ひやしんす
ひやしんす シュトルム(ヒヤシンスより)
遠くから、祭りの太鼓の音が聞こえる。
繰り返す強く激しいリズムが、否応無しに、僕の感情を高ぶらせる。
そこから少し外れた祭りを一望できる丘のベンチにすわって、その音を聴き入る。
町中を覆い尽くすような音にもかかわらず、
僕の周りはなおも静寂に包まれる。
ベンチを背にした草木から漂う匂いが、僕を包み込む。
その匂いが僕を眠りに誘う。
公園の真ん中にやぐらが立ち、
その上では勇壮な男が大きな太鼓を激しく打ち鳴らす。
祭りの灯りが、飛び散る汗に反射する。
櫓の周りを多くの男女が輪になり踊っている。
輪の中に、ひときわ華やかに、踊る女性がいた。
懐かしくも甘酸っぱく、心がかき乱され、
気持ちを惨めにさせる。
むかし焦がれた、美しき女性であった。
僕は一度だって、忘れたことはなかった。
僕は、いつもいつも君を想っていた。
僕は眠りたい、されど君は踊って止まない。
僕に君は気づいてくれたのだろうか。
ここにいることを。
決して気づくことなど無い事は知っている。
明るく、はつらつとした姿に、少しばかり安堵する。
風の便りで聞いた、君が死を選択したなどとは、
今となっては思いもよらない。
君はなんも変わっちゃいない。
何事も無かったかのような、
とびきりの笑顔で、踊りの輪の中でまわっている。
美しくなびく髪が君の顔を覆い、その掻き揚げるそのしぐさは、
むかしの街灯の下で見たその姿、そのままだ。
祭りの大太鼓が稲妻のように、
やむことなくひっきりなしに鳴り響く。
その周りを、人々が踊る。
松明が燃え、大太鼓が響き渡る。
人々の輪は崩れてはまた元にもどる。
ふと、君の瞳が曇ったように見える。
誰もが熱狂的で昂揚としているにもかかわらず、
君はさめた顔で踊っている。
君は踊らなければならないのだ。
見知らぬ者の手が、君の心に絡みつく。
ああっ。手荒なことが無いように。
僕の心が締め付けられる。
君の軽やかで、優しげで涼しげな白い着物が、
飛んでいるように見える。
そうして、僕の周りには、甘くてあふれんばかりの、
夜の匂いが、草花の聖杯から夢見がちに湧き出してくる。
昔みたいに、本当に純粋に、
君の事をずっと考えていけたらよかったのに。
僕はいつも、いつも君のことを想っていた。
僕は眠りたい、されど君は踊って止まない。
太鼓の激しく鳴り響く夜に、
祭りは終わろうとしている。