003 : 呪いとアン
そんなこんなで我の封じられていた遺跡に戻ってきた。
アンが仕掛けていた呪いがすっかり悪さをしてヒドイことになっているらしい。
ということで、それを止めるべく現場に戻ってきたのではある、が。
「アンよ。これ、だいぶひどくないか?」
「だいぶひどいと思いますね」
うむ、あたり一面、瘴気の沼と化しておる。
「普通は一歩ごとにダメージ受けるんじゃないですかね、アレ」
いや、ダメージで済むのは其方ぐらいだと思うぞ、アンよ。
普通は死ぬぞ。
というか、既に土地が死にかけておる。
放っておいたらきっと未来永劫、何人たりとも立ち入れない土地になると思う。
鍋のスープを何日も放置してしまって、うっかり誰の手も触れられない聖なる鍋になるようなものだ。
「いや、まさかこんな副次的効果があるとは思いませんでした」
そこ、照れ笑いするところではないぞ。
「強い呪いだからな。そういうのは封を解こうがどうしようが呪い続けるのだ。其方、術式だけ構築してその後のことを考えずにやりおったな?」
「はい。封を解くためだけにあらゆる手を打ちましたので、その後のことまでは」
此奴、露骨に目をそらしおったぞ。
呪いは、封を解くまで氷を溶かすように均衡を保っていたのであろうが、氷が溶けてしまえばあとは温度が上がる一方なのだ。
そしてまさに現在、ぐつぐつと湯が沸いているようなものである。
まだ空焚きになっていないだけマシではあるのだが。
「しかし、それはそれとしてどの方法を取ろうかの」
「解呪の他にも方法があるのですか?」
「いくつかある。いくら強力な封印を汚染するための重ねがけの呪いとはいえ、これなら程度が軽いから解呪で済みそうであるし、もし面倒ならさくっとやる、さくっと」
「アレを程度が軽いとかどれだけ呪いに詳しいんですか……」
「其方の性根が生真面目なだけであろう」
死霊術師は呪いのエキスパートである。
なので、死霊術も高位となると呪いの構造から解き方まで全て知っている必要がある。
まあ、解き方まで来るとほぼ趣味の領域ではあるのだが。
楽器の演奏が上手くても、楽器制作が上手いかどうかというのはまた別の話である。
そこまでするとなると、趣味が高じて自分に合う道具を自分で作ってしまうようなものだ。
でも、まったり悠々自適に暮らすにはやはり趣味が必要だと思うのだ。
そんなわけで、我は解呪についてもだいぶ詳しい。
それにほら、もし我が眷属に「いやあ、ボク満足したんでそろそろ昇天してもいいかなー」とか言われた時に「すまぬ無理、半殺しが限界」と言うのはさすがに無責任だと思うのだ、王として。
一時期ぱかすかと無節操に死の眷属にしておったのであるから、それくらいの責任は持っておらぬとちょっと枕を高くしてまったり出来ない。
「とりあえずは、アンのお手並み拝見と行こうかの」
「うう……」
呪いというのは一種の黒歴史ノートみたいなところがある。
綺麗にとったノートに余計な落書きを追加して、あとで読み返す時にいろいろアレな気分にさせるような行為が望ましい。
いたずらでどれだけウケを取れるかみたいな部分があるのだ。
だから、下手に解こうとすると更にぐちゃぐちゃになるし、うかつなことをするともっとひどいことになる。
ブラックジョークと子供のいたずらの集大成なのだ。
しかしコレ、継ぎ足し継ぎ足しでいろいろ追加されてあるからややこしくなっておるな。
なんというか、完成品にコテコテとあとから追加してる感じなのだ。
まあ、呪いが専門ではないのであろうことはすぐに見て取れる。
おそらく必死に切り貼りしたのだろう、いろいろと微笑ましい努力がなされている。
「うむ。其方、案外かわいらしい術をかけるのだな?」
「……っ!」
うむ、照れる姿を見るのはかわいいのう。
此奴、どうも第三者的目線で我を見ているかと思えば、術式を見る限り、必死で健気さがずいぶんと垣間見えておる。
どうも思っているより悪いやつではなさそうである。
思いついた注釈や設定を追加してひたすら書き込んだようなものだものな、コレ。
ただ、もともと性根が良いのか、内容がいちいちいじらしく丁寧で綺麗なのだ。
ついうっかりイラストを書き込んでしまったり、定規を使って謎の表や図形、グラフを作ってしまったり、わざわざきちんと注釈や訂正してあったりする感じのそれだ。
この道の大先輩としては、かわいい事この上ない。
此奴、こっちの道に来るとだいぶ完成度の高いパラパラ漫画を作るのではなかろうか。
「まあ、気にするでない。コレが数年たって育ってしまえば我も面倒くさくなって別の手段を取るであろうが、今のうちなら解呪できる」
「それはホッとすべきところですかね? それとも古傷をえぐられているんですかね?」
「望むなら音読してやってもよいのだぞ?」
あ、泣いた。
仕方ない、ネタとして弄るのはこれくらいで勘弁しといてやろう。
魔術とは、基本的には流れに結び目を作ることである。
本来、滞りない流れの中に無理やり結び目を作ってせき止めるものだ。
これが一般の魔術であれば、綺麗な結び目を主とする。
必要があれば、すぐに解けるのだ。
だから、太く美しくわかりやすい結び目を作って流れをせき止め、それを開放することで力を行使する。
高位になればなるほど、すごい飾り結びができるわけだ。
アンはおそらくそういった方面に才能がある。
一方、呪いは解けない結び目を作る。
ひとことで言えばきわめて底意地の悪い結び方だ。
こんがらがった結び目に更に結び目を作ったり、余計に糸を追加したりと、ぐちゃぐちゃにして放っておく。
場合によっては裂けたり増えたり伸びたりするし、粘ついたり臭かったりする。
発想の数だけ自由があるクリエイティブな世界なのだ。
……綺麗な言葉でだいぶごまかした気がする。
まあ、我のような死霊術師ともなると、そもそも生と死が混ざりすぎて結び目だかなんだかわからなくなっておる。
我を聖剣では滅しきれなかった理由もそこにある。
つまり、ひどすぎてバッサリ切ったぐらいでは結び目がすべて解消できなかったのだ。
さておき、これくらいのこんがらがり具合では、我ぐらいになるとどうにでもなる。
普通の術師ではたぶん、心が折れると思うが。
20年間耐久でこんがらがった結び目をひたすらほぐせとか言われたら泣く者は多いからな。
「幸い、其方の性根が垣間見えておる術式であるからの。我と比べてだいぶ素直で真面目と見える。何が其方をここまで駆り立てたかは知らぬが、コレなら傍においても安心であるな」
「……いえ、お手を煩わせまして申し訳ないです」
「よい。理由は知らぬが忠臣が出来たと思えば問題ない。そして家臣のしでかしたことに責任を取るのは王の務めぞ」
「ありがたき幸せ」
だってこの結び目な。
わざとほどけにくいような変な仕掛けがないのだ。
我だったら絶対、のりで固めたり、火で炙って一部溶かしくっつけてしまったりすると思うのだが、そういう発想がない。
丁寧に丁寧に一個ずつ結んであるのを見たら、あまりのいじらしさに泣けてくる。
一見すると飄々としてるが、きっと苦労したのであるな此奴。我のために。
「あらためてよろしく頼むぞ」
「御意」
うむ、愛い奴よの。
手間はかけてあるが、こちらも手間さえかければ素直にほどけるのだ。
そして通常であればその手間も大変なものであるが、我にとっては造作も無い。
というかこんなに綺麗な呪いを作られると、我の性格の悪さがでているようで泣ける。
昔、呪いで知恵の輪とか作ったら泣かれたものなあ……。
「さて、ほどけろー」
「だいぶアバウトに思えますね?」
「そうか?」
「いちおう10年がかりで組んだので」
「たっぷり10年分ほどけろー」
「あまり変わりません」
「倍以上呪文を長くしたのにか」
「個人的にはもう少し偉大さをお願いできると嬉しいです」
仕方あるまい、これで解呪出来るのだし。
「まあ、これでよい。水脈さえ戻れば、自然と呪いが解けるであろう」
ここの水脈は優秀だ。
糸をほどきさえすれば、勝手に呪いは浄化されるだろう。
我を封じるための泉の水としても利用していたぐらいなのだから問題ない。
「……陛下」
「オルレアで良い」
む、目が真剣だぞ。
「オルレア様は、得体のしれない私の事までこうして気遣うのに、どうして魔王なんかされていたのです?」
おや、我のことが奇妙に思えたのだろうか。
これはこちらも誠意を持って答えなくてはなるまい。
「まったりしたいからだ」
「ぷっ! あははははは!」
笑われた。
それも思いっきり。
本音なのに。
仕返しのつもりか、ぐぬう。
「む、笑わなくても良いと思うのだが」
「いえ、世界を滅ぼしかけた魔王の本音がそれかと思いまして」
ああそうか。
我、うっかりして、まったりしたいから風呂に入りたいとか呪い解きに来たとかすら言っておらなんだものな。
それどころか必要最小限しか会話しなかったように思う。
こういう時、ぼっちが長いと会話スキルが足りなくて泣く。
演技はともかく、必要なことを伝えるとかすごく苦手なのだ……。
ほら、頭のなかで思ってることって、つい言った気になったりするであるぞ。
「我はまったり王であるからな。まったりするとも統治せずをしたいのだ」
「ふふ、だいぶわがままですね」
「うむ。世界の命運をかけた戦いのクライマックスを迎えておる時に、隣で茶を飲みつつ菓子をつまみながらまったりとかは難しいのでな」
誰かが泣いておるのにまったりというのは気が引けるし、知り合いが困っておるのに放っておくのもなんだし。
「ますます気に入りました、我が主」
「そうか。我は褒めると調子に乗って伸びるタイプであるからもっと褒めるが良いぞ」
それでつい安請け合いとかしてしまうのだがな、魔王とか。