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001 : 不死の王


「……で、だ」


「はい」


「とりあえず今は2人だけであるな」


「2人だけですね」


 ここは地下深く、かつて魔王が封じられていた場所である。


 薄暗く天井も高い大きなホールみたいなところであり、遺跡であり、それなりの規模の祈祷が捧げられそうなところでもある。

 おそらくは、実際にそうやって封じたのであろうが。


 ひとことで言えば立派な墓みたいなものである。

 中ではまだ我が生きていることを除けば。

 もしかすると、強制的な隠居部屋のようなものかもしれない。

 まったく。年寄りは敬うものであるぞ。


 そして。


「……」


「……」


 うわぁ沈黙が痛い。

 初対面で2人きりであるのに我にあまり話題を求められても困るのだ。


 だいたい、どれだけぼっちで寝ていたのかというところに、いきなり人におしかけてこられてもどう対応してよいのかなどわからぬのだぞ、我。交渉や上から目線で偉そうに好き勝手するのはともかく、普通の会話は苦手なのだ。

 

 わからぬので、もーどうでも良くなってくる。


「……重い」


 このままじっとしててもしかたないので、よっこらせと兜を脱ぐ。

 首を振れば、長い黒髪がふぁさりと散る。


 なにせ600年である。それに封印の中は完全に時が止まっているわけではなく、もちろんその間は手入れなどしていない。

 とはいえ、良い状態のまま保存しておくようなものが封印である。

 ゆえに、兜を脱げば、艶やかな黒髪が綺麗に流れるに任せた状態になる。


「ふふ、良いのですか? 素性を晒しても?」


「よい。どうせ其方、知っておるのだろう? それに魔王の素顔など誰も知らぬので、どこに出しても問題はない」


 封印とは、鍵のようなものである。

 作る方は自由に調整して作れるが、外す方はきっちり内部を知り尽くす必要があるのだ。

 この場合、我に合うように作られた鍵であるから、外す方は我がどういうものであるかを知っている必要がある。

 つまり、外見についてほぼ知っていることになる。


 我が「年端もいかぬ人間族の少女の姿である」という事実も、だ。


 そもそも、我がなぜ鎧兜だったかといえば、ひとえに見栄である。

 我としては、とりあえずごついほうが魔王ぽい気がするのだ。がしゃーんとしてたほうが強そうだし、なにより雰囲気が出る。お子様など見ただけで泣かす。

 邪神であるならギャップ萌えでありとも思うのだが、魔王ではだめである。

 それに鎧の中身が乙女というほうが可愛いらしいと思うのだ。


 個人的趣味ではあるのだが、それだけに譲れないのである。


 なお、そんな我をうぜえと思うような不届き者には天罰(デコピン)を与えるのであるぞ。

 まったりには様式と伝統も大事なのである。


「そうですか。まあ陛下がそうならば私は気にしませんが」


 む、気にしてないようで気にしておるような態度であるな。

 まあよい。


「うむ、まあ気にするな。それより、汚れておるというわけではないが、我はとにかく風呂に入りたいと思うのだ」


 そうそう、冷静に思い直してみればまずはコレなのだ。

 調子出てきたのであるぞ。


 世の中、目が覚めたらまずは風呂である。

 世界の法則でそうと決まっているのであるから仕方ない。

 話はそれからである。


 あと、さすがに600年間風呂入ってなかった魔王とか言われて後ろ指さされたくない。


「沐浴でしたらそこに聖別された循環式の泉がありますが、風呂となるとそうも行きませんね」


「近くの人里に出るしかあるまい、なにをするにしても、今は人の手ですら借りねばならぬであろう」


 それに正直、ここで沐浴しても泥水で体を洗うようなものである。

 聖なるものは敏感肌の魔王には合わぬのでちょっと無理なのだ。


 それでも人としてはやはり風呂に入りたいのであるな。

 我はもともと人間ではあるので、いちおう人として。

 人を辞めて久しいが人として。


 人であるのならば人らしくありたいと思うのは当然であると言える。

 元は人であった我がそう思うのであるから、たぶんそうであろう。


 だが、困ったことに人間は寿命ですぐ死んでしまうのだ。

 病気でも事故でも戦でも、とにかくすぐ死ぬ。

 あまりに簡単に死にすぎて人とか怖くてやってられない。


 うっかりで死ぬのが嫌でちょっと魔族になろうと研究を重ねているうちに、それがいつのまにやら魔王にまでなってしまったのだ。

 まったりと悠々自適に過ごしたかっただけなのに不思議な事もあるものである。


 まあ、当時は大陸を席巻してぶいぶい言わせてたから仕方がないとも言えるのだが。


 魔族はある意味わかりやすい。

 自分より優れたところがある、と認めてしまうと、それなりに相手を信用するところがある。

 つまり、魔族をひたすら殴って殴って殴って殴ると、偉くなる。


 普通、人間は魔族になったりしないのだが、死霊術というやつで人間を辞めれば別である。

 ただし、そのままでは弱い。単なる霊体が何も出来ないぐらいには弱い。

 死のリスクを回避する代償として、死霊そのものはとてつもなく弱いのだ。


 強くなるには周りの精気を吸い上げる必要がある。

 それもできるだけ良質で上質な精気をだ。

 上質な精気という意味では魔族だし、そもそも死霊術は魔族に連なる術である。

 だから人を捨ててからは魔族の周りで過ごしていた時間のが長い。


 なぜ強くなりたいかといえば、それはまったりしたいからである。


 まったりは生活の要であり人生の意味である。

 ベストでありマストである。


 まったりするから日々の生活が潤うのであるし、多少の苦労も尊いと思えるのである。

 安心して茶のひとつも飲めぬような状態ではまったりとはいえないし、若いうちはその価値をなかなか理解できない。

 なので、我はまったりを求めるものとして、その生涯を捧げてきた。

 本末転倒のような気もするが、まったりを手に入れるためには大事なことなのである。


 そんなわけで100年ぐらいかけて自ら死霊になり、100年ぐらいかけてちまちまと形を得て、100年ぐらいかけて地道に強くなり、100年ぐらいかけていろいろ試している内に死霊王になり、気がついたら魔王になっておった。


 死ななきゃノーライフキングライフも悪くないのだ。まったりし放題である。

 そして、まったりには余裕が必要である。

 余裕があればこそ余裕を生き、余裕を過ごし、余裕を楽しめるのである。

 まったりは安心感。まったりは嗜好にして至高。


 だから、まったりに乙女であることは大事である。

 なので我はぴちぴちの乙女である。

 なので我はぴちぴちの乙女である。

 大事なことなので2回言った。ここは試験に出るのだぞ。

 乙女であることはステータスであり時間の有効活用であり資産の証明であり余裕なのだ。


 が、一つだけ問題があった。

 そんな我でも、魔王とまでなってしまえば、それはもはや余裕を超え、世界の歪みである。

 だから勇者というものが必ず生まれる。

 この世界は質量保存の法則があるから、同じ歪みが発生するからだ。


 歪みが発生すればまったりが出来ない。

 まったりは日々変わらぬ日常と環境があってこそ。

 ゆえに我は、いっそのこと勇者を含め人間をまったりの渦に巻き込もうとしたが、気が付いたらなぜか戦争だった。


 人間には時間がない。

 だから100年単位のまったり感覚を理解できない。

 少々のことですぐ喧嘩だの侮辱だのとそういう話になる。


 魔族は楽なのだ。

 高位の魔族になると、その魔力ゆえにそう簡単なことでは死ななくなる。

 もし本気で恨まれたら最後、100年単位で付きまとわれる。

 だから魔族はその場限りの恨みっこなしになることが多い。

 もしくは、二度とその気にならないよう完膚なきまでに叩きのめす。

 シンプルイズベスト。


 人間は逆である。

 つまらない個人感情ですぐ1年2年と費やして短い命を無駄にする。

 本人たちはそれでいながら、5分10分消費しただけと思っているからたちが悪い。

 多くのことは「5年後もまだこだわることか?」と聞かれれば、ノーである。

 だというのに、その感情を後生大事に振り回したり繰り返したり巻き戻したりして、長年に渡り似たこと同じことを繰り返し再燃するから、ただでさえ少ない時間が枯渇する。


 人間をけなすような感じになってしまったが、要するに時間感覚による生活習慣や物事の観念がだいぶ違うのだ。


 ただ、そういう感覚を忘れた我が、ついうっかりである王族の願いを聞き届け、我が眷属に加えてしまったが故にいろいろ問題になってしまったのだが。


 だって知り合いの人間の家族が病気で死にそうだと、手の施しようもないのでと言われてしまえば、我としては助けざるを得ないであろう。

 それに、別に無理強いはしておらぬし、本人の了解も得た。


 が、こう、人間にとっては、死の眷属になるというのは一大事である。

 魔王がある王国を傀儡にした、ということになってしまった。

 そうなるよな。うん、わかるー。


 なので、我としては致し方なく応じる形で戦をすることになり、なし崩し的に戦死者や被害者を眷属に加えている内になんだかえらいことになっておった。


 だって死んだら困るであろう、みんな。

 我が原因で起きた戦争のとばっちりとかそういうの嫌ではないか?


 まったりライフの王としてはちょっと戦争被害とか疫病とか見過ごせない。

 見過ごせないから戦場がまるごと死霊になったりもしたのだが。

 だって死ななければ戦いなんて飽きるし、倒せないものの決着なぞつきようもない。ザッツオール。

 疲れもないから飽きるまで殴りあって蘇りあって、酒飲んで寝て起きたらだいたい仲良しなのだ。

 まあ人間、一度死んだらだいたいのことはどうでも良くなるし。

 眷属なので死なないけど。


 などとやっておったら、すっかり死霊の国が2つ3つ出来てしまってだな。

 そうなると食糧問題も出ぬし病気もなくなる。争いも起こらない。

 我の庇護下にある間は平和な国であったよ?


 そんなこんなで、まったりのつもりがえらいことになってしまったのだが、そのへんは後悔してはおらぬ。

 我がやったことは我が責任を取らねばならぬのだ。王様だから偉いのだ。


 とはいえ、志半ばにして勇者にボコられてしまった。

 だってあやつ、なにやっても効かないのだもの。


 我はといえば、極まりまくった死霊術以外にできることもない。

 だが、当時は魔力もヘブン状態だったし、それこそなんでもありだったので問題もない。

 もはや精霊も幻獣も無生物も眷属に加えられるほどだったのだが、勇者というのは基本的に反則の塊である。法則の外にある無敵である。


 なんというか、アレだ。

 料理コンテストで、我は一生懸命頑張って家庭料理作っておるのに、向こうは一流の宮廷料理人を揃えていて希望をお願いするだけでいい、みたいな感じである。ずるい。


 なので、我の術はほぼ全てが弾かれ、半ば一方的に深々と聖剣で貫かれたのではあるが。


 我も人の理どころかあまりにこの世から外れた存在なので、それでは死に切れなかったのである。

 もともと死ぬのが嫌でこうなったのだし。

 もっとまったりしたいのだ。キングオブまったりなのだ。


 結局、そのまま抱き寄せ、唇から直接に精気を奪いあげた。役得も兼ねて。

 さすがの勇者にもそれは効いたらしい。

 まあ、相打ちとも言える。たぶん。


 だが、最後に勇者は困ったことを言ってきた。


「あなたの優しさはもっと生かされるべきだったのに、どうしてこうなってしまったのか」


 まったりの王である我が唯一殺すことになってしまった人間である。

 死ぬ間際にそんなことを言われては、我としては立つ瀬がない。

 死霊王としては、生かされるべきとか言われたらすごく困る。

 しかもあんな穏やかな顔で言われてはどうしようもない。


 なんというか、アレだ。最後になってそういうことを言うのは卑怯である。

 そういうのはもうちょっと早くに言って欲しい。できれば刺す前に。

 我とて、珍しく死ぬかもしれないと思って、せっかくだから最初で最後になるかもしれない口づけをしたのだぞ。

 ぼっち歴の長い我が、最後の最後かも知れぬと思い走馬灯を全力で回しながらちょっとは勇気を出しつつどきどきしたのだぞ。

 それでこんなお別れというのはさすがに切ないし、お互いにあんまりではないか。


 なのでついうっかり、約束してしまった。

 【その願い聞き届けよう】と。


 だというのに我、困ったことにそのまま封印されてしまったので、結局その願いに関してはなにも果たせていないままである。

 だから我、解放させられたとはいえ、なんかもっと考えないとイカンのだ。


 そのためにまず、なにはともあれ風呂である。


 世の中をまったりにするためには風呂が必要である。

 魔族でも魔王でも風呂は安らぎであるからして、人ならば風呂はなおさら必需品であろう。

 つまり風呂がなくては戦はできぬ。戦しないけど。


「そうだな。まず、我は魔力と精気を回復し、かつての力と風呂が必要である」


 それと、服である。

 魔王にはこの鎧が必要だが、魔王でない時まで必要ではない。

 のどかな村にこんな大仰でアレな完全鎧でがっしょんがっしょん歩いたらヤバイ人である。

 たぶん問答無用で射かけられても文句言えない。


「いいんじゃないですか? 近くの村までは案内しますので」


 アンは相変わらず飄々とした態度と笑みを崩さない。

 何がそんなに楽しいのだろうか。

 でも、スローライフ推進派としてはそれは正しいので指摘するつもりもない。


 しかし、此奴は我をどうしたいのであろうか。

 特に望みもないのに死霊の王である我を放置し観察するなど、我の伝説や伝承からするとおそらくありえないのであるが。

 だが、相応に嬉しそうな様子なのでそれはそれで良しとする。

 他人を変に詮索しないのもまったりには大切なのだ。


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