002 : 呪われたオアシス
「ここですね」
アンが連れてきた村は、隊商が補給のために立ちよる砂漠の村だった。
我が封じ込められていた場所は砂漠のど真ん中である。
その頃の我はその気になればなんでも吸い尽くしておったから無理もない。
可能な限りなにも無いところに、ということなのだろう。
まあ、当時はけが人を出来るだけ眷属に加えていたし、我もめちゃくちゃやっていた気がしないでもない。
若気の至りというやつであるな。
アレだ。200年病というやつである。
ちょっと長生きして力をつけると世の中で何でも出来るような気がして、どんなことにも世話を焼いてみたくなるのだ。
あと世界統一とか城で孤高の生活とか竜を従えるとかそういったことも妙にしたくなる時期である。
だいたい500年ぐらいまではそうなりやすいと言われておるな。
……いやまあ、うん。だいたいやらかした気はするのだが。
そんなまったりおちゃめな我でも、さすがに封の中で600年もヒマしてると、少しはおとなしくなるのだ。
「うむ、とりあえず服と風呂を用立てねばな」
アンはいろいろな用意があったが、我に合う服まではなかった。
此奴は我よりだいぶ背が高く、すごい差があるのだ。
故に、現状はとりあえず借り物のだぶだぶ服とローブのみであるので心もとない。
それでも、あの仰々しい魔王の漆黒鎧で砂漠を歩くよりマシであろう。
「私は魔族ですからね。とりあえず角は隠しておきます」
「うむ、その方がよい」
まあ我を解き放つぐらいの者であるし、その程度は造作も無いだろう。
「このエレクロ村は、村というよりも、泉を利用しているちょっとした宿場町みたいなものですから、水の心配もなく風呂には困らないんじゃないでしょうかね」
「この村を経由して我のもとに来たのではないのか?」
「いえ、王のもとへは直接に参りました。むしろ周辺にはあまり悟られたくありませんでしたし」
む、たしかに。
隊商や旅の者が休むような目的の村に魔王の遺跡を探して云々とかいう目的は怪しいかもしれない。というより怪しい、すごく怪しい。
伝承にしか残ってなかったとかだったにしても、普通は変人だろうし、何より此奴の美しすぎる外見では目立つ。
妙なところで気が利くのだな。
案外、細やかなところがあるのかも知れぬ。
となれば我も対応せねばなるまい。
「さて、今後も王という呼称では問題があるな」
「そうですね」
「我のことはオルレアと呼ぶがよい。我も其方をアンと呼ぶことにする」
「はい、オルレア様」
敬礼じみた挨拶から会釈のような挨拶に変えたアンを従えつつ、エレクロ村に入った。
なにはともあれ、目指すところはまず風呂である。
***
「ですから、今は水の確保に精一杯で風呂どころじゃないんです……!」
「なん……だと……」
エレクロの宿に入るなり、いやそれ以前から妙に活気のない異様な雰囲気だとは思ったが。
泉の水源に呪いがかかり、水が汚れてしまってまともに使えない、というのだ。
現状、まだ水の余裕はあるのだが、今後を考えると無駄遣いするわけにも行かないそうだ。
「もしかしたら、ですが……遺跡周りになんらかの異変があるのかもしれません」
「遺跡」
「はい、古くからこのあたりには遺跡があると言われ、かつての魔王が封じられていると聞きます」
「かつての魔王」
「正確な場所は誰も知らないそうですし、それゆえ近づくものもいないと言われてますが、もしかするとなにかあったのかもしれません」
「なにかあった」
「毒物とかなら他の原因も考えるのですが、突然の呪いとなるとさすがに思い当たるものはそういった古い言い伝えぐらいでして」
我、いくらなんでもそこまであちこち汚染して回るような体質ではないはずだが。
当時はまあ、土地を枯らし、空気を汚し、闇の霧であたりを覆うみたいに言われておったが。
さすがに寝起きですぐそんなことはしておらぬし、力を失った封印そのものが悪さをしているとも考えにくい。
むしろ封印を解く際に無茶をしていれば、その可能性がある。大いにある。
なので、我と同じように青い顔をしておるアンにちょっと相談タイム。
「……うむ、アンよ」
「なんでしょうオルレア様」
「なんとなく悪い予感しかしないのだが」
「偶然ですね、私もです」
「其方、なにをしでかした」
「えー、その……遺跡周辺の要石による封魔陣に対して、積層魔法呪からの完全汚染による封印除去をですね」
「ぶっ!」
……ちょっとまて。
それは封印を呪うことによって負荷をかけて解除する力任せのやり方ではないか。
たしかに手間と時間はかかるが、効果は確実である。
問題は規模が大きくなると封印を汚染するのに100年とかいう感じでえらく気の長い時間がかかるため、普通はそんな方法を取らないのだが。
「アンよ、其方だいぶ無茶しおったな?」
「まあモノがモノですので」
つまり。
此奴が我の眠っていた遺跡で無茶したがゆえに、そのとばっちりで泉が汚染されたと。
封印と均衡を保っていたものが呪いのほうが強くなったために、水源が影響を受けたのだ。
「そのせいか」
「そのせいみたいですね」
真っ青になりつつ視線をそらして軽々しく言うが、此奴、やはり伝承級の魔族であるな。
普通そんな方法で強引に壊そうとしてもサビで牢屋を壊すようなもので、なかなかうまくいかないのだ。
なんにしてもコレはよろしくない状況である。
魔王の復活によって風呂が入れないのだ。
由々しき事態である。
であるなら対処せねばなるまい。
「……して、宿の主人」
「なんでしょう」
「もしそういったことであるなら、なんとかなるやも知れぬ」
「本当ですか!」
「うむ、このような見た目ではあるが、我は旅の術師でな。各地を放浪して何か困ったことがないか手助けをしておる。今回のことも、原因がわかれば対処できるであろう」
「本当ですか? もしそうだとしたら本当にありがたいのですが、いいのですか?」
「よい。ただ、一つだけ願いがある」
「……出来ることでしたら」
「できれば我に服と風呂の用意を。もっとも、風呂は帰ってからでよい」
あ、二つであったな。
「ああ、それくらいでしたら、はい」
だいたい、身なりも微妙だし、素性のしれない偉そうな小娘の言うことである。
もしかしたら多少の無茶を言われたり、なんかこういう時につけ込んでくるタイプではないかと思われかねないような発言ではあったので、要求の少なさに宿の主は安心したようだった。
得体が知れなくても、自主的になんかすると言っておるのだ。
うまく行けばそれでいいし、そうでなくてもさして問題ではない。
それに小娘の服程度はどこかにあるだろう。
我としては、服と風呂があればあとはどうでもよいのだ。
そんなわけで、服が用意された。
が。
「たしかに、まあ、似合うことは似合う……ので、あるが」
「隊商の者達も困っていますので、なにかしらあると思い、皆で良い物がないかと探しまわったのですが、導師様の背格好でふさわしいとなると、現状これくらいしか……」
……ゴスロリだった。
まごうことなきゴスロリ服だった。
我に似合いすぎて困る。いや困らないが困る。
これでいかにもな杖でも持てば、あっという間におとぎ話に出てくる魔女とかになりそうではある。
よいのであるが、よくない。
よくないのであるが、よいものなのだ。
「よい。厚意と解釈する。ありがたく思う」
「ありがとうございます」
しれっと了承する。
もともと我は一人で研究を重ねているため、ぼっちスキルが高い。非常に高い。
コミュニケーションが得意なわけではないのだが、口からでまかせは得意なのだ。
だってそうでもしないと、死霊術の材料など手に入らないのだもの。
それに研究がばれてしまえば摘発されてしまって元も子もないのである。
そういう意味では非常にアレな研究で、まあ、一般受けはよくない。
いまちょっと控えめに言ったが、いわゆる禁忌である。
気配すら知られるわけにもいかぬ以上、どうしても言葉上はなんでもありになるのだ。
それが出来ない奴は不死になる前に死ぬとも言う。
つまり死霊術師は演技スキルが非常に高いのだ。
というかこっちも常に命の危険があるから必死なのだ、わかれ。
「では、行ってまいる。よい報せを待っておれ」
「はい。一同、ご帰還をお待ちしております」
そんなわけでご厚意に甘えつつ、身支度も早々にアンを連れて村を出た。
うむ。
しかし、なぜ我は封印から解き放たれたというのに、風呂に入るためにわざわざ封印に戻らねばならぬのだろうか。
とりあえずは考えないことにした。