004 : 風呂は格別である
エレクロ村に戻ったら、大歓迎された。
あまりに戻りが早いと都合が良すぎるので、封印だったモノのそばで一日ほど過ごしてから村に帰ったのだが、ちょうど水が完全に戻ったらしい。
砂漠で一番の懸念である水が戻ったのである、村も隊商も喜ばないわけがない。
しかもほぼ無償である。
アンがしでかして我が解決したのであるから、盛大なマッチポンプである気がしなくもないが、それはおいておこう。
偶然って大事だ。
そんなわけで、村人やら隊商の連中に囲まれて大宴会である。
我としては早く風呂を楽しみたい気持ちもあったのだが、それは後のほうがまったりできるので、宴会の準備の間に体を拭くだけにとどめておいた。
そして宴席では、集まった人々が口を開くたび、さんざん持ち上げまくられた。
内情的にはすごく気まずいのであるが、主賓であるがゆえに抜けるわけにも行かない。
うむ、真実とはかくも恐ろしいものである。
「今回は本当に助かりました!」
「気にするな、当然のことをしたまでだ」
本当にな。
「このように可愛らしいながらも、さぞかし徳を積んだ高名なお方なんでしょう?」
「それほどでもないのだぞ」
いろいろとアレな方向で高名だが、たぶん徳を積んだ覚えがない。
むしろ私利私欲のために好き放題やっているし。
「さすがですな導師様。まったくひけらかすところがないとは。聞いたかお前ら。商売でもこういうところは大切だぞ、見習っておけ」
「いや、本当に大したことはしてないのだ」
宿の主やら隊商の長やらにえらく持ち上げられるが、実際大したことをしていないのだから仕方がない。
むしろ盛大にやらかして申し訳無さいっぱいである。
「我は世情に疎くてな。供の者を連れて行脚するのが精一杯で、何も知らぬのだ。そんな中でこういうことがあったのだ。むしろ、なにかの縁なのかもしれぬ」
「ほう? でしたら、いっそ導師様さえ良ければ我々の隊商と一緒においでになられてはどうでしょう?」
「む?」
そう言い出したのは隊商の長である。
たしかにアンは魔族には詳しいだろうが、ここしばらくは我の封印解除にかまけていた孤高の変人である。
となれば、人の世情は人のほうが詳しい可能性も高いし、隊商ともなれば話す時間もたっぷりある。
「まあ、せっかくなのでこれもご縁ということで、大したことは出来ませんが護衛という名目で賓客扱いさせていただけたらと」
上手いなこの者。
要は、黙って荷台に乗っているだけで護衛料を払うし世情について説明するので、宣伝に協力しろということだ。
まあ「泉の呪いを解いた導師の加護がある商品」とでも言えば、護衛料ぐらい出てしまうのだろう。
お互いに悪い話ではない。
「ふむ。ではありがたくその話に乗らせていただいてもよいか?」
「はい、喜んで。むしろこちらからお願いした話でありますので」
我としては、とりあえず黙っていても街に行けるだけでありがたい。
いやまあ移動手段には事欠かないのだが、まずは世間慣れも必要である。
人里に死竜で乗り付けるとか、さすがの我もマズイと思うのだ、うむ。
「では、改めてよろしくお願いします。隊商の長、レミッテンと申します」
「術師オルレアという。よろしく」
そんなわけで明日からの予定もできた。
あとはゆっくりまったりするだけだ。
***
風呂である。
水が豊富に使えるのもあって、ここではこうした贅沢が許される。
しかもだいぶ広いのは、隊商などがここを通過拠点にするが故だろう。
そして今宵は我らだけの貸し切りである。
つまり、あたたまったり涼んだりふへーとなったり腰湯したり足湯したり、全てが思いのままなのである。
大浴場を我らが支配しているのである。
この全知全能感たるや、すさまじいのだ。
「うむ、やはり風呂は生き返るであるな」
「死んでいるわけでもないですけどね」
湯船に浸かり旅の疲れを癒やす。
我は疲労するような体ではないし、もはや血が流れているわけでもないのであるが、風呂に入ると血行が良くなりゆったりまったりする気がするのだから不思議である。
風呂すごい。
「とはいえ、其方もまんざらではなさそうに見えるぞ」
しかしアンのやつ、えらく美人であるな。羨ましい。
褐色の美しいカーブが水滴を弾いていて、みずみずしい事この上ない。
我がさほど劣っておるとは思わぬが、死霊術師の性質上、どうしても白く慎ましやかな体になる。
いや、別にもっと見目麗しく出来なくはないが、そこにかける労力とコストが見合わぬ。
それが目的の術師であればそういったことも構わないのであろうが、そもそも美しさには見せる相手が必要である。
ぼっちをメインに暮らし、その姿形を長らく鎧に包んでいた我にはさすがにそこまでする理由がない。
……負けおしみではないぞ?
「まあ、風呂が嫌いな女子はあまりいないのではないでしょうか?」
「たしかにな。風呂は我がまったりのなかでも上級の部類に入る」
山奥の温泉に浸かっていい食事をして寝るだけとかそういう。
世間から隔絶してだらだらとし、特になにもせず過ごし食っちゃ寝ざんまいをするという王侯貴族の生活とか憧れるのう。
いや、王侯貴族は見た目より案外忙しいので、あまりそんな生活しないと思うのだが。
「で、世界をまったりさせたいんですか?」
「させたい。というか、かつては出来ると思っておった」
さすがにちょっと強引だったのは自覚している。
うむ、自覚しているのだぞ?
「オルレア様は、お人好しなんだか自分勝手なんだか」
「む? 我はおそらく好き勝手に気ままに振る舞いたいだけだぞ。なんの気兼ねもなく」
時間が尽きるわけでもないのに満足したら嫌だし、満足しない適度な日常が満足なのだ。
適度にめんどくさくて、適度に困らなくて、適度に不満があって、適度に追求することがあるのがよいのだ。
ささやかな幸せなどと言いつつ、実際やろうとするとすごい贅沢なやつであるな。
「でも、みんなにもそうなってほしいとか思ってたりするんじゃないですか?」
「無理強いする気はないが、不幸は無くしたいと思っておるな。特に、死に関してはみんな考えすぎで、もっと身近でアバウトなものであって良いと思っておる。例え死が差し迫っておってもな」
死ぬ、というとすごいことのように思えるが、実際、こうした立場になってみると単なる区切りでしかないように思うのでな。
寝て起きるとか、卒業するとか、結婚するとかそういった人生の日常やイベントと変わりがない。
その証拠に、本当に老衰で死ぬ場合はぽっくりと逝くし。
死生観の違いはホント面倒である。個人でも国によっても種族によっても違ったりする。
とはいえ、死ぬときはまったりで逝きたいと思うものは多いのではなかろうか。
まあ、我も人であった頃はそうだったので、人間がそう思うのは仕方ないところではあるのだが。
「だからって普通、死者の国を作らないですよ。死霊皇帝陛下」
「あああ、その名前を蒸し返すな」
あれはつい大見得を切ってしまってえらい目にあったのだ。
我、コミュニケーションは下手だからな。特に空気読む奴。
ついうっかりに関しては定評があるのだぞ。
「ふふ……オルレア様が望んだような世になるといいですけど」
「なるといいのだが」
魔族のことも、かつての我が国のこともある。
双方とも、もしかすると我を恨んでおるやもしれん。
が、それも責任である。
責任を果たさないままに一人でまったり隠遁するとか出来ない性分であるからして、とりあえず今の世をいろいろ見て回らぬといかん。
まあ、謎の副官もいることであるしなんとかなるだろう。
悩んでもしかたのないことは悩まないのが長生きのコツだ。
「……なりますよ、します」
「アンよ、其方、随分とやる気であるな?」
妙にやる気なのが気がかりではあるが、やりたいと言ってくれる事自体は嬉しい。
ただし過度なやる気は気力減退の元になるから、なんとなくちょっとやる気ぐらいでいい。
1日15分とかそういう。
「オルレア様を見てると、その気になれますから」
「あまり無理せぬようにな?」
此奴、どういうつもりなのだろう。
最初からそうなのだが、妙に信頼度が振りきっておらぬだろうか。
でもまあ詳しくは分からないが、世の中、わからないことは多少放置しておいたほうが楽しいのだ。
人生は楽しみ方で決まるからな。
真実7割、嘘3割ぐらいでちょうどいいのだ。
それに、こう言われるのも悪い気はしない。
アンが悪人でないとわかっただけでも今回の収穫はあったし、なにより此奴、見た目と態度の割に腹芸が出来るタイプではない。
なにか含みがないのであれば、我に困るところはない。
いや、まったく困らないと言ってしまえば嘘になるが、困ったところで害はない。
特に我に何かさせたいわけでもないのに封を解いた理由が気にならなくはないが、それはまあ、いずれ時が来ればわかることであろう。
時間で解決するものなら我、得意であるし。
そんなとりとめのないことを、考えてるようで考えてないようでぼーっとしながらのんびりする風呂はひどく心地よかった。
ひと仕事終えて600年ぶりの風呂というのは、また格別なまったりなのである。