032 : クラスチェンジ
今日からは黒の賢者なのだ。
しかも非公式とはいえ、国が認めざるをえないほどである。
流浪の術師から出発して変な導師から謎の導師になり、ついに賢者にランクアップである。口からでまかせもずいぶんと大きくなったものであるぞ。
なんにしても、手弁当の慈善事業だったものがいまや国家事業である。
それほど規模の大きいコトをしていたわけではないが、実行できた、安定したというところからの有用性と将来性なのだろう。
特にギャングを取り込めたのは大きく、それだけでもスラムの治安や秩序回復に大きく貢献してるとも言える。敵対勢力による抗争などもなくなったあたりも評価されたのであろうと思う。
荒っぽいところのある連中とは言っても、元は地元の人間である。地元がよくなることにいつまでも逆らい続けるわけにも行かないのだ。
という表向きの理由もさることながら、彼らにもきっとそうせざるを得なかった事情があるのだろう。枕元におばけが出たりするのは怖いものな。
世の中には不思議な事があったりするものである。
もちろん商業ギルドも、教育事業に国家援助が出るとなればますます安泰である。当面の労働力の向上は保証されたようなものであり、発展と勢力拡大が見込める。
ギルド長のベルアーノとはお互いに爽やかな顔をして微笑みあった。そちも悪よのう。
レミッテンはあれから3往復ほどしてもらっているのであるが、我の評判が大きくなっているのも手伝って大繁盛である。口利きも含めて、近頃は他の街の商売にも手を出し始めているらしい。
今回は準備にいろいろ時間をかけたのであるが、あらかた必要なことは終わったといえよう。
これで晴れて、マシュケの後押しで国家間交渉に向けて歩をすすめることが出来るのだ。
そして日が落ちきる前に、無事の報告と今後の方針などを兼ねてスラムに説明しに行ったら、すごく歓迎された。それはもう、もみくちゃにされた上に容赦なくばしばし叩かれるぐらいには。あと髪を引っ張るのはやめて欲しい。
ここまで来るともはや歓迎とかいうレベルではなく、地域をあげての祝賀会である。
そのままスラム全体を巻き込んだお祭り騒ぎに発展し、とてもではないが今日は帰してもらえなさそうである。
ただ、あまりに大騒ぎになりすぎてしまうと、さすがに戸惑うのである。
もしかしたらこういうのは人間では当たり前なのかもしれないが、我、あまり歓迎され慣れておらぬのだ。
だいたい、スラムにいつまでも関わるつもりがあるわけでもなく、さんざん売名行為に利用してきただけに、ここまで感謝されてしまうと、さすがに戸惑いを隠し切れないのである。
確かに使い倒す以上は相応の結果を残すのは当然であるし、実際に成果をあげないことにはそもそも評判が稼げないのであるから、すべきことをしただけなのだ。彼らはすでに対価を受け取っているのである。
まあ偽善であっても誰かのためになればそれでよいというところなのであるが、ここまで純粋な好意をばんばん向けられてしまうと、どうにもしがたいところである。
我、狼の毛皮をまとった魔獣なのであるぞ? どう考えても獲物を狩るだけの肉食系だし、自分の好き勝手に人を巻き込んでおるだけなのだし。
巻き込むからにはこう、ちょっと責任を取るだけなのだ。まったりとして後ろめたくないぐらいには。
それをこうまで全力で喜ばれてしまうとばつが悪いというかなんというか、気恥ずかしさのあまりに、生乾きで湿った服を着たみたいな、なんとも言えない気分になるのである。
いままで、謝辞や賞賛はさくさく受け取ったりもしたのであるが、感謝や感激はもらい慣れていない。
だいたい、ほとんどの生をぼっちで過ごした我に、そんなものをくれる知り合いはもともといないのである。
それが、ぽんぽんと大安売りで気軽に寄越されてしまうとなると、我の見ていた人間というものはだいぶ違ったものであるような気もする。
くそう、こんなのちょっと、ずるくはあるまいか?
我の知っている限りでは、人は即物的でころころ変わるものだし、その場限りのいい加減な感情を振りまいては上がったり下がったりを繰り返す生き物である。
別に本人たちに悪気があるわけでもないし、そういうところは嫌いでもないどころかむしろ愛おしいのであるが、あけすけの感情というものが自分だけに向けられると、ここまであてられるものだとは思ってなかったのだ。
それを、打算と魂胆で好き勝手に動いている我に対して向けられるとなると、なんだか申し訳ないようなそうでもないような、もんにょりふなふな気分にならなくもないのである。
だって、勝手でめちゃくちゃなな都合に付きあわせただけであるのだぞ、我。
気分と出たとこ任せでやっておったことだし、此奴らからここまで感謝されるいわれもないのだ。
だからもっと普通にいい加減でうつろいやすくてその時その時でいいではないか。
おかげで、ほろりと来てしまいそうになるのだぞ。
そうこうしておると、アンに撫でられた。
「……いいんですよ、オルレア様」
「む?」
そっと撫でられるだけでは足らずに肩を抱かれ、やさしい瞳を向けられた。
「こういうのはそのまま受け取っておけばいいんです。いつもご自分でそんな感じのこと言ってるじゃないですか、他人事なら」
「……」
たしかにそうであるな。その通りである。
「それに、成果が実を結んだことは変わりないんですから、それでいいんじゃないです?」
「うー」
おまけにクェルにまで諭された。
そう考えるとこう、黒の賢者という名前はいろいろ合っているのかもしれない。
「……これでよいのであるか」
「ですよ」
「うー」
あまりにアレなので、こう、顔を隠すようにアンに身を預けた。
少なくとも、同じように策を弄しているにしても、600年前とは少しずつ違っているのかもしれない。
昔はなにかするたびに、地獄の釜のフタを開けたとか悪魔の支配者などとひどい言われようだったので、時代が変われば世の中変わるものだと思う。
うむ、ぜんぶ時の流れのせいであるに違いないのだ。
「だが……我が愛されてるからとか、そういうわけではないのだぞ」
「涙浮かべながら言っても説得力ないですよ」
「うー」
ぐむ……この涙はアンの膝枕が心地よすぎるからなのだ、きっとそうである。




