■037 : プロローグ 悪魔な従者とペット魔王
世の中、便利なものがある。
便利というか、アレだ。便利なものがあるのではなく、誰かが便利にしたのだ。
たとえば砂糖菓子が美味いので、我が食いまくるとする。
たくさん売れるとお金が儲かる。それで噂が広がったり店を拡大しようとして、砂糖菓子屋がいっぱい出来る。
すると、そのうち誰かが考えるのだ「コレもっと良くすればいいんじゃね?」と。
だから、適当にナイスな物を作らせたり便利にするには、みんなでよってたかってお金を払うのとよいのである。
とくに自分が面倒なことをしたくない、そして偉そうにしたい時には、とにかくお金がモノを言う。マネーイズパワーなのである、たぶん金貨の詰まった袋で殴ると痛い。
そんな感じでお金がたくさん集まると、人がたくさんやってきて競争が激しくなり、困ることが出てきて工夫しないといけなくなるのだ。
なお、我は飯以外にはあまり払わない傾向なので、魔王らしくお金持ってる誰かに出させる。
他人の金で口を出すという、高等テクニックである。
まあ、世の中というやつは一見、頑固でどっしり構えているようでいて、いい感じにつついてやると面白いように転がったりもする。
金にかぎらず、無駄と思っていることでも誰かの役に立つことも多いし、こうして砂糖菓子の買い置きを存分に楽しめる。なので、自分の力ではなにも変わらないようでいて、案外、いろんな影響を起こして遊べたりもするのである。
いま乗っている馬車なども、そうして出来た便利の産物である。
特に、一般的な奴と違って賓客やお偉いさんを運ぶ豪華なやつとなればそうだ。
この馬車、なにが便利かというと、まず誰でも歩かずに移動ができる。
コレは単純なようでいて大きな進歩である。誰でも、というのが重要で、なにせ乗る側には技術が必要ない。太っちょだろうとご年配の方々だろうとイケ好かない子供だろうと思いのままに運べる。
つまり、貴族や王族や嫡子を華麗に優雅に運べるのだ。お金が集まるわけである。
さらに、暑かったり寒かったりすることがないよう魔法の掛かった特別製である。暑さで砂糖菓子も溶けない。600年前からするとだいぶ改良されておると思う。
すごい。
どれくらいかというとアレだ、中にいるだけで外の連中が愚民に思える感じであるな。
あと、昔話でよく襲われたりなんかして、助けてやると、姫様が世間知らずで第一印象最悪だったりするところから恋が始まったり始まらなかったりするようなの。
ちなみに我、たぶんそういう女には、平手打ちや暴言吐いたりして国際問題になったりする。
なにはともあれ、それだけの馬車に乗せてもらっておいて、座っているのがヒマだとか、尻が痛くなるとか、腰がつかれるなどというのは贅沢な悩みである。
クェルなど、さっきから目を輝かせて窓から外を見物しっぱなしなぐらいには、よいものなのだ。
だいたい、もしそれが本当に嫌なら歩けばよいだけのことではなかろうか。
疲れたら走ってきて飛び乗るだけである。物事は臨機応変なのであるぞ。
ドレスでヒールでは無理かもしれぬが、まあそこは個人の趣味なので、それでも文句を言うとなればやるしかあるまい。がんばれ、やれば出来る。
ただ、実際にやってみるとわかるのだが、乗りそこなって転ぶと痛い。見た目的にもかなり。
魔王が全身鎧でさっそうと華麗に転ぶ姿は、思い出したくもない600年前のビターな思い出である。
もちろん、真実は歴史の闇の中に深く隠蔽されている。
子供の頃にわくわくしながら大事なものを入れ、大人になる頃にはそもそも隠した事自体を忘れている秘密の箱くらいには隠した。
ともかくそんな感じで、マシュケ王国隊と合流したあと、我らはそんな感じで贅沢に揺られる旅である。
なにせ国家直々のご招待なのだ、これは期待していいのではなかろうか。主に飯とか待遇面で。
ちょっと国を転がしたせいで、今度の舞踏会は我らのお披露目がメインであるのだし。
「また、オルレア様は悪い顔をして」
とは、アンの言である。
従者らしいとも、お目付け役とも取れる感じではあるが、今回はまあわからなくもない。
「そうか?」
などと、おどけてみるものの、我もなかなかに楽しみであるのだから。
3国合同による舞踏会の会場はサクラシエロ。
つまり、行き先は獣人の国である。
位置からすると、マシュケよりさらに暑いほうに位置するところになる。
発言権としては南部3王国の中ではもっとも高いが、もっぱらそれは内向きの内政に当てられるせいでもある。
東から流れ着いた獣人が興した国で、とにかく平和や調和を尊ぶという、東と南が混ざりあった独自文化の不思議な国と言える。
ひとことで言うなら、まさにケモミミもふもふワールド。
なにせ耳と尻尾を散々いじって、もふり放題。尻尾ではたかれるように嫌がられまくるとか出来るのである、天国ではなかろうか。良い文化である。
もうひとつの国、エルフの国であるところのアルレフェティアはさらに南国っぽいらしい。
なんでも、リゾートのためにあるような国で、観光地開発がさかんなのだとか。
幸いにしてエルフ特有の魔術資源系と農業系にも秀でているようであるので、観光資源を重視する国の割には豊かなようである。
こちらはつまり、海エルフの国と言える。もはや、海辺でエルフがきゃっきゃうふふする感じの、さわやかセクシーなイメージしか無い。
うむ、夏祭りとかがありそうで、こちらにもぜひうかがってみたいものである。
どちらにしてもなんというかこう、ややお硬い感じで気候が穏やかなのが売りのマシュケとはうって変わって、だいぶ異国南国ムードであるな。
北の生まれである我としては、南のどこへ行くにも楽しみなのであるが。だって、昔は北から中央とやりあっておったので、我にはあまり関係なかったのだもの。
なので、ルンルン旅行気分であるのだぞ。
そういえば、新しい称号であるところの黒の賢者というのもナイスまったり職であると言ってよいだろう。
なにせ、偉そうに賢者と名乗っても公式である。とてもそれっぽい。
普通は「賢者です」などと話そうものなら、暑さにやられたんじゃないかと思われそうなものだし。もしくは、なんかナチュラルに賢者モードに入った変な人と思われるだけでなかろうか。
どっちにしろ嬉しくない。
ただでさえ魔王なのに、これ以上に変人だと思われたら世も末である。
ちょっと世紀末すぎるのではなかろうか。
とはいえ、国のお墨付きで賢者などというのは、だいぶ陰謀バンザイである。
賢者などという実態のない呼称は、市井の者達から持ち上げられることで初めて成り立つものであり、それが政治的に公式となる以上、国になんらかのメリットがある必要があるのだ。
一般的には、公に活動が認められたと天使の顔をして綺麗ごとをやりつつ、裏でいろいろ通すための隠れミノにされるのが関の山であるな。それでいろいろ問題が起こって、可憐な少女が泣きながら訴えたり闇堕ちしたりするとか、灰色に染まっていったりするのであるが。
でも、そのほうが世間的にも見た目がいいし、それでうまく回る場合もある。なので、一概に悪いとも言えない面もあったりなかったりする。
ずる賢いのも賢者のウチなので、なかなかに世の中は正しく不条理である。
ただ、我は賢者とは言っても、国の後頭部をぶん殴って認めさせた黒の賢者である。
堂々と好き放題やらかしてあちこちに迷惑をかけ、お前らの賢者だろなんととかしろよと思われるのが仕事であるのだ。
無理を通そうというのだ、いかにして道理を引っ込ませるかが大事である。
さて、どうなるのか楽しみであるの。
「やっぱり悪い顔してますね」
「そうであろうか」
「すごく」
「ホントに?」
「ホントに」
「うー」
アンだけでなく、クェルにまで同意された。
だいぶ悪い顔らしい。ぐぬ。
「まあ、そういうものであるぞ。これから先は豪華ディナーフルコースであるのだ。きっと異国の名物料理てんこ盛りであるぞ」
「なにを想像してるんです?」
アンはこういう時には確実にツッコミを入れてくる。
とくに具体性が必要なのを。容赦無い。
「なんかスゴイやつであるぞ。こう、山海の珍味が山盛りにされたやつ。もしくは色とりどりの贅沢三昧が広げられる感じのやつ」
料理はやはり、縦に盛るか横に広げるかが望ましい。
「またすぐそうやって食べる方にばかり」
アンにはそうやって、なんかすごく微笑ましそうに見られる。
負けないのであるぞ。
「見た目が華やかなのはそれだけで嬉しいのであるのでな」
こう、政治的にも豪華なコースメニューが揃っているのであるが、まずは食事である。
だいたい、その時点で社交辞令的なやる気を問われるのであるから、作る方としては手を抜く訳にはいかない。食べる方としてはおいしくいただくだけなのだが。
マシュケの首脳部は我の責任を取らなければいけないという犠牲者なので、気が気ではないのだろうが、まあ副大臣閣下には今後ともいろいろお世話になろうと思う。
まったくひどい話もあったものである。
なので、我としてはそれを肴に一杯やるだけなのだ。
「こう、オルレア様は悪いことを考えさせるとすごく嬉しそうですよね」
すごく生暖かい眼差しでアンに慈しまれている気がする。
なんであろう、この、だだっ子をあやす親の目で見られる感じ。
「なにを言うか。我は世のため人のためを思ってだな」
「それと関係なく好き勝手するんですよね?」
「はい」
完璧に読まれておる。
「まあ、魔王であるからそんなものであろう。だいたい、他人の為を思うとろくな事にならないのだぞ」
それで世界の半分ぐらいやらかしてしまったこともあるのだし。ついうっかりで。
正しくて誰かのためになることというのは、もしかしたら、正義の鉄槌で容赦なく他人の背骨ごと頭蓋を粉砕していたりすることもあるのだ。いろいろ危ないのである。
鈍器は急に止まれないのだ。
「まあそれはそうですけども」
「そんなものなのだぞ。永遠の200年病なのだぞ」
「200年?」
「あ、知らぬのか。なんかすごくなって200年ぐらいすると、世界が自分のものに見えてきたりして、なんでも出来そうで世話を焼いてみたくなるのだ。城とか塔でふんぞり返ったり、なんか偉そうに裏から国に手を出してみたり」
それでも魔王までやるとなるとだいぶこじらせ気味なのであるけども。
「あー」
すごい納得された。なんであろうこのもんにょり感。
「……なにか言いたそうであるな?」
「いえ、オルレア様はやはり可愛いなと」
などと言いつついきなり頭を撫でられた。
すっかりペット扱いな気もしなくはない。
「む、コレは可愛いというやつなのか?」
「可愛いんじゃないですかね。世間的には知りませんが、とりあえず私的にはだいぶ」
なんか知らぬがそうらしい。おかげで、そのまま抱き寄せられ可愛がられた。
具体的には、膝の上に乗せられた挙句に、ぎゅーってされた。
むぅ。
あ、ちょっと待て。
……悪魔な従者とペット魔王、そう考えるとありかもしれない。
うん。まあ、おだて可愛がられるのは悪い気はしないので、ありということにしておく。
せっかくなので、ついでに菓子を「あーん」してもらおう。




