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005 : 閑話・聖王国王都/聖魔術管理院 1

 聖王国ルファナアルエス。

 現在、大陸でもっとも古い国である。

 宗教国家に近い国ではあるが王政であり、民は信仰心と信頼をないまぜにした愛国心を捧げている。


 その王都アイネスリーア、聖魔術管理院。

 ここでは王国内の魔術、予兆などに関して一手に取り仕切っており、様々な文献なども管理されている大陸随一の魔術組織である。

 通称、魔術院。


 その魔術院にて史上初の女性筆頭補佐官として辣腕(らつわん)を振るう”氷刃”フェレの元に、部下から報告が上がっていた。


「……砂漠で異変?」


「はい。先日、占術師が大予兆による異変を感知しました。古い文献と照らしあわせて調べましたところ、伝説に語られる死の魔王の眠る地にて、もしかするとその関連での可能性が高いとの報告がありまして」


 占星術師の連中が、この時期にまた嬉しくない報告を上げてくれるものである。

 だが、大予兆ともなれば対処しないわけにも行かない。


「ですが、もはやどこまで真実かどうかもわからないような古い話ではないですか?」


「そのはずですが、一応、調査を引き続き行いたいので許可をいただければと」


 かの魔王といえば死霊皇帝などと呼ばれ、かつて大陸を死の眷属で覆った魔族戦争の元凶である。

 王国史と魔術史において必ず学ぶどころか昔話にすらなっている、この国なら誰でも知っている物語だ。


 死の勢力により人間を攻め滅ぼし支配するのではなく、国をまるごと眷属に取り込むという半ば信じられないやり方をそのまま実行したといわれる、伝説上の存在である。

 竜族ですらその配下に従え、天すらも吸い上げる魔力で人間を全て己の眷属に取り込もうとしていたらしいが、やがて現れた勇者と相打ちになり南の砂漠のどこかに封印されたと言われている。


 ただし、魔族戦争に関しては大量に文献が残っているものの、一部は失われたり、妙に信憑性が怪しい物も多く、諸説出回っている。

 そのため、学者の間でも歴史認識がいまいちはっきりしていない。あまりに内容がバラバラなためだ。

 さらに言えば、封印の場所がどこなのかすら明確な記録が残っていない。魔王復活を避けるため、あえて詳細に記さなかったとも伝え聞くが、真偽は定かではない。


 ひとことで言うなら、おとぎ話の世界である。

 聖王国の資料文献ですら、詳細にも正確にも記されていないという点で、公式にはそういうことになる。

 それはそれで国家認定の盛大なおとぎ話にはなるのだが。


「たしかに、魔王の封印は砂漠のどこにあるとも知れぬと聞きます。もしものことがあれば、今はなりをひそめている魔族も動き出したりするかも知れませんね」


「はい。極めて珍しい予兆とのことですので、何度調べてもそれしか思い当たらないとのことでして」


 予算を考えてもあまり嬉しくない報告だったが、普段は天気予報メインの占術師の連中がわざわざこんな報告を上げてきたとなると、たぶんそれなりに裏はとっているのだろう。

 南部の魔族の問題の時は特に何も出さなかったくせに。うまく行かなかったら責任の一部は担いでもらおうかしらね。


「……わかりました。仕方ありません、許可を出します。1週間以内でしっかりと結果を報告してください。必要なら中間報告、延期要請も」


「はっ!」



***



 フェレは執務室から秘書官を下がらせながら、つい、とメガネの位置を指で直す。

 鋭い目を僅かに細め、ふ、と嘆息する。


 ショートカットの美人であるがゆえに、そんな様子ですら様になる。

 魔術院の副長権限と筆頭補佐官の称号ですら彼女に華を添えるだけの材料にすぎない。


 間違いなく優秀な魔術師であり、王立魔術学院を主席で卒業し、そのまま異例のスピードで出世したエリート中のエリートである。

 寒冷系の魔術の力量と補佐官としての優秀さ、その怜悧な美しさから”魔術院の氷刃”とまで讃えられる才媛である。


 ……が。




「はー、もーやってらんないわー」


 椅子の背もたれにぐわーっと頭を預け、うわーって感じで上を向く。

 もう靴も放りだして足を机に乗っけていた。

 魔術院の氷刃(クールビューティ)が台無しなぐらいには。だいぶ。


 むしろとこの書類の山をばさーってやってぶわーってやりたいくらいなのだ。

 やったらやったで、間違いなくあと片付けでひとり自己嫌悪におちいるのでやらないけれども。

 とはいえ、いっそこのまま椅子ごとひっくり返ってもいい気分である。


 しかし参った。

 ただでさえめんどくさくなってる南部との国境近くにえらく強力そうな魔族が現れたというのに。

 端的に言って、もし本当ならやってらんない。マジやってらんない。

 正直、異変の予兆を作った奴を締めあげたい。こう、きゅっと。手首をひねる感じで。


 あと、連帯責任で予兆を報告してくれやがりました占術師の連中も。

 ヤツら、やばいやばい言うだけで責任とらないし対処もしないし。

 だいたいの場合、大予兆とやらは当たれば助かった、ハズしてくれやがっても問題がなくてよかったになりやすい。

 なお、大変ありがたいことに余計な準備をしたクレームなどはほとんどウチに来る。いつか締めあげたい。

 どっちにしろ面倒にしかならないので頭が痛い。


 いつもこうだ。

 余裕ができたな、と思うと泣きそうなくらいややこしくなったり忙しくなるのだ。

 そして忙しくなるとつい全力でやってしまう。

 幸か不幸か、全力でやってそれなりに成果が出てしまうから、次の忙しいことも全部ウチに回ってくる。

 院長はそういうのを全部私に投げてくれやがりますから始末が悪い。

 しかも要所要所で信じられないぐらい的確だから余計に始末が悪い。


 おかげで出世はえらく早かったと思う。

 おかげで婚期は逃したようにも思う。


 とはいえ、問題が起こってしまった時に見逃せるような性格でもなければ他人に責任を投げられるような性格でもなかった。

 典型的な苦労性とも言える。

 単に、気になったら最後ほっとけないだけとも言う。


 まあ、報告の方はいざというときの判断の準備だけしておいて、今は目の前の問題から片付けよう。

 少なくとも、ただでさえ南部3王国とややこしい時期に魔族に国境で変に暴れられてはどうしようもないのだ。


 とりあえず報告の件は根回しだけしておいて、もしもの時のために事前準備だけはしておこう。

 そっちで問題がなければ、それはそのまま例の魔族に回してもいいし。

 できれば一緒に済ませてしまえるならそれが望ましかった。


 ついでに言うと、こう問題が特盛りA定食(てんこもり)な時くらい、無駄な書類仕事がもうすこしどうにかなれば望ましかった。


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