訓練?
登録を終えたので、あとは遊ぶだけよね。…というのは冗談で本命は情報。登録はあくまでもついでだ。
情報といえば…街へ来てみて実感しているのは、魔王がいて大変だと聞いた割には街が元気すぎる印象だ。元気なのはいい事なので問題はそこではなく、前提としてなぜ元気で居られてるのかだ。
なんだか怖そうな魔王がいると知っていたら少しは怯えるなり、最近魔物が強くなったなどがあると思っていた。
パニックにならないように魔王の存在は国の上層部だけが知っていて、民には伝えられていないのか?それにまだ勇者召喚も伝えて居なさそうだ。
本来の目的の情報が集まっていそうな冒険者ギルドへ来たはいいが、ユキの騒動でとても聞ける雰囲気では無くなってしまっている。
さて、どうしよう…と2人と相談でもしようかと思うとギルドの玄関が開かれた音が響いた。
「おい、こりゃ何があった?」
「ぎ、ギルドマスター!」
髭面の似合うおっちゃんだ。
背丈も筋肉もあって、雰囲気が歴戦の中年である。
「実は、先程あの初心者いびりの常習犯がまたしたのです。そこまでならここまで大きな騒ぎにはならなかったのですが、そのいびられた方が既にDか、Cランク程の実力を持った少女で…。」
「なるほどな、最初っからCか。で?それはどの少女だ?」
結依はどう見ても少女なのでいいとして、外見が幼い日本人の外見をした私も少女に含まれているのだろう。とはいえ、実際の姿はもっと大人なのであまり自分が少女という事に実感が湧かない。
しかし、私達のうちの結依はどう見ても弱そうな為、Cランクとは思えないだろう。ギルドマスターという者が力量を見間違えるはずもない。
そうなると、私かユキのどちらかが怪しいと思われているのだろう。
「…私。殴られそうになったからやった。正当防衛。」
「だろうな。目撃者も多い様だし、疑う必要も無い。うちのがすまないことをしたな。
詫びと言ってはなんだが、何でも依頼を1つ達成したらすぐにランクEになれるように手配出来るが、どうする?」
ユキは一瞬悩む素振りをしたが、座った状態にいる男を冷めた目で一瞥すると頭を横に振る。
「こんなのでランクがあがっても、嬉しくない。だから断る。」
ギルドマスターと呼ばれるおっちゃんがそれを聞いてブハッと吹き出すと大笑いをしだす。
「そりゃそうだな!嬉しくないか!
ふー、笑わせてもらったぜ。嬢ちゃん、名前は?」
「ユキ。」
「そうか!ユキ、お前なら俺が手配せずともすぐにDでもCでもすぐにランク上がるだろうよ。応援してるぜ。
お前らァ!いつまで縮こまってんだ!全員仕事しやがれ!ガハハハハ!」
大笑いしながらギルドの2階へ上がって行った。
2階に執務室があるのだろう、とにかく陽気でうるさい人物だった。
けれど、ギルドマスターの一声でハッとしたのか床に座ってた男も依頼板を見に行き、すっかり「いつもの冒険者ギルド」だろう姿へ戻っていった。
■■■
情報はいっそ、後日でもいいんじゃないか。
そう考えた私達は冒険者ギルドを出て街を歩きつつ、新たに加わったユキと4人で自己紹介も踏まえて話し合っていた。シュバルもヴァロスもいるが、2人は私達の前後を歩いていて会話に参加する事はない。
「ユイとアユムとナユは…
勇者、だったの。」
目で周囲を確認し口を手で隠すと、「勇者」という単語の部分だけ小声で言う。結依はその行動の意図を察する事はなく、普段の調子で話す。
「うん!私が光で、歩が影なの。七夕は癒し!」
「結依。あんまり大きな声で言っちゃ駄目よ。」
「なんで?」
歩は推測出来ていたのだろう、歩が結依を窘めるように優しく言う。
「恐らく、なんならかの理由があって俺達の存在をこの国はまだ正式には公表していないんだ。」
「…理由?」
「まぁ、色々あるな。なぁ七夕?」
「そうね。大人の事情があったり、私達の事情だったり…ね。」
「私達?」
「そうね、急に目の前に熊が現れたらどうする?」
「逃げる…な。」
「うん。」
至って普通の回答だ。年齢的に結依と歩は高校生であり、生まれや環境によっては野生の動物を捌いたことも、ましてや見た事も無いかもしれない。
日本では戦闘力を必要とされないのだから、それでよかったのだ。
しかしここは異世界。
しかも戦闘を目的として召喚されてしまった。
「日本人にとっては、普通はそうよね。
けれど、私達は強くなくてはならないの。何故なら…あれを討伐する事を、圧倒的な強さを、ここでは求められているから。
それなのに弱い者を公表する訳にはいかないのよ。」
「…ということは、近々戦闘訓練も行われるんじゃないか?」
「でしょうね。」
まだ推測の域だが充分にありえる。というか、しなきゃいつまでも結依と歩は弱いままだ。戦い方は城の兵士や、王宮魔術師みたいなのが教えてくれればいい話である為、私達に訓練させない理由がない。
結依は訓練の一言に嫌な顔を浮かべる。
「く、訓練…!?そんなの聞いてないよ…。」
「あくまで推測だ、俺も聞いていない。」
「でも、でも…」
「…なぜ、ユイは強くなるのを嫌がる?実際に魔物と戦うわけでもないのに。」
「ユキちゃん、日本人って基本危険とか身近に感じられない所に住んでるから勘弁してあげて欲しいわ。自分から強くなろうとする人なんて脳筋かヤンキー…荒くれ者くらいよ?」
「なるほど…わかった。」
まだこの環境に慣れていない結依の場合、まずは段々と慣れさせないと体調にも響きそうな勢いだ。
これでもユキは言動を抑えていたのだろう。そうでなければ「勇者として戦うのに練習さえ嫌がるとか、死にたいの?」とでも言ってただろう。いつも通りの無表情だが、目は少し冷たい。
結依の取り扱いを間違えると簡単に引きこもりにでもなりそうだから、気をつけないといけない。現に少し落ち込んでいるようで、歩にフォローに期待したい。
「そういえば、ユキちゃんはどこに泊まってるの?」
わざとらしいが、気を紛らわせる為に話題を変えてみる。
流石に勇者ではないユキを城へ連れていく訳にもいかないし、私以外からすれば急に現れた身元不明の怪しい少女なのだ。城の者に呼び出されない限りとても城へは入れないだろう。
「冒険者ギルドの近くにある宿に泊まってる。値段も高すぎず、食べ物も美味しい。」
「へぇ、いいわね。みんな昼は食べた?」
「私は、パンを少し食べたけどそれだけかな。」
「俺も、流石にそれだけじゃお腹は空いたな。」
「ユキちゃん、案内を頼んでもいい?」
ユキはこくんと頷くと「こっち」と促すように前を歩き始める。
私は少し後ろを歩いて、シュバルと話をする。
「私達って街に行くことだけ許可されているのよね?」
「そうだな、危険度が低いからといって草原に出すわけにも、今は三人を逃がすわけにもいかないからな。」
「そう、これから私達に訓練とかは行われるの?」
私達の相手をする事になるだろう城の兵には早くに通達がいっているだろう。短剣が使える騎士がいるとは思えないが、防御に回ってもらえば指示も出来る。
「ああ。ナユ様は問題ないだろうが、2人の立ち振る舞いが戦闘を知らない素人の動きをしていたから戦闘訓練を行うことになった。近々メイドから伝わるんじゃないか?」
「私は問題ないのね?」
「見る限り、身のこなしが熟練者のようだったからな。それに落ち着いて冷静に分析出来る力もあるようだし。さっきも男を投げ飛ばせるとか言ったんだ、問題ないだろ?」
流石国の騎士なだけあって、見る目がある。
私にとっては楽な訓練になるだろうけど、2人にとっては大変な訓練になりそうだ。