049 : 閑話・肉巻きメガネ女の憂鬱
あいも変わらず問題しか起きないせいで、”氷刃”フェレは自室にていつものように悩んでいた。
結果から言えば、マオリーシェに全部ぶん投げて舞踏会をスルーした代わりに、しっかりと得るものが得られた事自体は喜ばしい。
だが、問題は黒の賢者のことだ。
適当に服を脱ぎ散らかしたまま、客間のベッドでごろごろしながら考える。
いきなり、誰もが見向きもしない末席の王族を持ち上げて、まるで救世主かなにかのような特別扱い。
なんの実績もない泡沫貴族が、前触れもなく突然、大臣に任命されるようなもので、本来なら諸侯が納得行くわけがない。
けれど、今回の話はちょっと違う。王子でありながらもともと地位を持っていないがゆえに、実権はないのに謎の権威だけが発生した。
素晴らしい容器があるのに中身がない、おかげでどうにでも使い道がある。
使えるなら納得行かなくても使う、というのが貴族社会。放っておけばきっと骨までしゃぶりつくされる。
しかも、3国共同開催のメインイベントで主賓が堂々と発表、ほぼ黙認という形で肯定されてしまった。
賢者を連れてきたマシュケ、開催国のサクラシエロは言うに及ばず、マオリーシェのヤツまでそのままアプローチしてしまった以上、3国とも、非公式ながら見かけ上は認めた形になる。否定しようにも、今度は他国の顔を潰すことになる。
見るからに狙ったような、しかもこういう特別な時でないと出来ない、絶妙なタイミング。
それに、マシュケが勝手に連れてきた謎の小娘なんかより、目に見える形でサクラシエロの恩恵がある王子に主役が変わっても、誰も困らない。
寝返りを打ちつつ、豪華な天井を眺めながら想像をめぐらせてみる。
……もし、最初からコレを計画されていたと考えると、かなりえげつない。
明らかに強引で無茶振り。なのに、誰もがどこか納得行かないまま、自己の利益と関係性のために否定が出来ず、納得させられてしまっている。
社会戦としてはこれ以上無い成果だ。
ある意味、定食の味には微妙に不満がありつつも、ボリュームとコストパフォーマンスの良さに馴染んでしまったために、絶対に必要になってしまった状態に近い。
つまりは、一度慣れてしまったら最後、あとは嫌でも通うしかなくなる。
複数の国家を相手に、たった一晩、それもほぼひとことで馴染みの定食屋を作るとか、明らかに常軌を逸した所業だ。
賢者が教育事業で多大な成果をあげたと聞いていたが、あれはおそらく作り話でも仕込みでもなく、本当にそうなのだろう。
もしそうなら、考えを大幅に改めなければいけなくなる。
相手は、社会や利害関係を知り尽くしている、交渉術の化物だ。
一般社会は言うに及ばず、貴族社会やスラム街ですらその範疇にあるとなれば、視野ではるかに先を行かれている可能性がある。こちらが知らないうちに見たこともない切り札を切られて試合終了だ。
となれば賢者、などという生やさしいものではない、それこそ怪物とか魔物と呼ぶにふさわしい。もはや異類異形の悪鬼羅刹のたぐいだ。
どこかの宰相などに収まったら、周辺の国がポップコーンのような軽さでぽんぽんと転がりかねない。
さらに言えば、もしこの調子で定食屋などを経営したら、周辺の店を吸収合併し、国をまたいで影響力を持つ気がする。
むしろ国の高官でないほうが、定番に収まらなくて怖い。庶民の生活と胃袋を支配され、多国籍に渡る影響と財力まで持たれては、政治では対抗できなくなる。
きっとこれだけのやり手なら国境など関係ない。聖王国を中心に定食で一大事業を築くはずだ。
戦ではない上に、多方に渡って利益をもたらすとなれば広がりは抑えられないし、ギルドの旧態然とした既得権益をメインとしたやり方では対抗しようもない。飲みこまれるか丸めこまれて終わりだろう。
それに、黒の賢者亭特盛A定食というのがあれば、私でも食べてしまうかもしれない。いや、自然と食べることになるだろう。
考えてみるだけで恐ろしい。
表向きは「安くてボリュームがあり、そこそこの味と安全が保証される食生活」が保証されるという支配で済む。が、裏を返せば、定食屋がそれだけの規模で動くなら当然、材料も人手もそれだけ必要になる。
つまりは、農業生産を含めた、全国の大規模食品流通が個人の手に握られたも同然だ。しかも、雇用人員を始めとした、事業に関わる人数もとんでもないことになる。
かつて、そこまで手を広げた商人はいないが、スラムまでも数ヶ月で支配したことを考えれば、その可能性も大いにある……たぶん実際に定食屋はしないと思うけども。
だが、おそらくは賢者がその気なら、そうした影の実効支配ということが出来るような、それだけの潜在能力を秘めていると思っていい。新興宗教などで同じことをやられたらたまったものではない。
そう考えると、危険な芽は早く摘むべきと考えられなくもない。
しかし、その一方で「やらせるだけやらせて首根っこを押さえる」ことも出来るかもしれない。
つくづく、街で彼女から少しでも話を聞いておいてよかったと思う。
まさかあの小娘が賢者だとは思わなかったが、思い返してみれば妙に達観していた少女だった。
たしかに、いま考えると街で服を汚されたのは幸運だったと言える。実際、なにが幸いするかわからないというのはその通りだが、ここまで外交に影響があるとなると馬鹿にならない。
「世界を揺るがす肉巻きご飯……よね」
冷静にツッコミを入れてみる。
肉巻きご飯の地位向上に少し貢献した気がする。
服は犠牲になったのだ。
と……待てよ。待て待て。
もう少し冷静になって、視点を引いてみる。
そもそも、それだけの実力者が都合よくぽっと出て、ストレアージュ絡みの問題が一挙に進み、そのきっかけになったかもしれない話など、もろもろ時期が綺麗に一致しすぎる。
仮定だが、もし魔王が復活して南の森に再臨、もしくは力を取り戻したとして考えた場合「復活の儀式を執り行った人物が、再侵攻の下準備として周辺国家の取りまとめをしている」とすると、いろいろとつじつまが合う。
あえて考えないようにしていたけど合う。
割と合いすぎてマズイ。
大量殺戮犯と噂される人物と知らずに立ち飲み屋で一杯やったら、ポケットから怪しげな刃物がでてきましたくらいにはマズイ。
そう考えるとむしろ、またハズレくじを引いたんじゃないだろうか。
肉巻きご飯の地位が少し揺らいだ気がする。
「ああもう、なんでいつもいつも、こうしてめんどうごとばっかりぃー!」
うん、ひらがなで暴れてみてもむなしかった、かなり。
ちょっと年齢的にも、そろそろひらがな言葉の声が痛い気もしなくはない。
でも大台に乗るまでは可愛い、可愛いはず、まだ可愛いの範囲! 氷とかなんとか言われているけど、ぴちぴちの美少女なんだから!
なのに、世間はどうしてこうも美少女であるはずの私に冷たいのか。美人だったら世間が優しいとかずるいとか言いやがる人がいるけどウソ、あれ絶対ウソ。だって年齢=恋人いない歴を絶賛更新中。
ちょっと仕事に真面目なだけなのに、どうしてこうも世間の風は冷たいのか。そもそも氷なのに、これ以上冷たくしなくてもいいと思う。おかげで結婚まで氷河期が来そうで頭が痛い。
仕事もできて美人で収入も屋敷もあるのに、男の影も形もない。世の中ホントままならない。
だと言うのに、恋人探しの前に、魔王の相手をしないといけない業務が立ちふさがる。
とりあえず、そういうのは普通、勇者とかの仕事じゃないだろうか。勇者がいないにしても、たぶん一介の魔法事務官が全部回す仕事じゃないと思う。
だいたい、ウチ以外の占星術の連中はなにしてるんだ、すごい勢いで殺すぞ。煮て焼いた上に茹でて炒めるぞ。それこそ冬風に10日ほどさらしてから食うぞ。
いい加減、気づいてるのがウチだけで動いてるのがウチだけっていう状況、ちょっとどうにかなりませんかね。もう前兆から数ヶ月過ぎてるんですよ。こういうのってあちこちで観測してあちこちで集まって相談とか無いんですか無いんですねそうですかふざけんな。
しかも、しかもですよ。魔王調査以外に他の仕事も兼務。魔王討伐が日常業務のついでっていうのもどうなのか。お役所仕事ここに極まり過ぎじゃないですかね。
こういうのって魔王対策特別チームとか作って、少数精鋭でざざーって集まって、しゃきーんって活動するもんじゃないですかね。ウチの昼行灯が全部私に押し付けるせいで、そんなもの作る権限のない私としては内緒話抱えたままこうやってベッドでごろごろですよ。
「うーあー」
しかたないので、声に出しながら未来を求めてごろごろしなおしたけど、なにも解決しなかった。うん、知ってた。
美少女のフェレは突如アイディアがひらめいたり、誰かが助けてくれたりとかない。現実は非情である。
……いまちょっと美少女と美女の中間の生命体であることを意識して自己嫌悪になった。
でも気持ちはまだ20前半、できれば10代後半でいたい。
魔力のせいで肌年齢は負けないのだし。
そこまで考えてふと気がついた。
あの賢者は、はたして人間なのだろうかと。
魔族であるなら年齢詐称じみた達観もその手腕も全部納得がいく。
ただ、こういう場に入ってくるとなると、どう考えても伝説級や伝承級の魔物になる。普通の魔族はこうした建物に入れないし、争い防止のために儀式魔法レベルの強力なモノでなければ魔法は霧散する。だいたいそんな強力な魔法なら誰かが気づく。
だから、もし。
それをすり抜ける存在なら……と考えると恐ろしい。
儀式魔法を隠蔽するようなろくでもない相手なら、気づけないからだ。
そして気づくことが出来ないと考えると、対処しようがない。
「……ま、いいか」
明らかにいいわけないのだけれど、対処しようがないなら私が考えても仕方がない
第一、ここはサクラシエロであって聖王国じゃない。しかも推論ばかりでなんの確証もない。
単なる想像で主賓をとっ捕まえでふん縛ろうとか。うん、ふつーにムリ。やめやめ。
だいたい、彼女を抱き込みたがってるマオリーシェが許すはずもない。
藪から蛇をつついて出すのもなんなので、あとで縁だけ増やしておこう。
もし推論が合っているならしばらく後にどうせ出会う。それなら顔見知りの方がいい。
少なくとも、もし本当にそんな大物がいたとして、わざわざこんな人間らしいルールで動いているなら、その必要があるに違いない。
人間ルールなら人間のほうに分がある。
なら、魔族の都合に合わせに行かなくてもいい。
……だってこれ以上仕事増やしたくないし。
……年明けからずっと修羅場とか体調不良続いてるのですがそろそろなんかできそうな気もします
すいませんすいません、毎月挿絵と同時に別件2つぐらい重ねてやってると流石に忙しかったんです
よろしくよろしく




