006 : 商人の罠
旅商人の朝は早い。
なので出立の時間は早い。
つまり、それに同乗させてもらう我の準備も早くなければいけない。
はぐれ魔王まったり派としてはいただけない。
久しぶりの風呂でゆっくりしたあと熟睡して寝坊し、少々贅沢なブランチをのんびりいただきつつ、茶をしながら世間の喧騒や周りの風景などをだらだらと昼過ぎまで楽しみたい。
600年も他人の言うことを聞いて封の中でおとなしくしておったのだから、それくらいの贅沢は許されても良いのではなかろうか。
が、残念ながら先方の都合があるのでそうも言ってられない。
まったく、世間は生き急いでると思わざるをえない。
そんなわけで、アンと共に行商の荷台に揺られつつ、商人と適当に話をしていた。
「つかぬことをお伺いしますが、導師様はどうしてこんな旅をなされてるんです? そこには我々の考え至らぬようなところの深い思慮があるのかもしれませんが、もし良ければその一端でもお聞かせ願えればと」
「うむ。まあ大したことではない。我はつい最近まで世捨て人同然の隠遁生活を送っていての。そこへこの弟子がやってきたことで行脚も良いかと思い立ち、今は各地を転々としておるのだ」
封印に閉じ込められていたところにアンがやってきて、600年ぶりの世情を確かめに行こうとしておるのだから、だいたい間違ったことは言っていない。
「ほう、それで実力の割に名声も耳にしないと。そういうわけですかな?」
「買いかぶりであろう、我は一介の術師に過ぎぬ。求道者ではあっても未だ道半ばの未熟者。他者に褒められるほどのものでもない」
いろいろと今回の件もうしろ暗いからな。
朝もまったりを追求出来なかったしな。
「はは、ご謙遜を。アレだけのことをあっさりと出来る方はそうそうおりません。特に呪いなどとなれば長くかかることもありますし、その費用も時間もバカにならないことも多いと聞きます。それをさも当然のように行う上に、これだけ見え麗しい方であらせられましては、評価しないという方が難しいと思います」
「……む。そういうものであるか」
「左様で」
たしかに、アンと比べると見目が貧弱なのはともかく、それでも我はぴちぴちの乙女である。
呪いに関しても、素人でも気付くようなレベルのものともなれば、人の世で考えれば強い方に入るのかもしれぬ。
それをあっさりと解決する謎の美少女ともなれば、理解は出来ると言える。
これが骸骨や屍鬼であればそうもいかぬのであるから、まったく世の中とは非情なものである。
まあ、まるで見返りを要求しないので動機が気になることはあろうが、あまりなにか企んでおるようにも見えないのであろう、我。
実際、後始末しただけであるし、報酬とか本当にどうでもよいしな。
「なるほど、評判には気をつけたほうが良いのかもしれん。我は道を探求するために諸国をめぐるのであって、名を広めるのが目的ではない。なにより面倒事のタネになることもあるのだ」
「さすがですな、導師様」
だいたいだな、部外者がスーパーパワーで解決するというのは、必ずしもよくないこともあるのだ。
そもそも大人買いしてコレクションを集めても愛着はわかなかったりするものである。
地道に探しまわったり、あと一つがそろわなかったり、他人と語り合うのが大事なのである。
物事にはそういった”相応の労力”が大事なのではないかと思う。
それを手助けすることはともかく、他人が全部そろえてしまうのはやり過ぎと思うのだ、うむ。
やはりパズルの最後のひとつは自分ではめたいではなかろうか。
うむ……我、なんだか自分で考えて自分で痛くなってきおったぞ。
「それに関してなのだが、我は最近の世情についてはだいぶ疎いのでな、くわしく知りたいのだ。多少は弟子から聞き及んでいるが、それが原因で我がうかつなことをしでかさないとも限らぬ。行く先々で粗相をするというのは避けたいので、世情に詳しい商人から話を聞きたい」
「そういうことでしたらなんなりと」
「そうであるな、とりあえず行先のことを聞きたい。初めて長旅をする者向けの観光案内的なものでよい」
だいたい、国境がどうなっているかすらわからぬ。
そういうことはアンに聞けたとしても、細かい生活事情や政情などはわからぬだろうしな。
「ウチが目指しているのはストレアージュってところでして。ここから村を1つ経由して5日ほどの、聖王国内では南端にある街です。基本的に王国の南側を含めた南部の物流は結構盛んでして、この辺では結構な規模の街です。ただ、その……最近はちょっとややこしいことになってましてね」
「ほう。問題があるのか」
「ええ。近頃、南の3王国が商業同盟を組みましてね。それ自体はうまく行ってるんですが、そのせいで急激に物価が上がったんですよ。ストレアージュをはじめとする聖王国南側の都市はその辺りからの生産物に頼ってたので、一方的に値段を上げられてしまってだいぶ困りましてね」
「ふむ、それはまた大変なことになっておるな。長く続くとあまり良くないのではないか?」
「ええ。それでね、しかたなく街の太守が価格統制をかけたんです。あ、価格統制というのはご存知かもですが、要するに”この価格を上回る値段では売るな”っていう命令を出したんですよ。それで、南部3王国とはすこし仲が悪くなりましてね」
「不均衡が続けば、どうにかしろとなるであろうものな。で、どうにもなっておらぬのだな」
「左様で」
なるほど、それはめんどくさい。
なので、まったり的にいろいろ全部めんどくさいことを投げ飛ばすと
・南部3王国で商売を活発化させるための同盟ができた、うぇーいであげあげ。
・そうしたら同盟に属さない聖王国では物価が上がってショボーンとした。
・困って売値を規制したら仲が悪くなったので泣ける。
ということである。
まあ、仲が悪くなっても止めない以上、南部3王国ではうまく回っているのだろうし、聖王国では国の許可なしに街が勝手に同盟を組むわけに行かないし、それでもなんらかの対処はせざるをえないのだろう。
ぶっちゃければ
【南部はウハウハでヒャッハー、聖王国はぐぬぬでしおしお】
ということだ。
うむ、ぶっちゃけ過ぎてめんどくさく感じなくなった気がするが、かんたんにいえば性格とテンションの違うものが仲の悪い状況なのである。しかもツライ方は親の言うことまで聞かねばならぬ。
そのようなもの、誰も仲裁したくないくらいにはめんどくさいに決まっておる。
正直こういうのはお断りしたいので、魔王らしくさわやかに聞かなかったことにしよう。
「で、まあ、最近はさらに問題が起きましてね」
「……さらに?」
おいおい。
「国境付近の聖王国内の森にですよ。山から降りてきたらしい、やたら強力な魔族が出たって話でしてね。いつもだったら聖王国から軍隊なり討伐隊が派遣されてくるんですが、この状況でしょう? 下手に動くと……ほら、戦の準備みたいに見られかねないんですよ」
うわあ。
「南部王国には関係ないし、聖王国は動けないし、問題は解決しないし、ということだな」
「そういうことです。まあ、ウチみたいに南部じゃないところから物を持ってくる商いには逆にチャンスではあるんですが、それはそれで盗賊が増えてるって話でしてね」
「だいぶややこしい事になっておるな」
「まったくです」
どうしてこうも面倒事が溜まっているのあろうか。
人間ってややこしい。
「まあ、導師様におかれましては、とりあえずそういうことを気にせず、ゆっくり街を見て回られるといいんじゃないですかね。この辺は気候も安定してますし、相応には物もありますし、街の治安はよいですから」
「ぐむ。其方、なかなかの悪よの……」
「はは、いえいえまさか」
はめられた。
こんなことを話されたあとに、物があるとか治安が良いなどと言われてもまるで落ち着かないのである。
つまり此奴、もし時間があって気になるのであれば関わってみてもいいのではないかと、そう言っておるのだ。
別に気にしないのであれば、もともと部外者なんだから放っておけばよい、と。
そしてもし、我がどれか少しでもうまく解決しようものなら、その評判を最大限利用するつもりでおる。
もちろん、我が動かずとも此奴に損はない。
此奴の話な、実は説明する順序が完全に逆なのだ。
本来は街の様子から先に説明し、我が興味を持てばしぶしぶ話すところを、わざと問題から話しておる。最初の説明で我がついうっかりさくっと理解を示したので、それが理解できるならと全部投げてきおった。
無償で呪いを解くような人物だと見越してだ。
トラブルがある状況で落ち着けるならまあそれでも良いんじゃないですかと我にふっかけてきおったのだ。
我は文字通り一人前のぼっち術師で人の生を終えたがゆえに空気は読めぬが意図にはそれなりに敏感なのだ。
でないと人間辞める前に死ぬのでな。
そしてコミュニケーションは苦手だから意図に気付くのは全部乗せられた後である。ぐぬぬ。
「まあそれに乗るかどうかはさておき、だ。もし、本当にそのつもりであるなら、その方にも相応の事はして貰うぞ?」
「それが商売の醍醐味ですからね。むしろよろしくおねがいしますよ?」
なるほど。
言う以上は、なんかデカイことしでかすなら最大限乗ってくるというわけだ。
商人としての理と筋は通っておる。はじめから思っておったがやるな此奴。
まあ、街に行ったところでなんか目的があるわけでもない。
もしこれ以上、出来事に縁があるようなら覗き見するぐらいはよいかも知れぬ。
……隣国と仲が悪いところでの観光とか気分的にまったりせぬのだ。
ぐむう、策士め。魔王を罠にかけようとはいい度胸をしておる。