021 : さらばストレアージュ
昨日は結局そのまま太守に歓待されたし、まあこの街でやることはだいたい終わったと言える。
そんなわけで、明日はついにそんなストレアージュともお別れである。
総じて楽しかったと言ってよいであろう。
観光しつつ食っちゃ寝してただけのような気もするのであるが。
なんというか、うむ。
アンには予想通りこっぴどく叱られたのであるが。
叱られたというより、もはやおしおきのレベルではなかろうか。
正座で怒られる魔王というのもどうかと思うのであるが、そう言う状況にだんだんと慣れてくるクェルの純粋な視線もすごく痛いのである。
まあ、魔族だというのはバレたような気もするのでなあ。
アンの心配そのものは至極当然で正しいのである。
でもこう、あの太守であれば言いにくいことを晒すことで、誠実な対応はわかってくれるような気がしたのだ。たぶん。
実際、我はだいぶ変であるからして、普通からするとすごく困るような気もする。
気がするのであるが、我、いつもと同じくまったりしたいだけなのだし。
だが、ダメならダメでその時はその時なのである。
そうなる前から心配しても仕方ないのだ。
ちなみにダメになった時にどうするかはまったく考えていない。
人生長いのであるから細かいことを気にしても仕方ないのだ。
それはそれとしてストレアージュの日々はいろいろ勉強になったのである。
街の滞在中に、我もだんだん世情に詳しくなってきたのであるぞ。
なにせ600年間隠居していた田舎者の導師であるからな。
そしてついに。
ついに知ってしまったのだ。
誰もが知っていながら語られることのない、隠された世界の真実を。
……我の言葉、もはや相当に古臭いではないか!!
うう、それなりに乙女可愛いつもりで話していたのはなんだったのであろう。
導師としてはそれなりに説得力も出るのであるが、なんだこの古めかしい小娘と思われていたのではなかろうか。
まったくもってその通りなので正しいのであるが。
いままで誰も指摘せぬので、方言かなんかぐらいだと思っておったのに……ぐむ。
これではどう考えても、だいぶ上から目線で容赦なくずけずけと言っていたことになるではないか。
まあ、実際に年長者だし遠慮なく好き放題言っていた事自体はあまり否定しないのであるが。
うむ、よく考えてみればすべてその通りで正しいのであるが、この際だからそれは置いておく。
それでもこう、ぴちぴちの乙女に可憐な言葉で可愛らしく言われるのと、ジジくさい言葉でふんぞり返っているように偉そうぶって言われるのとは違うではないか!
しかも我、ついうっかりすると言いたいように言ってしまうのだぞ。
うっかりしなくても割と言ってしまうのだぞ。
だがしかたがないので、ここはひとつ「魔王なのでそういうこともあろう」ということですませておく。
そう考えると意外に便利であるな魔王。
言葉というのは日常の癖であるからして、いきなり直せぬのだ。
しかも丁寧な言葉づかいをすると余計堅苦しくなるのでしかたないのである。
面倒なので直さないとも言う。
であるが一応、ややこしいことは理解しておこう。
もっとも、理解したところで結局あまり気にしないように思うのだけどな、我。
それに、過ぎ去りし言葉遣いが必ずしも悪いということではないのである。
歴史はめぐるので、もしかしたらリバイバルがあるかもしれないのだ。
まったりは基本、前向きで小さいことには悔やまないのである。
……悔やまないのであるぞ。悔やまないのであるからな?
そしてそして。
今日はついに、ギルド長やジェトゥクなども呼んで大宴会なのである。
ストレアージュ滞在最後の夜なので、お別れ会で壮行会なのだ。
さんざんに名物料理や酒が振る舞われたりと、上を下へのどんちゃん騒ぎである。
我、まだなんの約定も果たしておらぬのに、もはやすべてうまくいったかのような宴なのだ。
思えば、魔王をやっておった時はこういう感じでの騒ぎはなかったように思う。
確かに我は好きに振る舞っておったし気兼ねなく楽しんでおったのだが、こうしてあたまくしゃくしゃされるように可愛がられたり、ご馳走を振る舞われたりということではなかったのだ。
あくまでも魔王が勝手で気の赴くままに行動し、たまに知り合いと出会い、部下たちが嫌がらぬ程度に用事をしてもらったり適度に放任しておった。
宴会もあったが、基本的には部下たちをねぎらうためであることが多かったように思う。
お祭りという意味合いが強かった。
それがどうであろう。
たった一週間のストレアージュ滞在であるのに、こんなにしてもらってよいものであろうか。
しかも我が街でしておったことといえば、ほとんどたかりである。
呪いを解いた時のような見返りというわけではないのだ。
他人の厚意にはひたすら甘えまくり、タダ飯を食らいつつ惰眠を貪り、他人のところに顔を出しては適度に仕事の邪魔したりしなかったような気がする。
そんな我であるのに、なぜかこんな会まで開いてもらっておる。
なにかおかしいのではないだろうか。
あまりにおかしいのでな、我、なんか涙が止まらぬのだ。
すごく嬉しいことなのにであるぞ。
人であるときにも魔王であるときにもこのようなことはなかったのだ。
コレが愛されるということなのであろうか。
もしそうであるなら、我はこんなに愛されたことなど無いようにも思う。
もしかするとあったのかも知れぬが、形として示されたことがない。
人間であればこうしたことはよくある当然のことであろうと思っておった。
そう考えてしまう我は、たぶん人間を見くびっておったと思う。そんな気がする。
だって、やはりこんなのはよくあることで、珍しくもなんでもないではないか。
なのに、そのありふれたことを我は一度も経験したことがなかったのだ。
少なくとも、知っておる限り真の意味でこういう催しをしたことがない。
だいたい別に大したこともしていないどころかむしろ好き放題しておっただけだし、約定もあるのでまた戻ってくるのであるぞ?
それでも、なぜ此奴らは我にこんなにしてくれるのであろうか。
人であった頃は疎まれ、死霊になってからは誰に顧みられることもなく、魔王になってから初めて他人と友人になったとはいえ、今度は世界から見捨てられたのだ。
割とそれが当たり前だと思っておった。
それに今も、我はだいぶ好き放題しているのに。
なので我、どうしてよいかわからぬのだ。
だから泣くしかないではないか。
我、こんなによくしてもらった此奴らが先行き死んだりしたら耐えられるのであろうか心配にもなるのであるが、今は考えても詮無いことである。
先の心配などはしないのがまったり流なのだから。
アンに見守られ、クェルに微笑まれ、レミッテンやジェトゥク達に生暖かい視線を送られつつ、ぐすぐすとみっともなく泣いておった。
人の身で適わなかったことが叶ってしまったではないか。
愚か者どもめ。
このような事をしたからといって、我の態度はかわらぬのであるぞ。
まったく、年をとると涙脆くなってよくないのである。




