019 : 定食屋会議
定食屋である。
どうも食生活が進化しておるらしく、定食屋というのはわりと聖王国ではメジャーな大衆食文化のようである。
セットにすることで注文と料理の手間を減らす代わりに品数を増やすことに成功したらしい。
つまり、いろいろなものを食せるということである。コレは素晴らしい。
最近はすっかりメニューを右から左に向かって順番に制覇していく楽しみを堪能している。
そんなわけで当分の間は名物と定食屋めぐりである。
もちろん案内と払いはすべて此奴持ちだ。
「いやまあたしかに、導師様にはえらい目に合わせられましたがね?」
我の目の前で肉野菜炒め定食をがっつきながら話すこの男、傭兵団のジェトゥクという。
隊商を調査がてら襲いに来て、なにも出来ないままアンにコテンパンにされた奴である。
ついでにいうと半日ばかり空間閉鎖して閉じ込めておいたりもした。
だいぶタフな精神の持ち主であるし、一応イケメンとは言わずともそれなりに精悍で仕事のできる人物である。
我がレミッテンのところに顔を出すようになったので、約束通りそれを聞きつけてやってきてくれたのだ。
それ以来、すっかり世話になりまくりである。
なお、一般的にはそれをたかりと(略)
「なにも出来ずにいいようにされてましたからね」
「なにも出来ずにいいようにされておったな」
「……そう、なんだ」
「ちょ、三人でそんな目で俺を見るなよ!?」
此奴がとても可愛げのある人物だとわかったので、こうして割と頻繁に出会っておる。
もともとクェルと出会っても引かぬような人物であるのだし、頑張り屋でいい奴であるのだ。
だが、人がいいのであれば、ついからかってみたくもなるのは自然の摂理だと思うのだ。
「まあ、いろいろあったとはいえ、おかげで太守と面会の約束が出来たのはありがたい」
「実際、森の魔族とやりあって無事で済むとはなかなか思わなかったし、そこはまあ、なんとかしましたけど」
いま其方が飯の食べ方を世話してやってる幼女が森の魔族本人なのだけどな。
「うむ、実際ありがたい。ギルドの支援もあるとはいえ、いきなりぽっと行ってぱっと太守に会えるものでもないからの」
「他でもない導師様の頼みだしなあ。あんな天変地異、実際に出会った俺でもなければなかなか信じられないものだと思うし」
その実際に出会った相手に対し、面倒を見るなどというもっと信じられないようなことをしておるのだがな。
もちろん面白いから事実は黙ったままである。
「森の魔族の問題が解決したのであれば、それも材料に出来なくもないし放っとくと爆弾を抱えるという可能性もある。動くのは早いほうがありがたいのではあるが」
「まあ、しょうがないよな……」
商会の後押しもあり、太守に会えるという約束自体は取り付けることに成功した。
が、当の太守が森の壊滅問題対応で忙殺されてしまっているのである。
地元の混乱は、よくわからないそのへんの自称導師との謁見より優先すべき事柄であると言えなくもないからしかたないとも言える。
我が魔族の問題を解決したとわかれば対応も違うのであろうが、それはそれで今度は森の壊滅の説明の必要が出てくる。
そうなると当事者として対応せねばならず森を壊滅させた張本人扱いであるからして、とにかくやってられない。
当事者も当事者どころか本人たちなのだが、まあやってられない。
つまりジェトゥクも我も都合の悪いことはすべてばっくれた挙句、何事もなかったかのように振舞っているのである。
その代わりに時間がかかっておるのでコレばかりはしかたがない。
見ないふりって大事だ。
うむ、現実は時に残酷である。
大事なので獣肉の唐揚げをつつきながら話す。
「ところでジェトゥクよ。其方、南部まで遊びに行く気はあるか?」
「なんですかいきなり」
「森の魔族がいなくなってしまえばこの街に逗留する理由が減るのであろう。常備軍として残る理由があるのであればよいが、そうでないならこの後、我らと共に仕官先など探しに行ってもよいのではないかと思ってな」
「んー、確かに俺ら、魔族討伐とか調査とかで雇われたんでこのひと回りが落ち着いたらお役御免かも知んないですけどね。けど、南部もいいんですが中央とか北もいいんだよねえ」
ほう、それは面白そうな。もぐもぐ。
「ふむふむ、なにかそれっぽいことでもあるのかの?」
「最近、魔族とかで一部不穏な動きがあるようで。聖王国も大割譲以来一枚岩じゃなくなっちまったんで、国同士の連携も怪しいってことで適度にドコも自衛にはしってるんですよ」
「ほむほむ」
この肉は衣がカリッとしてジューシーでなかなかイケるのう。はむはむ。
「なるほど。我はそういった細かい世情を知らぬからな。そのほうが都合がよいのであれば好きにするといいぞ」
などと言いつつアンのフライがうまそうなのでつまみに行く。
「……だからオルレア様は自分のがあるでしょう。私のフライがほしいなら言ってくれればひとつぐらいあげますから、無言で手を伸ばすのはやめてください」
「なにを言う。勝手に持っていくのがよいのだぞ」
「よくないです」
ぺしっと叩かれる。
「お前ら仲いいな」
「言っておくが其方の肉野菜炒めもターゲットであるぞ」
ひょいぱく。
「ちょっと待ておい、そこでラストの肉持っていくのかよ!?」
しかしいろいろ世の中は変わったのだのう。
こうしてセットメニューをつつけるのであるし。
「それで、なにか中央や北で面白いことでもあるのか?」
「しれっと話を続けてんじゃねえ!?」
「しかたなかろう。我の唐揚げはすでに品切れなのだ」
「追加頼めよ!」
おお、なるほど。その手もあるな。
「南の件が終わったらそちらに行っても面白そうな気がしないではない」
「聞けー!」
うむ、なかなかに肉野菜炒めもフライも美味いのであるぞ。
「なにしっかり味わってんだよ!?」
「オルレア様はだいたいこうですから、言う時は容赦無く言ってもらって構いません」
怒られた。
しかも許可まで出された。
「まあ我は早いところ面会して許可を取り、南に行くということであるな。その後は決まっておらぬ」
「でも実際、それってうまくいくんでしょうかね? まあいかせるんでしょうけれど、スムーズにという意味で」
「あー、それはさすがに俺もちょっと思うかもだなあ。この時期に太守が外交より内政を先にしてるトコロ見ると、軽く心配になるかもしんない」
その辺の心配はもっともであるな。
一週間もかけられては世間が黙っておっても世界が黙っておらぬからのう。
「我としては問題が起きてもどうにかするだけなのであまり心配はしておらぬが、それで困るのは太守だけであるからのう」
「あまり南に先手打たれたりするとそれを処理する導師様も困ったりするんじゃないか?」
「そこはそれ、聖王国の良さであるな。いくら南の端とはいえ聖王国内であるから、南部も正式な抗議には中央に文書を投げる必要があるのだ」
「なるほど、そこまでやるとなると結構大掛かりになると」
「うむ、そういうことであるな。あー、この飴の甘酢あんかけとやらの揚げ物を追加であるぞ」
まあ、事情はそれだけではないのであろうけどな。
調べておらぬのでくわしくは定かではないが、少なくとも南部では商売を回したいと見える。
商売をするのであれば、あまり大きな混乱は避けたいのが常であるからな。
少々不穏なくらいまでなら物が売れるのでいいのだが、それ以上になってくると商業ルートが分断されたりする。
それはそれで不足物が出たりするので商機になったりもするのであるが、少なくともそれは混乱の当事者にならない場合である。
わざわざ苦労して商業同盟などを組んで販路を開拓したのに、それを台無しにするのは普通ならいろんな所が怒るに決まっているのだ。
「よく食うなあ」
「育ち盛りなのだぞ」
食べても太らない系女子なのだけどな、我。
成長もないのは残念なところもあるのだが。
「しっかし、前から話聞いてるとよくそこまでいろいろ考えるもんだなって感じだけどなあ。導師様ってのはみんなそういいうもんなのか?」
「考える、というかむしろ考えておらぬのだ。どちらかと言うと好奇心であるぞ。好きな子ができたらいろいろ気になったり調べるであろう。アレと変わらぬ」
「オルレア様は単にイタズラが好きなんですよ。気になったらちょっかいかけないといられないんです」
「あー」
「……」
そこ、なぜ得心したような顔をしておるのか。
さらに純真なクェルにまで納得した目で眺められると、鉄の心臓に毛が生えたようでか弱い我の乙女なハートにもダメージがだな。
「でもまあ、興味と悪ノリだけでこんだけ厄介事に首突っ込めるってのも、それはそれで面白いというかすごいと思ったりもするけどね俺は」
それは褒めておるのかけなしておるのか。
「個人的にはカバーできる範囲内でお願いしたいですね、オルレア様」
「……」
3人の気持ちが合体して、なんか大いなる意志として攻めてくるので泣くぞ。
「でもほら! 導師としてはやはり、まったりをめざしてするべきことはしないといけにゃいであろう?」
「噛んだな」
「噛みましたね」
「……」
うわーん!
揚げ物早くきてー!!




