028 : 牢屋プレイ
3人揃ってステキに牢屋である。
とは言っても、衛兵が一時的に確保しておくようなところなのだが。
天然由来成分の怪しいシミが付いてるわけでもなければ、ぼっち飯寂しさに怨念が渦巻いているところでもない。いろんな出会いと別れがあったわけでもない健全な牢屋である。
いや、牢屋に健全もへったくれもあるのかどうかはさておき、牢屋としては悪いほうではない。たぶん。
なのでまあ待遇としてはそこそこ上等であり、スイート牢屋であると言えなくもない。
ただ、おそらくは財務大臣に報告が行くまでは、ずっとこのままである。
せっかく久しぶりのオフであるので、のんびり休日を楽しむとしよう。
なお、クェルは牢屋に着くなりぐっすりである。
ロープに巻かれることすら嬉しそうだったし、遊び疲れているようである。
「アンよ」
「はいはい。そんなことだろうと思って影に糸を付けときました」
「うむ、誰が関わっておるのかよろしく頼むぞ」
まず、黒幕探しである。
一番活動するであろう今を逃す手はないのだ。本人はともかく、周りが動くであろうし。
もちろん善意で協力していただくためであるので、なにをしようとしていたかは割とどうでもよい。
ボランティアは気持ちが大事なのである。
そんなこんなで任せてしばらく放置である。
アンがだいぶ面白そうに探っておるので、たぶん素敵な結果が出ると思うのだが。
「どこから来ておるのか楽しみであるな」
「そうですねえ。あー、これはこれは」
「お、なんか面白い話があったのであるな」
「今さっき衝撃の事実が発覚して素敵なことに」
「楽しそうであるな」
「ええ、それはもうこの慌てぶりといったら……」
「おい、お前ら静かにしろ」
警備というか看守らしき者にいきなり怒られた。
静かにしてろと言われて入れられたわけではないし、私語厳禁でもないので理不尽である。
よって華麗にスルー。
それになかなかいい感じの叱り方なので、アンコール開始である。
「随分と楽しそうであるな」
「いえいえ、こう見えても純粋な真実の探求ですから」
「久しぶりの休みであるし、いい感じにゆっくり出来そうであるな」
「そうですね、最近忙しかったですし、ちょうどいいんじゃないですかね。あ、これチェックしておきましょう」
「……おい」
「これで、のんびり茶でもしながら羽を伸ばせればよいのであるがなあ」
「まあここを出てゆっくりすればいいんじゃないですかね」
「ただ、我な。初めての牢屋であるから、こういう体験もなかなかだと思うのだ」
「あ、それは私もですね。いい観光ですね」
「いい加減静かにしろおまえら!!」
またいい感じに怒られた。
優秀な看守である。
「おとなしくしてればともかく、あまり騒ぐようなら反抗の意思ありってことで、それだけで罪に出来るんだぜ、あぁん?」
わざわざこちらまで歩いてきた上に、牢屋の柵であるところの金属棒を剣の鞘でカンカンカンカンとなぞっていく。
特別サービスらしく、一日体験ツアーとしては雰囲気たっぷりでなかなかである。
我、なかなかこういう脅され方しないし。
「うむ。看守殿も雑談に加わっておると思うのだぞ」
「そうです、今いいところなので、話に入ってくるか邪魔しないかどっちかにしてください」
「……おまえら、話ちゃんと聞いてたか?」
ご立腹な様子も様になるのである。
コレはこちらも正座で襟をたださねばなるまい。
「聞いておりましたであります看守殿」
「聞いてましたよ……あ、そういうプレイですね、了解しました。聞いてました看守さん」
二人して正座をする。
わくわくしながら次の言葉を待つ。
「プレイじゃねえ!!」
素晴らしいリアクションである。
口ひげ隊長といい此奴といい、衛兵隊には優秀なものが多いと見える。
真面目でよい仕事ぶりである。
「だいたいおまえら、俺の言っている意味わかってるのか!?」
「分かっているのであります看守殿」
「分かりました看守さん」
まごうことなき正座待機である。
満面の笑みで。
「……」
む、すごくいろいろ諦めたようにげんなりされた。
望み通り、ちゃんと言うことを聞いてやったのになぜであろうか。
「あー、うん……もういい。わかったわかった。だからもう、うるさくすんなよ。な?」
「了解であります看守殿、感謝の極みであります」
「はい、ありがとうございます看守さん」
2人して元気よく嬉しそうに答える。
やはり、こういった看守殿の心意気とサービスには、魔王として精一杯応えなければならない。
あと、看守殿を尊敬の眼差しで見上げる美女2人の牢屋というのは、相応にいい感じの光景にならなくもないように思う。
「……」
どうやら、看守殿がどう対応していいかわからないようになってきた模様なので、今度はこちらがサービスする番である。
「看守殿にそこまで言われてしまってはいうことを聞かざるをえないのであります……」
「はい……看守さんのありがたいお言葉におかれましては耳にするだけで体が熱くなるので……」
看守殿のありがたいご尊厳にあてられたので、たまらずアンとくっついてべたべたする。
きっと空気がピンク色にキラキラ輝いているのである。
「……っ。わ、分かったならもういい! もう騒いだりするなよ?」
なぜか顔を赤くしつつ看守はそのまま去っていった。
うむ、やはりアンの言う通り、そういうプレイではないか。
***
「あ、だいたい分かりました。ずるずるですねえ」
夜もいい時間になってアンが嬉しそうに報告してきた。
なお、看守殿にご迷惑をおかけしないよう、小声である。
まあ今回の件については、せっかちで強引な上にこそこそしているのであるから、そんなものであろう。
成果を横取りしたいのは構わないが、もっとうまいやり方がたくさんあるのだ。
だいたい、財務大臣の正式な許可付きの案件を、確認もしきらずに強引に引っ張ろうとするというのはあまりにもムリヤリである。
「これがなかなかに面白いネタでして」
「ほう」
「首謀者は副大臣です。なんでも最近は聖王国との面倒な外交交渉を抱えているらしく、その成果がいまひとつ上がらないらしいです。おかげで財務大臣に押されてるみたいで。そのへんの事情っぽいですね」
「それはまた、いろいろとはかどりそうな話であるな」
あー、それでいろいろ納得がいった。
さすがアンの説明は簡潔である。
ストレアージュ大使としての我の公式書簡であるが、おそらく財務大臣がそれを他の者に届かないよう綺麗に握りつぶしたのであるな。
ストレアージュ太守と商業ギルドの連名で送った関係で、財務大臣の取り扱いになったからであろう。
これだけ見ても財務大臣のプロフェッショナルな偉そう具合がわかる。
もし、これが反目しがちな副大臣に届いていたなら、会談の内容は大きく変わっていたかもしれないのだ。
成果の上がらぬ副大臣は功を焦っており、財務大臣を出しぬくために、評判の我に対して早めで強引で短絡的な手段だったというわけではなかろうか。
まあ我が許可済みかどうかを知っていたかどうかは定かではないが、たしかにあの学校をまるごと接収すれば大した成果が出るのであるから、どうやら素敵な殿方のようである。
きっといい出会いがあるだろう。
「また悪い顔をされてますね」
「女は悲しみの数だけ綺麗になるのであるぞ」
「それ他人の不幸の話じゃないと思います」
「運命とは皮肉なものなのだ、仕方あるまい」
この条件であれば、開放される前に財務大臣と話をしたほうがよい。
いろいろと今回のことでお疲れであろうなので、こっそり財務大臣の私邸へ夜這いに行くのだ。
ぐっすり寝ておるクェルと、幻影による我らの似姿を牢屋に残し、アンとともに影に潜って移動である。
愛と悲しみは女を強くするのである。