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007 : アンという従者


 その夜。

 寝静まった野営で焚き火を囲みつつ、街の事情と政治情勢をアンに話したらにやにやされた。すごく。

 ぐむ。まさか数日の付き合いだというのに此奴も我の性格をわかっておるというのか。


「私はオルレア様の従者ですから、主の気のおもむくままどうぞご自由に?」


 などとぬかしおった。

 我、まったりしたいだけなのだが。そわそわなどしておらぬぞ。


「別にどうこうする、と決まったわけではない。むしろ、森での魔族やその辺の問題が気になる。其方の説明では、魔族はだいたい追いやられておるのであろう?」


「そうですね。魔族は基本、集団になりづらいですから、余計にその傾向がありますし」


 魔族はすぐ隠遁するというか、強力な魔族であっても案外、身を隠す者が比較的多いのだ。

 理由は単純で、めんどくさいからである。


 用事で家をちょっと開けている間に、気が向いた人間などがいきなりやってきて勝手に家探しされる気持ちがわかってもらえるだろうか。

 しかもそういう泥棒を下手に始末すると、なぜか人間の軍隊が差し向けられたりすることもあるので始末が悪い。

 討伐隊のひとつやふたつどうにかできるとしても、端的に言って何の利益もないのでうざいのだ。

 なので人前に姿を現すメリットがそもそも薄い。

 目立つように城や塔を構えるものもいるが、あれは「わかりやすくしておくからおまえらこっち来んな」という意味である。


 逆に弱小魔族ともなると、今度は人間による狩りの対象になったりもする。

 もっとも、魔族側で悪さをして人間どもを追いやってしまう場合もあるから、そのへんはどっちもどっちという部分もあるのだが、数の暴力で人間に追いやられることのが多い。

 そのため多くの場合、森の奥深くや山岳地帯などの人間にとってどうでもいい土地で生活するか、もしくは盗賊団のようになって神出鬼没で活動し、捕まりづらくなるかに分かれる。


 そうでなくてもそのへんの冒険者(ごろつき)などに捕捉されると目の敵にされることも多く、こちらもあまりうまくいっておる例は知らぬ。


 人間というやつは、やるときは容赦無いくせにやられると被害者面がすごいのだ。

 神頼みをしながら望んだ見返りがないと怒るぐらいには自分勝手で、邪神も真っ青である。


 まあそんなわけで魔族としては、人間との関わりはあまりないほうがいい場合が多いのだ。


「魔族がそうした状態であることが満足行く暮らし向きかと言われれば難しいが、ある意味では適度に理にかなっておるとも言える。ただ、生活圏がバッティングするだけで争いに発展することはあまりよいとは思えぬのだ」


 人間は数が多い。

 数が多くなればいつかはその生活圏(ナワバリ)がぶつかる。

 その時に起こるのは互いの存続をかけた戦いになる可能性が高い。

 イス取りゲームにしてはちょっとやりすぎな気がする。


 それはまったりではないと我は考える。


「街を一個吸い上げてしまって、力を取り戻されてからそうしてもいいんじゃないかとも思うのですが、そういうのはまったりではないのでしょう?」


「うむ。我のまったりは魔王のまったりであるからして、世界最高のまったりでなくてはいかん」


 そんなやり方ができるのであれば、600年前にさっさとやっておる。

 まったりしていてコクがありそれでいてしつこくないのが理想なのだ。


「まあ、特に何かプランがあるわけでもなんでもないのだがな、我。だいたいは出たとこ勝負と気まぐれであるぞ。そもそも我がまったりしたいだけなのだし、第一、悩んだり考えたくない」


「だいぶわがままだとは思いますが付き合いますよ、それが好きで一緒にいるんですし」


 前から思っておったが、此奴はどうしてこうも信頼度振りきっておるのだろうか。

 そのうち、ちょっと逆さ吊りにして振って叩いてみて、なにか出てこないか確かめてもいいかもしれない。


「……ところで、だ」


「やはりお気づきでしたか」


「うむ」


 しばらく前から、隠れようと必死な気配が周囲にだだ漏れである。

 まあ、連中にちょうどいいよう会話していた部分もあるのだが。


 おそらく噂の盗賊であろう。既にすっかり隊商を取り囲まれておる。

 感じからするとそれなりの連中ではあるようだ。

 人間としては。


 そういうのはアンに任せるに限る。


「それで、彼奴らの処遇、どうする?」


「なんなりと」


「では任せた」


「御意」


 そういうと、見た目の状況はかわらぬままに、アンはするりと影に消えた。

 なかなかに手慣れておるな。



***



 さて。

 盗賊団をどうにかしてこい、全部任せた。

 というのが、私に初めて下された勅命でした。


 それは単純に撃退しろという意味ではなく。

 ”我がのんべんだらりとしていても構わぬようにしろ”ということに他なりません。

 まあ、あの御方のためであれば、言われなくてもそうするに決まっているのですが。


 なので、何が起きたかわからないよう”仮の姿だけを主の隣に投影したまま”影に潜って盗賊たちの背後へ泳ぎましょうか。


 影走り。

 影から影へと潜って移動する便利な術ですから、夜ともなればそれこそまさにやりたい放題です。

 寝ている間に人の顔に落書きするようなものです。

 あ、オルレア様の寝顔を覗きこんだりはしてませんよ? してませんてば。


 人の影には魂の一部が繋がれていて、その糸を見つけ隙間を縫って操るのが影術なので、そのままゆるりと全員分を駆け抜けつつ、魔術で手繰り寄せて結んでおきます。

 まとめてそのへんの木にぶら下げておく感じで。


 彼らは人間としては統制が取れている方に入ると思いますが、それでも一般人の域を抜けない以上、相手というレベルではないですし、私としては様子を確認するまでもありません。


 だというのに準備が整ったと見て、そろそろ行動に起こそうかという感じでしょうか。

 どうやら、頭目らしき人がタイミングを図っている模様。


 せっかくなので、その時まで飾り結びでも加えておきましょうか。こういう遊びは趣味的なところがあるので、かえってなかなか対処出来なくなるものですし。

 まあ、しなくても対処できるようにはしてないんですが趣味なので。


「よし。合図で見張りを倒したら、そのまま一気に襲い掛かる。あけてある東側から逃げる奴は放っておけ……いくぞ」


 もちろん、団員の返事は残念ながらありません。

 私が影を結んでおいたから誰も動けないので。

 いま動けるのは頭目さんだけ。


 頃合いなので、彼の影から現れましょうか。


「ん? おまえら、どうし……」


「ふふ。よい星空ですね、頭目さん」


「……ッ!?」


 なにが起こったのか、という表情で飛びずさるのが面白いですね。

 背後から姿を現すと、だいたいの人間は転ぶか大あわてで距離を取る様子はかわいいので。


 ちなみにオルレア様には、後ろから肩をたたいて指でほっぺをプニッとする奴をやってみたのですが、容赦なく頬で指を押し返されました。

 こちらもちょっとムキになって押し返しましたが。


「このような星空の下、焚き火を囲んで、二人ゆっくり時間を過ごしていた時を邪魔された私の気持ちがわかります?」


「……お前はなにを言っているんだ?」


 まあそうでしょう、説明もしていないし。

 する気もないですが。

 でも察して欲しいのが乙女心。


「わからなくてもいいんですが。非常に怒っているのだということはご理解いただけるとありがたく思います」


「チッ! まさかお前、あの魔族の仲間か!? こんな時に!」


 あら、そのまま剣を抜いて臨戦態勢とは意外な反応ですね。

 この異常な状況で心を立てなおして戦う準備ができるということは、どこかで訓練か実戦経験があるのでしょうかね。

 それに”あの”ということは……もしかして、噂の魔族の関係だと思われているのでしょうか。


「なるほど。その魔族とやらには一切関係はありませんが、知っているなら是非、あらいざらい話してください。事と次第によっては仲間の命を考えなくもありません」


「く……!」


 うん、今すごく悪役ぽい。

 っていうか悪役な気がする。

 とても魔族っていう感じがします。


 相手が盗賊団とはいえ、こういうセリフも初めてですからね……一度は言ってみたかったので。

 あと、あなた程度生かしておいたところで誰も困らないでしょうねとか、この店の商品を全部売ってくださいとか、いろいろ言ってみたかったり。


「まあ、たぶんあまり選択の余地はないと思うんですが」


 あ、別にその気がないなら構いませんよ、キュッといきますよ、キュッと。みたいな態度を見せておく。

 ふぁさりと髪をかきあげて、余裕を見せつけたりなんかして。

 あなたがたの命なんて、小型で取り回しもよくて軽くて扱いやすいんですよみたいな。


 でもその魔族とやらは敵みたいですし、自分から口にしておいてまったく知らないはずもないので、あまり心配してないのですけども。


「っ……!? くそっ! わかった、やめろ、全部話す!」


 お、これなら合格ではありますね。よかったよかった。

 劇的に効果あったようです。


 まあ、ダメならダメで頭目さんにも糸は繋いでありますから、本当はこんな小芝居しなくてもいいんですけど、本人の意志を折るように尊重するのも大事ですし。


「仲間を見捨てない、最後の一人でも逃げずに戦う意志がある、戦闘の心得もあると。なら大丈夫そうですね? まあ、いちおう拘束はさせてもらいますが、事情を含め全部話していただけるなら今回のことについては大目に見ますので、よろしくお願いします」


「……おまえ、いったい何者だ?」


 頭目さんは剣を捨て、こちらをいぶかしがるように不思議な目で見てきます。

 あい変わらず判断も早いのは流石ですね。頭目だけあって腕はよい方のようで。


「私はただの行商の護衛で、導師の一番弟子ですよ」


 私もできるだけ血は見たくないので、これくらい綺麗に済むとありがたいですね。


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