020 : 太守の会談
ストレアージュ太守に謁見するまでたっぷり1週間ぐらい待たされた。
正直3日ぐらいでお願いしたかったところであるのだが、コレばかりは我の都合でどうにかなるものでもない。
もちろんその間にヤキモキしたところで誰もなんの得もないので、我は街に来てから随分のんびりしていた気もする。
それにドレスの仕立ても相応に時間がかかるものであるので、ちょうどよかったと言える。
我はもっぱら買い食いと顔見せ。
アンは情報収集。
クェルは留守番が多いのであるが、放っておくと部屋のものをひたすらバランスとって立てていくことに熱中しておるので占い用の札などを与えてみた。
もちろん札の城を崩すのは我の役目なのであるが、積み上げるだけでなくばしゃーっとやる楽しさも知っておくべきではないかと思う。
特に此奴はもともと破壊にはいいイメージを持っておらぬのでな。
ということで散らかす楽しさなんかも教えていたりする。
ばしゃー。
2人してきゃっきゃと散らかしていたのでアンに怒られた。
時間もあったので、そんな感じでやることをやりつつ街の様子を楽しみながら過ごした。
よい街であるの。
***
そして、ストレアージュ城にてようやくの謁見である
城と言っても都市の役所としての機能を重視しているようなところであるため、立派ではあるが城壁が破られればあまり防御としての役割は果たしてくれなさそうではある。
まあ交易が大きい街としてはそれも理解するし、むしろそのほうが都合が良いのであろう。
「これはこれは導師様、ようこそおいでくださいました。ハルトベルスです、太守をさせてもらってます」
太守は人のよさそうな初老の男であった。
第一印象からして真面目で実直なのがよく分かる。
なんというか、寄り合い所に主として鎮座するのが似合ってそうな御方であるな。
きっと菓子をつまみながら茶をすする姿がよく似合うのではなかろうか。
「このような時期であるから忙しかったのであろう? 大変だったと見える、ご苦労なさっておられるのであるな」
「いやいや、こちらこそ大変お待たせして申し訳ありません」
なお、我の立場は商業ギルドの紹介である。
「よい。その間に街を存分に堪能させてもらった。よい街であるな」
「そう言っていただけると光栄です」
嫌味にならない程度に軽く褒めておく。
別に、この件で日数かかって困るのは我ではないのだし。
「して、用向きはどういうものですかな。このような時期に導師様として街に上申したいことがあるというのは、なにか目的がございますのでしょう?」
「うむ、南部の商業同盟に関してなのだ。いきなりですまぬとは思うが、この件に関して一任をいただけたらありがたいと思っておる」
好々爺を演じているのでなければ、すっぱり聞いたほうが早かろう。
要件ははっきり言ってしまったほうがお互い相談に時間を割けるのであるし。
それにこの太守、雰囲気的に話が遅いような気もする。
「ほう。ですが南部との件に関してはこの街だけで対応するわけにも行きませんし」
「であるから、向こうに対応させればよいと考えているのだ」
「は?」
「南が言い出したことで南が困っておるのだから、南が対応すればよいではないか。と言っている」
ギルドの時と同じ、いきなりなにを言いだすんだこの小娘という感じであるな。
まあ、予想通り当然の対応である。
「それで、いきなり言い出されても困ると思ったのでな。すでに商業ギルド、工業ギルドからの全面同意を取り付けてある。あと、守備隊関連からの協力と事務の優先権」
「……なっ!?」
一瞬で太守の顔色が変わる。
「お忙しそうであるので、あとは太守殿の署名があれば事足りるようにしておいた。一週間もあったのでな、せっかくなので街を堪能しつつ皆と仲良くさせてもらっていたのだ」
「……」
あ、困っておる。
いきなりぽんと現れた小娘が偉そうに全権委任されているとか言い出すのだから、なにが起こったのかと勘ぐるのは当然であるな。
だが、ギルドと有力商人の後押しに傭兵隊長のお墨付きがある状態で、我みたいな遊び人が1週間も放っておかれればやりたい放題である。
そもそも面倒を喜んで引き受けるような使える人身御供がいるなら押し付けるであろうと思うぞ。
我、全権委任されておると言っても張子の虎なのだし。
もし失敗したところで、余所者が強引でウチも困っていたなどといえばそこそこ済むのである。
事実そうなのであるし。
「導師様、失礼ながら……この街をどうするおつもりでしょうか?」
む。
何か誤解されておる気がする。
「どうもせぬぞ。強いて言うなら、商業ギルドの長におごってもらう約束をしただけであるし」
「はは……おごってもらう、ですか。なるほど」
うわー、見るからになんか盛大に勘違いしたっぽいぞ。
「つまり、うまくこの街を手に入れようというおつもりですか」
「違う違う、まったく逆であるぞ。むしろ我としては街には元気になってもらいたいだけなのだ」
ちー、がー、うー!
頭のなかで上、左下、右上に両手を振ってごろごろと転がる。
この太守、森が吹っ飛んだのであるから心配になるのは分かるのであるが、だいぶ慎重である。
そこを考えるとまあすごく悪いことをしているような気もする。
あれ、これってもしかしなくても全て我のせいであるぞ。
すまぬ。
「でしたらなぜ、そのようなことをなさるのでしょう?」
そうか、しまった。
我になんらかの意図があるように思えるのであるな。
たしかに、いきなりやってきて街の協力はすでに取り付けてありますなどとやったら、簒奪のつもりがあるように思えなくもない。
うーん、コレは困ったのであるぞ。
「なにか盛大に誤解されておるようであるが、我にそのような意図は全く無いのである」
「ではどのような」
この太守、どうも見返りがないと人間は行動しないように思っているのではないだろうか。
対価がなくとも自分へのご褒美があれば動くのであるぞ。
「この街の菓子が美味いのだ」
「は?」
「だから、この街の飴菓子が好きだと言っておる」
「……??」
ええいこのにぶちんめ。
もうどうにでもなれ。
「我はこの街の飴細工が好きなのだ。いたく気に入ったのであるぞ! もしかしたら他の街にもあるのかも知れぬが知ったことか。我はこの飴が好きであるから飴を守るのは当然であるぞ」
「え……まさか本当に?」
「上等な砂糖がなければ上等な飴は作れぬであろう。しかも砂糖は南でしか取れぬし、制限されればすぐ高騰するに決まっておる。我がこの一週間でどれだけ飴を食べたと思っておるのだ」
だいたい獣肉の揚げ物に飴の甘酢あんかけとか誰が考えたのだ、ずるい。
考えたやつ出てこい。頭を撫でてつかわす。
「ですが、それだけのことでそこまでできるものですか?」
いやそこでなんだこいつ理解できないぞみたいな顔されてもだな。
「そうなのであるからしかたなかろう。傭兵長などに我の食い道楽をたずねてみるがよい、きっと呆れられるのだぞ」
彼奴の金でさんざん飲み食いしたのだしな。
「ふむ……ですが、私としてもこの街を守る義務があります。導師様は脇を固めてあるだけに、なおさらすぐにハイと言うわけにもいかないのです」
うーあー。いい人すぎる!
此奴、底抜けにいい人で真面目で誠実なのだな。
それだけに納得出来ないといちいち判断が遅れるし、物事には対価や理由がないと気がすまないのであるな。
にぶちんとか失礼なこと思ってごめんなさいごめんなさい。
きっと死ぬほどめんどくさい事柄にもいちいち全部この調子で吟味しておるいい人なのだ。
「そもそも其方が太守で文化が守られておるのだから、余所者が簡単に守れるわけがなかろう。我が出来るのはおせっかいだけなのであるぞ」
「ならなおさらです。そのような利得のない理由だけで出来るような物事とは思えません」
あー、そうか。
此奴の中で、我がしでかしたことは非常に労力と根気と実績のいることで大変なことだと位置づけられておるのか。
仲良く飯を食べながら意気投合していただけであるのだが、普通そうは思わないものな。
我、もともと道楽隠居魔王であるからだいぶ感覚がずれておるし。
これでは完全に悪役ではないか。
悪役はもう600年前でおなかいっぱいである。
ううむ……これはさすがに、責任を丸投げしておるのがすごく申し訳なくなってきたぞ。
「そうであるな……しかたがない。事ここに至っては、全てとは言わぬが太守殿には語っておこう」
「なにをです?」
せめて腰を抜かさないことを祈ろう。
「南の魔族の件である。あれな、実は通りがかったついでに我が解決したのだ。しかしだな、その際にあんなことになってしまったのでさすがにその負い目があるのだ……」
「はぁあ……!?」
太守は目を見開いて変な声をあげた。
一週間も忙殺された挙句、目の前に元凶がいるとなればそうであろうなあ。
だが、こちらも黒歴史を語っているのでそこは勘弁して欲しいのであるぞ。
大事な壺を落っことして割った犯人は我でした、みたいな話はわざわざしたくないのである。
「太守殿が誠実で人柄もよく、本当に街のコトを考えておるのがわかったからあえて話すのだ。繰り返すが魔族の件は解決したので心配はない。そしてそれだけやってしまった以上、我は最後まで面倒を見ないといけないと思うのだ」
この太守、慎重で真面目過ぎではあるが能無しではない。
ただ、平時のように全てをやろうとしてしまうためにパンクしておるだけだ。
「……わかりました。それだけの理由とお覚悟がお有りならすべて納得いたしました」
静かに、ゆっくりとした。だが、なにか悟ったような返答である。
予想より立ち直りが早い。
ただならぬ内容を察したのかも知れぬが、始めのまだるっこしさがウソのようである。
なんかだいぶ悪いことをした気がする。
「森の件については我もすまなく思っておる。だが、これを公言すればとんでもない騒ぎになることもわかっておる。なので、しかたなく不明のまま太守殿に投げる形となるが、代わりに外に対応したいと思っておるのだ」
「いえ、こちらこそ意図が読めなかっただけに申し訳ないです。いろいろワケありと理解しましたし、事情がおありのようで」
うむ、ぜんぶ我が原因なので気にせずともよいぞ。
さすがにばっくれておるにはいろいろ心苦しいだけのことなのだ。
「我、流浪の導師であるからな。気になったことをしておるだけなのであるが、ついやり過ぎてしまったりするのだ。許されよ」
「どういったご縁かはわかりませんが、二心は無いとわかりましたのでそれで充分でございます」
「こちらこそ余計な心配をかけてしまった。大変そうであったので太守殿の面倒を省こうと気を回し過ぎたのである」
やはり底抜けにお人よしのようである。
普通あれだけ疑っておってそこまで信用できぬぞ。ありがたい。
それに、我がやり過ぎたせいでこの会談がややこしくなったのでな。
ううむ、やはり魔王の時のクセが抜けぬな。
今度から気をつけよう。
なにより、我の影に潜んでいるアンにあとでこっぴどく叱られそうな気がするのだ。




