039 : 白椿の姫巫女
センワツヅラはここ数日間、ステキに舞踏会準備である。
各国賓客が集まる3国会議のための舞踏会なので、まあいろいろ忙しいっぽい。
とにかく国賓級の連中と部下がたくさん来るので、警備の確認や手順の確認、人の手配や管理でいっぱいいっぱいである。
世の中の動きというのはなかなかに大変なのであるな。
そして、ケモミミの連中がしっぽを振りながらちょこまかと動き回る姿は、可愛らしくすばらしいのだ。まさに眼福の国と言えよう。
そんな風に世間がしっぽをぱたぱたしておるので、我もなかなかに大忙しである。
クェルをダシにしつつ、こうやって街に繰り出してはつまみ食いして、アンに怒られる日々を過ごすのにいっぱいいっぱいである。
あとレミッテンにうまそうなものを買いだめさせたりとか、必要なモノを頼んだりとか。
なお、財務大臣閣下には顔をあわせるたびに白い目で見られている。
あまりやり過ぎてくれるなということであろう。
たしかに、今回の我のお披露目の成否が大臣閣下とマシュケの立場を握っているとも言えなくないので、気苦労が多い要件だと言える。責任者は大変なのであるな。
あ、我も責任者ではあるか、当事者なのだし。
無責任責任者、よい響きである。
「しかし、3国共同開催ともなると、どこも大変そうであるのう」
街の様子といえば、そうした政治的な忙しさとは微妙に関係ありそうでない。
とはいえ、各国もただ遊びに来るわけではなく、視察や調査などもしたりする。もちろん市場にも来るし、街の様子もチェックする。
そのため、ここでなにかアピールできておくと商売に繋がるなりきっかけになることもあるのだな。
ちょっとしたアピールが人生を変えてしまうかもしれぬので、どこも売り出し真っ最中で活気があるのだ。
「たぶん堂々と忙しくないアピールをしているのはオルレア様だけだと思いますよ」
きっと、街で遊び呆けている謎のちんちくりんをマシュケが連れてきたのも噂になってそうな気もするし、そうであろうと思わなくもない。
「でもこう、米食文化を存分に堪能するのは大事なのであるぞ」
「うー」
飯に関する問題では、クェルは強い味方である。
「というか、よくまあこれだけ遊び歩いて飽きませんね?」
「まあ、アンがこの様子であれば、程よく呆れられるのでないかな」
「……もしかしてなにか狙ってます?」
「バカっぽい小娘がぴしっとしたほうが、ギャップ萌えするであろう?」
それまでは、お貴族様連中に舐められるぐらいに見せつけるのがよろしい。
だいたい、挨拶回りするような相手もおらぬし、今の段階ではむしろ、こちらからやりたくても止められる。謎の賢者がマシュケから社交界デビュー、というシナリオなので、いま変に動かれるとまあ怒られる。
つまり我にはやることもないので、そうなると街に繰り出すしかないのだ。
本当は外出もさせたくないのであろうが、すでに旅の途中から実績を積んであるので放ったらかしにされているのであるな。
うむ、信頼というのは大事である。
「またそういう、すぐダメっぽくて自堕落な方向に走るんですから」
そうやってアンに嘆息されるのであるが、そういう憂いのある美女というのもなかなかによいので、うかつに止められない。
なんだかんだで此奴、とにかく見目が良いので、やることがいちいち絵になるのだ。
「腹が減っては戦が出来ぬし、やはり魔王たるもの、堂々と構えておるのがよいのだぞ」
「うー」
クェルはこちらに来てからというもの、飯が合うのか、いつもゴキゲンである。
なので初日にクェルに黙って買い出しに行った際、すごくふてくされられた。おみやげ買って帰ったのに怒りながら食べたくらいには。
それ以来、こうして我の外出には毎回付きあっておる。
「まあ、私がなに言ったところで、どうせやるのは分かってますけどね」
「そう言うな。どうせ見てる連中は見ておるのだ、すでにいろいろ始まっておるのだぞ。其方もそう思うであろう、そこの子供?」
「……えっ?」
「う?」
我の視線の先にあるのは獣人の少女である。
アンもクェルも気付いておらぬようであるが、ずっと見られておる。
この国に入った時からであるな。
獣の技であろうか、ちょっと風変わりな感じである。
おそらくは魔力を利用しておる特殊な遠見の一種で、厳密には明確な術というものではないのでなかろうか。
力の糸の揺れ具合だけを頼りに、向こうから勝手に様子を探っておるからわかりにくいのであるが、さすがにこれだけ外出を繰り返しておるのに、ずっと我を中心に安定した波があれば気付くというものである。
正確には、違和感がないことでしか気付けないというタイプなのがまた厄介である。普通は気分が落ち着くだけであるし。異国で落ちつけば、安心こそすれ疑わない。
おかげで先日、人にぶつかってしまったのだぞ。
「ふふ……どこから気付いておるのかえ? 面白い賢者殿であるの」
子供の獣人が、にぃっと笑う。
あきらかに、年にそぐわない微笑である。
さっきまでただの少女だったはずなのに、なにか別のものになった気配。
もっとも、これは術者本人でなく、意識下に滑り込んできておるだけなのであろう。
「どこからもなにも、この国に入ってからずっと気になっておった。のぞき見は趣味が悪いと思うのであるぞ」
のぞき見はロマンである。
なので、バレるのぞき見というのは趣味が悪いのだが、バレないのぞき見であれば趣があるのだ。
勘違いしてはいけない。
「ふぅむ、堪忍しておくれ。まさか気付かれると思うておらなんだ」
「よく回る口であるな。気付くかどうかまで含め、興味本位で我らをずっと探っておったのであろう?」
そのへん趣味悪いと言っておるのだぞ。バレてもいいつもりでやるものではない。
のぞき見やいたずらそのものは我も大賛成なのだが、せめてバレないよう努力すべきである。
ウソでもいいから。
「おや、そこまでおわかりかえ?」
笑みがさらに増す。
楽しそうなのはよいのであるが、子供の笑みとしてはちょっと怖い。
「むしろ、いつちょっかいかけてくるかと思って、街へ繰り出して待っておったのだが、一向になにもないではないか。さすがにいい加減、飽きたのでな」
「くふ、それは失礼したえ。なかなかに面白いお人に思うたので、つい興が乗ったゆえ」
「うむ、失礼したと思うのなら、相応の礼なり詫びをするのがよいのだぞ、姫ピコ殿」
「ピコ……?」
「笑ってばかりおるので姫ニコのがよいか? 名乗らぬのであればこのまま続くぞ、我」
失礼した側がもったいぶっておっては話が進まぬのだ。
だいたい、向こうがホストで我らをもてなす側なので、こっちが気を使う必要ないのだし。
「……いや、コレは感服。いかにも、白椿は九尾の姫巫女である。そこまで見当付けられておってはもったいぶる意味もないのでの」
「うむ、獣人の糸だけ辿っておるので、わかりにくいが気付く者は気付くと思うのだぞ」
「くく……この白椿に喋り過ぎではないかえ、賢者殿。知り過ぎは体に毒ぞ」
ううむ、この九尾というからにはおそらく狐な巫女様、我以上にめんどくさい性格のような気がしなくもない。
これだけの術を、おそらくはとんでもない繊細さと広さ薄さで編みこんできておる。いつでもどこでも街のことは全部把握できるのではないかと思う。
悪ふざけに手間を惜しまない人物は基本的に、よいダメ人間の素質がある。アレだ、たぶんついうっかりコレクション欲しさに食費までつぎ込むタイプである。
そういう意味ではだいぶ同類の匂いがする。
しかしこの姫巫女様、得意になったり面白がるのはよいのだが、いろいろ大丈夫であろうか。
先程からずっと、とりあえずでも謝罪を待っておるのだが気が付いてないようである。さすがに、そろそろしっぽを引っ張ってもふるとしよう。
「我は毒も皿ごといただく主義なので問題ない。それより覚悟するのだ姫巫女、存分にうまい飯を食わせるがよいぞ。其方、よく知っておるのであろう、案内するのだ」
「あははっ、よい……よいぞ、賢者殿。白椿は責務ゆえご相伴できぬが、そういうことなら容易いのだえ」
よし、許可はとったのである。
さっそく呪に編みこんでくれよう。
「うむ、そういうことであるから、アンもクェルも、今日は姫巫女殿のおごりで食いたい放題であるのだぞ」
「……あ、そういうことであれば是非もなしにいただくとしましょう」
「うー!」
「は? 確かに案内はすると申したが……」
張り切るふたり、とまどうひとり。
「姫巫女よ、細かいことは気にせんでよいぞ。そこな子供が露店フルコースを肩代わりできると思わぬ」
「え……あ、もしや……!?」
しまった、という顔と声。サーッという音が聞こえるくらいに真っ青になって冷汗。
気付いたようであるな。
だが少々遅い。
「我が立て替えて払っておくので、サクラシエロ代表として姫巫女あてで全額ツケておくのだぞ。目撃者もそこそこおるのだし」
つまり、このままだと食費は直接国庫に要求するから、公式になにをやってたが全部バレた上に責任が出るということである。国際的に。
サクラシエロでの姫巫女によるのぞき見行為が公式に発覚し、マシュケとアルレフェティアから、その責任を全面的に追及されるということであるな。聖王国も黙っておらぬかもしれぬ。
都の守護というのは大変だのう。
「ちょ……待っ……」
「うむ、独断で勝手にのぞき見をした挙句、面白がるばかりでマシュケ代表に謝罪もないというのが分かったと知れ渡ったら、いかな権限のある姫巫女様とて、ただでは済まないのではないかと思うのだ」
「いやその、だからそういう話じゃな……」
「了承した以上、魔術的な契約は成立するので裏はとってあるのだぞ。せっかく九尾様直々のお誘いであるから、それはそれはおいしくいただくのである」
「ああああああ!」
や、さすがに自業自得すぎるから当然すぎてなにも言えぬのだが。
この姫巫女様、これだけの大規模遠見を造作もなく、アンですら気付かぬように行なうのだ。腕も魔力も特級中の特級である。
が、政治感覚がいまいち薄いようで。
我らがただの旅行者であれば面白がっておってもよいのであるが、他国の国賓をのぞき見するという行為が公式に発覚すればどうなるかとは考えなかったのであろうか。
明確な謝罪があればともかく、それを笑って許せとか言われたら、さすがに後頭部をひっぱたくのではないかと思うのだ。
「まあ、我としては直々にお支払いしていただければ、それでもよいのであるがな」
「くぅ……随分とけがれモノの賢者もいたものだえ」
「黒の賢者であるから、いろいろ小賢しいのであるぞ」
魔王であるしな。
「ぐ……まあ今回は白椿の不徳ゆえ仕方ない。して、なにを望むかえ?」
「伝説の姫巫女様であらせられるのだ、我と直に会ってくれればそれでよい。そうであるな……日時はこちらの都合で。どうせずっと見ておるのであろう?」
「承知……覚えておれよ、狐はしつこいのでの」
「貸しをひとつ作っておいて、しつこいもなにもなかろう。これが我であっただけよかったと思うがよいぞ」
「ぐぬぬ」
向こうもさすがにそれは分かっているので、まあここは折れるしかないのであるな。
さて、本番はここからである。
「では、話もまとまったところで、まずはきつねうどんから行こうか」
「じゃあ私はおいなりで」
「うー!」
「まさかの飯テロぁあああああああ!?」
うむ、他人の金で他人の好物を食って目の前でちらつかせるのは、非常に気分がよいのである。
さすが姫巫女様のおもてなしは一味違うと言えよう。