「お礼をされても…」
別にこの目玉の人達の為にやってた訳ではないし。お礼をされる筋合いは無いんだけどなぁ。
「ていうか一々見てくるの辞めて下さいよ…。怖いんです」
『あっ…それはすいません。怖がらすつもりは無かったんです。ただいつ会話の機会を得られるか伺ってたんです』
「いつでも良かったんですよこっちは」
『え…。じゃあもうちょっと早く言えば良かったですね』
因みに未だ落下中である。落下中にこの会話をしている私達はおかしいと思う。
「私ってずっと落ちるんですかねこれ」
『え?いえ。私達がこうすればいつでも』
「わっ」
ぽよんという感触が来た。クッションの様なものになってくれたらしい。殺されるのかと思ったけどそうでも無いのかな…?
「で、要件はお礼だけですか?」
『えぇ。しかし、あちらに戻せはしないので、もう一人の方が来るまで待ちましょう。どうせなら私達の『悪夢』でも見ていきますか?』
「貴方達の姿がもう悪夢の具現化ですから良いです」
『辛辣ですね…。しかし、私達がこうして話しているからこそ貴方は平常心で居られるのですよ』
「え?」
『貴方、一人が怖いんでしょう。私達が目を閉じて話さなくなったら、貴方はこの真っ暗闇の中で一人です。想像するだけでも…』
全身に鳥肌が立つ。一人は怖い。心細くて、寂しくて、誰にも助けてもらえない。元の世界でも、親が直ぐに他界してずっと一人で過ごしてきた。それ故に、怖かった。誰にも頼る事が出来なくて、話せなくて、触れ合う事が出来なくなるのが怖かった。
「待ってください…。せめて、話し相手になってください…。じゃないと私……」
『分かってますよ。そうですね…では私達について教えましょう。私達は普段、魂や肉体をこの闇に閉じ込めては精神を壊れるまでいたぶって、最後には喰い殺すということをしてきたんです』
「それであんな…酷い死に方を」
『それで、国を影で侵食して、巣食ってたんですけどね。貴方達が来たんです』
「そうですね」
『当然餌が来たと思って、早速捕食してやろうと思うじゃないですかぁ…』
「そう、ですね?」
『どうしてあんなにイチャイチャしてるんですかぁ〜!仲よさそう過ぎてもう見てるこっちまで和んでしまって手の出し様が無いじゃないですか!全く』
目をぎゅっとしめてそんな事を言ってきた。案外表情豊かだなこの目玉。ていうか…。
『美味しそうなお料理を振舞って、褒めてもらって顔を赤く染めながら微笑む所なんて、こっちも思わずにっこりしてしまいましたよ!!!!』
「あ、あそこも見てたんですか!?てっきり外だけかと…」
『この二人のは見る価値あるなと思ったんでちょっと本気を出しました』
「そんな事で本気を出さないで下さい。ていうか大分論点ズレてると思います」
えぇ〜…。全部見られてたのかぁ。それになんか私の心もお見通しみたいだし…。嫌だなぁなんか。
『ていうかその…やっぱり伝えてないんですか?』
「え?」
『恋をしているっていう事ですよ!』
「……えぇ、まぁ。勇気が無いです…」
答えといてなんだけど…なんでこんな目玉と恋話をしなければならないんだ私は。




