040 : 計画の全貌
舞踏会前日である。
とはいうものの、今日はとくにやることもないので、だらだらしつつ食っちゃ寝の限りを尽くす。
まあ、露店や街の食事もよいのであるが、宿泊施設であるところの離宮での食事もなかなかよいのである。ちょっとしたものであれば、無理さえ言わねば割りと応じてもらえるのもありがたい。
さすが舞踏会、さすぶと。
なので、部屋にデザートを持ち込んでまったりなのだ。
部屋もなかなかに豪華で、ふかふかおふとんである。
東っぽいけど南っぽい不思議な部屋であるのだが、コレはコレで調和が取れていて面白い。
などと言っても、我とて、東も南も詳しいわけではないのだが、それっぽい気がするのでそれっぽいのだと思う。たぶん。
そんな部屋でまったりくつろいでおるわけなのであるが。
「舞踏会の計画とかって、なにかあるんです?」
風呂からあがるなり、アンが聞いてきた。
湯上がりに聞くことなのかという気もしなくはないが、本番は明日であるし我もなにも言ってないので、気持ちはわからなくもない。
しかたない、計画を教えるとしよう。
「うむ、ないぞ」
「またですか」
「うー」
うわーって顔をされる。
まさか、なんかあるとでも思っておったのだろうか。
「でも、どう考えても例の魔族……秘書官さんの関係者とかいそうじゃありません?」
「うむ。だが、うかつに手など出してこぬぞ。でなければこんな静かには事を運ばぬ」
だいたい、こんな手の込んだやりかたをしている連中が、力づくで事を運ぶなどありえぬのだ。
そうしたくないからわざわざ手のこんだことをしておるのに、全部台無しにする理由もない。やるなら、舞台裏や路地裏でひっそりとに決まっている。
そっと後ろから近づいて、いきなりひざかっくんさせるのが一番効くのだ。
「なんだかややこしそうですねえ」
「うー」
クェルは早くもパンク寸前であるので、考えるのを放棄して、ベッドでごろごろモードである。
「まあ、なにかちょっかいくらいはかけてくるかもしれぬが、その程度であろう。なんかあったら友好を深めておくぐらいでよいのだぞ」
我らをなにかの犯人に仕立てあげるとかもありえなくもないが、マシュケの益に反するし、なにより開催元の南部3王国全体が責任でヤバいことになる。
主賓が立場を失っただけでは、国際問題はなくならないし、国を混乱に陥れるのは本意ではなかろう。少なくともまだその時ではないと思われる。
だいたい、こそこそ頭を回す奴なら、もっと頭いい方法があるのではなかろうか。
「でもこう、せっかく辿り着いたお披露目会なんですから、なんかするんじゃないですか?」
「まあ、するといえば、する。割とめんどくさいやつだし、目当ての相手がおるかどうかにもよるのだが、だいたいはおる」
我とて、いくつかこんな感じかなーみたいなものがないわけではない。
というか、こういうものは予想ぐらいしか立てられないのだし、その場でどう動くかの裁量のほうが大事なのだ。
行きあたりばったりとも言う。
「一応、なんだかんだで計画っぽいものはあるじゃないですか」
ううむ、こんなものでも世間では計画になってしまうのだろうか。
「こんな、あやふやな出たとこ勝負なものは思いつきレベルだと思うのだ。さすがに計画とは言わぬのであるぞ。雨降りそうだからカサを持って行こうか、と言うくらいのことなのだし」
「それでどうにかなるっていうのもそれはそれですごい気もしますが。となると、計画っていうのはどういうものを指すんです?」
「計画というのはこう、いずれ獣連中を掌握しつつ、エルフたちのいる海にきっちりと視察しにいきたいのである、というのを言うのだぞ」
「かなりダメなやつですね」
「夏のバカンスであるのだぞ」
獣の国と海の国に来ておいて、もふもふして毛だらけにならないのも、水辺で寝っ転がったり波打ち際で追いかけっこしないのもいろいろ失礼なのだ。
「えーと……同盟の改正はどこ行ったんです?」
頭イタイわー、という態度をあからさまにされる。
もちろん、我へのあてつけである。
「それはモノのついでであるぞ。考えてもみるがよい、改正ともなればいろいろなところが得をして世の中が少しだけスムーズになるのだ。なら、我らもそれだけのまったり分を対価として手に入れるべきである」
「うわぁ……だいぶ世俗の垢にまみれた賢者じゃないですか」
「なにを言うか。私利私欲はモチベーションの基礎なのだぞ。誰も、自分のために働き自分のために休み自分のために遊ぶのだ。清く正しく欲しがらずなど愚の骨頂。清貧したい欲にまみれた者共が気持ちよくなることでのモチベーション喚起という報酬にしか使えぬのだ」
物をもらわないというのも、それはまた自己啓発的で感情的な対価の一種であるのだ。
世のため人のためにしたい、というココロもまた私利私欲なのであるから、労働対価なんかみんな欲しいに決まっておる。もらって嫌がる人はあまりいないと思うのだ。
あ、我はちゃんといただくものはいただくのである。むしろ多めがお気に入りであるな。
「えー、あちこちから文句でそうな感じで、だいぶ夢と希望にあふれた意見ではないかと」
「金と時間は回してこそ世のため人のためであるのだ。金があればモノが作れるし給料が払える。人を雇うことで人を助け、世の中の改善改良ができるのである。まあ、手弁当も大事なのだが、他人に要求することでもないし、やはり対価がもらえないとしょんぼりすると思うのだ」
「おや、オルレア様のことですからついてっきり欲の権化だと思ってたのですが、案外ちゃんとした話ですね?」
「欲の権化であるからこそ価値には忠実なのだぞ」
他人の協力やボランティアはなかなかに貴重で嬉しい行為である。
それは気持ちを労力に変換する行為であり、わざわざ他人が自分から「なんでもしますううう」と言うから尊いのであるな。
ちなみに「ヒャッハー! なんでもしてやるぜええええ!」だといまいち嬉しくない、ふしぎである。
ただ、基本的にはそれも含め、労力は必要な対価があるべきで、うまく行ったら成功したいに決まっておる。
清貧であるべきことや気持ちで働けというのを他人が要求するとなると、それは「お前ちょっとずるいから金よこせ」とか「てめえだけ抜け駆けは許さん」というのと同じ意味になるのだ。
ひとことで言えば、気持ちのカツアゲである。いろいろと失礼まみれになるのであるな。
かと言って対価を正当に要求すると欲の権化と呼ばれる。
とかくこの世は生きづらいのである。
「あ、それはたしかにそうですね……実際問題、やりたいからといってやらせっぱなしというのも、だいぶ勝手なところありますし」
なんかすごい納得された。
此奴、ときどき妙に下働きでだいぶ泣かされたっぽい実感があるのだよな。
もしや地下魔族アイドルとしての下積み時代とかあるのだろうか。
「まあ話を戻すと、要はバカンスのためにがんばるのであるぞ、我」
「だいぶざっくりですねえ。具体的には、それって計画というより生活目標な気がします」
「紙に書いて壁に貼っておくと効果高いのだぞ」
「目に見えるところに貼っておいても、長くて3日もすれば忘れてるじゃないですか」
図星である。
「まあ、今回は相手が国であるからな、しかけが必要であるのだ」
「前回も国が相手でしたよね?」
「ちょっと違う。前回は街をメインとした市民問題が中心であるが、今回は貴族問題なのだぞ」
「どう違うんですか?」
「ひとことで言うとうざい」
「うざいんですか」
「うざい」
うむ、すごくうざい。
貴族というのは、基本的に面倒に足が生えた生物のことである。
・物事をはっきり言わず、いやみったらしくもったいぶった言い方をする
・群れの様子を気にする、孤立すると寂しくて死ぬ
・権力が好物で匂いに敏感、すぐ反応する
などという生態が見られる。大きくなると態度が悪い個体に育つことがあるので、これも迷惑である。
「オルレア様がうざいというならよほどですね」
にこやかにそこをいじるのか此奴。
ぐむう。さわやか笑顔がにくい。
「政治屋さんの言葉遊びに付き合わねばならぬのだ。金よこせ権利よこせという内容を、民のためひいては国のためと言う連中とゲームする必要がある。正直めんどくさい」
「でもそれは、買い食いしたいという内容を、世のため人のためと言うオルレア様にはぴったりなんじゃないです?」
「だが、そこは前回と同じで、我はいつまでもここにおるわけにもいかぬであろう?」
「……あ」
まあそういうことであるな。
「要は、我らの代理をしてくれるプレイヤーを立てる必要があるのだぞ」
「たしかにそれは面倒そうな……」
「で、それが出来る条件はある程度最初から決まっておるので、計画もへったくれもないのだ」
「つまり、やることが決まってて、出来ることが決まってて、どうするかも決まっていると」
あー、だからこの人こんなアバウトに構えてるのかーという顔をされる。おのれ。
というか舞踏会という時点でそんなものなのだ。
「なので、特にいまやれることもないので、こうしてまったりしているのだぞ」
「すっごく人まかせですね」
「すっごく人まかせなのだぞ」
人まかせは大事なのだ。
魔王は確かに結構なんでも出来るのであるが、魔王が出来ることしか出来ない。
どんなに万能でも、魔王では人間が出来ることは出来ないのだ。
それに、ひとりではふたりで出来ることもできないし、友人も出来ないぼっちなのであるぞ。
「……で、どんなのです?」
アンは、納得という顔をしつつも興味深そうに質問してくる。
フォロー役としては知っておきたいところであろう。
「素質があって、勤勉で、やる気があって、地道で、真面目で、向上心あるけど、世間になびかないのがいいのだぞ」
「なんですかその完璧超人」
あ、勘違いしておるな。
「言っておくが。頭回るけど引っ込み思案で自信がなく、凝り性だが趣味人で世間から嫌われつつ、やる気はあっても表に出せないまま興味ないふりをして、人生いろいろ空回りしてる奴のことであるぞ?」
「……は?」
「貴族にはそういう、どうにも世間に馴染めなくて困っておるものが結構いるのだ。で、大抵は、いろいろめんどくさくなって好きな趣味をやりつつ、厄介者扱いされてたりするのであるな」
「いやその、なんで完璧超人がそんな、世間になじめないイマドキの若者代表の話みたいになってるんです?」
アンに、すごくうわぁって顔をされる。
そういう目で見られやすい若者達は、なかなかに大変な時代であるな。
いつの時代も若者はそういうものであるのだが。
よろしい。
いまこそ、荒波をバックにその理由を世に示す時である。
腕を大きく振り上げ、ばーんと机に手を叩きつけて語るべきである。
「決まっておる。世間の流ればかりを気にして上目遣いではらはらしておる連中や、お偉いさんのご機嫌取りにうつつを抜かしておる連中に、ダイナミックな政治はできぬのだ」
ここで左手を広げ、振りかざすように熱く。
さらに右手を構え、空中にろくろを描くのだ。
「そして、すでに権力がある連中は、我らを利用しようとするばかりで言うことを聞かぬ。つまらぬ権力闘争と保身に明け暮れ、私腹を肥やすだけであるのだ」
そして、いまこそ、この!
しなくてもいいのに溜めまくったろくろの想いを! 一気に解き放つ時!
「だが、そのような世間の荒波に抗いながら! 内に秘めた熱い思いを胸に、己の道を高め極めようとする前途有望な若者がおる! 彼らこそ、日の当たる舞台に立つべきなのだ!」
ばばーん!
まさに完璧な演説である。
しばらくの沈黙の後、アンがようやっと口を開く。
「……ええと、その、いいですかね?」
「うむ、なんでも聞くがよいぞ」
「つまり、そのへんの弱小貴族でくすぶってる、趣味人な若者の首根っこ捕まえて、泣くまで殴って育てるって意味であってます?」
「あってます」
うむ。なんだか、ひどくこじんまりとした内容にされた気がする。
おかしい。あれだけの大演説だったのに、なにが問題だったのであろうか。